SIDE STORY 1 :親子の再会
────マッコイ商店のeX-W用ガレージの一角は、今やソラが寝泊まりする為の場所と化していた。
簡易ベッドと椅子と工具、適当に吊るされた衣類と下着のなんともアレな生活空間だった。
「まぁ、こんな場所で悪いけど、座んなよ
そんな場所に、珍しくもう一つ折り畳み椅子を出して招く相手。
小さな、銀髪の女の子───実際には遥か彼方の昔から火星にいる存在、クラウド・ビーイングの中心的な人物、グートルーン。
ソラ達
「……お、お母さん……?」
「嫌だって、仮にも私を作ったんでしょ?
逆になんでおねーちゃん達、よそよそしすぎるんだか……」
「私は……でもそんな資格は……」
「あるよ。捨てても、育てても、どんな形でも作ったならね。
私の生みの親である事実に変わりはない」
一瞬、ソラの言葉にびくりと震えるグートルーン。
しかし、ソラは何でもないように、炭酸飲料を自力で直したジャンクの小型冷蔵庫から2本取り出す。
「恨んでるって言うんじゃないかって思うだろうけど、あいにく地球であったことは、嫌なことも幸せなことも全部私のせいだしね。
私はただ、お母さんのことが知りたいのさ。
私の故郷、火星にようやく帰ってこれたんだし」
とりあえず、その炭酸を渡すソラ。
それをジイっと見るグートルーン。
「……苦手だった?」
「あ、いえ、違……!
その…………いつも、飲んでいる物だったので、つい……」
「……好みは同じなんだ。フフ」
───お互い、半分ぐらい飲んだあたりであった。
「…………ゼロフォー、いえソラ。
あなた達姉妹が、遺伝子の欠陥で成長が見込めない、最悪はあらゆる場所の機能不全もありえた話は?」
「やっぱ『ママ』の言うことは本当だったんだなぁ……
明らかな欠陥があったから、治すのに苦労したって話」
「……『ママ』?」
「ああ、ごめんねお母さん?そっちは私の育ての親。
地球を支配していた『管理者』の一基。
役割は、地球環境の再生と自然地区の保護と……傭兵活動補助と斡旋機関の『ローエングリン機関』のトップだった人。
いや人じゃないけど、量子コンピュータユニットだし」
「……地球にはそんなものが?」
「私も、『管理者』の手先を色々あってやってたからね。
ママとか、冷淡な管理者のリーダーとかが努力して、なんとか滅亡しかけてた地球をまだなんとかなる段階まで地球を再生させたんだ」
「……どうやって?」
「簡単。人間同士争って良い場所で散々争わせて、再生の邪魔させなかったってだけ。
ま、私ら……私は火星人だけど、まぁ人間の中で育った身としては、人間どうしたって欲望で生きてるもんだしさ。
管理者にAIのみんなは、そこを上手くコントロールしてきたってこと。
ただ……その過程で生まれた『歪み』もあって、結局既存の管理体制じゃ地球再生次の段階は無理だって事で……
管理者は、人間のその欲望と野心に未来を託して、一度滅んだ。
…………って筋書きになってる」
ソラの話に、表情がだんだんと曇っていったグートルーンが、最後の一言で怪訝な顔に変わる。
「……なっている?」
「私も管理者のメンバーなのになんで生きてるって話だよ。
私も、教えられたのは最後の最後だけど、管理者は暴走したフリをして地球のみんなに新しい統治機関を作るチャンスと、管理体制からの解放を与えた。
けど、好き勝手やりすぎるのも人類のいいところで悪いところ。
だから、私たちは管理者の暴走を止めて人類に味方することにしたって筋書きで生き残って、
一部の管理者AIや私たちは、地球のいく末を見守るための緩い監視組織を密かに作ったんだ。
別に支配するわけでも権限もない……
ただ、決定的な破綻が起きる前に動く……言ってしまえば『運営』って言う物を」
「…………」
「…………お母さんももう知ってるでしょ。
私の船が早かっただけで、すでにダイモス辺りの軌道付近のは、地球連邦政府の宇宙軍艦隊が揃ってる。
そして、今も力は健在の『企業連』の宇宙航路開発グループもね。
もう地球は、お母さんが知ってた死の星じゃない。
宇宙へ飛び出すだけの力がある、新しい文明の育つ星だよ」
「…………それでもまだ、人間のまま繁栄し、かつての滅びの道へ突き進んだままなのではないのですか?」
