003: 当たらなければ、どうということはない訳がない。


《新型艦アラハ級巡洋艦レゼングラース艦橋》


 ヒスイ艦長は、艦橋併設の戦闘指揮所C I Cの電磁ディスプレイに映し出されるスキャナーの赤外線・イメージスキャンなどの測定値をつぶさに見いた。

ヒスイ艦長は、敵の先制攻撃に備え戦術行動官T A Oへ伝達する。


「エネルギー派検知の際は、E C Mマスカーを起動」

「さらに、その方向にアイギスバリアを発動して」


 極遠距離にいる敵艦に対しては、光速に近い速度のレーザー粒子弾で敵の装甲面の熱量を高温にし溶かすという攻撃だ。

 その対策で使用されるのが、光学兵器を弱体化するアンチレーザー電離層であるバリアシステム。

 それに、相手の照準をずらす事ができるE C Mマスカーを発射する。のが定石だった。


「今は、戦場の霧の中にいるのがいいか…?」


 今回の訓練はお互い知らない位置から、開始される。

 コチラが気取られる可能性は低い。なら、光学スキャンで、各所をつぶさに監視するのがいいかもしれない。


 各方位へのスキャン結果をつぶさに表示する電磁ディスプレイへ目を凝らしているヒスイ艦長に、戦術行動官T A Oの発見との報が艦橋に鳴り響く。


『後方14リウムより、エリアスキャンミサイルR L M感知!』


 高精度光学スキャナーを向けるとそこには、対レーザー塗装の白いバニラの艦影が数百倍率で映し出される。

 指示通り、バリアリングシステムを展開し、E C Mマスカーを発動した。


 この瞬間、お互いの位置が露呈する。

こうなった際、実際の勝率は、戦術よりも、その単艦の発電量に匹敵する。

 レーザー粒子砲の電力の消費量により威力も連射も違う。

 そして、巡洋艦バニラと巡洋艦レゼングラースでは、レゼングラースのほうが新鋭艦として高い発電量を誇る。


 このまま、極遠距離から一方的な戦いワンサイドゲームとなるのは、火を見るよりも明らかだった。


 この勝負、勝ったな。この時、有利になっただけで、勝利を手にしたわけではないのに、ヒスイ艦長は致命的な錯覚と誤認をした。


 コハク少尉は、主砲前面部をバニラへと向けるため、そのまま高速バックを行いながら反転する。その150mmゼクターレーザー粒子砲2基を照準に捉えた。


『こちら戦闘指揮所C I C。バニラに高エネルギー反応を感知しました。これは…通常攻撃とは異なるパターンです』


 ヒスイ艦長は、何か、違うことで忙しいような巡洋艦バニラの様子に違和感を覚えるが、一度抱いた自信は手放せるほど強くはなかった。


 瞬時、巡洋艦バニラはアップされたディスプレイから消え去った。レゼングラースの全員が何が起こったかわからなかった。


 そして、次の瞬間には、バックで高速後進して距離を離していた巡洋艦レゼングラースの衝突コースレッドクロスへと出現した。


 巡洋艦バニラは、艦の運用年数を3年短くする緊急用短距離ワープで、全電力カットの短時間ワープする大盤振る舞いしてきのだ。


 レゼングラースの艦内に宙域衝突防止装置T C A Sの衝突コースを示す自動警告音が不気味に鳴り響く。


衝突警告。衝突警告トラフィック・トラフィック…。デブリ衝突まで13秒レッドクロス・サーティン・セカンド


 音速MachNumberの15倍でバニラへバックしながら、進行する操舵手コハク少尉は、あっけにとられていた。


「コハク!」


 ヒスイ艦長の怒鳴り声で、我に返り。すぐさま、コハク少尉は、レゼングラースの回避ルートの測定を行った。


 全コース衝突コースと表記されたヘッドマウントディスプレイ…。減速もだめ、ワープも間に合わない。回避コースもない…。あらゆる進路線が衝突を示す。


『回避航路測定。全ルート回避不能』


