floor.0 -2

 水路を巡り、ウツボのルートでロブスターをゲット。ナイフで捌いて新鮮な身を口に放り込めば少々体力が回復したような気持ちになり、ジョージの心も僅かばかりに平静を取り戻す。

 もちろんブルースに分け前は渡すようにしていた。薄々感じていたことだが、彼にも多少の知能はあるらしく、空腹を気に掛けるのはもちろんだが、乗り物として単純に使役するのも攻撃の盾として扱うのも、何だかジョージには違うような気がしていたからだ。


 入り口付近の目立つ生物のゾーンから甲殻類、魚類、のエリアを巡り確実にその奥へと歩みを進めていっていた。

 珊瑚礁エリアは下手すれば皮膚を傷つけるから要注意だ。傷つけないように細心の注意払って進んでいくと、今はいない従業員の忘れ物だろうか、保護グローブを手に入れることができた。

 何もいない不気味な大水槽をに入り、そのまま引き返してくることも。


 巨大なイカとの戦闘は苛烈だったが、機転を効かせてフロアにあったオブジェと、おそらくサメ用の餌やり棒として使われていたものを銛のように突き刺すことに成功。少々吸いつかれてご機嫌斜めだったブルースは、その足を仕返しとばかりにモグモグと食いちぎっていた。




 そこからの——。


「ちくしょう! こいつら一体何匹いやがるんだ!!」


 大量のアカクラゲの襲来である。素早い動きで襲ってくるわけではないが、漂うその個体が何十と水中に入れば、どうしても毒のある触手に触れてしまう。


「ブルース、持ち堪えられるか!」


 いくらホオジロザメとて、クラゲの毒に当たるのは痛いし嫌がるのが普通だ。しかしその向こうに見えるのはショットガン、いつ何があるかわからない上、ブルースより大きなサイズのサメに襲われてもことだ。持っておくに越したことはない。


 避けて通ってもいいリスクまみれのクラゲの大群の中を、それでも相棒は今回はビビって怯むこともせずに何度もその群れを裂くように泳ぎきってくれている。

 顔や手にいく筋もの火傷のような痕をつけながらも、ジョージは進んでいく。クラゲが美しいなんてのは、外から眺めるだけの平和な野郎どもの主観だ。心の底から舌打ちをつきたい気分になる。

 あと少し、あと少しだ……。必死に伸ばした手の、その指先が海藻に巻かれたショットガンのグリップにかかる——。


「ブルース……」


 ハッとして振り返る。泳ぐジョージの足先を、その鼻先でちょんと押すように支えていたのは、相棒のホオジロザメだった。




***




 フロアを上がるエレベーター。その目の前、元はショープールであったのだろう沈んだ大きな場所には、こちらを睨め付けるかのような巨大なシャチが一頭。

なるほど、あの変なパペット野郎が「ゲーム」というからにはそのフロアごとに最大の難所があるのだろう。ここアクアリウムのフロアでいえば、シャチがラスボスというのは——なんとも頷けることでもあり、本来ならこの場所でショーをし子供たちを笑顔にする立役者であろうその生物が、そこに立ちはだかっているのはたいそう皮肉なことでもあるように感じる。


 ジョージは、自分を乗せたままの相棒の身体がびくりと震えたのを肌で感じていた。ホオジロザメは吠え声を上げる事はできない、その感情は身体の動きと剥き出しにしたその鋭い牙で何となく察することができた。


 シャチの背後、そこには何匹ものサメの食い荒らされた死骸が沈んでいる。

 別にサメは単独行動なので、ブルースにそんな感情があるのかどうかは計り知れないが、あえてゲームの趣旨を理解して逆上——もしくはこちらを愚弄しようとでもいうのだろうか、わざとサメだけを選び無惨な殺し方をする知性なら、シャチの方にはありそうに思えた。


「そうか、お前は怒っているんだな」


 残り時間は1時間を切っている。ジョージだってこのまま地下で爆弾で細切れ肉になるのも、シャチだかサメだかに食い殺されるのも絶対にごめんだと思っていた。


「いくぜ相棒!」


 そう言った言葉はブルースに伝わったのだろうか?

