第3話 籠の中の蝶

 禍々しい悪魔の彫刻された大理石が2体、対になるように配置されている。

 

 テラさんは相変わらず無言で歩き続ける。


「テラさん……俺の装備はどこにあるんですかね?」

「剣士さんが持っているかと思いましたが……もしかしたら、お嬢様がお持ちになっているのかもしれません」


 テラさんはチラッとこちらへと視線を向けてから、返事をした。


 魔王が俺の装備を奪ったのか。

 俺の装備は光属性だ。

 光属性の装備に魔族である魔王が触れたらダメージを受けるはずだ。

 それにもかかわらず俺の装備を取り上げて、それを自分の手元に置いているとでも言うのか。

 

 ……魔王が何をしたいのかわからん。

 

 テラさんは補足するように付け加えた。


「お嬢様がおっしゃっていられたように、お嬢様はヘルト様のことをお慕いしております。そのため、意中の相手の装備を手に入れたいという乙女として——」

「いやいや、なんか冷静に言っているけど、おかしいからなっ!?」

「……?」

「え?なんでキョトンとした顔になるんだよっ!?」

「好きな人のものを奪うのは、魔族の求愛行動ですよ?」

「……え?マジで?」

「はい……マジです」

 

 テラさんは灰色の髪をかき上げた。

 そしてなぜか頬が朱色に染まって、恥ずかしそうな表情だった。


 あ、テラさんのこの反応……きっと過去に行ったことがあるのだろう。

 

 キッと細められた灰色の瞳が俺を睨んだ。


「な、何も言っていないからなっ!」

「……そうですか。そんなことよりも、ここから先が聖女様であられるラヴィーさまのいらっしゃる場所となります」

「は、はい」


 何も言うなという、テラさんの強い意志を感じられた。

 

 け、決して、威圧されて怖かったからではないのだ……。

 病み上がりで勇者としての力が使用できないから、余計な抵抗をしない方が良いとの判断をしただけなのだ。


 そう自分に言い聞かせて、俺は教会へと足を踏み入れた。


▽▲▽▲


 禍々しいオーラを放つ大理石の像の前に祈りをささげている人影があった。


 ゆっくりと近づくと、その人影が立ち上がった。


 どうゆう原理かわからないが、地下に位置するはずのこの場所にステンドグラスから光が差し込んできた。


 金色の長い髪が光を乱反射させた。

 聖女——ラヴィー・プルフェが振り返った。


「ヘルト様、お目覚めになられたのですね」

「ああ、ラヴィー」

「そうでしたか……」

「それで、ラヴィー……エペスパーダのことなんだが……」

「剣士様ですか?」

「ああ、あいつはどうやらサキュバスに籠絡されてしまったらしい。それに、もしかしたら洗脳系の魔法をかけられている可能性もあるんだ。だからラヴィーの力で——」

「いいえ、剣士様は洗脳されていませんよ?」

 

 ラヴィーはキョトンと首を傾げた。


 ラヴィーのこの反応は、嘘を言っているわけではなさそうだ。

 しかしそうであるならば、エペスパーダはシラフで魔族とまじわっていたことになるのだが……。


 魔族に好意を持った人間が、正常に戦えるとは思えないわけだが……エペスパーダのやつを説得する方法を考えるしかないか。

 

 いや……あれ?

 そう言えばなぜラヴィーから聖女としての神々しい光の魔力が感じないのだろうか。


 それにしても、ヴィーの服装もなぜか両肩が露出しており、胸元もはだけている扇情的なニットのような服を着ているような……人間界にいた頃、普段からこんなにも薄着だっただろうか。


 それに、ラヴィーの瞳がなぜか濁っているような気がする。

 いや違うな。何かを抑えるように下唇を噛んでいる。


 この禍々しい雰囲気はなんだろう……?

 微かに魔族と同じオーラを感じる。


「そんなことよりも勇者様……私、乾いてしまいしました」

「……は?」

「私、生死の境をさまよった時、邪神様に救われました。その時に代償として勇者様ほどの強い光属性の体液を摂取しないと生きていけなくなってしまったんです」

「おい、ラヴィー?なぜ服を脱ぐ必要がある!?」

「ふふ、大丈夫ですよ。婚約者であるエリザ第一王女様にはわたくしたちの関係を秘密にしておきますから」

「何を言っているんだ……?」

「すでに何度もあなたの××は入れているんですから、ふふふ、意識のない時にですけどね」


 桜色の唇をなぞるように舐めた。


 ……あの身持ちの堅い聖女がなぜこんなことになってしまったのか。


 えっと……あれ?

 今サラッと俺の意識がない時に入れたとかなんとか言っていた気がするんだが……もしかして、俺、襲われていたのかっ!?


 ああ、魔王……聖女を性女にしたとでも言うのか。


 くっそ……ここはやはりパーティの参謀だった魔法使いのスクレと合流してから剣士と聖女のことを考える方が良かったのかもしれない。


「待ってくれ、ラヴィーっ!」

「……?」

「後で、俺の体液?かなんだか知らんが渡す」

「焦らしプレーですか……?」

「そんなわけあるかっ!」

「でしたら、なんですか?」

「まず確認させてくれ。そもそもお前は教会に選ばれし聖女だったはずだろ。しょ、処女が聖女としての力を使うための条件だろ?それがなんで急に——」

「わたくしはずっと籠の中に入れられた蝶だったんです。それに気が付かせてくれたのは邪神様でした。生死を彷徨った時に、手を差し伸べてくれたのは、教会の信仰している神様でも天使様でもありません……邪神様です。その邪神様が私に与えてくれた命を邪神様のために使うのが当然だとは思いませんか?」


 そう言って、レヴィーは濁った瞳を向けた。

 心なしか興奮のあまり、息も荒い気がするのだが……。

 

 ああ、だめだ。

 完全にレヴィーの中にはすでに教会のことなんて頭にないんだ。


 俺たちと一緒に行動するまでは、教会内で教皇の一人娘として、蝶よ花よと聖女として育てられてきたはずだが、その成れの果てがこの有様か……何というか、あっけないものだ。

 

 その時、『ギュー』という扉の開く音が背中越しに聞こえた。

 そして、トントン、と静かな足音が近づいてくる。


「あ、邪神様」とレヴィーのうっとりとした視線が俺の後ろへと向けられた。


 その視線に釣られて、振り向くと——


「ヘルト、ここにいたんだ……もう、探したんだからね?」


 真紅のドレスを翻して、ゆっくりと魔王テアが歩いてくるところだった。

 そして手元をよく見ると、ピンク色の髪、黒いローブを纏った女性——魔法使いスクレが引きづられて連れてこられた。


 てか、邪神様って……魔王のことだったのかよ。

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