グートルーンは、絞り出す様な声でそう問いかける。
「人がここまでこれたのも、その滅びの道にも爆速で進む力があってこそだよ」
「それで今度は……この星もメチャクチャにするのですか?」
「この星が、メチャクチャじゃないって言えるの?」
一瞬、言葉が詰まるグートルーン。
「…………ええ、もう火星も、メチャクチャです。
……人は、人のまま生きていれば、その消せない獣性が理性を超え、歪み、全てを滅ぼす。
計画的な火星の地球化も、300年前から……いやもっと前から、そう言った歪みで全てが狂ってきた……」
「…………」
「…………全人類を情報体にすれば、
人という歪みを生む矛盾の塊から解放すれば、きっともうそんなことも起こらない。
私は、別に自由を否定はしませんが……それは無秩序ななんでもありではなく、弁えが前提の秩序の中の自由であるべきだと、今でも信じています」
「……全部否定する気は無いけどさ、これでも生きてた人間の全部のデータ使ったような、なんなら私のコピーが1号機のAIシステム作った身だよ。
たださ、手段が過激じゃないの?
お母さん、人類嫌い?」
ソラの質問に、複雑な表情を見せるグートルーン。
「嫌い…………になりたく無い……です……」
「それはもう嫌いなんだよ」
「…………でも、今の人類は、私が作ったんです。
火星の環境でも育つ様に……私が……」
「…………じゃあ、捨てた私の事も嫌い?」
「…………私が愚かだった……」
「そっか。
本当は、お母さんは、自分が嫌いなのか」
ハッとなる、グートルーンの顔。
「完璧な物を作れるはず、作ったはずなのに完璧にならない。
原因は、自分にあると、ずっと思っているんだね」
「………………ああ、そうか。
……他の星に、捨てた子にも……見透かされる程度なんですね……私は……」
うぅ、と泣き出すグートルーン。
流石に図星付きすぎた、とソラは内心反省していた。
「…………私は、頑張りました。そう思っているところはあるんです。恥知らずですけれども……
でも、やっぱりダメでした。何も上手くいかないんです。
情報体の皆は良い人達です。そんな私でも慰めてくれます。
でも…………だから私の、消せない個性の部分で……
ずっと……ずっとお前はダメだって……お前は無能だって……お前のやった事全てが無駄なんだって……ずっとずっと……!!」
見た目の年齢通り、女の子の様に泣きじゃくるグートルーン。
───よりにもよって知り合いに似た顔なのもあって面食らうソラだったが、しかしすぐにその体に寄り添って、抱きしめる。
「…………私が一番間違えたのは、あなた達二人を地球へ捨てた事なのでしょうね……」
「間違いを犯さない人間はいないよ。
人間以外も、そんなもんだよ」
「…………本当に、恨んでいないのですか?」
「…………フォルナちゃんは、めっちゃキレてるけど、
うん、恨むとは違うんだよ。色々とね。
私も、86歳になった。
人間の社会の中じゃ、恨みも妬みもするししたし、
色々、見れた年齢なんだよ。
………………私さ、血は繋がってないけど、子供みたいなの何人かいるんだ。
孤児とか、捨てられたとか。
自分一人生きてく余裕もないのにさ……なんでか、育てちゃってさ。
…………バカな子もいたよ。知性とかそうじゃない。
なんでか……本当なんでか、自分の理想じゃない子供をね、捨てるのさ。
捨てるならまだ良いけど、虐待してまで矯正しようとする。
血が繋がってる子ほどそうだった……
なんでかって聞いたさ……そしたら、
自分の子なら、出来るはずだって言う理想が、
あまりに強すぎたんだ……」
グートルーンは、ソラの腕の中で顔を上げる。
「子供は、別の生き物なんだよ。
たとえ血が繋がっていても、どれほどそっくりでも違う。
…………完全なコントロールも、支配もできない。
私が作ったAI達じゃない」
「………………」
「でもさ、そう錯覚しちゃうのも親なんだ。
仕方ないんだよ、違うって気付けない。認められない。
そう思うには似すぎるんだ。
…………ある意味で、子への愛情は、自己愛の延長でもあるんだ……