 レザングラースのホストは早々にさじを投げる。コハク少尉はとっさの判断に出る。


「ク…っ! 艦の全エネルギーをカット。回避航路確保の動力エンジンへ転換!」


 全船内のライトが消え、無重力化。戦闘指揮所C I Cの端末ですら電源がロストする。


『回避航路再測定。BA-5への航路推奨』


 特殊操舵手のヘッドギアに見える宙に、うっすらとだが、希望の光点が映し出される。その軌跡に、全力で操舵意識を、右下へと押し込む。


警告 ダメージを確認ダメージ・クリティカル


 バニラの重力で左上に引きよされ、ハーネスが必死に抵抗し、肉体に食い込む。


『こちら、戦闘指揮所C I C!バニラクロスまで、残り3,2,…1!』


 強力なバニラの重力が、船内を鈍色に包み込み、装甲板が悲鳴をあげる。

巡洋艦レゼングラースは、いま、恐怖している。


「総員耐ショック姿勢ーッ!!」


 艦橋のヒスイ艦長は、目をつむった。普段、神に祈ったこともない。

 根っからの武人器質であるヒスイ艦長ですら、もう少し手心加えてくれ。と、巡洋艦バニラのあるじにすがる勢いで祈っていた。


 それは、ルーンラビットのルナとシャロン准将を除いて、バニラの乗組員を含め、全員が死を覚悟し祈っていた。



衝突は回避されたクリア・オブ・コンフリクト


「…か…回避成功です…!」


 重力波が元に戻り、電灯が戻った。

 コハク少尉が肩の力を落とす。クルーからは安堵と歓喜の声が聞こえる。


 ヒスイ艦長を一人を除いては。電源復旧しました。と、ダメージ・コントロールダメコンの艦内無線に続き緊急通信エマンジェンシ・コールにてバニラを呼び出す。



「こちら、レゼングラース!バニラ何をやっている!」

 ヒスイ艦長。当たり前の激怒だ。それを予想していたかのように、無線の向こう側でヘラヘラと笑いながらシャロン准将は答える。


『あーあー、こちらバニラ。レゼングラース。貴艦は、我々の極長距離射程レールガンH L Lにより撃破された。繰り返す、撃破された』


 撃破…?この非常時に何を言ってる?ヒスイ艦長はとらわれた。


「こちら艦橋。戦闘指揮所C I Cどういうことだ…」


重大インシデントニアミスを故意に起こしておきながら、こいつは、それも演習の一貫だというのか?愕然として、艦長席へと力なく座り込む。


『こちら戦闘指揮所C I C…。システムの再起動中。情報が…。

 10秒ください』


『回避行動中。バニラの長距離射程レールガンH L Lより。

 演習用レーザー光線照射を検知しています。』


 死線を超えた向こうにいるシャロン准将を何がそうさせているのか。

 こいつは、身の毛のよだつ死神だ。ヒスイ艦長はシャロン准将に吐きそうな恐怖を事あるごとに抱く。


 何が彼女をそこまでさせるのか。まさか、バニラの賭博表オッズが今回の重大インシデントニアミスの要因だなんて考えもしない。


 こちらの能力は、この訓練までの試験航行中に見切られていた。

なのに、こちらは何も知らなかった。バニラの真の性能。クルーの練度とルーンラビットへの信頼。

 そして、巡洋艦レゼングラースさえ、回避不能の衝突軌道レッドコースへ飛んでくるという、狂気じみた行動力を見せつけた。


『こちら、アクチュアリ・ソフトクリーム。戦闘訓練終了。

 該当艦は通常航行速度へ移行せよ…』


 その光景を監査していた第一地球艦隊軍事衛星エリア・リスαは帰還を命じる。


 新鋭艦が緊急回避という最高のデータは取れた。演習の体裁は整えたうえでの。即時撃破。ということだ。


「…あのアマめ!」


 ヘッドセットを艦橋ディスプレイに投げつける。ヒスイ艦長の怒声が、静かな艦橋に響き渡った。


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