ガミガミドリル
小学生の時からガキ大将で、それは中学生になっても続いていた。
人が自分よりいいものを持っていると、すぐに取り上げて自分のものにするか、こわしてしまおうとする。
彼は、先生たちにとってもやっかいな相手だった。誰も、彼をきつくしからない。
彼が悪いことをするのは、決まって授業中だからだ。
休み時間中や、大好きな体育の時間は、大人しくしている。
自分自身が大好きな授業や休み時間は、楽しく過ごしたいからだ。
それ以外の授業の授業中だけ、悪さをする。
彼を注意するには授業を中断することになる。
それは海人の思うつぼだと先生は知っているから、時間をかけてしかることができない。だから彼は、ますます調子に乗っていた。
先生も、クラスメートたちも自分の思うように動かすことができて、海人は学校が楽しくて仕方がなかった。しかしある日、その学校生活が変わり始めた。
ある時から、いつも海人がからかっている、「勉強できないガリ」というあだ名の男の子のテストの点数が、急によくなり始めた。
彼は、いつも一生懸命勉強し、ドリルを持ち歩いているのにテストの点数は、宿題をやらない海人と同じか、それより低い点しかとったことがない。
そんな彼が、最近はずっとクラス一位か二位の点数、または学年トップの点数をたたき出すようになったのだ。これはいったい、どういうことだ。
海人は、日に日に機嫌が悪くなっていった。
それを感じて、海人の取り巻きのクラスメート以外は、彼から距離をとるようになった。
それが分かって、なおさら海人の機嫌は悪くなる。
海人から距離を置くようになったクラスメートが、ガリと仲良くするようになったことが、なおさら彼の機嫌を損ねた。
「ありえないだろ、ガリがクラス一位とか。何か、そうなった理由があるはずだ」
海人は、自分で勉強してクラス1位になろうとは、思わなかった。
ただ、自分と同じくらいの点数ばかり取っていた、クラス一地味だった男の子が急に、クラス一位におどり出たのである。
海人にとって、面白いはずがない。
ある日、ガリと呼んでいた男子、宗助の周りにクラスメートが集まっていた。
海人に、フツフツと怒りがわきあがってきた。
今までクラスメートの注目を浴びていたのは、いつだって海人だった。
しかし最近は、宗助ばかりがクラスメートの注目をあびている。
それが海人にはたえられなかったのだ。
海人は、椅子をけって立ち上がると、床を上靴で打ち鳴らしながら宗助の席まで歩いて行った。
物音を聞きつけてクラスメートたちは、宗助から離れ、少し離れた位置から二人の様子を見つめている。
海人は、宗助を見た。彼は、海人のことをこわごわ見上げていた。
その手には、計算ドリルがにぎられている。
「おいガリ。てめぇ、なんで最近、テストの点数がいいんだよ」
そう低い声でたずねる。
「それは、最近、頑張って勉強してるからだよ。努力してるんだ」
「今までドリルを持ち歩いていても、全然点数なんて取れなかっただろうが!? 努力なんて大してしてないだろ!?」
その言葉に、宗助が怒りの表情を浮かべた。
そして、今まで海人に放ったことのないいきおいでこう、まくしたてた。
「ぼ、僕だって、やればできるよ! 海人くんは、勉強しようとしてないもん! 僕は、頑張って勉強したんだ、このドリルでっ」
そう言って、ドリルをかかげて見せてから、宗助は、はっとした表情になった。
そしてあわててドリルを机の引き出しにしまった。
海人は心の中で意地悪な笑みを浮かべた。
そうか、あのドリルはきっと、点数の上がる秘密の問題集なんだ。
だから、あんなテストの点数が悪かったガリが、急にクラス1位をとれるようにまでなったんだ。そうに決まってる。
そうと分かれば、と自分の席に戻りながら海人は考える。なんとしてでも、あのドリルを自分のものにしなければ。あれは、自分のためにあるドリルだ。ガリのためのドリルなんかじゃない。
そう自分勝手な考えで頭をいっぱいにしたあと、海人は顔をしかめた。しかし今あのドリルは、ガリのものだ。どうやって自分のものにしよう?
