第4話
その夜、佳苗は夕食を早めにすませ、ベッドの中で達彦とのことを振り返った。
確かに、彼女の行動は性急だったかもしれない。
夏の夜空は昼間の暑さを綺麗にすくい上げ、寂然とした月明かりはひんやりした夜気を伴って、彼女の脳裏へ降りてくるのだった。
――剃刀のようにわたしの心を引き裂いた鋭い目――
そんな台詞を口走った自分に、俄かに恥ずかしさすらこみ上げる。
とはいえ、取ってつけたような響きはあっても、決してその場の雰囲気に流されてこぼれ出た言葉ではなかった。
達彦の目を初めて見た時の印象を、そのまま言っただけだ。
彼女は高校生になった4月の終わりに文芸サークルの新入部員として迎えられ、その初日、自己紹介を終え、サークルの活動内容や他のメンバーが紹介されると、とりあえず隅のほうでおとなしく見学していたのだが、中にひと際目を惹く男性がいて、それが達彦だった。
表面は周囲を笑わせ快活に振舞っていて、女性が恥ずかしがりそうな話でも、あっけらかんと喋っている。
テンションが上がってくると、美しいテナーで巧みに歌ったりもするのだが、見ているとどこか違和感がある。
空回りをしている。
決して心の奥底から楽しんでいるわけではないことを、それとなく匂わせていた。
ギラギラと熱い光を放つ瞳には、深い思索と苦悩の影が潜んでいて、彼女と同じようにある点では非常に渇いた意識で自己批判をしているようだった。
佳苗には、関心のある対象をじっと見つめる癖がある。
その時も当然、その人物だけを目で追っていた。
やがて、彼のほうでも隅のほうから注がれる執拗な視線に気づき、払いのけるように横目ですばやく見返してきた。
刹那、ギロッという擬音が飛び出してきそうなほど、鋭く彼女を見たのだ。
彼女は得体の知れぬ快感が、ゾクゾクッと体内を駆け巡るのを感じた。
しかし、彼の目はすぐに淋しいくらい穏やかになり、かすかな苦笑を見せながら、何のわだかまりもなく、また笑いの渦へと溶けていった。
直感的な恋、平たくいうなら一目惚れというやつだが、もしそんなものが本当にあるとするなら、二人の恋もきっとそうだったろう。
討論会の最中も、佳苗は彼にばかり目がいき、どうにかして自分の存在を印象づけたい思いから、稚拙な発言を何度となく繰り返した。
他の会員たちが呆れる中、達彦だけは真剣に耳を傾け、未熟な意見に肉付けをして筋の通った主張にしてくれたりもした。
個人的に言葉をかわしたことなどなかったにもかかわらず、二人の間にはまぎれもなく何かしら熱いものが通っていた。
佳苗の告白以来、二人の仲は急速に深まった。
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