People's Life

おむ

第1話

 アーモ村と言う小さな村にある酒場は今日も朝から賑わっていた。その酒場の端にぽつんと置いてある掲示板の前に、一人の青年――ロイが立っていた。


 『魂に触れさせて!』


 何とも不可解な文字が書かれていた。

 報酬の欄も一応確認すると『十万ペニー』と、これまた高額な報酬で『簡単なお仕事』のところにマークが付いてあった。

 俺は悩んだ。

 あからさまに怪しさ満点の危険ブラック仕事バイトを受けるか。

 正直、早めに大金を得る事が出来るなら早めにお金を得たい。

 しばらく考えた後、怪しげな紙を掲示板から外し、受付へと持っていく。


 「いらっしゃいませ!」


 年季が入った木製の受付に立っている受付嬢が頭を下げ、続くように俺も軽く頭を下げる。


 「お、おはようございます!これを…受けたいんですけど…」


 掲示板から剥ぎ取った紙をテーブルに置くと、受付嬢が紙を手に取る。しばらく紙を読んだ受付嬢はテーブルの引き出しから大きなスタンプを取り出し、紙の下の空欄部分にポンッ!とスタンプを押して、今度は反対側のカウンター内の引き出しから小さな鍵を取り出し、目の前に置かれた。


 「一〇九号室の合鍵になります。依頼を受ける人が来たら渡すように言われてます」


 ロイは受付嬢から鍵を受け取り、


 「あ、あの…ちなみに…どんな人がいるんですか?」

 

 受付嬢は可愛らしい笑顔で、


 「白髪の可愛い子がいますよ」


※ ※ ※ 


 ロイは酒場の奥にある一〇九号室の部屋を目指して階段を上る。

 階段を上り、一〇九号室の扉の前で足を止め、受付で渡された鍵を鍵穴に差し込む。鍵を回すとロックが解除され、ゆっくりと扉を開ける。

 日光を遮る為のカーテンが固く閉められ、部屋の中は薄暗かった。

 そんな不気味な部屋の中で、うっすらと人影を発見する。

 足元に気を付けて人影に近づくと、高級そうな大きな椅子に一人の少女が気持ちよさそうに眠っていた。

 眠る少女は雪のように真っ白い髪の毛で、髪の色と同じくらい真っ白い肌をしており、現実離れしたお人形のような容姿にロイは目を奪われてしまう。

 突如、眠っていた少女は瞼を重たそうにゆっくりと開き、瞼で隠れていた赤い双眸そうぼうを輝かせる。


 「んっ…ふわぁぁっ…」


 少女は口を大きく開いた後、「んーっ!」と腕を伸ばして背伸びをする。

 結構長めの背伸びを終えると、少女は椅子の肘掛けに肘を置き、来客者へと目を向ける。


 「ここに居るって事は、私のお願いを聞いてくれるって事でいいの?」


 少女はぺろりと可愛い舌を出して、唇を舐める。

 少女の美しさに見惚れていたロイは正気を戻しつつ、


 「あ、あぁ、掲示板を見て、ここに来た。ロイだ、よろしく」

「ロイ…。私はスコッティー、よろしく」

 

 目を輝かせる少女。

 

 「どういう加護者か分からないが…痛くはしないでくれよ…」

「簡単簡単、超簡単だよ!始めるから、こっち来て!」


 両手で手招きをして誘導するスコッティーに言われた通りに近づく。


 「屈んで」


 要望通りに屈むと、スコッティーの顔が目の前に。

 スコッティーは唇を舌で湿らせ、ロイの胸元に白い手を当てる。


 「こーするんだよ。『ルボロー』」


 聞いた事がない単語をスコッティーが発したと同時に、ロイは眠るように意識を失う。


※ ※ ※


 オーラド国にある花の庭園。

 風が吹き荒れ、辺り一面に咲いている花の花びらがひらひらと空中に舞い上がる。

 天気は快晴で、ぽかぽかと絶好のお昼寝日和。そんな花畑の中心に生えている大木の根元で横になって寝ている人物――ロイ・イグリート十二歳。

 大木周辺で同じく足を休める小動物の数匹がロイが持っている残飯をパクパクと食べてる。

 そんな最中さなか、オーラド国の騎士団を証明する紋章が刻まれた赤がとても特徴的な騎士団の制服を着た少女がロイへと近づいてくる。

 

 「またここに来てる…ロイってここ好きだよね」


 寝ているロイの頭上へとやって来て、腰に右手を当てて見下ろす少女――アストレア・ロレット十二歳。

 ショートヘアの赤い髪が特徴的で、髪の毛が風の影響で左右に揺れる。

 彼女が近づいた影響なのか、小動物たちが一斉にその場から逃げると、逃げていった小動物を見て、アストレアが顔を歪ませ俯く。

 草むらで横になっていたロイは哀愁漂う彼女の顔を見て、上半身を勢いよく起こす。

 

