アミューズメント・パニック
すきま讚魚
floor. Underground
「やぁ、ジョージ、目を覚ましたかい?」
ぴちゃん、ぴちゃんと顔に水滴が落ちる感覚で男は目を覚ました。
男には記憶がない。わかっているのは、どうやらその語りかける声のおかげで自分の名前はジョージであるだろうということだけだ。
「おやおや、きみは寝起きの挨拶すらしてくれないのかい?」
妙に浮遊感のあるその声は、どうやら機械を通して聴こえているようだ。
男——恐らくジョージは、ゆっくりと目を開け、声のする方へ視線を動かした。
「……誰だ?」
暗い空間の中に、ぼんやりと古いテレビの画面がチカチカと光っている。
近づこうと身体を動かせば、「ガションッ」という金属音が聞こえ、自身の両の手が一定距離以上は離れないように鎖で繋がれているのが確認できた。
「ジョージ、ゲームをしよう」
テレビ画面に映る不思議なマスコットが、パペットのように口をパクパクさせ、そう言った。
「きみは今、とある開発中のアミューズメントパークの地下に閉じ込められているんダ☆ ルールは至って簡単、制限時間内にこのアミューズメントパークから脱出、それだけでいい」
「脱出……?」
「おっと、だけど変な考えは起こしちゃいけないぜ? 電話線は全て切られていて、プレオープンで発生したトラブルが原因で一時閉鎖されたこの場所に、従業員は一切いやしない。外へ連絡して助けを呼ぼうなんてルール違反には、おもーい罰ゲームも用意されているからネッHAHA☆」
額に汗が滲む。ひんやりした仄暗い空間の中であるのに、ジョージは四方から巨大な何かにずっと監視されているような感覚に陥っていた。
「脱出方法は単純明快ッ。この地下のスタート地点から
ゴォーンという、檻が外れるような音に振り返ると、ジョージは先ほどから感じていた不思議な感覚の正体に気づいた。
「イエス☆ スタートはアクアリウムフロア、その4匹のサメの中から好きな相棒を一匹選んで乗り物として進むんダ。このパークは全て水路で繋がっているカラ、最初の仲間選びは割と重要になっちゃうかもネ〜」
檻が外れ、目の前に迫り出してきた巨大な水槽が四つ。その中から凶悪な双眸がこちらをまるで品定めしているように見据えていた。
・ホオジロザメ「ブルース」
体長6メートル。体温が水温より高く、移動速度も速い。ある程度の高さであればジャンプも可能。但し、止まると息ができずに死んでしまうため、一方通行のフロアでもたもたしていると沈んでしまいゲームオーバーに。賢くて能力も高いがとても繊細。
・ハンマーヘッドシャーク「スカー」
体長2メートル。非常にマイペースで乗りやすい、水底や泥に沈んだアイテム等を掘り起こすのに最も適したサメ。視野が最も広いので察知能力が優れている代わりに、正面からの攻撃に弱い。プレーヤーが回避してあげないとすぐにトラップに掛かる。割と気性が荒い。
・メガロドン「メグ」
体長18メートル。でかいのでトラップによるダメージは最少(無傷なことも)だが、小まわりはきかない。速度は遅いが、大きいので進む距離は稼げる。攻撃力も高いが、すぐお腹が空くので注意しないとプレーヤーがおやつにされる。ポテンシャル高めだが、結構なおバカ。
・シロワニ「イナバ」
体長3.5メートル。顔は怖いが温厚で優しく、最も忠実で扱いやすいが速度は遅め。暗い場所でも問題なく進める。息継ぎのために浮上が必要なため、プレーヤーにとっては助かるが、長時間潜れない。プレーヤーを食べることは絶対にないが、怒らせたら皮を剥がれる。
「ジョージぃ、きみは自分が誰なのかも思い出せないんだろう? イイよ、もし無事に脱出ができたのなら、きみが何者なのかも教えてあげよう……生きて、脱出できたらね」
その声と共に、部屋のあちこちにあるパイプから水が流れ込み始めた。足元がみるみるうちに水浸しになっていく。
「ほらほらぁ、早く選ばないとゲームに参加する前に溺れ死んじゃうよ?」
「クソっ……!」
ジョージは慌てて、すぐ真横にあった水槽のボタンを叩くように押した。
『ゲームスタート。プレーヤーはパートナーに「ブルース」を選択しました』
足元の床がエレベーターのようにせりあがり、水でいっぱいになったフロアの中に、先ほどの水槽から巨大なホオジロザメが放たれこちらへと泳いでくる。
ブブッ——という振動に、自身の手首にはめられた腕輪の形状をした装置を窺う。そこには液晶のパネルが表示されていた。
【floor.0】
【time limit : 300min】
【パートナー:ブルース】
【空腹メーター:65%】
「……?」
「おっと、言い忘れてたよジョージィ……」
水で満たされ、水路のようになったフロアの天井から吊るされた画面の向こうから、再びあの陽気な声が響いてくる。
「1つのフロアをクリアする制限時間があるんだ。制限時間をオーバーすると、その手首に付けられた小型爆弾がドカン☆ 外そうとしてもドカン☆ そして、パートナーのお腹の具合をちゃぁんと確認してあげないと、きみがご飯にされてしまうからネ」
HAHAHAHAHA!!!! と響く笑い声に、苦々しげに唇を噛むと、足元に泳いできたホオジロザメが「乗れよ」と言わんばかりに擦り寄ってきていた。
「いくか……頼むぞ、相棒」
頷いたかのように見えたそのサメの背に乗ると、手首に付けられた装置のパネルの数字がカウントダウンされ始めたのが見えた。
「楽しみにしてるよぅ、ジョージィ。ここにはたっくさんのお菓子も、ジェットコースターも、遊覧船や気球だってあるんだから——せいぜい頑張って、楽しませてねぇ♪」
偶然近くにあった瓦礫を思いっきり投げつけると、ひび割れた画面の向こうからは空虚な笑い声がいつまでも流れ続けていた——。
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