だからさ、自分が嫌いな所を子供に見つけてしまったらそりゃ…………捨てたくなる気持ちも分かる。
私もその子と……親子の縁、っていうのも変だけど、それを切るか悩んだよ」
「…………」
「…………お母さんは、私から言えばマシな方さ。
捨てた事を引きずって、捨てた事を謝れて。
…………私は、切っちゃったよ。
…………私がそんな子に育てたのにさ……」
「…………ソラ……」
思い出したくない事の一つ、でもある話と、その時見せた本当に絶望した子の顔を思い出すソラ。
「…………私は、お母さんを責められない。
話して分かるけど、やっぱ似てる。
…………でも私は多分、それ以上酷いことした挙句、
あの子らが独立したからって、さっさと火星に帰った辺り、それ以下の自分勝手だ」
「…………」
「…………悪いね、私ばっかり話して。
……私が一番やった事の中でひどい事は、まだ10代の頃に育ててくれたママを殺した事だからさ」
「……え?」
「……私の生存権を管理者の間で、老朽化した異常行動をしたAIママの破壊と引き換えにね。
異常行動ってのが、落ちてきた私を助けたことだったんだけど」
息を呑むグートルーン。
「私の代わりにママが死んだ。
……はは、何言ってんだか。育ての親殺したことに変わりはないのに」
「…………」
コツン、と小さな手が、ソラの頭にチョップの形で当てられる。
「え……」
「……悲しい、なら……笑わないで……」
「!」
「…………叱って欲しいからって……そんなことしないで……ね?」
「…………ごめんなさい」
自分でも分かるぐらいシュンとしてしまうソラに、グートルーンは小さな手で頭を撫でる。
「……ソラ、私たちのところに来ませんか?」
「え……?」
「虫のいい話なのは……分かってます。
ただ…………私は、私はやっぱり人類が好きで、でも人類が人類のままで生きていく事はできないと……
あなたの、地球の話を……地球で生きてきたあなたの顔を見ても、思うんです」
「…………そっか」
「……これは、私の意志だけではなく、かつての地球を、そして今までの火星を見てきたクラウド・ビーイングの総意でもあります。
今は緩やかな動きで抑えましょう。
人類の、個性の尊重を否定しきるのも、違うとは分かっています。
ただ……それでもいずれ、全ての人類を情報体へ変えていきたい。
……地球も含めて、もう、
かつても、今も繰り返される悲劇を、止めたい。
それは変わりがありませんから」
「…………そっか」
「………………私は、そうは言っても人を選ぶモノです。
それが優しいあなたの姉妹に嫌われてしまいました。
それも当然です……今だってそれが変えられない。
変えられないから…………ごめんなさい。
身勝手ですが……またあなたを選びたい」
……ソラは、一瞬どうしても、心からほっと温かくなる様な感情が込み上げてきた。
ただ、静かに、一回だけ首を振る。
「…………それは、嬉しいよ。
たださ、その前に、全ての人間を情報体に、お母さんと同じクラウド・ビーイングに変えてからじゃないと」
「…………なぜ?」
「……人は、愚かだし、ある程度秩序は必要だよ。
でも人が愚かじゃなきゃ可能性もない。
お母さんが思うほど、人を自分達に取り込むのは容易じゃないよ。
いつだって、聞かん坊なのが人間なんだよ」
「…………きっと、あなたのいう通りなのでしょうね。
ええ……嫌いではありませんよ、今は」
「私も、別にそれを選んだ人を否定はしないよ。
情報体……別にいいじゃないか」
「でも、まだ人の中でいたいと?」
「もう、色々関わって過ごすのは疲れたけど、隠居生活はこういうちょっと外れた場所っていいのが良くてね」
「……
「80超えたらおばーちゃん!」
「じゃあ、私はそれを超えてもはや死にかけとでも言いたいのですね。
全く…………め、です」
ふふふ、と二人揃って笑ってしまった。
なんだか……穏やかな気持ちをお互いに感じていた。
「…………肝には銘じておきます。
そうでなければ……何度も失敗してはいないでしょう……侮る時期ではもうないのですね」
「……『イレギュラー』には気をつけて。
いるんだよ、単体でも全てをひっくり返す様な、恐ろしい存在が」
「…………あなたは、どっちの味方ですか?
