カラオケコンテスト絵本その1
そんな彼女が一つだけ気に入らないことがあった。それは。
誰も、彼女が歌をうまいとほめてくれないことだった。
大好きな音楽の成績は、小学生の間は「がんばりましょう」だった。
中学一年生になった今年こそは、音楽の成績を5にできると信じている。
一生懸命、楽しく大きな声で歌っているのに。
それなのに、小さな声でしか歌っていない他のクラスメートや、態度の悪いクラスメートの方が、成績がよかった。それが、尚美にはくやしくて仕方がない。
なんで一生懸命、楽しそうに、美しい声で歌ってるわたしが「がんばりましょう」で、ふざけてる男子や、声の出てない人たちが「よくできる」なの。
音楽の先生がわたしを嫌いだったのかな。
尚美は知らなかった。自分自身が音痴だということを。
ある日。尚美は、お母さんと買い物に来た。
そしてショッピングモールの入り口に貼ってあるポスターを見つけた。
そこには、ショッピングモールで行われるイベントのリストが載っていた。
そこに、あったのだ。カラオケ大会開催のお知らせが。
尚美は、知っていた。こういったカラオケ大会で優勝した人たちが、テレビのカラオケ番組に出演し、歌手デビューしたりするのだと。
このカラオケ大会に出て、優勝できれば。歌手になれるかもしれない。
尚美は、別に歌手になりたいわけではなかった。歌うのは好きだけれど、仕事として歌いたいわけじゃない。
彼女の頭にあるのはあくまで「みんなに注目されたい」、その想いだけだった。
カラオケ大会で優勝すれば、テレビに呼ばれるかもしれない。
テレビ番組に出られたら、たくさんの人たちに自分のことを知ってもらうことができる。
そうしたら、きっと楽しい生活が待っている。
そうしたら、芸能人の知り合いがたくさんできるかもしれない。そうしたら、有名なイケメン芸能人なんかと知り合いになって、学校で自慢できる。イケメン歌手や、イケメン芸能人とお付き合いだって、できるかもしれない。
そうなったらサイコーだ!
どんどん想像がふくらんだ尚美は早速、カラオケ大会に出場することを決めた。子どもは保護者の同意が必要ということで、一緒に来ていた母親に相談しようとする。
「お母さん、今度ここでカラオケ大会があるんだって。出てもいいよねっ!?」
カラオケ大会のチラシを持ってお母さんを見上げた彼女の表情はきっと輝いていたに違いない。しかし、そんな娘の表情を見てもお母さんは笑顔ではなかった。
「無理よ」
「え? 何が?」
「無理よ、あなたには」
「どういうこと? その日は予定があるってこと?」
ただ、無理という言葉をくり返すお母さんに、尚美は戸惑う。なぜお母さんは、無理としか答えてくれないのだろう。その日、何か大事な予定があるのかしら。ああ、分かった。わたしを困らせて楽しんでるんだわ。なんてひどい!
「どうして? わたし、これに絶対出たいの。もしかしたら優勝して、テレビにだって、出られるかもしれないんだよっ!?」
尚美の言葉に、お母さんは首を横に振る。
「あなたには、無理よ。テレビなんて、とんでもない。だって……」
ここでお母さんは、言葉を切った。そして大きく息をすいこみ、言った。
「だってあなた、
音痴、という言葉を聞いて、尚美は固まる。
おんちって、どういう意味だっけ。と首をかしげた。そういえば、昔よく見ていたアニメで聞いたことがある気がする。とっても歌がへたくそなのに、歌いたがるキャラクターがいて。みんな、そのキャラクターが歌おうとすると、できるだけそこから離れようとしていたっけ。
つまり、と尚美は考える。わたし、歌がへただってこと?
