◆一章【夜雨止み、行き悩み】

定休日……(一)【ある休日の一幕】

 ◆◆◆




 ――それは夢魘ひげんじつの夜が明けた先。はばかられるはなしに関わった彼女達の、ある休日の一幕。


「――で、なんで祈追オマエが居んだよ……?

休みの日にまで顔合わすとか、うざい奴」


「お母さんの『お墓参り』ですよ。

ここで会ったなら、陽利華ヒリカさんもですか?」


「ウチは……その――」


 朝焼けの中で喧嘩して、和解した二人。

二人が休日に、ばったりと鉢合はちあわせたところ。


「……そだよ。兄ちゃん達家族の墓参り。

しばらく来てなかったけど……命日だから」


陽利華ヒリカさんのお兄ちゃん達?

えっと、お兄さんが居たんですか?」


「親戚、はとこ。なんか文句あんの?

あんま詮索せんさくすんな。うざいから」


「んぅ。文句は別にないですけど。

聞かれたくないなら、聞きませんし」


「……~ッ!」


「どうかしましたか?」


「どうもしない……けどもッ!」


「はい?」


祈追オマエに『全部ちゃんとぶつけろ』だっけ?

だったよな。そう言われたから、しゃーない。ウチなりのケジメで、気晴らしに喋ってやる」


「あれってまだ有効なんですか……?

なら。えっと……はい! お願いします!」


「――墓ん中に眠ってる人達は、ウチにとって理想の家族いばしょだった。ホントにさぁ……大好きだった人達なんだよ。全員……火事で死んじゃたけど」


「火事、ですか。大好きな人達が?

そんなのって……すごく、お気の毒です」


「ウチ、ホントにバカらしいよな。そんな大好きな人達の事を忘れて。ずっと『良い子でいる』って約束してたのに。このざま、不良娘よ。あげく同じクラスの奴に陰湿いんしつな嫌がらせしてさ。さすがバカアホな失敗作ってやつじゃん? だろ?」


「はい。バカですね……! バカです!!

でも『失敗作』は違うと思います。正しくは『未完成』ですよ。人は未来これから次第ですから!」


「ストレートにそう言われると腹立つのな。

けど悪い気分じゃないや。あんがと……。

それと祈追キツイ、ホントに今までゴメンな……」


 …………。


 会話が途切れて、きびすを返してしまい。もう立ち去ろうとする相手ヒリカの腕を慌てて掴むイツキ。


「……あ! あのぉ、じゃあ私もっ!!

今のその、お兄さん達に手を合わせて行っても良いでしょうか? それで『陽利華こいつは私にとってイジメっ子でしたけど、本当はバカなだけの繊細よわよわで寂しがり屋で不器用で根性こんじょうがりな頭が弱いけど憎めない奴だったので。これから仲良くできれば良いなって思ってます!』って伝えますからっ!」


 そうイツキが言ってみると、とても間の抜けた顔を向けて返された。彼女ヒリカの瞳は落ち着きなく揺れており、その眉根を寄せて固まっていて。言葉にどう反応して良いものかと迷っている風であり。そのうち取りつくろったように声をあげると、


「――はぁッ? 喧嘩売ってんのかッ?!

変な気を回して妙な事を伝えようとすんな、こんのぉポンコツがッ! もう終わったし、ウチはこれで帰るからな。あーもぅ最後に最悪の気分!」


 腕を掴むイツキを気にせず歩き出した。


「そんな気分で帰っちゃダメですよぉ!

そだ! だったら陽利華ヒリカさん、この後にご予定はありますか? まだ午前中ですし、ちょうど私のお墓参りも終わったところなので。時間があれば一緒に親交を深める旅に出ませんか?」


「付いてくんな! 付きまとうな!

休みの日までウザキャラといられっか!

腕を引っ張って、連れてこうとすんなッ!」


 腕を振りほどかれてしまったイツキ。

まだまだ彼女と関係を築き、それを友好として深められるようになるまでには遠そうだ。


「あぁ走ってかないで、待ってくださぁい! 陽利華ヒリカさぁん! ポンコツ仲間でぜひ一緒に、どこかにある喫茶店探しの旅に出ましょうよぉ――!」


 霊園の出入門。そんなイツキの声に、今すれ違ったばかりの少女が振り返って反応する――。


陽利華ヒリカ……?」


「――ふぇ?」




 ◆◆◆




 ――呟きが聞こえ、たずねてみるイツキ。


「――陽利華ヒリカさんのお知り合いですか?

今行っちゃいましたけど、呼びましょうか?」


「とと……。うんにゃ、知らない人。

うん、他人他人。ぜーぜん知らない他人だぞ」


 尋ねられ、ぎこちない答え方をする少女。

 彼女はダボっとしたパーカーとジーンズといったラフな服装に、特徴的な動物の垂れ耳のような装飾のあるツバが付いたベレー帽を被っていて。猫目で色白。やや癖毛なクリーム色っぽい髪に、白や茶や黒の色を差した髪をしている可憐な少女。年齢はイツキと同年代か少し上くらいだろうか。

 お供えをする仏花を持っているから、同じく墓参りに来たのだと見て取れた。彼女は首のチョーカーを弄りながら「他人だ他人」と繰り返す。

https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818093073866253926


「あぁ他人でしたか。私の聞き間違えかな?

