People's Life

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第1話

 「ロイ君、お疲れ。これ、今日の分じゃよ」

 「ありがとうございます。あれ?百ルド多いです」


 古びた教会を管理する木の杖を持った老人――ドグさんから渡されたのは、教会の雑務に対するアルバイト代の五百ルド。

 本来、一日のアルバイト代金は四百ルド。紙幣が一枚多く渡されていた。


 「これはチップじゃ。いつも感謝しておる」

 「ありがとうございます」


 ドグさんに頭を下げて感謝をし、紙幣五枚を受け取る。今日の晩飯は奮発してサラダも食べよう。大盛りで。


 「よいよい。それと明日の事なんじゃが、ミシエルからシスター様が来られる。対応してもらってもよいかな?」

 「俺でいいなら構いませんけど、シスター様が何故ココに?」

 「ワシが教会を新しくリフォームできないかダメ元で手紙を送ったんじゃよ。そしたら二つ返事でリフォームをしてくれることになったんじゃよ。送ってみるもんじゃな」


 ホホホッと笑うドグさん。

 なるほど。それは確かに嬉しいことだ。教会の天井は穴が空きまくりで雨漏りはするし、床は踏むところ次第では床が抜け、足を負傷する始末。もう三、四回は足を負傷した。

 鼠の住処にもなってるようで、掃除中に遭遇する事も珍しくない。


 「それじゃあ明日もよろしくの。何かあったら、ワシの家に来てくれ」

 「はい。分かりました。あっ!明日シスターが来る前に、教会周辺を綺麗にしようと思うので、鍵は預かったままでいいですか?」

 「構わんよ」


 管理人のドグさんとの会話を終え、約一週間ほど滞在しているモーテルへと足を運んだ。


※※※※


 翌日。

 俺はミシエルから来訪してくるシスターが到着する前に起床して、教会の清掃を始めた。

 清掃を始めてから二時間くらいが経過した頃、無造作に生える草をむしっていたら、一台の馬車が教会の入口前に停車した。

 馬車は全体的に黒く、金色っぽい色で扉などに細かい装飾がされていた。窓は赤い布で遮られており、中を確認することは出来なかった。

 馬の手綱を握っていた鎧を着た糸目男が馬車から降りると、馬車の扉を握り拳でコンと叩く。すると扉はすぐに開き、数名が馬車から降りてきた。

 最初に降りた金色で長髪の鎧男がストレッチをするかのように背伸びをした。


 「やっと着いたか。疲れたぜ」

 「副団長はずっと寝てたじゃないですか!疲れる要素皆無ですよ!」


 金髪男に話しかけたのは馬車の扉から顔を出したピンクの髪をした女性だった。


 「少し道に迷ってしまい、申し訳ございませんでした。副団長」


 馬車の手綱を引いていた男が金髪の男に深々と頭を下げた。 


 「気にすんな」


 糸目男にそう言って、金髪の男は馬車の扉の中へと視線を移した。


 「シスター!周り見てくるんで、まだ座っててください」

 「…………わかりました」


 馬車の奥から何だか不服そうな声が聞こえた。


 「リラ、シスターを頼むぞ」


 金髪男がピンク髪の女性にそう言った。


 「了解しました。シスターのためにも早めにお願いします」

 「了解」


 そう答え、金髪男は糸目男に向き、手で「行くぞ」とジェスチャーした。

 教会の扉前の数段ある階段を登ろうとしたところで、教会外壁の隅で屈んで草むしりを中断して一部始終を見ていた俺に金髪男が気づいた。


 「――ッ!誰だ‼︎」


 金髪男が俺を見て叫ぶと、糸目男も釣られて俺の方を向いた。

 二人は腰を低くし、今にでも飛びかかってきそうな雰囲気だったので、俺は慌てて立ち上がり、無意識的に両手を上げた。手を上げたと同時に手に握られていた雑草がヒラヒラと地面へと落ちた。


 「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!怪しい者ではないです!ここの雑務を任されている使用人です!」


