✿5 本番と本音

 ――十一月三日。


 愛中祭、音楽講堂を借りて、マンガ部有志、『デイジー!』による『デイジーにささやいて』のぶたいが始まろうとしていた。

 客入りは上々だ。

 ぶたいそでからつぼみが見に行っていた。

 衣装で、ベージュのブレザーを羽織っていた。

 午後一時からだ。


 ブー。


 『デイジー!』の順番だ。

 南条のナレーションで、ぶたいは始まる。


「私達は、パピヨンコミックスの『デイジーにささやいて』を愛読しております。その二・五次元ぶたい化をする有志として『デイジー!』を結成しました。もしかしたら、作家の和歌花絵先生がいらしてくださるかも知れません。私達が、原作からいただいたメッセージをそのまま伝えられるかは分かりませんが、がんばりましたので、ご覧いただけるとありがたいです」


 幕が上がる前に、三人は、位置についた。


「それでは、開演です」


 ブー。


 ――桜が葉桜に変わるころ、新しい中学生も学校になじんで来ました。野美ひなぎくと三上直は、一戸建ての家が近所の幼なじみで、今日も校門で待ち合わせをしています。


 ブレザーのそろいの制服を着た野美に、三上が手をのばす。


「いっしょに帰ろうよ、ひなぎくさん」

「うん」


 三上が野美の手を取る。


(神くん……! 練習では、そんなに強くにぎらなかったじゃない。ど、どうしよう、次は私のセリフ、私のセリフなのに。どきどきして何だか目まいがする)

 

「直くん、私達、この間まで小学生だったのね。ランドセルも小さくなってしまったわ」


 野美がとこっと歩き出す。


「なつかしいなあ……。ひなぎくさんも同じくずっと一組だったね。六年間いっしょだったのか。言ってみると面白いよ。一年一組、二年一組、三年一組、四年一組、五年一組、六年一組ってさ」


「わあ、よく口が回るね」


 しばらく、二人で手をつないで歩いていた。


(私の胸の中に何かが波打っている。痛い程切ない気持ち。神くんが、手をはなさないから、もう)


「去年まで、私達、小学生で全然周りの目なんか気にしていなかった……」


(う、うん。そうよ。いつも神くんと学校から帰るからって、だれも気にしないわ)


 ――二人で帰っている所へ、室生つぼみが仁王立ちで聞いて来ました。


「あなたたち、付き合っているの?」


 室生の語気はあらかった。


「ち、ちがう」

「……ちがいますわ」


 三上と野美は、あわてて否定した。


「いっしょに帰ったら、付き合ってますってしょうこになるのよ」


 ツンツンした室生は可愛くなかった。


「家が近いだけだよ」

「二人は、小学校とか幼なじみなんだ。つぼみは、森川もりかわ小から来てないから。真名まな小からよ」


 三上のガードに室生が負ける訳がない。


「室生つぼみさんでしたよね。仲良くしてください。私は、野美ひなぎくです」

「三上直と言います。室生つぼみさん、同じB組ですよね。真名小のお友達もしょうかいしてください」


 ――この件以来、二人はぎくしゃくし始めた。


「でも、中学生になると、ひなぎくさんとぼくはかたを並べて歩くのもはばかれた」


(神くん、セリフに力が入っているわ。私もがんばらないと)


「いっしょに帰ってもらえなくなって、私、図書室にばかりいたわ」


 ――ひなぎくと話す時間が取れなくなった直は、話があるからと、つぼみに間に立ってもらって、学校の裏庭にあるオリーブの木にさそった。ここは、告白に使われる桜ノ花中学の大切な所だ。