 「アストレア、何か用か?」

 「何か用がないと、会いに来ちゃいけないワケ?」

 「別にそうじゃないけどさ」


 ぽりぽりと頬を掻くロイ。


 「騎士団の稽古はどうだ?きついって聞いてるけど」

 「それなりには…ね。しっかり頑張らないと正式に騎士団の一員にはなれない感じ」


 アストレアは「えへへ」と苦笑いをしながら答える。


 「まだ見習いだっけ?大丈夫だよアストレアなら。『加護者』なんだし」

 「『加護に頼ってるようじゃ、まだだっ!』って団長に言われた…」


 しゅんっとアストレアが凹む。

 

 「俺が国を引っ張る王になった時、アストレアは俺をしっかりと守ってくれる騎士になるんだろ?」


 ジト目でアストレアをからかうようにロイが言うと、アストレアは頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらい顔を真っ赤にし、


 「そそそそそれ覚えてたの!??子供の頃のたわ言よ!!!」


 声を荒げながら、胸を強調するような感じで腕を組み、顔を反らしてふんっと唇を尖らせ、反発的に否定する。 


 「そうだったのか?俺はアストレアに守ってもらえると嬉しいんだけどな」

 「……。そういうなら、しっかりとロイも王様になってよね!」


 幼馴染と幼い時に交わした約束。

 今となっては果たせない約束。

 そんな昔の記憶をふと思い出した――――。


※ ※ ※ 


 ロイは目を覚ます。

 床に勢いよく後頭部から倒れたようで、後頭部が強烈に痛む。傷む後頭部を手で触りながら上半身を起こすと、ぼやけていた視界がゆっくりと分かるようになっていく。


 「痛ッ…俺は一体…」


 前を見ると、白髪の少女――スコッティーが目を閉じて満足そうな表情で椅子の背もたれに全体重を預けて余韻に浸っていた。

 スコッティーを見て、少しずつ状況を理解していく。

 『魂を触れさせて』と言われ、承諾したら胸元の心臓に腕を突っ込まれ――――


 「――――ッ!!」


 自らの胸に手を当て、胸を凝視する。

 胸は穴一つ開いておらず、血の一滴も流れてはいなかった。

 冷や汗がブワッと顔から流れるのを感じながら、椅子に腰かけているスコッティーを見上げる。 


 「終わった…のか?」

 「終わったよー…」


 まだ目を閉じて余韻に浸るスコッティーは、脱力した声で答える。

 魂を喰われた影響なのかは定かではないが、身体か少し軽くなったような気がしたりしなかったり。

 ロイは腕をぐるぐる回したり、体のメンテをしながら立ち上がる。


 「どういう『加護者』かは知らないけど、すごい力だな」

 

 ぐでーっと気持ちよさそうにしているスコッティーを見て、唐突に頭を優しく撫でる。


 「なんで頭撫でるのー…」


 頭を撫でられるスコッティーは特に手を払うこともなくロイに質問すると、ロイは申し訳なさそうに頭を撫でていた手を離す。


 「す、すまない…知り合いに似てて条件反射で撫でてしまった…」


 一回咳払いを挟み、


 「小さい子からお金を貰いたくはないんだけど…報酬を貰っても?」

 「あぁ…報酬…そうだったね…あそこの袋から報酬分の物を取って行ってぇ…」

 

 第三者が見たらヤバい薬に犯されたように見える事だろう。

 本当に大丈夫か?とスコッティーを心配しつつ、スコッティーが指差す方に視線を移す。


 「分かった」


 部屋の隅に置いてある布袋に近づき、中を漁る。袋の中には金銀財宝といった『宝』と言っても問題ない品々がゴロゴロ入っていた。


 「な、なぁ…これヤバいやつじゃない?どっかの国から強奪したりとか曰く付きじゃない?大丈夫?」


 あまりにも高そうな物が入っているため、スコッティーに確認を取る。


 「大丈夫だよぉ…拾った物だから」

 「そうか…なら…」


 無造作に入れられた金銀財宝。正直十万ペニーの数倍価値があるんじゃないかと思う代物も入っている。

 十万ペニーっぽそうな石を発見し、手に取る。


 「これでいいか?」

 「いいよー」

 

 スコッティーの承諾を得て、石を胸ポケットにしまう。

 

 「じゃあ俺はもう出て行くけど、大丈夫か?」

 「うん…大丈夫だよー…」

 

 そうしてロイは部屋から退出する。

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