声かけちゃって、失礼しましたっ!」


 他人というなら、他人なのだろう。

イツキは頭を下げ謝って、行こうとして。


 いやだけど。行こうとしたところで、


「お前さんはよ、陽利華ヒリカの友達か……?

うーんとさ。アイツは元気でやってるか?」


 つんのめって転びそうになったイツキ。


「――他人じゃなさそうですけどぉ?!」


「もう他人だ。何年も会ってないんだし。今さらになってじゃ会えんし、向こうもこっちのことを絶対に分かんねぇだろうからよ。だから他人」


 どうやら、複雑な間柄あいだがらの旧知の人らしい。


「会いたくはないんですか?」


「本人と会いたくないな……うんにゃ、半分半分ってとこか。会いたくもある。けど会わない方が良いんだろうって確信もある。理由は黙秘な」


「でも今なら、すぐ追えば会えますよ?

なんなら私にかこつけても構いませんから。私の友達として、偶然ぽく再会したらどうでしょう?」


「なにゃ……そういう手があるか」


 イツキの申し出に対し、猫目を見開いて「そんな発想は無かった」と声を漏らし。彼女はややうつむいてチョーカーの金具を撫で、考えている顔をする。


「あの、お名前を聞いても?」


「本名は秘密。というか無くした。

今はだいたい【シト】って呼ばれてる」


「ならシトさん。迷っているなら実行です!

GOGO!! 行動しなきゃ損ですよぉ!!」


 近付いて両手を振って、シトをうながすイツキ。

その時、そんな二人の間をさえぎるように誰か。


「――ねぇあのさッ、あんた邪魔してんの?

祈追コイツは、今日はウチの連れなんだけど。知り合いとかなわけ? それかからんでんの? どっちにしろ連れてくから。文句あんならウチに言えよ」


 誰か。まるで絡まれている人を助ける為、どこからか割って入ってきた『話題の人』の登場……。


「「…………」」


 そんな形で、まさか本人が現れるとは。

イツキとシトは、突然の事に思考を停滞させ。

登場したヒリカを挟んで二人で見合せてから、


「連れか。んなら、引き止めて悪かった。

道とかを尋ねてただけだ。じゃあな」


「えぇ?! それで構わないんですかぁ!?

シトさん。だってせっかく……会えたのに」


「これだけでも十分だ。あー、だからな。

ありがとさん。ボロを出す前に退散するな」


「……シトさん」


 その会話の後、シトは足早に行ってしまった。

最後にヒリカのことを見て、本人に気が付かれない位置で優しく微笑んでいたのがイツキにはとても印象に残った。とはいえ無闇に関われないのだ。イツキはよく二人の事情を知らず、複雑な間柄に分際を越えて『でしゃばって』その関係を悪化させてしまうのだけは避けたいから。どちらかに頼まれでもしない限りはこれ以上は関われない。


「行っちゃいましたよ……! 行っちゃたぁ……」


 じとーとした視線を送ってみるイツキ。

 ヒリカは顔を赤く染めてそっぽを向く。


「あ。でしゃばったな、これ……」


「もぅ良いところだったのにぃ!

サプライズなイベント発生がキャンセルです」


「マジでしゃばったわ、これ……」


 背中まで向けて、頭を抱える彼女ヒリカ


「ウチ、マジスゲーうざかったな。ゴメン。

なに余計なお世話してんだって感じだわ」


 ぷるぷる震え出す彼女ヒリカを、彼女の不器用な善意の行動を責められずイツキは苦笑いを浮かべた。


「いえ、そんな。陽利華ヒリカさんが、やはり私の見立て通りの面倒見いい人だっただけです! 物語とかでよくある展開の、ガラ悪い人にからまれてる時に助けてくれる人みたいでした! 今回は何て言うか『勘違い』でしたが……カッコ良かったです!!」


 すかさずフォロー、よいしょするイツキ。

 顔の赤みが増していって彼女は叫んだ。


「……うざ、イラつく。なにそれッ!

黙れ。ウチそんなんじゃないしッ!!」


「つまりは! 私のことが気になって、ここまで戻って来てくれたのに。素直じゃないです!」


「黙れっての。ポンコツちびウザキャラがッ!

……あ、おい。ところで誰だったわけ? ホントに道を聞かれてただけなの? ならウチ恥っずッ」


「シトさんです! 顔見知りかもですが。

あの、思い当たらないですか……?」


「いや誰よ?」


 それは、厄災の雨脚が遠退いたものの。次の闇夜の足音。夢魘ひげんじつの夜の帳が訪れるきざしの邂逅かいこう。改めてはばかられるはなしうつつの常を触り、侵し。土地に災厄がもたらされうる切っ掛けとなる、ある休日の一幕――。

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