第4話 連日の猛暑に関する説明
「そういえば、暑いね」リ・ドゥは言った。
「そう?」ドルスは応える。
「この部屋は、そうでもないけど、外はきっと暑いと思う」
「そうかもしれない」
「今の季節は、何?」
「さあ」
「興味なしか」
「うん、あまり」
「私、ずっと外に出ていないのだ」リ・ドゥは話す。「外に出たって、いいことないから」
「ないね」
「興味なしか?」
「なくもなくもなくもない」
「ないの?」
「うん」
ドルスは引き続き本を読んでいる。本と結婚しているのではないかと思えるほど、彼はいつも本を読んでいる。少なくとも、リ・ドゥはそのように認識している。そして、彼は彼自身と結婚しているようにも見える。それくらい自分の考えというものを愛しているようだ。
自分の考えを信じられるのは、それはそれで幸せなことかもしれない。けれど、いつまでもそれに捕らわれていると、いつか必ず痛い目を見る。リ・ドゥは、その痛い目を見たことがあった。そして、ドルスに助けられた。彼女がこの談話室の管理人をしているのは、そうするようにドルスに勧められたからだ。
かつて、リ・ドゥは世界征服をしようと考えていた。
世界征服というのは、ほかでもなく、その言葉の通り、文字通りの意味で、世界を自分のものにしようという試みを指す。彼女の場合、それは物理的な支配を意味していた。そのような考えに至ったのは、彼女にそれくらいの力があったからだ。
計画は途中で頓挫することになった(途中でない頓挫というのは考えられないが)。なぜなら、世界、というのがどの範囲を指す言葉なのか、彼女には理解できなくなったからだ。「世界征服」というタームで理解している内は、世界というのがどの範囲を指すのかなどということは考えなくて良いが、実際にそれをしようとするときには、必ず考えなくてはならなくなる。
ドルスは言語に詳しい。だから、彼から、自分の用いている言語の曖昧さを指摘された。結果として、リ・ドゥは計画していた世界征服を中止せざるをえなくなった。
そして、仕方なく、彼女はこの談話室の管理人になった。
少なくとも、床と壁と天井で規定されたこの空間を支配することは、世界を支配するよりもずっと簡単だからだ。
「本当は、世界征服をしたあとも、その世界を自分のものにしようとは、考えていなかったんだろう?」
唐突に、ドルスが呟いた。
脚をぶらぶらさせながら、天井を見ていた顔を隣に向けて、リ・ドゥは応じる。
「私の考えていることが読めるの?」
「図星?」
「占い師みたいな手法」
「そうさ。僕は占い師だからね」そう言って、ドルスは眼鏡を少し持ち上げる。それはそういう仕草ではなく、実際に眼鏡が下がってきたからそうしたみたいだった。「言語学者は、皆占い師になる素質を持っているよ」
「あまり感心しない」
「関心がないからだよ」ドルスは話す。「それで、本当のところはどうなの?」
「さあね」リ・ドゥは自分の長すぎる金髪を手で払い、応じた。「別に、どうでもいいことでしょう」
「君は優しいからね。本当は何がしたかったの?」
「何も」
「本当に?」
「本当に」
リ・ドゥの返答を受けて、ドルスは軽く肩を竦める。
彼女が談話室の管理人としてすべきことは、いつも、何時でも、ここに居続けることだ。そうでないと、ここを管理していることにはならない。この談話室はそれほど広くはないから、首を一回転させれば、室内で起きていることをほとんど把握できるし、仮に不祥事が起こったとしても、椅子から立ち上がりさえすれば、すぐに対処することができる。
管理するとは、そういうことだ。
そして、実のところ、彼女は、もう少し広い範囲をも把握することができる。
もう少しというのを詳細に記述すれば、地球一つ分ほど、ということになるだろう。
けれど、地球というのは、それすなわち世界ではないと、ドルスから指摘された。
それで、彼女は世界征服を諦めざるをえなくなった。
「貴方こそ、本当は何がしたいの?」カウンターに肘を載せて、リ・ドゥは尋ねる。彼女は今、机があるのとは反対側を向いている。
「さあね、何がしたいんだろうね」ドルスは答えた。「そうだね……。強いていえば、世界のことを知りたいのかなあ」
「範囲を定められないもののことを、知ることができるの?」
「できない可能性が高い」
「じゃあ、どうするの?」
「それでも追い求めようとするのが、学問なんだ」
「それ、誰の言葉?」
「もちろん、僕」
「さっき、ラジオで流れていたような気がする」
「僕はDJでもあるから」
「そうなの?」
「可能性として、なくはない」
談話室のドアが開く。
宅配便が到着した。
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