六 茶を商う


 クチサキ。


 人ならぬモノ達の声を伝えてくれるから、口先クチサキ


 サイカでは「クチサキ様」と呼ばれることが多いが、シージャでは「御クチサキ」だそうだ。

 困り事を相談したり、まじないを頼んだりもする。


 カナシャは父方の祖母が同じくクチサキだそうで、その力が現れることの多い血筋というものがあるらしい。

 人によって声を力に差はあるが、クチサキに受け継がれてきた儀式や呪言などもあるので、それは学び伝えなければならない。


 ちなみにカナシャがひらひらと腕を揺らすのは儀式なのかと思いきや「遊んでるだけ」だそうだ。

 くすぐっているようなものだというが……カナシャにも見えているわけではない精霊だかなんだかを相手に怖くないのか不思議で仕方ない。


 以前オウリがパジに来た時期には、カナシャは海沿いの村にいる祖母の元にクチサキ修行に行かされていて町にいなかったらしい。

 今回は町に入ってすぐ、お互いに感じ合った。

 ある程度近づかないとホダシ同士も絆されないということか。


 そんなすれ違いで出会いが二年遅れたわけだ。

 だがもし当時の二人が対面したとして、十一歳の喧嘩上等な女の子カナシャと、十八歳の駆け出し商人オウリ。そんな二人が惹かれ合っても、どうこうできる道筋が見つけられない。


 何事にも時というものがあり、なるように出来ているのである。




「さてさて、オウリに頼みたかった事について話そうか」


 初出勤したオウリを前に、カフランは生き生きとしていた。基本的になんでも楽しむ性質たちなのだ。


 昨日のオウリは家出娘カナシャを家に送り届けてから商会に戻ったのだが、夕暮れなのに仕事の話なんかするもんじゃない、と追い出された。

 仕方なく宿の近くの夜市屋台で食事しながらキサナにからかわれ倒して、怒涛の一日は終わった。


 オウリがカフランの元で働くことになったのもその時伝えた。だがキサナもタウタも、商人をしていればどうせそこらで会うだろう、と寂しがってはくれなかった。

 実際、今日はアラキも一緒だ。

 アヤル商会を通すと言ったからには最初からいてもらうよ、とカフランが呼んだのだ。


「オウリは、茶の製造の経験があるよね」

「はい。実家でやってますから」


 太陽の島ハリラムでは涼しい高地の方が茶の木の栽培に向いている。そのため茶の生産地はほぼサイカだけだ。

 オウリの実家では一族郎党で茶畑を作り、茶葉の加工まで行っている。オウリも十六歳までは一通りの工程を学んでいた。


「僕ね、新しい茶を作りたいんだ」

「新しい、ですか」


 カフランは大きくうなずいた。


「茶文化の本場といえば、ソーンだね」


 ソーンは西の大陸の大国だ。ハリラムからは三十里ほどの海峡を隔てている。

 貿易も行われていて、ハリラム特産の石や香辛料が輸出され、ソーンからは工芸品や絹、鉄製品、銅銭が入ってくる。


 パジは河口の町だ。

 大きな船はやや沖合いに停泊し小船で荷を運ぶが、海側に造られた桟橋にはある程度の船ならつけられる。

 ソーン相手に限らず交易はパジの大事な産業だった。


「そのソーンで変わり種の茶が流行ってるんだとさ」


 カフランは肩をすくめた。


「というと、どんな」

「風味づけに醤油を混ぜてみたり」

「は、はあ」

「塩を入れて生姜を添えたり」

「それはもう、あつものに近いのでは?」

肉桂ニッキを入れることも」

「……俺なら塩じゃなく、甘くします」


 味を想像して提案すると、カフランは手を叩いて、後でやってみよう、と笑った。


「昔、そんな風に飲まれていたという文献があるのさ。今となっては変わり種だが、伝統的ともいえる。それでそんな工夫がもてはやされている理由なんだが、どうも茶が余ったらしい」


 茶が高く売れるので産地が増え、近年は作柄も良く、飲みきれない茶が保管されたまま古くなってしまった。

 香りも味も落ちた茶をどうごまかして飲むかという、生産者側に近いオウリとしては悲しい事態になっているそうだ。


「それで、どうして余っている所に茶を輸出しようとするんです?」


 カフラン商会が貿易にかなり力を入れているのはオウリも知っていた。ソーンの茶事情を説明するからには、その新しい茶で殴り込みをかけ、なおかつ勝算があるということだろう。


「余っているってことは、少しずつ安くなって庶民にも出回るんだよ。ソーンではもうすぐ、茶は貴族と役人と富裕商人だけのものじゃなくなる」

「でも、うちから輸出しても安くは売れません」


 船代が上乗せされて、どんな粗悪品でも高値をつけざるを得なくなる。


「うんうん、ということは?」


 カフランは試すような目つきをした。まったく食えない人だな、とオウリは呆れた。


「……いっそ高級品を作るんですか」

「はい正解。どうせなら皇帝に献上したくなるぐらいの美味しくて珍しいものを作れば、ソーンの貴族の間でも流行るんじゃない? 少量生産して高く売りつける。貴族相手ならぼったくりもいいだろうさ」

「いや簡単に言わないでください」

「簡単とは思ってないよ」


 カフランは真面目に向き直った。


「生産者につながりがあって生産工程もわかっていて、他の産物についても見識を深めたオウリにぴったりの仕事だろう? 実家に頼んで色々試してもらいたいんだ、これまでのお茶をどう変えればいいのか。形なのか、風味なのか、淹れ方や飲み方なのか」


 オウリは一瞬で頭の中で色々なことを計算した。

 そもそもこの事業に取り組まなければ自分がカフラン商会にいる意味はない。やるしかないのだが。


「……実家に依頼するのはかまいませんが、条件を詰めましょう。特に費用はどこが持つのか決めずに話を持っていったら、俺は実家に出禁をくらいます。えーと、試験に使う茶葉その他の材料費、その調達や試験に携わることで掛かる人件費、普通に製茶事業にその資源を回していれば得られたはずの逸失利益……」

「おまえ」


 ずっと黙って見ていたアラキが笑い出した。


商人あきんどになったなあ。くそ、やっと使い物になるまでにしたのに」


 オウリは肩をすくめて無言で答えた。

 ほんと、どうしてこうなった。


 ホダシと出会ったこと。新事業のこと。おかげで転職先が決まったこと。

 すべてが絡み合って人生が流れていく。


 これも時の必然、天運の命じるままに、ということなのだろうか。






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