着せ替えマネージャー
里奈と
中学生になり、一緒のクラスになってからというもの、学校の行き帰りはもちろんのこと、音楽教室に行くにもトイレに行くのにも、一緒だ。
家に帰ってもすぐに、また京花と遊びに出かける。
そんな日々が、里奈にとっては、とても楽しかった。
京花は、去年まで、里奈にとってあこがれの存在だった。
背が高く、いつ見てもかわいい服を着て、かわいい文房具でそろえてある。
何でもできるし、色んなことを知っている。いつもTシャツにジーンズの背が低いわたしとは、大違い。わたしも、あんな風になりたい。
そんな風に遠い存在だった京花が四月、中学生になったタイミングで話しかけてきた。今まで仲がよかった友達と別々のクラスになったから、その場しのぎで友達になってくれるのだろう、そう里奈は思った。
けれど、一週間経っても、二週間経っても、京花が里奈とはなれることはなかった。本当の友達になってくれたのだ、と里奈はうれしくなった。
ある日、里奈は勇気を出して京花にたずねた。
「ねえ、京花ちゃん。わたしたち、友達だよね」
京花は戸惑った表情を浮かべた。その表情を見て、里奈は聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれないと思った。
このままだと、由紀子は自分からはなれていってしまうかもしれない。
冗談だよ、そう言おうと思った時、京花があわてて言った。
「もちろんだよ。友達に決まってるじゃん」
それを聞いて、里奈はとてもうれしかった。よかった、わたしたち、友達なんだ。里奈は、心からよろこんだ。
里奈は、京花に言った。
「わたし、京花ちゃんみたいにかわいくなりたいんだ。服とか買ってる場所、教えてほしいな」
そう言うと、京花は少し考え込んだあと、里奈に笑って言った。
「里奈ちゃんは、そのままでいいんだよ。わたしは、そのままの里奈ちゃんが好き」
大好きな京花にそう言われてしまったら、里奈はもう何も言えない。
そうか、わたしはこのままでいいんだ。このままのわたしが、京花ちゃんは好きなんだ。だったら、そのままのわたしでいよう。
そう、里奈は思った。少なくとも、その時は。
けれど、里奈も女の子である。色々おしゃれもしたいし、きれいになりたい。
好きな男の子がいるわけじゃないけれど、人から
「かわいい」
と言われてみたい。そんなわけで、どうにかして、京花のようにかわいくなりたいと思った。
そのためにはどうしたらいいのか、彼女は京花には内緒で研究し始めた。
学校の図書室には、ファッション雑誌は置いていない。だから、図書館や書店で雑誌を読もうとする。しかし図書館の雑誌コーナーに置いてある、小学生・中学生向けのファッション雑誌は、いつだって誰かが借りていて、図書館にはない。
古いファッション雑誌を読んでも流行があるとかで、あんまり参考にならない。
さらに、書店の雑誌コーナーをのぞいても、どの雑誌もふろくがついているせいで、本にひもがまかれてしまっていて、読むことができない。
つまり、買うしか読む方法はないのだ。
ビニールのさいふをにぎりしめながら、里奈は考える。ファッション誌にお金を使いたくは、ない。里奈の月々のおこづかいは、一冊のマンガ本がちょうど買えるくらいの金額しかない。そしてそのお金は、毎月出るマンガ雑誌に使っている。
ファッション雑誌をとるか、大好きなマンガ雑誌をとるか。どちらか選ばなければいけないのであれば、やはり大好きなマンガ雑誌を買うのに使いたい。
でも、かわいくなることをあきらめたくもない。里奈は困ってしまった。
ファッション誌が買えないのなら、服屋さんを見て回ろう。
そう、里奈は考えた。
たくさんの服屋さんを見て回って、マネキンが着ている服や、『売れてます』ポップがついている服を見て、勉強すればいい。それなら、お金はかからない。
そう気が付いて、里奈はお母さんに相談した。
そして今日、ショッピングモールに連れてきてもらっている。
ショッピングモールの中には、たくさんの服屋さんが入っている。
一つ一つ、できるだけ多く見て回ろう。
そう里奈は決心した。
十数分後、げんなりした顔で、里奈はお店を出た。
ただ服を見ているだけなのに、すぐに店員さんが寄ってきてしまうのだ。
見ているだけだと伝えたいのに、人と話すことが苦手な里奈は言い出せない。
店員さんから、『これが流行りですよ』『お似合いです』と鏡の前で合わせられ続け、あげくには店員さんから、『なんだこの人反応うすい』と思われて離れていかれてしまう。
他のお店を回っても、同じようなことになるんだろうか。
そう思って大きなため息をついた時だった。
「店員さんって、すぐに寄ってくるよな。ウチはほっといてほしいタイプや」
