三十二 二人の違い
残っていた豆花をオウリも味見させてもらい、きちんと片付けまでしてからオウリとカナシャはお
ちなみに片付けの間、オウリはリナ係になって膝の上に乗せて話し相手をしていた。つくづく将来が心配な子だ。
昨日今日と晴れて暑くなっていたが、午後遅くなって冷たい風が吹くようになってきた。そろそろ天気が崩れるのかもしれない。
涼しくなった町を二人並んでぶらぶら歩く。といっても
子ども同士なら道端で遊べばいいし、大人同士なら何か屋台で買って食べるなり宿に部屋をとってしけこむなりできるのだが、この二人だと如何ともしがたい。
夕暮れに家に送らなければならないので食事もさせられないのだった。
サヤの家にいる間は普通に見えたカナシャが、二人になったとたんよそよそしく感じられた。
何か怒らせるようなことがあっただろうか。考えてもわからない。
まあ俺も、女と付き合ったことなどないからな。女心など知ったこっちゃなく生きてきたのだ、仕方あるまい。
つい深くため息をつくと、カナシャがこちらをちらりと見た。
「ああ、なんでもない」
素っ気なく言ってしまい、いやたぶんこれは間違えている、と焦る。
そうじゃなくて、何故サヤの家を訪ねたことが嫌がられたのかちゃんと訊けばいいんだ。
「あのさ……さっき、俺には会いたくなかった?」
率直に疑問をぶつけてみると、カナシャはびっくりした顔でぶんぶん首を振った。
「だって来てほしくなかったんだろ?」
そりゃあ、ちょっとね、とカナシャは小さく呟いた。
「恥ずかしかっただけ……朝あんなことしちゃったから」
「あんなって」
カナシャは真っ赤になって口をぱくぱくさせた。そしてやっとのこと、オウリにギュッてしたでしょ、と声にならないぐらいの小さな声で言った。熱くなった耳を両手で押さえてうつむく。
「商会の人達もいたのに」
そのカナシャを見て、オウリは自分がとても破廉恥な男のような気がしてきた。それぐらいのことを気にするものなのか。
事故に遭ったかもと心配していた家族や恋人が無事に戻ったら、あれぐらい普通だと思うのだが。現にあの場にいた連中の誰もカナシャをはやし立てるような言動はしていない。
カナシャと自分の感覚がまったく違うのだと、オウリはあらためて実感した。
子ども、なんだなあ。
仕方がないことだが、少しからかいたくなっていたずらっぽく言ってみる。
「確かに商会のみんなに見られたけどな。じゃあ二人だけの時ならよかったのか?」
するとカナシャはビクッとして早足で逃げ出してしまった。
え、嘘だろ。そんなすごいこと言ったか、俺。
慌てて追いかけて横に並ぶ。
「待て待て待て。嘘だよ、何か怒ってるわけじゃないんだって安心したんで、からかっただけだ」
カナシャはうつむいたまま、オウリの袖を握った。それぐらいが普通の状態のカナシャの精一杯なのだ。なのでせめて、言葉で伝えようとする。
「会いたくないみたいな言い方して、ごめんなさい」
オウリは笑って、子どもが手をつないでするように袖ごとカナシャの手をぶんぶんと揺らした。
あやすようなその仕草に、カナシャはなんだか切なくなった。
オウリは優しい。全然大人になれない自分を、ゆっくり待っていてくれる。
どうしてだろ。わたしがホダシだから?
――じゃあわたし達がホダシではなく、普通に出会ったのならどうなってたんだろう。
カナシャは足下がぐにゃりと曲がったような眩暈を感じて立ち止まった。
それは二人の関係を直接脅かす、感じてはいけない疑問だった。
唐突に足を止めたカナシャを振り向くオウリの目は柔らかかった。やっと会えた愛おしい者に向ける視線。
「カナシャ?」
「……ううん、大丈夫」
二人が、ホダシではなかったら。
その問いはとても怖いものだった。きっとオウリはカナシャになど目もくれないだろう。カナシャの方は、素敵な人だとオウリに憧れるかもしれないのに。
わたしは、この人の隣を歩いていていいのだろうか――?
一度はっきり思ってしまうと、その疑問はカナシャの胸を騒がせて離れなくなった。
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