 勢いよく、彼は本来なら絶対に避けるべき天敵でもあるシャチに突進していった。キリキリと頭に響く鳴き声をあげ、勢いよく潜るシャチ。弱点の腹部の真下をとられまいと、ブルースも潜水の体勢になりそれに続く。


 ゴーグルを持ち合わせていない自分が、その背鰭に捕まったまま水中の定まらない視界に飛び込んで数秒。がんっと横からすごい衝撃を喰らい、サメの背から放り出されたことがわかった。


「うわっぶ!」


 そのまま勢いよく水上に弾き出され、自分がシャチに放り投げられたのだと自覚すると同時に、ジョージは再び水面に叩きつけられた。

 水の中では人間は小さく無力だ……まるでボールか、小さな獲物で遊ぶかのように何度か宙を舞っては水の中へ引き摺り込まれてゆく。その間に水中でどうなっているのかを視認することすら、彼にはできていなかった。


 ホオジロザメは、勝ち目のないシャチへそれでも果敢に向かっていっていた。ジョージが仮にあの時ロブスターを食べさせなかったら、必死になってマンボウを遠ざけたりしなければ。ブルースの対応もまた違っただろう。通常、シャチと相対すれば、大型のサメさえ文字通り尻尾を巻いて逃げているところだ。

 隙あらばプレーヤーを食べていいと認識できる程度には、この施設でサメの知能も開発されていたのかもしれない。


 そう、シャチは嫌いだがコイツは嫌いじゃない——そう思える程度には。


 ブルースは渾身の顎の力を込めて、シャチに噛み付く。その衝撃と痛みで、ジョージを放り投げる力が少しだけ緩まった。

 水面に落ち、追撃が来ないタイミングでジョージは必死に泳ぎ、そのもがく眼前にこのフロアでゲットしたあの巨大イカのイカ墨を思いっきり投げつけ、その目にナイフを突き立てる。


「ブルース!」


 呼べば相棒はやってきた。そのままショープールの中央まで移動し、本来なら天井部分になっていた位置にあるボールに飛びつき、ポールをよじ登る。

 ここに照明器具の電気コードがあればいいと思っていたのだが、予想外のものを発見しジョージはそれに飛びつく。


 怒り狂ったシャチがポールをへし折る勢いで体当たりをしてくる。その全力の突進に、ブルースも一瞬弾き飛ばされてしまった。


 ギイギイという鳴き声と、競技用のボールに食いつき、そのまま鉄骨のポールもろとも水面に落とそうとしてくる。バランスを崩したジョージをそのまま水中へ引き摺り込もうとしたのだろうか、大きくシャチが口を開け水面から飛び出してきた。


「これでもくらえ!!」


 それは天井部分に引っかかっていた、ガソリン式のウォーターポンプ。

 腕一本は持っていかれる覚悟でそれを口の中に押し込むと同時に、猛スピードで突進してきたブルースがシャチの勢いを削ぐ。


 いよいよ怒り狂ったシャチは、再度こちらへと猛スピードで突進してきた。


「ブルース! なるべく遠くへ行くんだ!!」


 言葉が通じているかわからない相棒へそう叫び。先ほど手に入れたショットガンをベルトから引き抜く。


 装填された球は三発。

 銃の扱いは何故か身体が覚えていた。ならばそれに賭けるのみ。


「ラストショーだぜ! しっかり笑いな!!」


 ズドン! という銃声の後、数拍おいてその水面が炎上した。



 衝撃で放り出されたジョージが次に目を覚ますと、水面にはまだ少しの炎がちらついているところだった。そして上のフロアへと向かうエレベーターのドアが開き、水面には一つ——相棒を待つかのようにホオジロザメの背鰭が周回していたのであった。



【floor.0 : クリア】

【残り時間 : 7min】

【空腹メーター : 100%】


【取得アイテム : ショットガン/酸素ボンベ/ゴーグル】


 —— Next floor.1 ——

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