海人は、とりあえずクラスメートから、ガリの持っているドリルについて情報を集め始めた。それによると、つい最近からガリ、改め宗助が毎回同じドリルを持ってくるようになったそうだ。
今までは毎日のように別のドリルを持ってきていた宗助が、最近はずっと同じドリルを持ち歩いている。そのドリルはいつも同じタイトル、同じ表紙にも関わらず、中身が今学校で勉強している内容、宗助が勉強したいと思う内容に毎回変わるという。
ドリルのタイトルは、『物語と勉強ドリル』というらしい。しかし、その後の情報を聞き、カイトは頭を抱えた。
ガリがそのドリルを手に入れてからテストの点数が上がったことには、他のクラスメートも気づいていた。だからタイトルを頼りに、書店や通販サイトを見て、同じドリルを探そうとした子どもたちは、海人の他にもたくさんいたらしい。
しかし、書店の店員さんに聞いても、通販サイトを見ても、そんなタイトルのドリルは存在していないそうなのだ。
「つまりあのドリルは、ガリが持っている一冊しかない、そういうことだっていうのか」
海人は、腹だたしげにつぶやいた。そんなはずはない。
誰が一人の子どものためにドリルを作ったりするだろうか。
それに、親が子どものために作った、手作りのドリルのようにも見えない。
見た目は、書店で売られているドリルと変わらないのだ。
こうなったら、と海人は思った。あのドリルを、ガリが大事にしているあのドリルを、盗むしかない。
そう考えたら、今すぐにでもドリルを自分のものにしたいという気持ちがどんどん高まっていった。早く盗まないと。自分の知らないうちに、他の人に盗まれてしまうかもしれない。
海人が盗むことを思いついた次の日、チャンスはやってきた。体育の授業で、海人は教室のかぎを閉める当番にあたっていた。体そう服に着替えたクラスメートを教室から急いで出し、かぎを閉めたあと急に彼は思い出したように、クラスメートに向かって言った。
「先に行っててくれ。オレ、忘れ物を思い出した」
他のクラスメートたちは、特に海人のその様子に違和感を感じなかったのか、それぞれうなずいて、さっさと体育館へと向かって行った。
海人はその様子を見て小さく息づくと、教室へ戻った。そして迷わず宗助の席へと向かうと、彼の席の引き出しを開けた。引き出しの中は、海人の引き出しよりは数倍片付いていた。きれいに整理整とんされた引き出しの中ほどに、『物語と勉強ドリル』はあった。
ドリルを見つけたとき、海人の胸は高鳴った。あった。これでもう、このドリルはオレのものだ。
そう思って海人がドリルを手に取った時である。
ドリルから警告音のような音が響きわたった。紙でできているドリルからそんな音がするとは思わず、海人はドリルを床に落としてしまった。
あわててドリルを拾い上げ、彼は自分の席へかけよると、横にかけてあるリュックサックの中にドリルを押し込んだ。そして急いで教室から飛び出そうとする。
その時、教室のとびらがゆっくりと開いて、一人の女性が現れた。学校では見たことのない顔である。ピンクと紫色の髪をした女性は、こちらを見つめていた。
海人は女性を無視して彼女の前を通り過ぎようとする。
女性は、海人の席を見つめてひとりごとのようにつぶやいた。
「……後悔せえへんな?」
一瞬それを聞いて海人は、さっきの出来事を女性に見られたのではないかと心配になった。けれど、女性が扉を開く前に、海人は自分のリュックにドリルは押し込んだはずだ。それに、もし見られていたとしてもこんな見ず知らずの女性の話を先生も信じたりしないだろう。
そう思い海人は女性を無視して彼女の横を通り過ぎ、さっさと教室のかぎを閉めると体育館に向かって走っていった。
走り去っていく海人の背中を彼女はじっと見つめていた。ジーニだった。彼女は大きくため息をついて言う。
「まったく、困った人もいるもんや。……まぁ、仕方ないな」
