第210話 バーディング3

-同時刻

@サーキット 貴賓席


[な、なんと30号車、搭乗員が車を離れてランドランナーに飛び乗ったッー!!]

[凄い運動神経です! あっという間に、コンテナの上に登りましたッ!]

[バッド・マックス選手、風前の灯となるのでしょうか]

[ああーっと! 30号車の搭乗員、助走をつけてバッド・マックス選手の顔を強打しました!]

[続いて……ま、まさか!? バッド・マックス選手を立たせ……ああっ、蹴り落としたーッ!!]

[30号車、バッド・マックス選手の頭部を轢いていきます。ハンドルを切ったようですが、間に合わなかったようです。それとも、わざとでしょうか? あれはもう助からないでしょう]


「ぬおおおおおっ、わ、ワシの息子がぁぁぁぁッッ!!」


 貴賓席で観戦中の市長、ハラーガ・マックスは、息子の突然の死に大いに取り乱していた。


「……アレは?」


 そして隣に座るタリクは、主人を失ったトラックのコンテナから、ゾンビの様な男達が這い出て来るのを冷静に眺めていた。コンテナからは白い煙のようなものが溢れ、処理に駆けつけた係員も、煙に近づいた瞬間に倒れたり、不審な動きをしている。


「うおおおんッ、息子よぉぉぉぉぉッ!」

「あ、あの……市長?」

「こんの大馬鹿者がッ!! さっさと連中を片付けんから────」

「シーっ、市長! タリク様もいらっしゃるんですよ!?」


 ハラーガはもはや不正を隠す気はなく、大声で泣き喚く。


「……なるほど。市長は、30号車の連中を始末したいのですね?」

「グスッ、た、タリク殿? こ、これはその」

「大体分かります。お子さんに活躍して貰いたいという親心から、レースに介入なされていたのでしょう?」

「そ、それは……」

「手を貸しましょう。私も、あの30号車の使ってる武器に興味が出ましたのでね」

「で、ですがタリク様、いったいどうやって!? まさか、お連れの戦車を使う気じゃ……」

「何!? ま、待ってくれタリク殿! そんな事をされては流石に────」

「はっ、まさか……会場内に狙撃手を配置していますので、指示を出して奴らを狙撃させましょう」

「そ、狙撃手!? さ、流石はタリク殿だ!」

「ま、待って下さいタリク様! 何故、ここに狙撃手がいるのですか!? いったい、何の目的で?」

「ん? た、確かに……た、タリク殿?」

「ふっ、何事も用心でしょう? 私に何か危害を加える者がいれば、その者を狙撃させるよう指示を出してあります。もちろん、ハラーガ市長も含めてね?」

「「 ひぃッ!? 」」

「ああ、ご心配なく。我が部隊の狙撃手は、装備も技術も優秀です。万が一にも外すことは無いですよ。誤射される事は無いと信じてますので」

「よ、余計に恐ろしいですぞ!?」


 タリクのビジネススマイルに、ハラーガとその部下は後退りする。


「それで、お許しを頂けたという事で宜しいですか?」

「む、無論だ。息子を殺したれ者共を成敗してくれ!」

「かしこまりました。……通信兵!」


 タリクが後方に控えていた兵士を呼ぶ。その兵士は大型の通信機を背負っており、タリクに近づき背を向ける。タリクは通信機のアンテナを伸ばし、受話器を取るとダイヤルを弄る。


「狙撃班、こちらC2。応答せよ、どうぞ」

《ザザッ……こちら狙撃班、どうぞ》

「そちらから、サーキット内の車両は狙えるか? どうぞ」

《問題なし、どうぞ》

「C2より狙撃班へ、最後尾を走る30号車を狙撃せよ、ターゲットは2名。繰り返す、30号車の乗員を狙撃せよ────」


 そんなやり取りをしている間にもレースは進み、気づけば参加車両は全て例の30号車に喰われ、残り数台となっていた。


[快進撃を続ける30号車! 次は3号車、サッド・マックス選手のマグヌム・オプスに目を付けたようだ! 3号車目掛け、追い上げて行きます!]

[現時点で、今年の最多キルは間違いないでしょう!]

[30号車は現在まで、対峙する車両全てを撃破してきています。彼ら、これがレースだと分かっているのでしょうか?]


「ま、まずい! タリク殿、急いでくれッ! このままでは息子が────」

「もちろんです。狙撃班、射撃指示は出している。早く撃て」


[おおっとッ! マグヌム・オプス、スピン!]

[そのままコーナーの壁に激突! ああ、炎上していきますッ!]


 そのまま30号車が狙撃され、レースから排除されると思っていた面々は驚愕した。狙撃の号令のすぐ後に、ハラーガの息子の一人であるサッド・マックスが撃破されたにも関わらず、30号車は何事も無い様にレースを続けているのだから……。


「ぎゃあああ、またワシの息子がぁぁぁぁぁッッ!!」

「おい、どうなっているんだ! 狙撃はどうした? どうぞ」

《ザザッ………》

「狙撃班、聞こえるか? 応答しろ」

《……》

「……応答がない。至急、狙撃班と連絡を取れ!」

「「「 はっ! 」」」


 タリクは部下達に命じて、狙撃班の安否を確認させに向かわせる。


[遂に実現しました、1号車バッド・マックスのブラッキーインターセプターと、30号車フェアウェルバージン号との対決ですッ!]

[ブラッキーインターセプターは、V8エンジンの強力な出力に、防弾鋼板製のボディを備えたマシンです]

[走行能力は1号車に軍配が上がりそうですが……ああっと30号車、例の武器を取り出した!]


