夏の夜
鈴ノ木 鈴ノ子
なつのよる
草木の合間から涼しげな虫の音色が鳴き始め、鴉の声が物悲しく響いてくる。
昼間の暑さを伴ったそよかぜが漂っては、葉を揺らし、地面を撫で、名残惜しそうに天へと帰ってゆく。
公園の喧騒は嘘のように、陽気に満ちた音達は、その身を何処かへと潜めた。
辺りはゆっくりとそれでいて早く、色合いを濃くしては、自然色に溢れていた刻を止める。
昼間の影を硯に使い、漆のような墨をじっくりと磨り終えると、夜の帳の大筆で世界を足元から塗り上げてゆくのだ。
人が1人、蝋燭のついた燭台と一本の線香花火を持っている。
太く白磁のような和蝋燭をつけた燭台が砂の地面に置かれた。
小さな小箱を取り出して、赤い頭の細い棒を箱の隅で擦ると、金色の焔がその先から立ち出でた。
小さき焔は塗り上げられた漆闇を溶かすと、その色彩を増してゆく。
蝋燭の先へと近づけられた焔は、その身に宿した子供を産み落として消えていった。
産み落とされた蝋燭の焔は、一度、その身を小さくし息を整えて、やがて、産声をあげるように宿った蝋燭の芯から力強く光を放ち始める。時折、呼吸をするかのように左右に揺れては、親から教えられた闇を溶かす
その焔の先に一本の線のようなものが近づけられると、触れ合った先に赤い色の火が生まれ出た。
やがてそれは、火球のように丸まってゆくと、闇の世界に赤い色の小さな打ち上げ花火を四方へと打ち上げ始める。
小刻みに音を上げて花火を上げ続けた事に満足したそれは、やがてその嬉しさに涙を流すように細い線へとその姿を変えて火の雫を四方へと滴らせた。
鳴き終わり、ぐずぐずと鼻を鳴らすように、再び火球に戻ったそれは、やがて天寿を全うし、その色を地へと落とす。
それを見ていた蝋燭は落ちたそれに同情するように、己の焔を吹いてきた風で消し去ると、白い煙を漂わせて冥福を祈った。
夜の帳の大筆が残滓を消し去るように、その上を塗りつぶしていった。
夏の夜 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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