 自身の身を明かすと、臨戦体制は解除したものの、こちらを見る目はまだ険しかった。

 金髪男が口を開いた。


 「ここの管理人の名前を言え」

 「ドグさんです」


 手を上げたまま、即座に答えた。

 金髪男は糸目男を見ると、糸目男は無言で頷く。すると、完全に警戒を解き、二人が俺に歩いてきた。


 「脅かせて悪いな。最近、ギャング共が活発化していてな。厳重警戒中なんだよ。俺はミシエル騎士団副団長のアルバート・スミスだ」


 そう言って、金髪男――アルバートさんが手を差し出してきた。


 「ロイ……です」


 フルネームを言うかどうか迷った末、フルネームは言わず、名前だけ言って握手をした。


 「僕はロブ・リー。よろしく」


 横にいた糸目男――ロブさんとも握手を交わした。

 三人の様子を馬車の扉を少し開け、顔を覗かせていたピンク髪の女性がさらに扉を少し開けて身を乗り出した。


 「副団長、どうしました?」


 女性に話しかけられたアルバートさんは首だけ振り向いた。


 「あぁ、ここの教会を従事している人だ」


 それを聞き、女性が俺の方を見て、右手で軽く敬礼した。


 「リラ・フォスターです!」


 キリッと自己紹介した後、口角を少し上げて右手を振って「よろしくね〜」と付け足した。

 自分もリラさんに自己紹介を完了すると、アルバートさんが話しかけてきた。


 「教会の中に人はいるか?」

 「いえ、自分一人だけです」

 「疑っているわけじゃないんだが、確認のため、教会内部と周辺を見ていいか?」

 「構いませんよ。案内しましょうか?」

 「よろしく頼む。リラ!三人で教会の中を見てくる!」

 「了解しました」


 リラさんが返答すると、アルバートさんが再び俺へと向いた。

 アルバートさんが「頼む」と呟き、俺は教会の古びた扉を両手で強く押した。

 ギギギ…………と、ゆっくりと開かれた。


※※※※


 三人で教会内部と周辺を見回った。

 途中途中でアルバートさんとロブさんがボロボロの床に足を食われ、バキッバキッ!と穴を数箇所を開けた。

 これは少しでも軽量化しないとダメだな……となり、現在二人は重そうな銀色に光る鎧を脱いでいた。

 大体十分弱くらい見回った後、教会前に止めていた馬車へと戻った。

 戻って早々、リラさんが目を丸くしてアルバートさんとロブさんを見た。


 「何で鎧を脱いでるんですか?!誰かに身ぐるみを剥がされたんですか?!」


 アルバートさんとロブさんが自身のインナー一枚の姿を見て、アルバートさんが口を開いた。


 「まぁ色々あったんだ。襲われたとかそういうのじゃないから心配すんな」

 「え?もしかして……触れちゃいけない感じでしたか?」


 何故か、頬を赤らめて上目遣いでアルバートさんとロブさんを交互に眺めるリラさん。

 リラさんの反応にアルバートさんは、後頭部を掻きむしって少しキレ気味に返答した。


 「お前の気色悪い妄想にはなってねぇよ。勤務中だぞ!気を引き締めろ!」

 「す、すみません……」


 リラさんがしゅん……と萎縮して、ロブさんが俺に話しかけてきた。


 「ごめんね。変なところを見せて」

 「いえ!全然大丈夫です!ところで、シスターさんもご一緒なんですよね?挨拶をしたいんですけど、可能ですか?」


 俺の問いに、アルバートが返答した。


 「そうだな。リラ、シスターを外に。危険はない」

 「了解しました!」


 元気に返事をしたリラさんが黒塗りの馬車の扉を開けて、顔を覗かせた。


 「シスター、もう降りても大丈夫だそうです」


 返事はなかったが、馬車の中から頭にウィンプルを纏った栗色髪のショートボブの少女が姿を現した。

 リラさんが降りようとするシスターのために左手を差し出すと、「ありがとうございます」と一礼し、リラさんの左手の上に自身の右手を置きながら、ゆっくりと馬車に備え付けられた小さな階段を降りた。

 地面に降りると、すぐさま両手を大きく上げて背伸びをするシスター。

 「んっ……ぅんっ…………」と十秒くらい声を漏らしながら背伸びをした後、不満げな表情でアルバートさんを睨んだ。


 「二日ぶりですよ!外の空気を吸ったの!本来なら一日で着いていたのに!」


 アルバートさんは困った様子で返答する。


 「仕方ないだろ。慣れない道なら迷うこともありますし、団長とプリースティス様、直々にお願いされたら過保護にもなります。それにシスターがここに来る予定はなかった。それなのにシスターがここに行くと言ったことで、こんな事態になっているんだ」

 「そ……それは……」 


 シスターが狼狽えていると、アルバートさんの後ろで訊いていたロブさんが口を開いた。


 「シスター様、道に迷ってしまい、大変申し訳ございませんでした!」


 ロブさんは深々と頭を下げる。

 そんな姿を見たシスターは、これ以上何かを言おうとは思わなくなったようで、消え入りそうな声で「こちらこそ、迷惑かけてすみませんでした……」と頭を下げた。

 パンッ!と両手を叩いて、淀んだ空気を吹き飛ばしそうな元気な声でリラさんが口を開いた。


 「ささ!お互い溜まってた膿も出たことですし、シスター!この方に自己紹介をしてもらってもいいですか?」


 シスターが俺の方を見た。


 「ミーファ=アラベルと申します。ミシエルでシスターをさせていただいております。お見苦しいところをお見せしてしまい、すみませんでした。本日はよろしくお願いします」


 さっきの子供っぽい言動とは裏腹に、礼儀正しく自己紹介をするシスター。

 喋り口調もさっきとは全然違った。

 十二歳くらいかな?と低い身長とまだ幼さが残る顔を見て思った俺だが、女性に年齢を尋ねるのは失礼なので、余計なことは言わずに手を差し出しながら挨拶をした。


 「ロイです。よろしくお願いしま――」


 ここで俺はふと思い出す。

 シスターに触れる行為はタブーということに。神聖な存在に触れる行為は最悪な場合、死刑になるということも。

 すぐさま、手を引っ込ませ、並々ならぬ速さで頭を下げた。


 「触れようとしてすみません!」

 「い、いえ!」


 シスターも少々驚いたらしく、声が少し高めだった。

 しかも周りに三人のミシエル直属の騎士さん達がいる状況。現行犯で拘束されてもおかしくはない。

 おそるおそる顔を上げて、アルバートさん達を上目遣いで眺めると、三人は談笑をしていてこちらを見ていなかった。

 俺の視線に気づいたアルバートさんが口を開く。


 「挨拶は済んだか?早速、シスターに教会内部を見せてあげてくれ」

 「わ、わかりました!」


 本当に見ていなかったのか、気を利かせて見なかったふりなのか分からないが胸を撫で下ろしつつ、シスターを教会内を案内を始めることにした。

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