第6話
「サークル、辞めてほしいんだ」
達彦が煙草の火をもてあそぶようにしながら、すまなそうに懇願する。
初秋の風がくたびれた風鈴を幽かに鳴らし、空には数匹の赤蜻蛉がふわふわ舞っていた。
「どうして?わたし、何かいけないことした?」
「そうじゃないけど、なんか気まずいんだ。こないだも栞さんたちに11歳も歳下の娘とつき合って楽しいかって訊かれたよ。それも、興味本位で。それに、俺自身、活動中に佳苗とどう接したらいいのかよくわからないし」
「他人のいうことなんて気にしなくていいわよ。わたし、活動中はちゃんとしてるつもりよ」
「だけど、責任者である以上……」
「わかった。そんなに渋るなら考えとくわ。わたし、別にサークルにいなくたっていいから」
佳苗の表情は、あきらかに強張っていた。
その年の暮れ、彼女はきっぱりサークルを辞めた。
生活の柱を一つ失ったことで、佳苗はいっそう達彦との恋愛に耽溺するようになった。
彼なしではいられない盲目的な状態へと堕ち、生活のすべてが彼を軸として動き出そうとしていた。
ところが、つき合い始めて一年がすぎても、二人の恋愛はあくまでも精神的なつながりだけで、一線を越えることはなかった。
そんなことが可能だったのは、きっと二人の感性がよく似ていたからで、肉欲はしょせんその上にしか成り立ち得ず、ある意味では稚拙なママゴトだったかもしれない。
「達彦さん、疲れちゃったよぅ」
佳苗は夕食の片づけをすますと、エプロン姿のまま彼に寄りかかった。
「手が冷たい。腰も冷えてる、からだを大事にするんだよ。もうすこし休んでいくといい」
時計を見ると、19時前だった。
春の生温かい風が窓越しにカーテンを揺らし、テレビでは女性キャスターが落ち着いた口調でニュースを伝えている。
飲んでいるわけもないのに、なぜか彼女は酔ったような気持ちになって、
「今晩、泊めてくれる?お家には友だちの家に泊まるって連絡するから」
「バカだなぁ。ダメだよ、佳苗はすこし性急なところがある。もっと自分を大切にしなきゃ。17歳になったばかりじゃないか、そんなことをいうのは5年早いよ。帰りなさい」
「どうしてそんなことをいうの?わたし、達彦さんが好きなのよ。証が欲しいの」
「ハッハッ、本当にバカで大げさな娘だ」
「笑ったわね、わたしは本気なのに」
「わかってるよ、充分にね。でも、それじゃ佳苗がダメになってしまう。学校の成績だって、一年の時は良かったのに、今じゃ追試や赤点ギリギリばかりじゃないか。もっと自分のことをきちんとしなきゃ」
佳苗は悲しくなった。
達彦が彼女を心配してくれるのは嬉しいが、一人前の女性として扱ってくれていない気がして不安だったのだ。
いつしか彼女は項垂れ、すすり泣いていた。
達彦はそんな彼女をいつものように優しく抱きしめ、そっと髪を撫でた。
達彦の腕の中で時を過ごすことは多かったが、だからといってからだを重ねて愛を確かめるまでには至らず、単に眠ってしまったり、とりとめのない言葉を交し合ったりしているだけだった。
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