002: 金《いのち》を賭けた戦い


<<ルーン級巡洋艦バニラ艦橋>>


 ルーン巡洋艦バニラのシャロン艦長は、腰まで伸ばした金髪のストレートロングヘアーに第二種軍服がよく似合う。


 こんな美人な艦長がいたら、部下になりたい。と思わせるのは最初だけ。


 年度業務計画に、この2隻対艦訓練デスマッチを無理やりねじ込み、これでひとまず借金取りからは逃げ出す事ができる短絡的たんらくてきな思考で、クルーたちの休暇と迷惑をかえりみない絡め手を使った。


 まさにEDF創設以来の暴君だ。


 なお、この訓練の後は、急遽きゅうきょ、決まった艦隊司令部の方針に従い。数ヶ月の遠洋航宙演習予定だ。


 シャロン艦長は、マイッタネー、ホントマイルヨー。とうそぶいている。


 副長が艦橋の電磁ディスプレイに表示された座標を確認する。器用に立ちながら、ウトウトしているシャロン艦長に声をかけた。


「シャロン艦長。これより演習宙域です」


 巡洋艦レゼングラースのクルーたちから恐れられているシャロン艦長が、あくびをしながら間抜けな声を上げる。


「ふぁ…はい?」


 作戦立案のために設けられた恒星地図の盤上には、シャロン艦長とクルーたちとのバニラとレゼングラースのどちらの艦が勝つかという、倍率が書かれていた。


 シャロン艦長のことだ。オッズのためには八百長。自分の艦も、…犠牲に出来るというか、絶対する。という確信が全員にある。


 なので、もちろんのこと。シャロン艦長以外の士官全員が相手艦レゼングラースに賭けた。

 もはや、この艦は、シャロン艦長の絶賛パワハラ独裁政権下だ。


 嫌な噂が絶えないシャロン艦長ではあるが。その一方。観艦式でスナイパーから大将を守った英雄として褒章を授与されている。


 副長がその件について軽く触れると。


「あの事件で何かを失ったのは私だけではない…。」


と言っていた。


 シャロン艦長は何を失ったんだ…?副長は軽く考えを巡らせるが。すぐにその思考を停止する。これ以上先は危ない気配を感じ取ったらだった。


 副長は、兎耳のパーツを生やした笑顔の素敵な幼女に話しかけた。


「ルナは椅子へ」


 ルーンラビットと呼ばれているアンドロイド幼女のルナは、ルーンラビット・プロジェクトで作られた。

 省人化のために作られた艦載戦術型アンドロイドだ。


「はーい」


 ルナは訓練のワクワク感を抑えられない。

 ルーンラビット・リンクシートへ向かうルナをシャロン艦長が呼び止め、ニヤリと笑ってこっそり耳打ちをする。


「フッフッフ…ッ、分かりました~。おまかせあれー」


 ルーンラビットが全天ディスプレイの専用シートに座する。


 副長は演習が始まる前から、嫌な予感がしている。


 目にやる気の宿ったシャロン艦長は、艦橋の艦長席へ鎮座し命令を下した。


「…よーし、戦闘配置ー!第三戦速」


 艦橋クルーたちが動き出す。


『総員戦闘配置』


 副長の艦内放送と同時に、アラームが鳴り響き。艦内の自然光のライトが戦闘中を示す赤いライトに切り替わる。


「第三戦速。方位60に転進します。」


 HUD航行ヘッドセットをつけた操縦士が握られたハンドボール状のハンドルを操艦する。


「こちら艦長。戦闘指揮所C I C。敵艦艇をあぶり出す。エリアスキャンミサイルR L Mを用意」


 シャロン艦長が戦闘指揮所C I C戦術行動官T A Oに対して指示を開始する。


『こちら戦闘指揮所C I CエリアスキャンミサイルR L M装填ーっ!』


「さて、諸君…。我々のワルツを見せてやろうー!」


 こういう悪ふざけがEDF内で金髪の悪魔と呼ばれる由縁の一つだ。

悪魔ならかわいいほうで副長には魔王に見えている。




≪火星・地球圏の中間宙域。アラハ級巡洋艦レゼングラース 艦橋≫


 Earth Salf Defance Force『EDF』の新型艦アラハ級巡洋艦レゼングラースは、これまでの訓練の総仕上げとして、2隻巡洋艦による対艦訓練デスマッチのために、その黒塗りの艦影を指定座標付近ウェイポイントに漂泊している。


 窓のない電磁ディスプレイで囲まれた艦橋は、平時体制を示す青の床下照明で照らし出され、限られたオペレーターの定時報告以外は、端末の起動音だけが静かに響いていた。そんな中、一際青く縁取られたリンクシートに特殊スーツを着込んだコハク少尉が横になるように背を預けていた。


 宇宙でも、空間識失調バーディゴは、たびたび、人災の起因となってきた。

 それを克服するため、新型艦では、身体改造サイボーグ施した隊員と多岐にわたる計器を直接繋ぐことで解決した。戦闘艦と人間を接続することは、いわば、コハク少尉の身体がアラハ級巡洋艦レゼングラースの船体そのものとなることで運動性能を格段に向上させた。


 リンクシート用のヘッドギアを深々とかぶった薄紫色のショートヘアに清楚なコハク少尉の緊張した表情が隠され、誰も窺い知ることは出来ない。

 なにせ、相手は、シャロン准将の巡洋艦なのだ。何をするかわかったものではない。下手すると、性能テスト名目で茶目っ気出して実弾を使用する可能性すらある。

 薄っすらとにじみ出る。そう覚悟しつつコハク少尉は異様な喉の乾きを感じていた。


「訓練開始時刻です」


 艦橋の航海士官が訓練開始の時間を知らせると、レゼングラースが一気に騒がしくなる。


『これより、戦闘訓練を開始する。総員戦闘配置』


 艦橋から全クルーへ艦内放送が下令かれいされ。艦内の床下照明が青い平時から、淡い赤の戦闘態勢へと切り替わる。


 自動航行システムにより、慣性航行を行っていたレゼングラースの指揮権が、通常操舵手から、特殊操舵手コハク少尉へと委任される。


これより、コネクト管制へと移行しますクリアランス・フェアリーシステム・チェックリスト


コハク少尉が艦隊と接続を開始する。


接続開始。イグニッション・フェアリシステムホスト。認識番号GP4105コハクのリンクを承認アプローチ


コハク少尉が、オペレーターに呼応する。


「…確認。コンファーム


足早に艦橋オペレーターが操舵リンクへの操舵手順チェックリストを続ける。


全方位知覚航行システム起動。フェアリ・エスナブシステム安全ロック解除しますセレクター・ディス・エンゲージ


確認しましたコンファーム


恒星地図スペースチャートアップリング完了コネクト


全工程完了確認作業終了クリアランス・フェアリーシステム・チェックリスト・コンプリート


 コハク少尉の青い瞳が艦橋と同じ真っ赤にそまり、全身に紋章のような人体改造回路ルーンが淡く光り浮かび上がる。


 EDF最新のルーンラビット・プロジェクト技術の極地である新鋭艦レゼングラースが大きく鼓動した。


「レゼングラースの腕の見せ所よ。あの女、シャロンに絶対負けるな」


レゼングラースのヒスイ艦長が、コハク少尉に近づき活を入れる。


「了解…ッ!」


コハク少尉は、緊張を払拭するように、私は艦橋に響き渡るぐらいの大きな声を張り上げた。


最新鋭艦と老朽艦のいのちをかけた死闘が始まった。



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