家に帰ってから、自分のスマートフォンの録音機能を使って、歌ってみた。今まで、そんなことしたことはなかった。
そして、自分の歌声を聞いて、絶望したのだ。
今まで、CDやテレビの歌に合わせて歌っていた。その時は、すごく自分は歌がうまいと感じていた。そして、音楽の授業の時も、周りに合わせて歌っているとき、とてもうまく歌えていると思っていた。
みんなの前で歌う時だって、メロディーが頭の中で流れていたから、それに合わせて歌っていたつもりだったから、うまく歌えているはずだった。
しかし違った。リズムはむちゃくちゃ、音程も外れまくり。
大好きな歌手の歌を歌ったはずなのに、全く別の歌を歌っているかのような状態になっていた。
尚美は、ショックで夕食もろくに食べることができなかった。
きっと、スマートフォンの録音機能がだめなだけよ。私が音痴なはずない。
コンテストで用意されたマイクならきっと、うまく歌えるはず。
そう、彼女は自分に言い聞かせた。
次の日の夕方、彼女は再びショッピングモールに来ていた。
お母さんを説得し、なんとかカラオケコンテストの出場の許可をもらったのだ。
「わたしが、音痴なはずないもん……!」
カラオケコンテストのポスターを見ながら、尚美はこぶしをにぎりしめた。
「なんか、お困りのようやな」
特徴的な関西弁が聞こえてきて、思わず振り返る。
そこには、ピンク色と紫色の髪を三つ編みにした、女の子が立っていた。
「よかったら、相談に乗るで」
見ず知らずの女の子に話しかけられて、
けれど、誰かに話したところで悩みがなくなるわけでも、増えるわけでもない。
なんとなく、誰かに聞いてもらいたい気分ではあったので、話すことにした。
「じゃあ、仕方ないから教えてあげる」
そう言うと、女の子は顔をしかめた……ように見えた。
けれど、すぐに笑顔になってうなずく。
「わたし、歌うことが好きなの。歌手になるのが夢なの」
「へえ、そうなんや。……ホンマに、歌手になりたいんか?」
女の子は、ずいっと尚美に近づいてきて言う。
まるで、尚美が本当は歌手になりたいのではなく、みんなに注目してほしいだけなのだということが分かっているかのような目をしていた。
「本当だよ。それよりねぇ、もっとおどろかないの? すごーい、とか」
「あぁ、ごめんごめん。……すごーい」
全く、すごいとは思っていなさそうな言い方で、女の子は言った。
尚美は大きくため息をつく。ああ、やっぱりこの子に相談したって時間のむだよ。
「でもね、残念ながら努力をしたって、ムダなの。だって、ボイストレーナーをお母さんがやとってくれたらいいけど、無理だし。歌い手になるための道具をそろえたくても、お金がかかるし。……あー、わたしの才能が、埋もれていっちゃう」
そう言うと、女の子は、ぽんと手を打った。
「なるほど。そしたらアンタは、歌手になるための本が欲しいっちゅうことやな?」
「別に、歌手になりたいわけじゃないんだけど……」
そうぼそりと呟く彼女の言葉を無視して、女の子はリュックサックをどさりと降ろす。
「それやったら、このジーニちゃん、手を貸してあげられるわっ」
「ジーニ……ちゃん」
「せや。ウチ、ジーニって言うねん。ジーニちゃんって呼んでな!」
女の子……――、ジーニちゃんはリュックサックを開く。
リュックサックの中は本棚のようになっていて、そのうちの一冊が飛び出た。
ジーニが本をめくって、急に読み始める。
尚美は仕方なく、隣で一緒に読もうとした。
『尚美は、歌うことは好きだったが音痴な女の子。音痴だと親に教えられてからも、自分が音痴なのではなく、機械がおかしかったのだと考えていた。音楽の成績が悪かったのも、先生が自分を嫌っていたからなのだ、と。そんな彼女はある日、ショッピングモールで行われるカラオケコンテストのチラシを見て、出場を決める。優勝すれば、テレビに出ることができ、イケメン芸能人と知り合えるかもしれないからだ。あくまで、彼女の願いは歌手になることではなく、誰よりも目立ち、自分のことを知ってもらいたいということだった』
本に、自分のことを言い当てられた気がして、尚美は背筋が凍った。
でも、思い直す。イケメン芸能人と知り合って、彼らと結婚したいという気持ちのどこが、悪いことなんだ、と。
すでに尚美の頭の中には、イケメン芸能人と手をつないで歩く自分の姿が思い浮かべられる。自然と顔がにやけてくる。
「ん……? イケメン芸能人と知り合いになるために、歌手になりたいの」
そうジーニに言われて、どう答えるか迷った。
ここは正直に、はいそうですと答えるべきだろうか。
いや、見ず知らずの人にそこまで正直に答える必要はない。
そう判断した尚美は、首を横に振った。
「まさか。ただ、歌手になって自分の歌を聞いてほしいと思ってるだけだよ。でもね、歌手になるためにはお金がかかるの。いいマイクに、いいスタジオを借りての録音、それから……」
「それならなんとかなるかもよ」
悲劇のヒロインのように大きく腕を広げてためいきをつく尚美の言葉をさえぎって、ジーニは言う。
ああもう! どうしてこの子は、こんなに間が悪いのかしら! ほんとにわたしの話を聞く気はあるのかしら!
