第5話

 つき合いはじめてひと月もすると、学校は夏休みになり、佳苗は彼のアパートへ足繁く通いつめるようになっていた。


 それなりに抵抗やうしろめたさはあった。


 11も歳上の独身男性の部屋へ一人で行くというのは、常識的に考えても不純な行為といわれて仕方ないだろう。


 だが、不純と断定する基準は何なのか。


 恋愛は理屈じゃないし、ありきたりの常識で割り切れるはずがない。


 彼女はいつも誰にともなくそういいきかせていた。


 達彦の部屋は、六畳一間にキッチンがあるだけで、質素なその雰囲気が、恋愛に精神的なつながりを求める佳苗には、なおいっそうの充実感を与えてくれた。


 彼女がキッチンで野菜を刻んだり、食器をガチャガチャ鳴らしたりしているのを、達彦が新聞やテレビを見ながらちらちら気にしてくれているように思えるからだ。


「本当にまだ16歳なんだなあ。俺が16の時、佳苗は……5つか。面白いもんだね、恋愛ってやつは」


 そう言って、彼は佳苗を抱き寄せる。


 煙草の匂いが彼女を満たし、酔わせるのだった。


 達彦は一日に軽く二箱は吸ってしまうヘビー・スモーカーだから、セーターやワイシャツにはその匂いが染みついている。


 おのずと、彼女のブラウスや髪の毛にも、潮風のようにふんわり滲みこんでくるのだった。


 帰りのバスでそっとブラウスの端や髪の毛をつまんで匂いを嗅ぐたびに、気恥ずかしさと切なさが胸の芯を鈍く貫いた。


 佳苗は彼の腕をそっと振りほどいて、


「どうして達彦さんはわたしを好いてくれるの?なんだか夢みたいで」


 彼女は上目遣いに達彦を見つめた。


「目。目に惚れたのかな。初めの頃は視線が合うとすぐ外しちまってたよ。じっと見つめられるとどうしていいかわからなくなってね。おかしいよな」


「ふうん。じゃあ、同じ部分に惹かれちゃったわけね。今度のサークルの時、じーっと見つめちゃおうかな」と、佳苗はいたずらっぽく笑った。


「初めて佳苗を見た時、目が大きいなって思った。ほっぺたがふっくらしてて、肉まんみたいだとか思ったよ。髪の毛、まっすぐで、サラサラしてて、触ってみたかったんだ。それに、なんていうか、勝気そうなくせに、どこか気弱な感じがしたな」


 達彦はまた佳苗を抱き寄せた。


 さっきまでは緑が汗をかきそうなほどの暑さで、陽射しも痛かったのだが、夕暮れ時になり、窓の外の電柱が長い影を作り出していた。


 佳苗は慌ててサンダルをはき、テレビから聞こえる笑い声を呪うように玄関から飛び出していった。


 キッチンの隅にたたんであるピンクのエプロンの健気な存在に気づくと、達彦は食器棚の下の引き出しにそっとしまった。

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