第3話
僕は無意識のうちに受話器を取っていた。
「あぁもしもし、俺だよ。」
「……」
「あれ?聞こえてないのか?」
「……も、もし……も……し」
「おぉ!良かった聞こえてたか!久しぶり!元気か?」
聞き覚えのある声が鼓膜を震わせる。
「……島田さん」
「あぁ俺だ。なんだ?随分と暗い声じゃないか。ま、そりゃそうか。ハハッ……いや、本当坊主には世話になったぜ、大分緩くなったからなぁお前。俗世に漬かりすぎたかぁ?」
「……桜、桜さんは無事ですか」
「おいおい、いきなりそれかい。もう少しいつもみたいに話をしてくれたっていいじゃねぇか!」
「無事なのかと聞いているんです!!」
「おー怖ぇ。そんな怒るなって。ちゃんと生きてるよ。そうじゃないと意味がねぇからな!」
「っ!!どこに居るんですか!!」
「おぉ、怖いねぇ。安心しろよ、まだ殺さないからよ。」
「……殺す気なんですか」
「ん~?そうだなぁ……まぁそれはこれからの交渉次第だなぁ。」
「……桜さんに……何をするつもりなんですか」
「何って……、それは言わなくてもわかるだろう?ま、とりあえず今から言う場所に来てもらおうか。そこで会えるさ。あぁそれから、他の奴らも一緒に来させるなよ。面倒だからな。」
「……わかりました。場所はどこですか?」
「はははははははははは!!!!!」
突然笑い出す彼に少しだけ恐怖を覚える。
「ははは……いや、悪い悪い。お前、本当に変わったなと思って。つい笑っちまったわ。」
「……早く教えてください」
「あぁ、わかった。今から送るからそこに来い。」
「……はい」
「よし!じゃあまた後でな。」
そう言い残して通話は切れた。
「……島田さんは何と?」
「指定された場所に行けば、彼女と会うことができるそうです。」
「そう……ですか。それで、あなたは行くつもりですか?」
「えぇ。」
「……そうですか。私は止めません。ですがこれだけは約束してください。絶対に死ぬような事はしないでください。お願いします……。」
「……わかっています。」
(必ず彼女を連れて帰るんだ。)
僕はそう心に決めて島田さんの待つ場所へ向かった。
「おっ、来たか。意外と早かったな。」
「島田さん……。」
僕は島田に指定された場所に来ていた。そこは以前訪れたことのある場所で、今は使われていない廃工場であった。
「それじゃあ早速始めようか。」
「始めるとは……?」
「もちろん取引だよ。ほれ、これが今回の情報料だ。」
島田はそう言いうと、部下に何か持ってくるよう指示を出した。すると、すぐに数人の男が台車のようなものを押して現れた。
「………!」
そこには手足を縛られ、口にガムテープを貼られた状態で横になっている桜の姿があった。
「約束通り、ちゃーんと生かしてやったんだぜ?ま、大人しくしてもらう為にちょっと手荒くしたけどな。」
「……桜さん!!!」
「おぉっと、動くなよ。この女の命が惜しけりゃな。」
「彼女を解放してください。」
「解放するさ、取引の後でな」
「……その前に彼女を離せ。」
「へぇ、なかなか肝が据わってるじゃねぇか。良いねそういうの嫌いじゃないぜ。でも駄目だなぁ、まずはお前が先だ。」
島田は僕に近づくと、僕の肩をポンッと叩いた。
「さぁて……、そんじゃあ取引を始めるぞ。」
彼はポケットからナイフを取り出すと、それを桜の首元に当ててニヤリと笑う。
「いいか?俺は今ここでこいつの首を掻っ切ることもできるし、お前が動こうものなら即座にこいつを殺す。」
「……分かりました、あなたの言う通り動きませんし、欲しい情報は全てお渡しします。」
「……ほんと、扱いやすくなったなぁ坊主。」
「その代わり、彼女に危害を加えないと約束してください。」
「分かった、お前がちゃんと情報を渡せばこいつにはもう手を出さないよ。だがもし嘘だった場合は……分かるな?」
「分かってます。」
僕は桜の方を見る。彼女は涙を流しながら必死に首を振る。
(大丈夫、絶対助けるから……待ってて。)
そう思いを込めて彼女の目を見つめ返す。
「よし、それじゃあ早速話を聞かせてもらおうか。」
「はい……」
そして僕は話し始めた。自分が知っている全ての事を。
「なるほどねぇ、だいたいのことはわかったよ。」
「では、約束通り彼女を解放して下さい。」
「まぁまぁ慌てるなって。最後に1つ、坊主に提案がある。」
「……なんでしょうか。」
「俺に雇われろ。」
「……どういうことですか?」
「そのままの意味さ。これからもお前に色々働いてもらう。その見返りとして、あの女は無事解放しようじゃないか。どうだ?悪くない条件だろう?」
「……いえ、お断りさせていただきます。」
「ほう?理由を聞いてもいいか?」
「あなたは信用できない。」
「……へぇ。」
「それに、例えどんな条件であれ、彼女を傷つけるようなことをさせるつもりはありません。」
「はぁ……ったく、ここまで言われちゃ仕方ねぇな。」
島田はため息をつくと、部下達に指示を出し、彼女を解放した。
「要さん……!」
解放された桜はすぐに僕の元へ駆け寄り、泣きながら抱きついてきた。僕はそんな彼女を強く抱きしめ、頭を撫でてあげる。
「すみません、遅くなってしまって」
桜の涙を拭うと、彼女は顔を上げ、「ありがとう」と言って微笑んでくれた。その笑顔を見ただけで、胸の奥にあった不安が消えていーーーーーー
「おっと、手が滑った」
突然島田の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間大きな銃声が鳴り響いた。
「えっ……」
何が起こったのか分からなかった。ただわかるのは腕の中で桜さんが力なく倒れているという事だけ。
「……さく…らさん……?」
ゆっくりと彼女の方をみる。すると、彼女が血を流していることに気づいた。
(撃たれた……!?どうして……!)
