第72話 花影よ、命の焔を咲かせ給え

 君はこの異界では、季節外れの筈の螢袋の花を手に持っていた。

 僕には決して、見せることのなかった憂いに満ち足りた顔。

 それは僕が一番願ってもみなかった、何よりの眼差しだった。



「勾玉はこの世界の闇と深く繋がっているの」

 数多の命を揺り籠に乗せ、花影を映した、勾玉は淡く光った。

 螢袋の中から二匹の螢が舞い飛んだ。



 白い光の螢と青い光の螢は桜に向かって、遥か彼方へ消え去った。

 少しでも絡まる糸が解き、僕が抱く傷心も嘘偽りのない、真綿で包み込んでくれる日が来るんだろうか。



 昏々と眠りに陥っているとき、星空を見上げた、誰かの面影を見たような気がした。

 目覚めた後の水仙が飾られた、窓辺から差し込んだ、その朝の光の尊さを僕はいつまでも忘れたくない。



 一人剣の舞もいつか、舞える日が来るかもしれない。

 僕はその挑戦を未来に賭けよう、と思う。



「ほら、あそこ」

 彼岸には多くの失われた命の灯火が、大気中にさざめくように浮かんでいた。

 君の小指のしなやかな先まで血脈を感じ、触れられた手から、僕の凍った心の氷塊をゆっくりと溶かしていく。



 蜻蛉の螺鈿細工の羽のように鮮やかな光を放つ、走馬灯が刹那を留め、僕らに案じかけている。

 少女は桜疾風を浴びながら僕の瞳を切なげに見つめた。



 母さん、とどんなに叫びたくても、口合わせさえもできない、言の葉の露がある。

 思ってもいなかった運命が明日を呪っていたけど、桜はこんなにも潔く散っている。

 いつまでも春の夜の夢のようにはいかないから、君も僕らも。



「僕らは星ばかり見ていたんだ。ねえ」

 星月夜の晩、僕は待っている。



 どんな困難に見舞われても、ずっと待ち続けている。

 君の手は温かい。

 温かいから生きていられる。

「明日に賭けてみよう。また続きの夜に星を見るためにも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る