横から声がして、思わずそちらに視線を向けた。
ピンクと紫色の髪をした女の子が、里奈を見ている。
「アンタ、なんか欲しいもんでも、あったんか?」
「あー……えっと……。流行を……」
「流行?」
「服の……」
とぎれとぎれに言うと、女の子はうなずいた。
「なるほど、ファッションの流行か! アンタ、服屋を回って研究しようとしてたんやな! すごいやん!」
「でも……つかれまして……」
「そりゃあ、そうやろうな。アンタ、すぐに声かけられそうやし、押しの強い店員の話、そのまま聞いてしまいそうやしな」
女の子の言葉に、里奈はうなずくしかない。
「こりゃ、ウチが力貸したらなアカンなっ!」
女の子が元気よく言った。
「ウチ、ジーニ。ジーニちゃんって呼んでな」
「ジーニ……ちゃん」
ジーニは、里奈の目をじっと見た。
「アンタはなんで、そんなにファッションの流行を知りたいんや?」
「えっと……、かわいくなりたい。それから……服が、好き、だから」
京花と一緒に過ごすうちに、里奈も服の
かわいい洋服を見ると、着てみたいと思った。
それと同時に、こんなにすてきな服を、デザインできる人はすごいとも思うようになった。自分も、そういうデザインを描いてみたいとも思うようになっていた。
「ホンマに、服が好きなんやな」
そう言って、ジーニちゃんはリュックサックをどさりと地面に降ろす。
そして、リュックサックのチャックを開く。
すると、中から本棚が姿を現した。
その中から本が一冊抜け出ると、ジーニの腕におさまる。
『里奈は、最近友達になった京花のようにかわいくなりたいと思った。次第に、かわいい服だけでなく、その服を作る方法やデザインの仕方についても、知りたいと思うようになった。それまで里奈は、Tシャツにジーンズという服装しか知らなかった。けれど、京花との出会いによってさまざまな服があることを知った。けれど、京花に【そのままのあなたが素敵】と言われ、服装を変えられずにいた』
「ははぁ。……友達に、『今のまんまのアンタがええ』って言われたんか。……でもそれって……」
ジーニはそこで言葉を切る。なんとなく、彼女の言いたいことは里奈に伝わった。
「それって、本当の友達じゃないんじゃないかって、言いたいんですよね」
ジーニは小さくうなずいた。
里奈も、なんとなくそんな気がしていた。
本当の友達なら、『じゃあ今度一緒に、服屋さんに行こう』と言ってくれる。
そう、感じていた。
そもそも小学生の頃の京花は、友達としょっちゅう服屋さんに遊びに行く約束をしていた。
それなのに、里奈とはその約束をしてくれない。
映画を観たりした後、買い物をすることはある。
でも、絶対に服屋に行こうとしないのだ。
里奈は、そのことには触れないようにしていた。
心のどこかでは分かっていたけれど、気にしないようにしていたのだ。
そうじゃないと、せっかくの今の京花との関係が、こわれてしまうから。
「……よっしゃ! 勝手に友達ができちゃうくらい、いい本を紹介したるっ」
ジーニの言葉で、里奈は我に返った。
彼女は本を元の場所に直す。すると、本棚が引っ込み、暗い穴が姿を現した。
「アンタがもし、今の状況を変えたいって思うんなら、ついておいで」
そう言うと、ジーニは穴に向かって飛び込み姿を消した。
その後に、里奈は迷わず飛び込んだ。
「いやぁ、おそらくアンタ、一番早く決断したで。最短記録や」
ぷかぷかと細長い空間を落下しながら、ジーニが里奈に言う。
「それじゃ、聞くで。アンタが欲しい本は、なんや?」
「お金をかけずにかわいい服が手に入る本……です」
そんなこと、無理なのは百も承知していた。
何事もお金が必要。
もしジーニが自分に必要な本を本当に持っていたとしても。
その本が買えるほどのお金を、自分は持っていない。
それでも、もし本当にそんな本があるのなら一目でも見てみたい。
里奈の考えを見透かしたように、ジーニが言う。
「心配せんでええ。ここにある本は、一冊しかあげられへん。せやけど、お金はいらん。必要なのは、自分には必要ないと思う本一冊だけや」
「自分に必要ない本……」
「その本と、アンタが欲しい本を交換する。いわゆる、物々交換っちゅうやつや」
それなら、わたしでも欲しい本を手に入れられる。
そう思ったのとほぼ同時に、ジーニが指をパチンと鳴らした。
二人は大きな広場に着地した。
本棚が並んでいるその場所で、里奈は光る本を見つけた。
手に取ると、その本はジーニに向かって飛んでいく。
「きっと、ぴったりの本になってくれるわ。見ててみ」
ジーニの手元に収まった本はさらに光を増した。
その本の中に、様々な形をしたシールが吸い込まれていく。