ジーニの瞳に炎が揺らめく。
「ただし、何のペナルティもなし、ってことにはできへんよなぁ。かといって、悪役がたおされてハッピーエンドってだけの物語も、面白くあらへん」
ここでジーニは言葉を切り、少しだけ面白そうに笑う。
「アンタには、この物語がお似合いや」
そう言って、彼女はとびらにつけられた小窓から、教室の内部を見つめる。すると、海人のかばんから、先ほどの宗助のドリルと、海人の学校の計算ドリルが飛び出してくる。
ジーニは、海人のドリルを自分の手にのせて表紙を撫でる。するとその表紙がみるみるうちに変化し、宗助が持っていたドリル、『物語と勉強ドリル』に変化する。
「あの子のこと、しっかり教育してあげるんやで」
よろしく、ジーニの言葉を聞き本は、彼女の手から浮かび上がると小窓をするっと通り抜けて、海人の席のリュックサックの中へ消えた。
そして、海人の盗んだドリルが、元通り宗助の席の引き出しの中へと消えた。
それを確認すると、ジーニは鼻歌を歌いながら学校をあとにした。
――
海人は意気揚々と学校から帰り、自分の部屋に駆け込んだ。そして、ランドセルの中から、宗助から盗んだドリルを取り出す。
ランドセルから出てきたドリルを見て、改めて海人はドリルを自分のものにできた達成感で胸がいっぱいになった。
これでオレも、かしこい人間の仲間入りだ。ガリはまたクラスの中で一番点数の悪い生徒に戻り、代わりにオレがクラスで一番の天才になって、みんなにチヤホヤされる番だ。
あんなさえないヤツよりオレの方が、クラスメートの注目を集めるのに、ふさわしいに決まってる。
海人は、ドリルを開いてみた。そのとたん、彼の表情がくもった。中には、何も書かれていなかったのである。だまされた、そう思ってドリルを床にたたきつけようとしたとき、うっすらと文字が浮かび上がってきた。
『あなたにぴったりの本になりましょう』
その文字を見たとき、海人は背筋が寒くなったような気がした。ドリルのページは、みるみるうちに文字であふれる。その後、また真っ白になったページに、一行文字が浮かび上がった。
『あなたにぴったりの本、それは、ガミガミドリルです』
「ガミガミドリルッ!? そんなもの、オレは求めてないっ」
海人が怒鳴って、今度こそドリルを机にたたき落とそうとした時だった。
ドリルがひとりでに浮かび上がると、形を変えた。たて長の表紙が長い舌に代わり、その上に、三角の目ができあがる。そして、キンキンする声で海人にわめきちらした。
『今から1時間以内に、学校の宿題を終わらせなさい。でなければ』
ここで言葉を切り、ドリルは海人の周りをくるくる回りながら舌をちらつかせる。
『この舌で、1時間、はたき続けます』
しゃべるドリルのことなど聞いたことがない上に、ドリルの命令した内容に逆らうと、舌でたたかれる。おそろしい内容だ。しかし、目の前にあるドリルは、本気で海人のことをはたきそうな顔をしている。とにかく彼は急いで宿題に取りかかったのである。
クラスメートにいつも宿題を見せてもらっていた彼は、宿題なんて、自分でやるものじゃないと思っていた。そんな彼が、宿題を自分からこなそうとしたのは、今日が初めてのことだった。
最初は海人はなんとか、ドリルを手放そうとしてゴミ箱に入れてみたり、学校において行ったりしてみた。しかし、何をしても、ドリルは海人の目の前に戻ってきて、あれこれと指示をする。そして、指示を守れないと、長い舌で海人をひっぱたくのだ。
海人は、周りにガミガミドリルの話をしてみた。けれど、クラスメートも、両親も、誰も彼の言う事を信じてくれなかった。
ガミガミドリルに毎日いつでも、監視されるようになった海人は、少しずつ人に意地悪をしない子どもになったそうだ。
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