九十三 いろいろな言い分


 戦いを終え、ざっくりと後始末をし、関わった大部分の男達は帰ることになった。

 だがオウリはパジの町に帰る前に、まず故郷イタン村に寄り、さらにアヤルの町に寄らなければならない。カナシャの元に戻れるのはいったいいつになるんだ、とオウリは天を仰いだ。


 上流を出発し集落や村を通る度に、そこの男達が歓呼の声に迎えられて列から離れていく。最下流のイタンに着くと、あとはアヤルに戻る商人と別れるだけだった。


「じゃあ、俺も後でアヤルに寄りますから。また」

「おう、またな。少しは親孝行でもしてこい」

「……それはまあ、できれば」


 アヤル商会のアラキやキサナと挨拶して、オウリは村に入った。


 結局イタンの男達は軽傷者が二名出ただけで全員帰ってきている。完全勝利の帰還に村は沸いた。

 オウリが参戦したこともタイガの口から伝わっていて、しかもアニ族二名をほふったのはオウリなのだ。父イップは大いに面目を施したといえた。

 そんな話が村を駆けめぐっているが、オウリはそそくさと実家に逃げ込んだ。人殺しに慣れていることを褒められても微妙な気分だ。それよりも、新しくできた家族に挨拶しなければ。


「おかえり、オウリ」


 母トゥーイはいつもと変わらずに迎えてくれた。その隣に、オウリと入れ替わって村に帰ったタイガがせかせかと出てくる。タイガは興奮冷めやらぬ顔だ。


「今朝、生まれた。息子だ」

「そりゃおめでとう。母子とも無事か」

「ああ」


 娘のチマに続き今度は息子ということで、タイガは舞い上がっているようだった。

 帰らせてよかったとオウリは胸を撫で下ろした。お産に際して男はオロオロと待つしかできないとは言え、戦いに行っているよりは妻の側の心持ちも違うだろう。

 それにしてもトゥーイの様子は変わらないのだが。


「孫が増えたにしては、母さんは落ち着いてるな」

「嬉しいけどね、大変なのが先にくるのよ。レアがいてくれて、本当に助かるわ」

「そうだ、リガン兄さんとレアにもお祝いを言わなきゃならないんだ」


 そう思ったのだが、リガンは相変わらず製茶場に籠っているし、レアは産褥の世話でくるくると立ち働いている。

 二人揃ったところを見るのは後になるが、とにかく茶の評判が良かったことだけは、リガンにも父にも伝えた。

 ソーンの裕福な貿易商夫婦から絶賛されたと聞いても、リガンはうなずくだけで何も言わない。

 本当に、どうやってレアを口説いたんだ。


「あまり喋らない同士、気が合うんじゃないかと思ったからねえ」


 トゥーイは言う。母親達のその慧眼には恐れ入るが、気が合っても進展できないとは思わなかったのか。

 誰に聞いても、二人の会話など目撃例が出てこないのだ。手招きしたり、うなずいたり。身振りで茶摘みを教えていたと聞いて、オウリはもう匙を投げた。

 二人の間でしかわからないことというのはあるのだ。オウリとカナシャがそうであるように。




 オウリはなるべく人目を避けつつ、御杜へと向かった。どうやってか惹かれ合い結婚した次兄の話を耳にしたら、少しだけでもカナシャの気配が聴きたくなってしまったのだ。


 夕暮れ近い御杜は、ようやく人がいなくなったところだった。


 村の男が戦いに行ったのだ、いつもよりたくさんの祈りの跡がある。お供えの食べ物や、花は少ない季節だからか木の実草の実。

 そして無事に帰れたお礼参りがさっきまで続いていた。でなければオウリだってもっと早く来たかった。


「カナシャ?」


 オウリは楠にそっと触れて呼び掛けてみた。

 ――何も感じられない。オウリは苦笑いして手を離した。以前に玉蘭花の香りが届いたようにはいかないか。


 まあオウリにはわからなくても、カナシャの方ではオウリの事が感じられているだろう。戦いに巻き込まれたこともきっとわかって、ヤキモキしていたに違いない。


 ごめん、とオウリは頭を下げて謝っておいた。




 その頃のカナシャは、自宅にイハヤの訪問を受けていた。

 半月ほど前、オウリを送り出すのと一緒に別れたはずのイハヤである。何故またパジに来てカナシャを訪ねたのか、といえばまあ、ろくでもない用事なのは相変わらずなのだった。


「今度はなんですか」


 呆れたカナシャに、さすがに照れ笑いをしながらイハヤは言った。


「サイカ族とアニ族で、ちょっと揉めてるんだよ」

「――ああ、あれはアニ族だったんだ」


 オウリの戦いの気配を思い出すカナシャだが、そう言われてはイハヤだって呆れてしまう。


「まーたカナシャは、何を感じたんだい?」

「昨日、オウリが戦ってたんです。昼前の短い間でしたけど」

「オウリ……きっちり巻き込まれたね。オウリの故郷の村の上流にアニ族が攻め入ったらしいよ。サイカのククス殿から一報を頂いた」


 アニと事を構えるかもしれないとなって、ククスはシージャにも断りを入れたのだ。

 どちらとも境を接するのだから、どんな影響があるかわからない。そしてまた、これはアニ族の暴虐であってサイカ族にとがはないという宣言でもあった。


 シージャ族として介入するつもりはないが、場所が気になる。カツァリにも隣接する地域だ。

 カツァリは今、族長の代替わりを進めている最中で、若干揉めてもいるはずだった。


 オウリはイハヤの意を汲んで動いてくれているとは思うが、どうしているのか直接探りに来てしまったのだ。オウリの動きを追うならば、どんな情報網よりもカナシャが早い。


「戦いになったのか」

「すぐ終わりましたよ」


 あまり面白くなさそうに言うカナシャを脇から見て、父のテイネは静かなため息をついた。娘がそんな血なまぐさいものを感じているなど、嬉しいわけがない。

 オウリはしっかりしていてカナシャを大切にしてくれるいい婿なのだが、このところちょくちょく面倒に巻き込まれているのが心配だった。


 イハヤは天井を見上げて考え込んだ。

 争いはひとまずおさまったのだろうか。だが上の折衝はまだこれからだ、現地で再燃する可能性もなくはない。

 それにカツァリはどうなっている。混乱につけこんで動く者はいるだろうか。


「――やっぱりククス殿の所まで行ってみるか」


 一人ごちたのに、カナシャはピクリとした。


「アヤルに行くんですか」

「――ああ、そのための、私だからね」


 身軽には動けない族長ツキハヤに代わり各地に赴く。それがイハヤの役目であり、経験すべき事だ。


「――それ、わたしも行っちゃだめですか」

「カナシャ」


 イハヤはさすがにテイネに目をやった。父親の立場としてその提案はのめないだろう。

 果たしてテイネは額に手をやって上を向き……おそらく、諦めていた。


「でもね、今回シラはいないんだよ」

「そうだけど、クリョウさんとエンラさんが表にいるでしょう。サイさんが今は……町長さんの所だし、スサさんも、近くにいますよね。皆さんがいるんだから大丈夫です」

「いや、そうじゃないよ」


 同行者達の気配を探り当てるのもやめてほしいが、イハヤが言いたいのは一行は男ばかりだぞ、ということだ。


「だってわたし、怒ってるんですよ」

「ええ……?」

「全然帰ってこないし、危ないことばっかりしてるし。なんかもう、待ってるだけってのが腹が立って」

「うーん……?」


 それをイハヤに言われても困ってしまうのだ。理屈の通じない少女の言い分に、さしものイハヤも言葉に詰まった。



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