『着せ替えマネージャー』。本のタイトルは、そうなっていた。
ページをめくってみると、様々な服のシールが目に入る。
「その『着せ替えマネージャー』という本は、本に出てくる女の子に着せて上げた服のシールが、そのまま現実世界に飛び出してくる、というもんや。自分がその時着たいと思う服を、女の子に着せてあげれば、自分もその服を着ることができる。反対に、いったん外に出した服を本の中に戻したいときは、女の子から服を脱がせればええ」
ジーニの言っている言葉を半信半疑で受け止める。
家に帰ってから、実践してみようと考えた。
「ここに来た本のほとんどは、元々の持ち主に必要ないと思われた本や。せやけど本たちにも、意志がある」
「意志……」
「せや、持ち主を選ぶけんりや、自分のなりたい自分になるけんりがあるねん」
「なりたい自分……」
ジーニはうなずくと、言葉を続ける。
「本だって、こういう本になりたいという理想があるんや。ここは、その理想の姿になって、自分の求める持ち主と出会える、そんな場所や」
彼女は里奈の方を振り向くと言った。
「アンタはその本に、持ち主として選ばれた。その本できっと、人生が変わるはずや」
自信にあふれたジーニの言葉に、力があふれてきた。
きっといい人生になる、そう思えてきた。
「もちろん今日のように、努力や研究も必要や。本があるだけで勝手に人生がいい方向に変わる、なんてことはあらへんから注意してな」
ジーニの言葉に、里奈はうなずいた。そんな彼女の前に一冊の本が現れた。
その本は、学校の朝読書用にと本を探していたとき、お母さんが買ってくれた本だった。
しかし、ミステリー小説に興味がない彼女は、一度も読むことなく本の存在を忘れ去ってしまっていた。
「どうやら、ずっと読まれていないようですね」
ジーニの言葉に、優奈は小さくうなずく。
「この本に新しい持ち主、新しい生活を与えてあげたいんやけど、ええか」
その言葉にも、里奈はうなずく。
このまま自分がこの本を持っていたって、たぶん本を開くことはない。
それなら、誰かのもとに行って、読まれた方が幸せだと彼女は思った。
「まいど。本と、そしてあなたが幸せでありますように」
ジーニが、小さくおじぎした。
気がつくと、里奈は服屋さんの前に戻ってきていた。
手には、『着せ替えマネージャー』が握られている。
夢じゃなかったんだと里奈は思った。
家に帰ると、早速彼女は本を手に取り、ページを開いてみた。
中にはかわいい女の子のパーツと、いくつものかわいい服のパーツが入っていた。
さっそく、里奈は自分がかわいいと思う本のパーツを女の子に着せてあげた。
すると、不思議なことが起こった。
彼女がコーディネートしてあげた女の子の服が、そっくりそのまま、里奈にも入りそうなサイズでベッドの上に現れたのだ。
「え、うそでしょ……」
里奈はおどろきをかくせない。けれど、目の前には服がある。
それも、今まで自分が買ってもらったことのないような、かわいい服である。
彼女は服をさわってみたり、自分の上にかぶせてみた。服が消える様子はない。
なんてすごい本を手に入れてしまったんだろう。
そう思いながら、里奈は次々と女の子に服を着せてみた。
女の子のパーツに服を着せるたび、新しい服が次々と里奈の部屋に現れた。
すぐに、里奈の部屋はかわいい服でいっぱいになった。
かわいい服を見ていたら、なんだか優奈はうずうずしてきた。
自分でも新しい服を考えてみたくなったのだ。
学校でもらった自由帳をランドセルから引っ張り出すと、筆箱をだし、イラストを描き始めた。
もともと絵があまりうまくない里奈ではあったが、次々とこんな服があったらと自由帳に書き込んでいく。それをハサミで切り取ると、女の子のパーツに着せてみる。
「あ、かわいいかも」
そう思っていたら、さらにすごいことが起こった。
なんと里奈が描いたあまりうまくない服も、きれいに里奈のイメージ通りの形になって、彼女の部屋に現れたのだ。
里奈は、それから学校やお出かけしたときの人の服装をチェックし、どんどんアイデアを生み出していった。
そして、自由帳で思いついた服のアイデアを描き、女の子のパーツに着せていった。
女の子から服のパーツをすべて脱がせると、部屋にあふれている服も一緒に、本の中に収納された。そのおかげで、お母さんたちからあやしまれることもなかった。
たくさんの服が、里奈の手で生み出されていった。彼女は『着せ替えマネージャー』と自由帳を常に持ち歩くようになった。
遠い未来、彼女はかわいくなりたい女の子のための服をデザインするデザイナーになることを、まだ知らない。
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