僕は急いで桜さんを抱き抱え、傷口を押さえるが、出血は止まらない。
「なんで……!」
「坊主よぉ……本当に温くなったなぁ…昔はもっと賢かったはずだぜ?ご令嬢にうつつ抜かして自分がこっちの世界の人間だって忘れたのか?あーあ、さっきの提案、断らなければなぁ?お前のせいだぜ、坊主?」
「……」
「まあいいか。これで邪魔者は消えたわけだしな。さて、取引は終わりだ。あとは、お前の情報を元にグループを潰すだけだ。」
島田がこちらに向かって歩いてくる。
僕は彼から守るように桜さんの前に立ち塞がり、睨みつける。
「おぉ怖い。いいのかぁ?早くしないと、その女もう死ぬぜ?本当は坊主も殺そうと思ったが…今の生温いお前なんか脅威でもなんでもねぇわ……。せいぜい最後のお別れでもしてな。」
島田はそう言い残すと、僕の横を通り過ぎて部屋から出ていった。
「……桜さん。」
僕は桜さんの頬に手を当て、呼びかける。
しかし、返事はない。
「……桜さん!!」
「……要、さん?」
彼女は弱々しく僕の手を掴むと、虚な目をしながら僕を見つめてくる。
「よかった……まだ意識がありますね。今すぐ救急車を呼びますから……もう少し頑張ってください。」
「いい、ですよ……。私……このままだと死んじゃいますよね……?」
「…っ!!そ、それは……!」
「お願い……私のわがまま聞いてください。」
彼女は必死に僕の手を握りしめながら懇願してくる。僕は何も言えず、黙って聞くことしかできなかった。
「私は……要さんに会えて幸せでした。短い間でしたが……あなたと過ごせてとても楽しかったです。だから……後悔なんてないんです。」
「でも……!」
「ねぇ要さん。」
彼女は優しく微笑む。
「愛しています。もし生まれ変われるなら……また会いたいなぁ……」
それが彼女の最期の言葉だった。
「……」
「……桜、さん?」
僕は恐る恐る彼女の名前を呼んでみる。しかし、反応はなかった。
(嘘だろ……?)
「ねぇ、起きてください……」「目を開けてくれよ……」
「頼むから……」
いくら話しかけても桜さんが動くことはなかった。
「……ぁ」
視界が歪んでいく。体中が震え始める。
「あああああ!!!!」
(なんでこんなことになったんだ……?一体どこで間違えた……?そもそも最初から間違っていたのか……?僕が…僕のせい……なのか……?僕のせいで彼女が死んだ……?僕が彼女を、好きになってしまったから……?)
頭の中に様々な感情が流れ込んでくる。
「ぅぁぁぁぁぁぁ!!!!」
僕は叫び声をあげながらその場に崩れ落ちた。
それからのことはよく覚えていない。気がついた時には、僕は古書店にいて、桜さんの葬式が行われていた。
僕はずっと、桜さんの写真の前で泣いていたという。
ーー
桜さんの死から数日が経った。
何もやる気が起きず、ただぼーっと過ごす日々が続いた。
テレビでは一色グループの崩壊のニュースが連日流れていたが、そんなことはどうでも良かった。
(坊主よぉ……本当に温くなったなぁ)
(お前のせいだぜ、坊主?)
島田の言葉が何度も脳裏に浮かぶ
確かに彼の言う通りだ。桜さんが死んだのは僕のせいだ。
彼女といることで、僕は普通になった気になっていた。そんなはずないのに……。
「もうやめよう………………」
望んで壊してしまうなら、最初から望まなければ良い。日常も、恋愛も…………望むから壊してしまうんだ。
(そうだ…………)
この口だってそうだ、余計な事を言ってしまわないように…………こんな口、隠してしまおう。
ーーーもう二度と、何も失わないように。
―――――――――――――――――――――――――
〇年後
「やぁ、鴉鳥くん」
「おや、綱道さん。こんにちは」
「今日は息子を紹介しようと思ってね、ほら、挨拶しなさい。」
「こんにちは!オレ、丞之助!ーーーーーーーーー
災いの元 @dahamaru
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