二日目

 翌日。遅刻ぎりぎりで登校すると、教室に朱莉が居た。

 同じクラスなのだから居るのは当たり前ではあるが、昨日の今日であるから、いつもと違う心境でいた。

 朱莉は一人ぽつんと座って勉強をしていた。友達同士で過ごす人が多い中であっても、浮いても馴染んでもいないその様は、どこか違和感があった。

 そんなにまじまじと見ていたつもりはないが、僕の視線に気付いたのか、朱莉がこちらを向く。

 手でも振ったほうが迷っていると、朱莉の口元がかすかに動くのがわかった。

 それを見て頷き、僕は席に着く。


「やあ。また会ったな」

 昨日と寸分の狂いもないかのように、噴水の縁に朱莉は座っていた。

「朱莉さんが呼び出したんだろ」

 朝、声を発さずに朱莉が僕に、

 待ってる

 の一言を伝えた。

 僕はそれを放課後、噴水に来いという意味と受け取り、今に至る。

「そうだったな。まさか来るなんて思ってたぞ」

「思ってたんだ」

「君を信じているからな」

「昨日も思ったけど、なんか僕に対する信頼厚くない?」

「何でだと思う?」

 思い当たる節が無さ過ぎて困る。

 昨日まで朱莉と接点すらなかったのに信頼される覚えなんて……いや、接点はあったんだっけか。

「そう。接点はあったのだよ」

「心が読めるの?」

「探偵に読心術は必須科目だからね」

 知らなかった。探偵に読心術が必須なのも朱莉が探偵なのも。

「絶対嘘じゃん」

「世の中に絶対はないよ」

 含蓄のありそうな話をし始めそうだし、話が逸れそうでもある。

 これまた昨日と同じように話の寄り道が始まるかと思いきや、そうはならなかった。

「私は噓を吐いている」

「やっぱり嘘なんじゃん」

「最後まで聞いてくれ。厳密に言うと、嘘ではなく、正直に話していない、といったほうが正しいかな」

「と言うと?」

「時折、冗談を交えて話してはいるが、本筋の部分では嘘は言っていない。しかし、敢えて話してないこともある」

「それはなぜ?」

「それを考えるのが君の仕事さ」

 僕を指差しながらそう宣言する様は、まるで犯人を当てるときの探偵のようだった。

 僕には朱莉のような探偵の技術はない。

 だから考えるにしても何か取っ掛かりがなければ当てずっぽうしかないのが一般人の限界である。

 それを知ってか知らずか、いや、知らないのだろう。

 うっかりすると忘れそうになるが、朱莉は麒麟児なんて呼ばれる天才だ。

 凡人の考えなんてわからないのかもしれない。

「そんなことないぞ。私にだって人の考えはわかる」

「また心を読んだの?」

「私をぼーっと見つめる顔が、いかにもお前人の心わからなそうだなって物語ってたからな」

「そんな顔してたかな……悪気はなかったんだ。ごめん」

「別に謝ることないさ。実際、人の考えを理解できないこともままある。だからこそ、こうやって考くんに問題を出してるのだし」

「ん? 人の考えがわからないことと僕に当てさせようとすることはイコールなの?」

「たぶん」

「たぶんって、曖昧なんだね」

「現代文のテストに似ているな。作者の心情を答えさせるやつだ。あれなんかも答えは無数にあるはずなのに回答は一つしかない。これもその類のものだと思ってる」

 朱莉が話していない事柄は、答えが無数にあって一つしかない。なぞなぞめいてきた気配がする。

「じゃあ一つ質問。朱莉さんは何で話さなかったの?」

 もはや答えに直結しそうな質問ではあるが、朱莉ならうまく答えてくれるだろうと思って投げかけた問いに、朱莉は落ち着きなさそうに視線を動かした。

「うむ。それはなんというかだな」

 今までとは打って変わったように、朴訥ぼくとつとした様子になってしまった。

「さすがにこれは答えを訊いてるのに近いもんね。答えられないなら無理しなくていいよ」

 朱莉は安堵したように「そ、そうか」と言って、胸をなでおろす。

「すまんな。うまい返しができなくて」

「ううん。僕のほうこそ答えにくい質問しちゃったと思うから気にしないで」

 僕の返答に申し訳なさと照れが入り混じったような表情でこちらを見る。

 見ている僕もなんだか照れ臭かったので、思わず目を逸らしてしまった。

「さっきの質問に答えられなかった代わりに、他の質問ならどんどん答えてみせよう」

 また饒舌な雰囲気に戻った朱莉が自信満々に言う。

 これでまた僕が直接的な質問をしたらどうするつもりなのだろうと思ったが、そもそも僕が信頼される覚えがまったくないため、核心をつくような質問がなんなのかわからない。

「僕が憶えてない接点があるんだよね?」

「そうだ」

「それは何時の話?」

「二年生になってからだな」

「ってことは、一年生のときは何もなかったってこと?」

「ああ。一年のときには私は考くんを知らなかった」

「もっと期間を絞ってもいい? 二年生の何時頃?」

「きっかけは何度かあったが、一番最初は初めて二年生の教室に入った日だな」

 つまりは始業式の日ということか。

 ここまでの段階でもまるで思い当たらないのは僕の記憶力の問題だろうか。

 いや、そもそも朱莉の頭の良さを考えると、記憶力も良いと考えるのが妥当。ならば、常人じゃ憶えてられないくらいの些細な出来事なのかもしれない。

「ちなみにそれって一般的に見たとき、大きな出来事なの?」

 偏見だが、天才と呼ばれる人に一般の感覚があるのか怪しかったが、朱莉は「私にとっては大きな出来事だった」と、事もなげに答えた。

 そんな大きな出来事なら少しくらい記憶に残っていても不思議ではないはずなのに……。

「難儀そうだな」

 それまで考える僕を楽しそうに見ていた朱莉は、痺れを切らしたというよりは最後通牒かのように言った。

「明日までに答えを出してみろ。ほら、二度あることは三度あるや三日坊主みたく、物事は何かと三日で区切るのがきりが良さそうだしな」

 どこか寂し気な雰囲気で告げる朱莉を見たら、とてもできないなんて言うことができず、首を縦に振るしかなかった。

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