第2話

 その頃、佳苗は高校に入学したばかりだった。


 まっすぐな黒髪を無造作に肩まで伸ばし、全体にぽっちゃりした感じで、いかにも未熟な印象だった。


 話し方や行動にも稚拙な部分が目立ち、同級生が面白半分に真似したりからかったりするが、彼女は怒りもせず、常に笑っているだけだった。


 しかし、うわべは平凡で、知性より愛嬌といった風貌の裏にあって、佳苗は人一倍強く心にバリケードを築き、自己陶酔をやまぬ内気な文学少女でもあった。


 同級生たちとのありきたりの冗談やおふざけも嫌いではなかったし、時には必要以上に騒ぎ立てたりすることもあったが、そういう時の彼女は、常に自分の行動を第三者のごとく傍観しているのだった。


 肉体と意識とがはっきり分断され、あたかも映画でも観るように自分を眺めている。


 一時、テンションを上げてはしゃいでみたところで、意識は非常な速さで渇きはじめ、ついには己を嘲り、空虚さが彼女の周囲に徐々に拡散していくのだった。


 そうした彼女の性質が、達彦との恋愛の末路にどれほど惨めなしこりを残してしまったことか。


 いまになって、それはくっきりと、まるで柔肌の黒子のように浮き出てくるのだった。


 結局、佳苗は学校に対して最低限のことしか要求出来ず、日々を受動的にすごすしかなかった。


 どこかで強烈な刺激を求めてはいたものの、それも結局渇いた意識から展望すれば、些細な焦燥としか思われなかった。


 達彦と出逢ったのは、そんな頃だった。


 佳苗は地元の市の文芸サークルに籍をおくことにした。


 幼い頃から読書が好きだった彼女にとって、文学という行為はすでに生活の一部になっていたからだ。


 批評会や討論会の際は、時折小生意気な意見を無神経に口走り、年嵩の会員たちを苦笑させた。


 社会人や大学生が大半の中、彼女の存在は少なからず特異な位置を占めていた。


 達彦は新聞社に勤務する傍らこのサークルを結成し、活動の責任者をしていた。


 なかなかの雄弁家で、会員たちからは信頼され、好感を持たれてもいた。


 活動中もきびきび取り組むので、周囲にはおのずと適度な緊張感と熱気が生まれ、一人一人が生き生きと活動に打ち込むことができた。


 佳苗もまたその雰囲気にすぐに馴染み、どんどんのめりこんでいった。


 そのせいなのか、例の肉体と意識が分離してしまう妙な冷たさも、そこにいる間だけは不思議に影を潜めていた。




「達彦さんて素敵だと思わない?」


 佳苗より四つ年嵩の栞がいった。


 そばにいた文代も軽くうなずいて、


「感じいいよねえ、気さくだし。見た目よりぜんぜん面白い人だもん」


 二人の会話を何気なく耳にしてしまった佳苗の胸に、ふと淋しさがこみ上げてきた。


 そういえば、二人は活動が始まる前の待ち時間に、いつも達彦の傍らで嬌声を発していた。


 彼の隙のないジョークに大げさに反応し、どことなく女の匂いを撒き散らすのだ。


 佳苗には彼女らの漂わせる甘ったるい雰囲気が、文芸サークルという枠内では、不純な空気を醸しだしているように思えてならなかった。


 当然、達彦に対する二人の感情からも、あからさまに軽率な印象を受ける。


 しかし、そんな二人を睨みつけたところで、佳苗の心の壁を削り取ってみれば、妬みと、強い羨望が潜在していたに違いなかった。

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