第6話 夜桜、銀漢

 帰り際に伯父さんが栽培している、畑でタラの芽を採取し、夕飯の食卓にはタラの芽の天麩羅が豪快に並んだ。揚げたてのタラの天麩羅の、小麦色の衣もカラッと上がり、肉厚なタラの芽が青海苔と塩と程よく絡み合い、口の中に入れた途端、蕩けてしまいそうだった。



 引っ越し初日はまずまずの結果で済んだ。

 あの人も珍しく、みんなと夕食を取っていたし、うちもようやく、まともになれたのかな、と僕は奥歯にタラの芽の一部が厄払いしながら、思った。



 夕食後、僕は星を眺めに外へ出た。

 行く春の匂いを纏った、夜気が僕の手とハイタッチした。



 玄関を出て、すぐに目線を合わせると、数えきれなくらいの小糠星が、百花繚乱に咲き乱れている。露草色や赤銅色の星や溌溂とした、山吹色の星、白磁色の星。プラネタリウムでもここまで、たくさんの星屑は再現できないだろう、と思わせるほど、白砂の絨毯を引かれた欠片を拾っている。



 口合わせできないほど、中天には数多の星芒が生まれていた。昭和の駄菓子屋で売られていた、素朴なビードロのようだった。硝子の小宇宙に秘められた、物憂げな物語を僕は創造する。

 目映いばかりの、天の川は澪標のように流れ、星の船に乗って、時の旅をしている一組の男女。

 光の真水の正絹に川筋は白く染められ、淡く水花火が発光すれば、青年と少女は目的を持ち合わせない、宙の終点を求め、二人の間には、会話は終始なかった。



 星は我を忘れて、誘い続ける、星は終末論を自然と拒んだ。

 善と悪も、美と醜も、光と影も一切合切。



 安物のビードロの最奥部にも、島宇宙が存在するように、夢には夢の秘め事がある。



 惜春の気配を覚えた、小夜風が夜桜の樹皮をさすり、八重桜は星影に照らされ、この奇跡のような、音無しの隠里で、僕だけが息を潜めている。



 星朧、春星の下で桜の花びらと血汐が巡り逢うとき、世界の果てにいる、僕の視界は浮世絵の無残絵と化す。

 花天月地、桜がこの世の一切衆生を恨み嘆きながら、散っていく。

 優美な小夜風が花を散らし、とある怜悧な青年は檜舞台で妖艶な薪能を舞う。

 華月の下、桜と深紅の血が淫風と舞う。

 観衆の僕を嘲笑うか、如く。

 朧月夜、桜花の舞を終えた青年の漆黒の黒髪に花びらが合わさり、血染めの簪で、片思いの少女の髪を梳かす。

 まるで、黒猫の毛並みみたいだ、と有りもしないのに僕は春の夜の底で、ひたすらに夢想する。



 夜桜が星の林と緩み、羨んだ過去を悔やむ。

 その下枝も星明りに照らされ、白く下界へと綻んでいた。

 切なさにも似た花びらがはらはら、と白拍子の衵扇のように舞い散った。

 願わくは花の下にて春死なん、と口ずさめば、僕はこの世の憂さ晴らしから、解き放たたれるだろうか。

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