星神楽 星に祈りを捧げる神楽は銀鏡神楽だけだ、と。

詩歩子

五芒星少年

第1話 一人剣の舞

 星に哀しみがあるのなら、こんな残酷な世界で生きている、僕は死んでもいいだろう。

 星はただ、光っているだけで、何も僕に示唆してくれない。降るような星は掴める、と見紛うほどだった。

 星々は遥か、闇の中に漂う、灯火を拾い、南十字星を導くように照らしている。

 冥界の女神に支配された、天心には孤帆を宿す、星の河が流れ、尾根は暗黒の額縁を囲っていた。山裾から覗きこむ、闇が凄むほど深い。



「――祓い給え、僕を軽蔑する、心の穢土を」

 桜月夜の下、僕は一人剣の舞を始めた。

 僕の生まれ故郷には、あの戦争の引き金になった、星の神話が静かに語り継がれている。星に祈りを捧げる、神楽が舞われるのは、この豊葦原瑞穂の国でも、醜悪な姫が恨み嘆く、奥日向の米良の地だけだ。黒いはずの血が星に全反射する。

 桜の花びらが僕の嘆息を運んでくる。



 コリコリ、と白い音が鳴る。骨の音だ。

 死者が朗誦する、慟哭の星の詩が白く光る。

 僕の心にある、クリスタルヘッドが空へと光る。右手で小刀をくるくる、と独楽のように軽やかに回転させながら。慢心を封印し、掴めはしない、星に向かって、祈りを捧げながら羽ばたきを繰り返し、先鋭な刃に夜を沈めて、心に巣食う、悪鬼を退治していく。

 僕自身の過去と折り合いをつけるように。

 小刀を回しながら、四方に向かって、東西南北の妖獣に敬礼をする。この次が正念場、白装束を身に纏った肩から外した、赤襷を龍が吐かす、火焔のように折り曲げながらの、清潔な汗。

 僕らが祈りに捧げる、天津神は何を召さられるのか、否か。天鹿児弓で天羽羽矢を射るように絶望さえも射貫けたら、と僕は邪念を昇華させながら舞う。

 発光した桜がはらはら、と血だまりに集まり、戦の予兆はいつまで経っても終わらない。終われない。

 僕の心にいつまでも滞り続ける、憎悪のように。軸が少しぶれ、片足が吊りそうになりながらも小刀を持ったまま、天蓋の下で一回転をした。

 宙を舞ったとき、地平線が僕を覗き込んだ。

 鬼神に相対するまで、僕は舞うのもやめない。やめてはならない。

 両足に巻かれた、黒脚絆が鎬を削るように僕を鼓舞する。

 まだ星へ、天へ、神へ、舞え、祈れ、と思召すのか。

 流離う運命を疑いもせず、輝き続ける星屑。

 魑魅魍魎が跋扈する、闇夜で舞を捧げながら、星になれたらどれだけ、楽に肩の荷が下りるのだろう、と強く願った。深く咽喉が枯れ果てるまで、舞い続ければ、僕らは哀しまずに済むのに。

 なぜ、残酷な運命ばかりが僕らを憐れむのだろう。

 僕は星を抱いた。僕は星を孕んだ。星を嗤った。

 哀しみを消した星空の下で一人剣を舞いながら。

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