三十六 想いあう


 オウリが街道に出て行くと、所在なげに立っていたナモイが苦笑いして文句を言った。


「遅いぞ、オウリ」

「すみません。少々こみいった話がありまして」


 素直にペコリと謝るが、こいつ悪いとは思ってないな、とナモイは見抜いた。

 平静を装っているが、おそらく浮かれている。オウリはそんな晴々とした空気を身にまとっていた。

 出発の遅れを取り戻すように歩き出しながらナモイは探りをいれた。


「おまえさん達、喧嘩かなんかしてたんだろう」

「そうですね。わりと、危なかったです」


 あっさり認めた上で、しばらく落ち込んでいてご迷惑おかけしました、とオウリはまた謝った。


 そんなサラリとしたものじゃない。商会内の空気が澱むほどに酷かったのだが、「危なかった」と言うほどだったのなら、さもありなん。


「ホダシでもそんなのあるんだな」

「ありましたね……」


 しみじみ言われてナモイは吹き出した。


「でも納まるところに納まるんだ」

「どうでしょう。まだ何かわだかまってるみたいですが」

「多感なお年頃だからなあ」


 うんうん、としたり顔をするナモイも十一歳を頭に三人の子持ちだ。


「うちの娘がオウリみたいなフワッと得体の知れない男を連れてきたら俺は泣くね。テイネさんは人が出来てるよ」


 得体が知れないという言い方はひどいし、そんな男を雇用しているのはナモイの友人だ。

 それに聞けばその娘はまだ七歳だという。さすがに心配しすぎの親馬鹿だった。


 オウリはそのまま、ナモイの世間話に付き合わされた。

 可愛い娘の話。実は恐妻家だというカフランとの昔話。

 まあ自分の懸案がひとまずの決着をみたので、どんな内容でも聞いていられる。さっきまでの上の空が嘘のようだった。

 オウリは雨上がりの晴れた空を見上げ、故郷イタン村へと旅立っていった。




 同じ頃、ナモイから人が出来ていると評されたテイネは、朝っぱらに出かけて行った大事な娘の帰りを出迎えていた。

 しばらく祖母の所にやっていて、やっと帰ったと思えばなんだか落ち込んで具合も悪かったのである。あまり男親がしゃしゃり出ても娘が嫌がるだろうと妻に任せているが、実のところ心配で仕方がなかった。


「おかえり。あれ、手ぶらかい。朝ごはんでも買いに行ったのかと思ったのに」

「ううん、買い物じゃないの」


 ここ数日とはうって変わってハキハキした物言いのカナシャに、テイネはおや、となった。

 その藍染めの服の胸元に見たことのない首飾りが下がっている。

 ああ、オウリくんか。

 テイネは納得した。ずっと元気がなかったのは喧嘩だったのだろうか。そして仲直りした、と。


 ホダシといえど、この未熟な娘と才気ある若者だ、すれ違うことも多いだろう。それでもなんとか幸せになってほしいのが親心だ。

 だが普通と違うえにしを持つということは、普通と違う運命さだめを持つことを意味するのでは、とテイネは危ぶんでいる。

 元からクチサキとしても規格外の娘なのだ。できることなら穏やかに暮らせるよう、オウリには娘を守ってもらいたいのだった。


「あらあ、素敵な花石じゃない」

「あ、母さんはわかる?」


 リーファが見つけて寄ってきた。カナシャがはにかんで笑い、テイネはその様子に一安心した。


「そりゃあね」


 リーファは珠細工師だ。祭礼や結婚式で身を飾るきらびやかな品を作っている。

 実はこの家の薬味箪笥にはテイネの使う生薬だけではなく、様々な素材、色、大きさの珠や紐が入っている。整理整頓に丁度いいそうだ。

 娘が貰った飾りをリーファはじっと見てうなずいた。


「いい石ね」


 灰色のが少なく、やや透明感がある。小粒だが、それは身体の細いカナシャに負担をかけない配慮かもしれない、とリーファは微笑んだ。

 ずいぶんと大事にされているようでよかった。


「可愛い首飾りだわ。オウリさんからの贈り物なんでしょう? あの人にはあなたがこんなに可愛らしく見えてるんだ」


 カナシャは言葉に詰まった。これをかけてもらった時も、満面の笑みで可愛いと言ってくれたオウリを思い出す。


「まあ私の娘ですからね、顔はそれなりに美人だけど」

「オウリくんはまたどこかに仕事なのかい」


 テイネは娘に助け舟を出した。

 テイネだって自分の娘が美人でいい子だと思っているが、恋人とのことを親にあれこれ言われるのは嫌だろう。


「またサイカの実家なんだって。ソーンですごいお茶を見つけたから持って行くって」

「ああ、ソーンに行ったって言ってたな」


 カナシャが不在だった時の話だ。

 ジンタンで会った人の妻が病だそうで症状を説明されたのだった。似たような感じで手足の先が強ばる人を診たことがあったが、治せなかった話をした。だがその患者は顔まで進んだりはしていないので違う病なのかもしれない。


「何それ。そんな話、わたし聞いてないよ」

「そりゃ父さんは医者なんだから、カナシャよりこっちに訊くだろう」


 父親にもヤキモチを焼くカナシャにテイネは笑った。

 ちゃんと想い合っているようで何よりである。このまましっかり寄り添っていってほしいとテイネもリーファも願っているのだった。





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