そう思いながらも尚美は、かわいらしく首をかしげてみせる。そんな様子に気づかずに、ジーニは言う。
「アンタにぴったりの本、見つけたる。ついておいで」
そう言うと、ジーニは本を元の場所に直す。そして現れた穴に向かって飛び込んだ!
「うそでしょ!? こんなところに入るの!?」
尚美は、穴に向かって叫んだ。返事はない。
けれど、尚美の心は決まっていた。歌手になるための方法があるなら、教えてほしい。
だって、こんなチャンス、もう来ないかもしれないんだから!
なおみたちが住んでいる地域は、決して都会ではない。そんな場所でカラオケ大会が開かれることなんて、めったにない。さらに、その数少ないカラオケ大会に、今後必ず参加できるかどうかも分からない。なんとしても、このチャンスをうまくつかみとらないと!
尚美はえいっ、と穴の中へと飛び込んだ。
「よく来たな。それじゃ、聞くで。……アンタの欲しい本は、どんな本や」
「歌手になるための本だよ」
即答する。すると、ジーニは顔をしかめつつ、言った。
「……もう一度だけ聞くで。アンタの欲しい本は、どんな本や」
「だから、言ったでしょ。歌手になるための本よ」
先ほどより強い口調で言う。すると、ジーニは大きくため息をついた。
「分かった。それじゃ、歌手になるための本を見つけたる」
それを聞いて、尚美の心はおどった。
これで、わたしの望みは叶う。
ジーニが指をパチン、と鳴らすと二人は広場に着地していた。
「それじゃ、アンタが必要としてない本をもらうわ」
「お金ではらうんじゃないの」
尚美の言葉に、ジーニはうなずく。
「ここでは、物と物との交換が基本なんや。アンタにとって必要のない本が、きっと誰かのもとで幸せに暮らせるときがくる。すべての本が幸せに暮らせること、それがウチの願いや」
尚美は、自分にとって不必要な本を想像してみた。何があるだろう。そんなに本は持っていないけれど、自分の本は、一つだって手放したくない。
それじゃあ、何を渡せばいいだろう。
そこで、彼女の弟、
直哉は、いつだって尚美をイライラさせる。
いつもお父さんもお母さんも、直哉のことばっかり気にかけている。
そして直哉は、本が大好きだ。部屋中本だらけの直哉の部屋を想像する。
直哉の本なら、一冊くらいあげたって大丈夫。
そうだ、直哉が一番大切にしていたあの本を渡そう。
直哉には、大切にしている本があった。ボロボロになったからとお母さんが捨てようとしたときも、絶対に手放さなかった。なんでも、もうぜっぱんというものになったようで、新しいものは手に入らないらしい。
お母さんが何度も捨てようとしていたあの本を消してあげたら、お母さんだってきっと喜んでくれる。それにあの本、絵本だったもの。もう直哉の年で何度も読むようなものじゃない。お父さんだって、そう言ってたもの。
尚美がそう決めたとき、ジーニの手元に、なぜか直哉の大事にしている本が現れた。
「すごく大切にされている本のようやけど?」
「その本と交換してください」
ジーニの言葉を最後まで聞かずに尚美は言った。
ジーニは少し考えた後、直哉の本を本棚にしまった。
尚美は、自分の立っている横の本棚に一冊、光っている本を見つけた。
手に取ると、本はふわふわ飛び上がり、尚美の頭に落下した。
「いたっ」
そのまま本は、ジーニのところへ向かった。
すると本は淡い光に包まれ、光が消えたときには生まれ変わっていた。
それは、児童書コーナーにあるしかけ絵本に似ていた。
しかけ絵本にも色々あるが、これはカラオケ絵本にそっくりだった。
ただ、カラオケ絵本ならプラスチックのものが多いマイクは銀色のすてきなマイクだったし、かわいいヘッドフォンや譜面台もついている。
まさに、わたしが求めていたものだと尚美は思う。
「この本があればきっと、歌はうまくなるで。……練習さえすればな」
それを聞いて、尚美は天にも昇りそうな気持になった。やった! これでわたしは、歌手になれる。歌手になって、芸能人になって、イケメン芸能人とたくさん知り合いになれる。あんな田舎から、おさらばできる!
