九十九 消えない熾火


 積もる話はあるが、もう闇が町を包む。早くカナシャを送らないとテイネに申し開きができなくなりそうだった。仕方なく二人、歩きながら話す。


「カナシャと会うのは、明日もいつになるかわからないんだ。商会に報告が山ほどあって」

「知ってる。ルギさんが長に立つことになったの?」

「どうしてわかった?」

「――オウリ、誰かを殺したでしょ」


 ポツリとカナシャに言われて足が止まった。カナシャも一歩先で立ち止まる。振り返ったカナシャは、困ったように笑った。


「仕方ないことなら、それでいいの。オウリが無事なら、それで」

「カツァリでは、殺してない」

「そっか」


 他では殺した、という意味になる言い訳だが、カナシャはうなずいてくれた。何でもなさそうに歩き出してくれて安堵する。


「カツァリの方角で血の匂いがしたのよ。オウリの気持ちも、感じた」

「……血生臭くてすまん」


 玉蘭花の香りならともかく、そんな匂いは伝わってほしくないものだ。謝ったオウリだが、カナシャは笑顔だ。


「オウリがホッとしてたから。いい感じに決着がついたんだろう、てカフランさんが」

「……わかってるなら、報告の必要はないかな」

「それと、サイカとアニの戦いもあったのね」

「本当に、全部お見通しなのか」


 これは困った。危ない橋を渡ると筒抜けになるらしい。そうかもしれないと思っていたことが証明されてしまった。

 あまり生々しく凄惨な事柄をカナシャに感じさせたくはない――というのが甘やかしだとは知っているが、甘えさせて何が悪いとも思う。大切な大切な、少女なのだ。


「戦いがあったことしか、わたしにはわからない。何がどうしたのかはイハヤさんが教えてくれたの。オウリはどうしてるか、カツァリで騒乱になってないか訊きに来てくれたから、その時に」


 その後、同行させろとイハヤ相手にゴネたわけか。苦笑がもれるが、オウリの心は重苦しくもなった。

 カナシャだって部族間の情勢などは、さすがに把握しきれない。だがカナシャの持つ感覚とイハヤの立場と情報網、合わせれば様々な事柄が推測可能なのだ。

 ――少し腹が立った。

 その理由がよくわからなかったが、後になって気がつく。カナシャを便利な情報源として使われたことが気に障ったのだ。


 カナシャの力。それは為政者にとっては魅力的なものなのだろう。本人やオウリがどう考えようが、もて余そうが。

 力だけを独り歩きさせないために、オウリはカナシャの近くにいるのかもしれない。カナシャという人間を、その力から守るために。

 ホダシとは、互いにおぎない助ける存在なのだから。






「そりゃ思いがけない三部族間会談の実現だったね」


 商会でカフランとナモイ相手に事の顛末を報告すると、二人は面白がって笑った。


「オウリも参加してくればよかったろうよ」

「嫌です」


 ニヤニヤとナモイが言うのを即座に否定する。実はトゥガにも誘われてはいたのだが、断った。

 あの時トゥガが商会に来ていたのもサイカ族長ククスへの取り次ぎ依頼だったのだ。私人としてサイカ入りしていたトゥガ兄妹なので、手順を踏んだらしい。

 イハヤも現れて知人だらけになったことだし行こうぜと言われたが、町内の寄り合いのように呼ばれても困る。オウリは一介の商人でありたいと願う一般人なのだった。


「じゃあサイカとアニは停戦して、カツァリとシージャがその見届け役なんだね」

「アニの対応が確認できるまでが、こちらの商売時、と」


 うなずく上司達だが、その期限はおそらくわりと短い。そう言うオウリに、カフランは口の端で小さく笑った。もう動いているから大丈夫、と。


「……じゃあ、俺はなんだってグルッと出張して来たんですかね?」

「オウリが行ってくれてたからイハヤさんがこっちに来て情報が入ったんだし。無駄足にはなってないよ」


 ケロリと言われたが、何となく納得できない。それをよそにカフランはブツブツ言った。


「僕が気になってるのは、カダルなんだ。話に出てこない、揉め事に噛んでこない。シージャと同等の部族だよ? 少しおかしいと思わないかい」


 カダル。

 シージャの南の平野に暮らす部族。

 米を産し、島の食糧を支えていることもシージャと同じく。人口も似たり寄ったりだろう。基本的にはのんびりした気質の者が多いが、もちろん昔をひもとけばシージャと争ったこともあると聞く。

 島の一大勢力であることは間違いない彼らが、最近鳴りをひそめているとカフランは言うのだった。


「カツァリには、カダル商人達の出入りはありましたよ」


 オウリは思い出して言った。ボノの町の食堂では、聞き取れない言葉が少なからず飛び交っていたのだ。


「そうか……」

「アニへの支援も、即時応答があったんだよな?」


 ナモイも地震直後の対応について指摘する。政治的にも動きが鈍いわけではなかった。


「……気のせいかなあ」

「いえ、でも」


 オウリは一つだけ、気がかりを思い出した。


「タオの町で、クチサキ様を探る動きがありました。もしかしたらカナシャを――地震を予言した巫女を探しているんじゃないかと。それがカダルの民っぽかったそうです」

「へえ」


 意表を突かれてカフランが間抜けた声を上げた。それだけでも報告した甲斐がある。


「御クチサキ、ねえ」

「なんぞ判じ事でもしたいのか?」


 上司達が首をひねる。何を求めているのかわからない、とはイハヤも言っていたことだった。






 パジ職人町の大きな通りを、キョロキョロしながら歩く男がいた。ややハッキリした見かけない目鼻立ち。どこから来たのだろうか。パジの者でないのは一目瞭然だが、ここはそれなりに大きな町だ。旅人も流れ者も珍しくはない。

 その男はしばらく立ち止まって考える風だったが、意を決したように近くの屋台の主に声を掛けた。


「お尋ねしたいのだが……ここらに御クチサキはいないだろうか。大事な物を落としてしまったようで探しているんだよ」

「おお、そりゃ困ったね」


 男はついでにと饅頭を買い求める。店主は品物を渡しながら記憶を探った。


「確か、医者のテイネさんとこの娘っ子がそうだった。失せ物探しぐらいならできるはずだよ」

「娘……若いお嬢さんなのかい?」

「ああ、まだ女の子だ。でも才能はあるらしいぞ。お祖母ちゃんも御クチサキだとか聞いたから、安心して相談してみなよ」

「ほう。お祖母さん、か」


 男は呟くと、礼を言って踵を返した。

 歩きながら買ったばかりの饅頭にかぶりつく。刻んだ野蒜と何かの魚が入っていて旨かった。この町は飯が良い、と男は思った。

 港があることで大陸の文化が入り込んでいるのか、それとも北の島々由来なのか。

 この男の故郷とは、少し違うのだった。




 ◆ ◆ ◆


 こちらで七章の終幕です。

 明日の更新は再び番外編とさせていただきます。



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