第1話(2) クラスメイトからの嫉妬! 私がかわいくて賢いばっかりに……

「アリサさん、黒百合様に声をかけられましたの!?」|

生徒会フルール・ド・リスのメンバーにお声をかけていただけるなんて、羨ましいですわ!」

 昼休みになると、私が黒百合様に声をかけられたという噂は教室中に広まり……まあ私自身、自慢に聞こえないように気を付けながらさりげなく話したけど……クラスメートたちに囲まれてしまった。

「いえ、タイが曲がっていたところを直していただいただけですわ」

「まあ……わたくしもタイを少し乱しておこうかしら」

 浮き立つクラスメートたちの中、急に雷のようにピシャリとした声が響いた。

「およしなさい、みっともないわよ」

 声の主を見れば、学級委員の遠藤美千代えんどう みちよさんがジロッとこちらを睨み付けていた。おくれ毛一本も出ない、キッチリした七三前髪に、きつく結んだお下げ髪。印象のキツさが際立つような、ピカピカの銀ぶち眼鏡。昭和の女学生のような雰囲気をもつ美千代さんは、いつもカリカリしている。

「黄崎さん、あなたがだらしなくて目に余るから黒百合様が声をおかけになったというだけの話でしょう? あまり図に乗らないでくれるかしら」

 私は美千代さんに嫌われている。理由ははっきり聞いたわけではないけれど、たぶん私が庶民出身で頭がよくて、かわいいからだろう。

「図に乗っているわけじゃありませんわ。ただ、お声をかけていただけたことが嬉しくて、つい私も浮かれてしまいました。気に障ったならごめんなさい」

 そう言ってしおらしい姿を見せれば、周りのクラスメートたちが「美千代さん、少し言いすぎではなくて?」と私を庇い始めてくれた。心優しいお嬢様たちは、庶民の私がしおらしくしてる姿にめっぽう弱いらしい。

「……ふん! まったく、卑しい家の子が同じクラスにいると気分が悪いわ! 皆さんも、あとで悔やんでも知りませんわよ!」

 一番私に絡んでいるのは美千代さんのような気がするんだけど。美千代さんはずんずん歩いて教室の外へ行ってしまった。……教室に少し気まずい空気が流れる。

「美千代さん、大丈夫かしら……」

「放っておきましょうよ。あんなにカリカリしている方に何を言ってもムダでしょう」

「それより黄崎さん、黒百合様のことをもっと聞かせてくださいませ!」

 少し美千代さんが心配だったけど、今声をかけてもムダというのは確かだ。なので、私はあの一瞬の邂逅を、また繰り返し話し始めたのだった。



        ※  ※  ※


「………ひっく……うぐっ、なんで、なんでよお……!」

 遠藤美千代は、トイレの個室に閉じ籠り、声を抑えきれずに泣いていた。

 彼女は聖マリアンナ学園の幼稚舎から在籍しており、ずっと成績トップを維持してきた努力の秀才であった。品行方正な学園の見本であり、ゆくゆくは生徒会フルール・ド・リスに入るものと親や周囲は思っていた。

 ところが美千代には一向に生徒会フルール・ド・リスから声がかからない。どこの馬の骨ともしれないポッと出の特待生が自分より先に黒百合に声をかけられたなんて……おまけに、自分のように毎日暇があれば図書館やトイレで勉強している、というわけでもないのに、高レベルの聖マリアンナの授業に遅れている様子もない。黄崎は自分と違ってクラスメートたちにも好かれているようだ。

 あの黄崎に、今度の定期考査でなんとしても勝たなくては。幼稚舎からこの学園にいる自分の方が遥かに優秀なのだと、わからせてやらねばならない。万が一にも黄崎に負けることなどあってはならないのだ。

 美千代は便座に座って涙をぬぐいながら、震える手で参考書を開いているが、その実、内容はまったく頭に入っていなかった。

 やがて美千代の眼は血走って真っ赤になり、手の震えは止まらなくなり参考書を持っていられなくなった。その手で頭をかきむしり、きっちりと纏めていた髪を乱し始める。

「1位に、1位にならなくちゃ……私は負けない。黄崎なんかに負けないイイイイイイ!! 庶民はこの学園から落第落第落第イイイイイイ!!」

 聖マリアンナ学園に似つかわしくない、獣のような咆哮が、トイレに響きわたった。

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