第69話 弥栄の生命

 姫の顔が件に垣間見えた。

 左側にかけての、大きな火傷の跡。

 爛れた顔とは対照的に右側の顔は瞳が、米粒のように見えたのは間違いで、息を呑むような整った顔立ちだったことに僕は今更になって気付いた。



「私の顔がなぜ、こうなったのか、教えて差し上げましょうか」

 僕はゴクリと唾を呑んだ。

 その片目から見える、凄艶さに僕はいたく恐縮した。



「私は妹よりも、美しくはありませんでした。生まれて初めて、鏡で己の顔を見るまでは誰も指摘する、侍従はおりませんでしたし、父上も斯様なことをおっしゃる、機会もなかったですから」

 満開の桜花のように麗らかな日照のような姫と、人目を憚り、忌み嫌われ、己自身さえも存在を厭うような姫。

 どちらが優遇されるか、今に知った話じゃない。



「ただ、皆の者が妹をちやほやしているのは、幼いながらに承知はしておりました。あの子だけが私の分の幸せを持っている。幼心に悔しかったものですよ。あの方と出会うまでは、そこまで感じずには済んだんです」

 姫がこんな卑小な僕とお畏れ多くも比べる、あの方とは。

 この国で最も古く、最も尊く、そして、僕の生まれ故郷でこの晦冥に曙光に導かれた、唯一無二のお方だ。



「あの方が一艘の船に乗って、岬までやって来たとき、私は川で洗濯をしていましたの。初めて相対する、あの方から会って早々、何と唾を吐かれたんです。それほど私はあの方から、気に入られなかったのですかね。それからですよ、あの子が逢初川で、あの方に見初められたのは。私が洗濯していたあの川で」

 姫の身の上話は、この東方の島嶼で数ある神話の、最も禁忌な言伝を畏れ多くも、体現していた。



「あの子はあの方と結ばれる前に、鬼がやって来たんですね。あの子のことを好いていた鬼が。その鬼とあの子は、一度は愛を誓ったんですよ。それなのにあの子は財力のある、あの方のもとへ行った」

 鬼とは人間と紙一重かもしれない。

 僕の心にも鬼神を棲まわせているように。



「あの方が一艘の船に乗って来るまでは、こんなことにはならなかったでしょうに。あの方は西の果てから、お出でになったようです。度重なる戦から逃れてきた、とあの方は仰せました。若人は妹が婚儀を迎える間に、窟屋に立て籠もりました。あの子を中に連れて。ああ、恐ろしいこと」

 弥栄の命を引き換えに天御柱は哀しみばかりに明け暮れる、姫に口を噤むような、酷い仕打ちを為された。

 かつて、母さんを大きく傷つけた僕の父さんのように。



「一晩で窟屋を作った若人は、父上の力には敵いませんでした。窟屋をこじ開けられて、若人は逃げ、私の元に行きました。私は顔に炬火を投げられました。私は見るも無残な容貌になりました。ただでさえ、ババさまのような顔でしたのに」


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