九十四 アヤルへの客
茶作りにあたって香る花を摘み集めてくれたのはレアだと聞き、オウリは礼を言った。
レアは恐縮して首をふるふると振ったが、口に出しては「いいえ」だけでろくに話さない。その横で夫たるリガンはうんうんとうなずいているだけだ。
まあ、似合いの夫婦か。
産褥にいるカエには会わなかったが、タイガが生まれた息子を抱いて見せてくれた。
「生まれたてって、こんなに小さいんだな」
「腹にいる時は大きく感じたんだが」
「チマの、おとうとよ」
父親にくっついてきたチマが自慢する。
前に会った時よりはっきり喋るようになったが、まだ「おじたん」と言われてオウリは笑った。
「チマはずっとお祈りしてたか? いい子で生まれるように」
「うん!」
よしよし、となでてやる。それを見てタイガが不思議そうにした。
「おまえ、子どものあしらいができるようになったんだな」
「……村を出る前と比べるなよ」
あの頃はまだ、オウリも少年だった。
その後商いをして歩き、たくさんの人と出会って上辺の付き合いも上手くなった。だがそれ以上に新しい家族といえるものを手に入れたのが大きい。
兄の中ではオウリはまだまだ尖って取っつきにくい少年のままだったのだとわかって、兄弟は揃って苦笑いした。
誰でも、変わっていくものだ。
実家には一泊させてもらって、オウリはアヤルの町へおりた。
オウリとしては戦闘そのものより大事なのはその後の処理である。
サイカ族とアニ族がどうなるのか、交易はできるのか、断交するならシージャ族の商会で働く身としてそれを商機にできるのか。そこのところを探らずに帰るわけにはいかないのだ。
アヤル商会に顔を出すと、アラキとユラが待ちかまえていた。
少女時代にアラキに引き取られ、今は洗濯や繕い物で生活するユラ。実はずっとアラキに想いを寄せていると妹のメイカから教えられたことを思い出し、オウリは挙動不審になりかけるのを必死で抑えた。
「メイカに会ったと聞いて、待っていたの」
挨拶もそこそこにユラが言う。
戦いにやってきたアラキに会った時、タオの町で偶然メイカに出会ったことは伝えておいた。それで妹の様子を直接聞きたくて来たらしい。
しっとりと愛情にあふれるユラと、夫を張り倒しかねないメイカ。なかなか対照的な姉妹だ。オウリは思い出して苦笑した。
「すごく活発な妹さんですよね」
「そうよ。元気にしているのね」
「はい。たくましく暮らしてますよ。他の屋台の店主達にも人気があったし、ラオさんとも仲良さそうでした」
ラオのことは尻に敷いている、というのだと思うが黙っておいた。
メイカ夫婦を狙う者ももういない。むしろ姉であるユラのことを心配していたと伝えると、ユラは少し顔を赤らめて困ってしまい言葉を濁した。
ユラが仕事に戻るのを見送って、オウリはアラキに探りを入れてみた。
「ユラさんて、アラキさんと暮らしてるんですよね」
「ああ、いつまでも嫁にいかん。家のことを頼りきりだからかもしれないが」
「いやそれ、周りから見ればただの年の差夫婦じゃないですか。父娘じゃないんですから」
「おい」
アラキは絶句した。
数瞬おいてうろたえる。そんな様子はあまり見たことがなかった。
「いやそんな、なあ? ……俺が、悪いのか?」
「悪いとかそういうことじゃないですけど」
なんと言えばいいのかオウリにはわからない。自らのわずかな経験値で人の恋路のことなど口出しできたものじゃなかった。
うーん、と考え込んでしまったアラキがどういう方向で悩んでいるのかも、判然としないのだ。この話は置いておこう。ところで、と仕事の話を切り出した。
「アニからの反応はありましたか?」
「ああ……大慌て、てところだな」
地震で機能を止めた長老会は、二ヶ月近く経ってようやく立ち直り始めているらしい。だがその間の諸々は、大きな影響を残していた。
今回の襲撃と略奪も、山間の弱小氏族まで目も手も届かなかったことによるものだ。そんな所が他にもないか、早急に調べて対処するとは言ってきたが、その対処のための人手も物資もあるのかどうか。
そんな感じなら、食糧は余裕があれば持っていけば高めに売れそうだと思う。銭貨ではなく特産の石材で払ってもらえば、どちらにもありがたい取引になるだろう。石で民衆の腹は満たせない。
シージャからなら北端の町ホゥラが近いが、中央のラタまで船で運んで、とまでオウリはつらつら考えた。そんな様子にアラキはしみじみと成長を感じているようだ。
「山越えの道は、しばらく閉じるからな。シージャには商機だぞ」
「閉じるんですか」
「まあ通れなくはないが、兵士を配置するようだ。タミの二の舞を出すわけにはいかん。お互い、いらぬ死人を出した」
サイカの長ククスは強気の姿勢を見せていくようだ。タミ襲撃の件の解決と、アニ辺境氏族の救援、それが成されるまで警戒は解かないという。
だがその後になら必要な交易を再開するから、物資は潤沢に用意しておくようにと商会にお達しがあった。争うより現実的な対処だ。
「じゃあそれまでの間ってことですね、シージャの機会は」
「いいや、食糧に関してはそっちがどうしたって有利だろう」
確かに平野部の食糧生産量と生産性は有利だ。それにソーンから直接輸入することもできるのだった。
そんな話をしていると、戸を開けてキサナが入ってきた。オウリを見つけて笑顔になる。
「もう来てたのか。ちょうどよかったぜ、おまえに客だぞ」
「客? ここに?」
アヤルに訪ねてくるなんて、パジに移ったことを知らない昔の知り合いの誰かだろうか。
心当たりのないオウリだが、招き入れられた人を見て仰天した。
「シ、シュナ!? それにトゥガ!」
「見つけたわ、オウリ」
腰に手をあててオウリを鋭く見据えたのは、カツァリで命を救った女シュナ。そして後ろで申し訳なさそうにしているのは、その兄で族長の息子でもあるトゥガだった。
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