70年前や、この前はクオンを援助して」
「…………私は、今は中立かな」
「…………では、私の味方になるその日まで。
ああでも……また暇があったら、会ってもいいですか?」
「ま、予定が合えばね?
……嘘だよ、いつでもいいよ」
「……ありがとう、ソラ。
さようなら、また」
そう言って、この場を去るグートルーンの背後に笑顔で手を振るソラだった。
「─────本当、演技上手なおねーさまですこと?」
近くのパーツ倉庫の入り口から現れる、ピンク色の髪の不機嫌な少女、
そう、ソラの妹のフォルナだ。
「あれ、裏口あったっけ?」
「ありますわよ」
さらに、その後ろから黒髪和服美人の姉、マッコイ商店のマッコイこと新美キツネが現れた。
「あらま、お姉ちゃんまで。盗み聞き?」
「あなた……案外懐が広いのね。
1発ぶん殴るんじゃないかと思いましたけど」
「逆にチョップされちゃった♪」
「殴られりゃよかったんですよ、クソおねーさま。
アンタ、自分の息子に娘がいる様な宇宙軍の艦隊が、ずっとこの惑星を包囲しようとしている中で、
中立だなんてどの口が言うんですかね?」
あらま、と驚くキツネの脇で、フォルナに睨まれながらどこ吹く風に肩をすくめるソラ。
「私は中立だよ?
地球側の私の子供達も、地球政府に属しているからある意味でまだ中立だよ」
「その地球連邦政府の高官の幾人かは、あなたの事を慕う血のつながらない子供達の癖に」
「それはあの子らの努力の結果だよ。
花屋になった子もいれば、パン屋の子もちゃんといるよ。
別に、進路の良し悪しで愛情を分けたりしないし、
何だったら、パン屋に進んだコウジの方が、私的には離れるのが辛かったよ。コウジのパンはマジで美味いから」
「あっそーでーすかー?
…………私より、老獪なババアになりましたね」
「だから人聞きが悪いぞ、フォルナちゃん?
私は、なんならお母さんのこと応援はしてるよ。
ただ…………このままじゃ旗色が悪いかもね?」
ソラは、静かにそう語る。
「どのみち、あれこれ指図されるのが本質的に嫌いなのが人間だ。
私たち
理想は良いけど……その実態にお母さん達はきっと負ける。
70年前の管理者が、そう証明してたじゃん?
元管理者のフォルナちゃんなら痛いほど分かるでしょ?」
「…………今初めてあの少女趣味のホワホワ理想主義クソお母様の応援したくなりましたが??」
ははは、と、フォルナの嫌味を受け流すように笑うソラ。
そしてふと、複雑な顔になる。
「……火星は、案外良いところだ。故郷の感じがすごいする。
……でもすぐ、地球のあの戦場の感じがやってくるよ。
後は、火種が何かってだけ」
遠くを見つめるように言うソラ。
なんとなく、長年の勘も同じものを感じていたフォルナも何も茶化せず黙る。
「……案外、もう燃え始めていたりして?」
***
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