うん、結局死ななかったんだよね。今でもピンピンしてる。

@merutomo82

うん、結局死ななかったんたよね。今でもピンピンしてる。

十年前、中学生の女の子が惨殺される事件があった。

素人が頑張って取り出した心臓は、ぐちゃぐちゃになっていて、ぐちゃぐちゃになったことで投げやりになった犯人は、そのまま公園に死体を置いて逃げた。

いつの時代だって、女を殺すのは男だったんだなぁ。






僕は先月決めた。僕はこの先の人生走らない。面白い映画もアニメもユーチューブも見ないし、漫画も小説も読まない。歌も歌わない、ゲームも運動もしない、人とも極力話をしない。



僕は僕の心を彼女以外の前では黙らせることにした。



何故か。僕は病気で死ぬまでに心臓が動く回数が決まっている。残り回数は約三千万回、今この瞬間にもその数字は減り続けている。そういう病気だと知ってから、僕は今まで短くても一応普通の人生をおくる努力をしてきた。激しい運動なんてご法度だけど、今まで体育祭を欠席したこともない。



しかしながら僕はもうこれ以上どうでも良い人達のために寿命を削るつもりはない。僕は彼女の為だけに鼓動すると決めたし、死ぬまで彼女と笑って過ごせれば僕はそれでいい。同じように、あと五千万回鼓動すると止まる心臓を持つ岩崎さんと。





彼女に出会うまで、学校に行くのはいつも億劫だった。隠そうとしても、可哀想な秘密を抱えているオーラは出てしまうらしく、陰気な僕に話しかけてくる人はいなかった。このまま僕はあっという間に死んでしまうんだろうな、僕が死んだらみんなどんな気持ちになるんだろう、とそれを想像してはやめてを繰り返していた。



四月、新学期、僕の席に間違えて座っていた女子が岩崎さんだった。



「あのそこ僕の席だと思うんだけど。」


「わ、ほんとだ、ごめんなさい。どきます。」


「えーうわ可菜子ほんとに間違えてるじゃん、やだもー。」



可愛い子だったからすごく緊張した。会話はこれだけだったが、これだけでも、彼女の感じの良さを知るには十分だった。

僕は彼女が座っていた席を立ってその後すぐに座ったので、周りの女子からの冷たい視線を感じた。これによりさらに彼女の良さが強調されたのだった。



しかしその後岩崎さんとの接点は全くと言っていいほどなかった。いやむしろ、あの時話せたことが普通ではなかったのだ。

クラス替えの直後はみんな様子を伺う。誰に話しかけるか、どんな場所に身を置くか、周りを見て慎重に動く。

始業式から一ヶ月が経つ頃には、クラスの中のカーストは完成しており、一軍に属する岩崎さんと僕が話すわけがなかった。

彼女は清楚で成績優秀、愛嬌もあって優しい、クラスのマドンナだった。





僕の隠れた楽しみは、授業中に筆箱を落とすことだった。僕が筆箱を落とすと、それに反応してみんな一斉に音の方を振り返る。勿論岩崎さんも僕を見るわけだ。

一瞬だけだが、僕は彼女を見ていないのに彼女は僕を見ているという構図、パワーバランスはとにかく最高だった。筆箱を落とすたびに感じる視線は、僕と彼女を確かに繋いでいてくれた。



この日常が変わるきっかけは夏休み。僕は毎日図書館に来ていた。

鼓動が早まるようなイベントに参加するのはやはり恐ろしく、本はその不安ごとどこかに飛ばしてくれた。とは言っても本を真面目に読むのではなく、本に並ぶ活字を見ながら岩崎さんのことを考えていた。

その日は、彼女がガラの悪い大学生にナンパされ、路地裏でセーラーのリボンを引きちぎれたところで、僕が助けに入るシミュレーションをしていた。

胸元を乱した彼女が「怖かった、、」と僕に抱きついてきた時、現実世界に引き戻された。


「あれ?林くんだー。」


僕の頭の中でどんな格好をさせられていたかも梅雨知らずあっけらかんと話しかけてきた、岩崎さんだった。うなじに汗を滲ませ髪をくるんと巻いた岩崎さんだった。僕の全身にもじわっと汗が吹き出した。


「あ、え、どうも、岩崎さん。」


このタイミングで、僕のシミレーションは微塵も役に立たないことを知る。こんな状況何度だって妄想したというのに僕は非常につまらない返しをした。

どうしたの、と聞くと彼女は図書館だからと近くに座り、小声で話し始めた。


「実はね、今日友達に遊びに誘われてたんだけど、大学生の人も来る派手な集まりらしくって、面倒くさそうだから勉強するって嘘ついて断ったんだぁ。」


「大学生、怖そうだね。」


「そうなのーちょっと怖くって。」


シミュレーションとセリフが被ってギクっとした。そんな僕を見かねて彼女はさらに話を続けた。


「林くんってなんか他の男子と雰囲気違うよね、いつも一人で静かになにか考えてるっていうか。なにを考えてるの?」


「いや、大したことじゃないんだ。」


「大したことを聞きたいんじゃなくて林くんのことを知りたいんだよ。」


「だめー??」


僕は自分の病気のことを説明した。知らないかもれないけどこういう病気があって、僕は寿命があるんだ、だからあんまり騒いだりしないんだ。それだけだよ。


僕の話を聞いた彼女もゆっくりとある話を始めた。


そんな気がしてた、私もおんなじ病気なの、私達一緒だね。


僕は泣きそうだった。





学校では話さなかった。二人で話すと林くんが目立って他の子が興味も持っちゃやだから、と彼女は言った。何日間話さなくても何も問題はなかった。僕らの心は繋がっていたのだ。僕は彼女と会う図書館の時間だけ生きかえることのできる幸せなゾンビだった。





ある冬の日、岩崎さんから話があるから会いたいと連絡があった。僕は走って家を出た。僕が走るコンクリートは黒くて、その上に軽い雪が粉砂糖みたいに白く乗っていて、僕のダウンジャケットは真っ黒で、僕の息は真っ白だった。


白、黒、白、黒、白、黒。


脈が早くなって死が近づくなんてそんなこと気にしない。岩崎さんが僕に話だなんて、きっと僕のことが好きだってそういうことに違いない。







「いや、嘘なの。本当に病気なわけないじゃん。いやだって冴えない男落として振り回すの楽しくって。男向け漫画の王道じゃない?クラスの人気者の美少女が孤独なクラスメイトに思わせぶりなことする、みたいなさあ、あれだよあれ。ていうか、林くんも本当は嘘なんでしょう?、寿命とか。そんな病気聞いたことないもん、いかにも嘘くさいし。貴方の痛いポエミー厨二病に付き合ってあげただけ。私は夢見させてあげたの、感しゃしっっ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」











気がついたら公園のトイレに居た。人を殺めたというのに不思議と怖くはなかった。僕は高校生の不良が便器の裏にいつも隠してあるサバイバルナイフで心臓を切り取った。それは彼女の体を離れた途端ただの赤黒いぐちゃぐちゃになり、思っていたのと違ったので、床に置いて家まで星を眺めて帰った。



今僕は就活の面接の場に居る。

「はい。私の長所は高い想像力です。学生時代にはそれを生かして自分の人生に大きなドラマを生みました。また想像力だけでなく、それをを現実にする行動力も自分には備わっていると思います。


はい。短所は思い込みが激しい所です。学生時代持ち前の想像力で、自分は絶対病気だと決めつけてその結果大失敗をしたことがあります。いやぁ、間抜けな話ですよね。はは。」

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