「ぼくがオリーブの木にさそった時、ひなぎくさんと交かん日記を始められないことが分かった。ショックだったよ……。図書室にばかりいるのだもの……」


 三上は、ショックをかくせず、おろおろとした。


「目が見えていないなんて思わなかった」


 三上は、放心して立ちつくす。


「ごめんなさい……。今までだまっていて、ごめんなさい……。図書室では、デジタル録音図書DAISYデイジーを楽しんでいたの……」


 野美は、本当のことを明かした。とりつくろうともしないで。


「デジタル録音図書DAISY? そうか、ひなぎくさん、そうだったんだね……」

「本の字を読む代わりに、書いてあるのを読み上げてくれるの。だから、細かくて見にくい所も助かってる」


 三上のショックを和らげようと、野美は本当の理由をいっしょけんめいに伝えた。


「図書委員長の持田順次もちだ じゅんじ先ぱいと親しくしていたのは、ひなぎくさんが、これを取り寄せるためだったのか」

「はい……。その話すら、だれにも言えなかったの」


「ぼく、来年は図書委員になるよ」

「……」


「本当だって。図書室で楽しい物探ししようよ。DAISYにない本でもある話でも、ぼくは、読むよ。君を守る」

「えっと……。君を守るって」


「大切な幼なじみだから」

「幼なじみだから?」


「友達以上だろう?」

「そ、そうね。友達以上と言ってくれて、ありがとう」


(神くんは、私にいつもジョークでかわすけれども、本当に友達で終わりなの?


 オリーブの木に室生が入って来た。


「おそいぞ、そこの二人! あー、オリーブの木にまだいるの?」


「何でもないさ」


 三上は、図書室の話を聞かれていなかったとほっとした。


 ――話はかきょうに入った。直がひなぎくをふって、つぼみに告白をしたらしい。あのオリーブの木の前で。


 野美が足をがくがくとふるわせていた。


「私、ラブレターもらって、そこへ行ったの」


「ぼくは、キスしていない! したのは、つぼみさんからだ!」

「つくろってもダメよ。事実なんだから。直ちゃんもつぼみを好きだってこと」


 全てを否定する三上に、室生はようしゃがなかった。


「や、やめて……」


 野美は顔をおおった。

 見ていられなかった。


「ふざけるのは、この辺にしな。つぼみ」

「ひなぎくさんは、もう用なしなの。図書室で、こそこそあやしいことしないでくれる?」


 三上がつっぱねるが、室生はひっついてはなれなかった。

 そして、もう一度、キスをしたのだった。


(これは、演技よ。しているふりだけ。神くんがキスなんてしないんだから)


 ――みなさんは、最新刊の四巻をお持ちのことと思います。第三話からのジゴクです。


「心が死ぬって、本当にあるのね……」


(神くん……。神くん。もし、本当に神くんにきらわれたら、心がうつろになるわ)


 ――野美は、泣くこともなく、おうちから出なくなってしまいました。


 ――何日かして、野美の部屋の下から声が聞こえて来ました。


「おーい。ぼくだよ。三上。三上直です。よろしかったら、いっしょに学校へ行ってくれませんか?」

「……」


 野美は、無表情だ。


「おーい」

「お腹が痛いの」


 小さく言うと、自分の部屋で、ひざをかかえていた。


「おーい」

「じゃあ、ここから飛び降りる!」


 野美が、窓から身を乗り出した。


「痛いぞ、止めとけ。死ぬのは、死ぬ程つらいんだぞ……!」


(神くん、こんなセリフは、台本になかったよ。コミックスにも……。私のことを本気で心配してくれているのかな)


 ――このおむかえが、何日か続いた。


「今日は、図書室へ行こう、ひなぎくさん」

「私といてもいいの?」


 窓辺からなみだをこぼす。


「当たり前だろう」


「今日は、何を聞きたいんだ? 持田先ぱいと結構、デジタル録音図書DAISYをそろえたよ。本だなを一つ増やして、すわって聞けるコーナーもゆったりとキレイに作ったよ」

「あ、それって、私のやることだったのに。取ったらだめよ」


 ――二人は、かたを並べて歩いた。どれほど久しぶりだろう。ひなぎくは、胸の痛みをおさえられなかった。


 野美が、ふり向いて、手を合わせた。


「ごめんって言ったら許してもらえる?」


 三上が、野美の手をほどいた。


「言わなくてもいいってこと、あるの知ってた?」


「私は、まだオリーブの木には行けないけれども、今度、もうちょっとお姉さんになったらね。ん……。話があるの」


 ――小一、小二、小三、小四、小五、小六、中一といっしょにたけくらべをした仲なのに、ただ、二人で並んで歩くだけで、こんなにも胸を熱くするとは、おかしいねと笑った。


 ◇◆◇

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