floor.0 -1
パネルのカウントダウンが始まると共に、重苦しい音で最初の鉄のドアが開いた。次の瞬間、上からまるで首を狩るかのように巨大な刃がゆらりと現れ、すんでのところで身を伏せたジョージは荒い息を吐く。髪の毛がないため、ダイレクトにその風圧が頭を掠める。どうやら「死ぬ」というのは脅しでも冗談でもないらしい。
ふよふよと緩めに泳ぐ「ブルース」は、背中にドスンと伏せた自分に対して怒り暴れる様子もなく、そんなにせっかちで荒いサメでも無いようだ。
バシャン、バシャンと二度ほど尾鰭で膝の辺りを突かれ、ズボンのベルトに大振りのサバイバルナイフが一丁下がっていることに気づく。ライフルやマシンガンの類いがあれば万々歳であったが、どうやらそういうものは備えてないらしい。
水槽のガラスに反射して視えた自分の姿は、目立った特徴のない少し体格の良いスキンヘッドである。軍人をやっていたのかどうかは定かではないが、銃の扱いについて一応の知識もある。銃社会の民間人だったか、警備会社にでも勤めていたのだろうか……いや、今はそんなことどうでもいい。
「とにかく頼むぜ、相棒」
そう背ビレの辺りを軽くぽんと叩くと、偶然その手首にあるパネルの【空腹メーター】の表示が58%にまで下がっているのが見えた。
脱出前に自分が巨大ザメの食糧になってはことだ。果たしてブルースの空腹の限界値が何%なのかもわからず、ジョージは「うーん」と小さく唸る。
スーッと水の中を切るように進むと、水路が何方向にも分かれているのが見えた。元は水族館用の施設だったのだろう、水槽で仕切られたフロアは全て水に沈んでおり、ガラスの頂上部分が辛うじて眼下に見える程度だ。
そのまま真っ直ぐ進むよう背ビレを叩くと、ブルースが急に右の方向を気にし始めた。
「オイオイ、マジかよ」
右へ少し入ったそこにいたのはオットセイだ。なるほど、泳ぐ力のある生き物達はこうやってフロア内で野放し状態になっているのだろう。
空腹にまだ余裕があるのか「行ってもいいか?」と聞くように何度か頭を上下させるホオジロザメ。
「……オーケー。俺は一旦そこに上がるからな」
そう言うや否や、テンションが一気に上がったかのようにブルースは加速し、ゲーム開始後初の食事を見事平らげることになったのである。
「何だあれは……」
一方ジョージは岩場を模した形状の斜面が天井近くまで続いている水槽の縁に足をかけ、ゆっくりとその奥の空間へと進んでいた。何かのボックスが、岩場の棚の部分に嵌め込んであった。
【スタンガン】
そう書いてあるラベルを見つけ、ジョージは急いで手を伸ばす。スタンガンがあれば水辺で誰かに襲われたとしてもきっと優位なはずだ。
すると、足元にゾワゾワした変な感触を感じ、慌てて手を引っ込めた。
「うわっ、何だこいつら!?」
そこにいたのは、大小様々な蟹の大群だった。
大きなハサミを持つものや、小さく群れているもの、毒々しい色のもの、そしてその奥からは1メートル以上はあろうかという長い脚をもつものも。
「チッ……! 何だっていうんだ!」
明確な敵意を持って襲い掛かってくる蟹の脚を、サバイバルナイフで薙ぐ。足に履いていたのがブーツでまだ良かった、小さい個体を踏み潰し、身体によじ登ってくるものを身を捩って落としながらも、遅いくる長いハサミの一撃をナイフで払う。
「クッソォおお!!」
足元から這い上がってこようとする蟹の大群と地味にナイフで戦っていると、空腹メーターが85%まで満たされたブルースが戻ってきた。割とご機嫌なのか、水を勢いよくかけて小さな個体を流すと、大きな蟹はその強靭な顎でバリバリと噛み砕いて平らげる。助けてくれたのだろうか……。なるほど、獲物の大きさから食事時間も計算しなければ、自分の身が危ない場合もあるらしい。
次に現れたのは巨大なマンボウだ。下からぬらりと現れたその巨体は、ブルースの腹部に直撃。
「おいブルース! ブルース、マジかよ!!」
弱点のお腹を押されたのがよほど嫌だったのか、途端に気の弱くなってしまったブルースは普段なら食いちぎれるはずのマンボウに対し、襲おうとすらしなくなってしまった。
「ちっくしょう! このでかいビート板め!」
何度も体当たりをしてくるマンボウの重量は、そのまま受けてしまえばジョージはもちろんブルースすら危ない。
組んだばかりではあるが、さっきは救われた身だ。弱気になった相棒を救うため、マンボウの上に跳び乗ったジョージはその必死の抵抗の中、何度も水面に叩きつけられながらもサバイバルナイフを延々と振り下ろし続けた。
辺りの水面がマンボウの血で真っ赤に染まる頃には、今度は血の匂いに誘われたイタチザメが群れをなして襲いくる。
マンボウとの死闘で疲弊したうえ、スタンガンは先ほど取り損ねてしまっている。今手元にショットガン、もしくはガソリンとライターがあれば……そうジョージは思ったが、あいにく自身のズボンのポケットにはマッチ一本すら入っていない。
今度こそ終わったかに思えたジョージだったが、そこはインターバルを挟んでしっかりと盛り返したブルースが奮闘した。
【floor. 0】
—— 残り時間 230min——
かくして、相棒の空腹メーターを一応は満たしつつ、彼らはさらに深く暗い水で満たされたアクアリウムフロアを進んでいくのであった。
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