本にかけよって、あちこちさわりまくっている尚美に、ジーニは真剣な表情で語りかける。
「……でも何事も、努力をしなければうまくならへん。そして、相手を思いやること。それができへんと、夢はかなわへんと思うで」
ジーニの言葉は、本に夢中になっている尚美には、届かなかった。
いや、彼女にとって都合の悪いことは、聞こえないのかもしれない。
尚美は気が付くと、ショッピングモールのポスターの前に戻ってきていた。
うでにはしっかりと、カラオケ絵本がにぎられていた。
尚美はるんるん気分でその本を持って家に帰った。
夕方、弟の直哉がドアを壊しそうな勢いで入ってきた。
「お姉ちゃん、ぼくの大切な本知らない!? どこにもないんだ」
「しらなーい」
直哉の慌てようをみても、尚美は何も感じなかった。
ああ、あの本は本当にジーニのところへ行ったんだ、そう思っただけだった。
直哉を追い出すと、尚美は弟の大切な本と交換に手に入れた本を眺めた。
『カラオケコンテスト絵本』とある。
本の部分のページをめくってみる。物語形式になっているようだ。王子様の結婚相手を選ぶコンテスト。主人公は王子様に一目ぼれし、コンテストの出場を決める。
そこまで読んだ後、彼女は最後のページまでとばした。途中はどうでもいい、最後だけわかればいいと思ったのだ。
最後のページでは、なんと主人公ではなく別の女性が王子様と結婚しているイラストでしめくくられていた。
「なーんだ、王子様と結婚できないのか」
尚美は、ぽんと本をベッドに放った。その時、小さな紙が出たような気がしたが、それに彼女は気づかないふりをした。どうせ大したものじゃない。お母さんが掃除のときに捨ててくれるだろう。
「まほうの本も手に入ったことだし。これでわたし、歌が上手くなるわ」
この本さえあれば、歌がうまくなるってあの人言ってたし。練習する必要なんてないわ! だって私、歌手になりたいわけじゃないもの。あくまで、テレビに出るためなんだもの!
尚美は、明日にでもカラオケ大会に出る準備をしようと気持ちを高ぶらせた。
まずは、すてきな服が必要ね。歌手の人が着ているような、高くてきれいな服。さっそく、お母さんに準備してもらわなくっちゃ。あと、かわいいかみかざり、ネックレスにブレスレット、指輪にかばん。ああ、考えるだけで楽しい!
尚美は、ベッドの上に飛び乗ると、ステージで歌う、すてきな自分を想像した。
数日後。カラオケ大会当日。優勝したのは、尚美ではなかった。優勝したのは、彼女と同じ中学校に通っているクラスメートの、愛良だった。
愛良とは小学生の時から同じクラスになったことはあった。
尚美にとっての愛良は、「音楽の先生のお気に入り」のイメージだった。
普段話す声も小さくて、自信がなさそうな愛良。
けれど、歌う時だけは少しだけ声が大きくなるのだ。
小学校の時の音楽の先生は、愛良の声が気に入っていたのか、よく彼女に見本として歌わせていた。
いつもは自信なさげな彼女も、音楽の時間だけはうれしそうに歌を歌っていた。
そんな彼女なのでいつも音楽の成績は「よくがんばりました」だった。
尚美は、そんな彼女が嫌いだった。
愛良は、大会当日はすみきった素敵な歌声で会場に集まった人たちを感動させた。
一方、なおみは音痴に加え、なぜかのどの調子がわるく、ひどくがさがさした歌声になり、予選で退場することになった。
そのため、テレビに出るという目標は、達成できずに終わった。
そのコンテストの前日の夜、彼女にちょっとしたトラブルが起きたのだ。大事にしまっておいたはずのカラオケ絵本が姿を消していたのだ。
カラオケ絵本があれば歌はうまくなる。そうジーニから聞いたなおみは、本を手に入れたその日以来、本を開くことも、歌を練習することもなかった。
だって、本があればうまくなるってことは練習なんてしなくたって、勝手にうまくなるはずだもん。だから、わたしはこの本を誰かに傷つけられないようにしまっておくだけでいいんだ。
そう、彼女は思っていた。けれど、なぜか彼女が本を保管していはずの場所に、本がなかったのだ。
そして、必死に本を探している尚美に、直哉が言った言葉も傷を与えた。
「……少しはぼくの気持ち、わかった? ぼく、絶対手伝ってあげないから」
夜通し彼女は絵本のことを探したが、見つからずに大会当日を迎えることになった。カラオケ絵本なしで挑んだ彼女のコンテスト結果は、散々なものとなった。
カラオケ絵本の行方を、彼女は知らない。
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