第7話

 秋になると、学校では進路希望書が配られた。


 進学校ではなかったので、就職組と進学組は半々だったが、そのせいかどこかのんびりした空気で、来年はいよいよ進路を決めなければならないにもかかわらず、まるで実感がわかない。


 あまり深く考えもせず、なんとなく私立文系コースを選んでいた。


 目的も何もなく、もはや自動的とすらいえそうな選択だった。


「達彦さん、わたし進学することにしたんだ」


「そうだな。佳苗はすぐ社会には出ないほうがいいと思う。大学ってところはね、自分をいろんな角度から磨いてくれる場所なんだ。それに、キミはちょっと一本気で融通の利かないところがある。キャンパスでいろんな人と友だちになるのがいいな。ところで、学部はどうするの?」


「文学部の国文科へ行こうと思うの。ほら、達彦さん大学で万葉集を研究してたでしょ。だから、わたしもそうしようと思って」


「またぁ、俺が研究してたってだけで安易に自分の分野を決めるのはよくないよ。そういうのは、入学して1、2年勉強した後で決めればいいんだ」と、達彦は年長者らしく忠告した。


「でもほら、よく二人で和歌のやり取りなんかしたじゃない?」


「そういや、そんなこともあったな」


「だから、もっと勉強して、達彦さんに毎日贈るの」


「すごい意欲なんだな」


 達彦は笑いながらいい、いつものように彼女の髪の毛や頬を包み込むようにして愛撫するのだった。


 佳苗のほうもそれに軽く反応して、伏せ目がちになすがままになっていた。


 なのに時折、急に何かがその意識を醒めさせる。


 窓の外で、澄みきった青空を、百舌の甲高いさえずりが鋭く貫いていった。


 いつしか彼女の心も、例の意識と肉体の分離、逆らいがたい自意識過剰へと沈み込んでいくのだった。


 それから後も、佳苗は達彦といっしょにすごす時間の中でも、ふとそんな精神状態に陥ることが頻繁にあった。


 だが、彼を嫌いだという理由でないのは、佳苗自身がいちばんよくわかっている。


 むしろ、いつも傍に置いて欲しいという思いが募る一方で、彼なしの毎日などまったく考えられなくなっている。


 なのに、なぜか不思議に心は満たされぬままだった。


 冬の凍った陽射しを窓越しに受けながら、佳苗は時々そんな己が矛盾をどこか皮肉っぽくせせら笑っていた。

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