「またあの武器……」

「ああッ!? わぁぁぁッ、よせッ! やめろッッ!!」


[撃ったッ!!]

[ブラッキーインターセプターが宙を舞い、爆散しましたッ!]

[現在、レースは第3クォーターに入りましたが、参加車両は30号車のみとなりました。現時点で、優勝は30号車フェアウェルバージン号となります]

[さらに現時点で、30号車は最多キル記録を更新! さらにさらに、今大会唯一の生存車両となります!]

[バーディング開幕以来、初の全賞獲得グランドスラムですッ!!]


「そ、そんな……ワシの息子達が……」

「おい、30号車の連中の素性を調べさせろ。例の武器が気になる」

「はっ、了解しました!」



   * * *



-同時刻

@サーキット 監視塔の屋根


《ザザッ……狙撃班、こちらC2。応答せよ、どうぞ》

「こちら狙撃班、どうぞ」

《そちらから、サーキット内の車両は狙えるか? どうぞ》

「問題なし、どうぞ」

《C2より狙撃班へ、最後尾を走る30号車を狙撃せよ、ターゲットは2名。繰り返す、30号車の乗員を狙撃せよ────》


 サーキット内には、映像を記録する為や、サーキット内の異変を察知する為の監視塔が幾つか存在している。その中の一つの屋根の上にて、狙撃銃のスコープを覗き込む人物と、その観測手と思しき人物が、双眼鏡を覗きながら腹ばいになっていた。

 彼らのスコープと双眼鏡には、貴賓席の様子が映っており、彼らはタリクの護衛をしていた狙撃手達であった。


「どいつだ?」

「あれだ、軽装の車だ。変な格好した連中が見えるか?」

「確認した。いつでもいける」


 近くに置いている通信機からの指令を受けて、狙撃銃の照準をヴィクター達の30号車へと合わせる。


「撃て」

「……」

「どうした? 早く撃て」

「……」


 観測手が狙撃手に撃つように促すが、狙撃手は一向に撃たない。様子がおかしいと感じた観測手が双眼鏡から目を放すと、そこには首から血を吹き出して倒れている狙撃手の姿があった。


「なぁ!?」

「位置が簡単過ぎですよ? 狙撃するなら、もっと場所を選ばないと────」

「んぐっ!? もごごごご……!?」

「こんな風に、気づいたら首にナイフが刺さってる……なんて事になっちゃいますからね」


 背後から女の声がしたと思ったその瞬間、観測手は口を塞がれ、首元にナイフの刃が突き刺されて絶命した。


「さてと。まさかウェルタウンに狙われるなんて。V……世話が焼ける男ね」


 そう呟くと女……特務執行官アンナはフードを外すと、狙撃手のライフルを拾い上げる。


「それにしてもウェルタウンの連中、独自にこんな武器まで作ってたなんて……。しかも、弾薬まで。何かしらこれ、7.62mmの強装弾? 作動方式は、ギルドのバルパーそっくりね」


 拾い上げた狙撃銃をさっと観察した後、膝立ちの姿勢でそれを構えると、スコープを覗く。


《ザザッ……狙撃班、射撃指示は出している。早く撃て》

「はいはい、そう急かさないでよ……ね!」


──ズドンッ! ガシャコン!

──ズドンッ! ガシャ、カラカラ……


 そして、慣れた手つきでそれを2連射する。サーキット内では、3号車がスピンしてコーナーに激突しているのが見える。

 さらに言うなら、3号車の運転手であるサッド・マックスの額には、狙撃により空いた穴が穿たれていた。


《おい、どうなっているんだ! 狙撃はどうした? どうぞ》

「銃の性能は悪くないわね。でも、それはギルドにとっては好ましくない」

《狙撃班、聞こえるか? 応答しろ》

「さてと、そろそろ退散しなくちゃ。後は頑張ってね、ヴィクターさん♪」



   * * *



-同時刻

@サーキット


「ヒーハーッ! 待てやゴラァッ!!」

「ヒャッハー!! アニキ、ぶちかましちまえッ!!」


 例のビックリトラックを撃破した後、俺たちは順調に順位を上げていっている。とは言え、前の連中を片っ端から撃破しているので、未だ最下位と言えば最下位なのだが……。

 これはレースなので、必ずしも敵を撃破する必要は無い。だが、後から追い越されたり、背後から攻撃されるリスクがある以上、撃破する方が確実に安心できる。俺もキエルも、装備のせいかアドレナリンのせいか非常に気が立っており、もはやこれがレースである事などどこか忘れて、敵車両を狩りまくっていた。


『クソッ、連中ヤバ過ぎるッ!』

『この車なら大丈夫だ! なんせ機関銃も跳ね返す────』


──ボンッ!!

──チュドンッ!!


『6号車がやられたぞッ!?』

『何なんだあの武器は!? 反則だろ!』

『あんな、鉄の塊みたいな車が一瞬で……』

『な、何だこの煙は……がぁっ! へへっ、げへへへへ!!』


 鉄板を何重にも溶接している装甲車のような車も、レイネから借りた無反動砲には紙切れ同然だ。それから、こちらを攻撃する為の開口部がある以上、そこに手榴弾やら祝福爆弾を投げ入れれば、自慢の装甲も意味を成さなくなる。

 そんなこんなで残り数台となった今、マックス三兄弟の一人が俺たちに対峙していた。


『クソッタレ! 何なんだお前たちは!?』

「ヒャッハーッ! 次はお前の番だぞ三男坊!」

「ヒャア! 地獄まで送ってやるぜ!」

『こ、こいつら……イカれてやがる!』

「キエル、もっと早く! 弾が届かねぇだろうがッ!」

「流石は注目選手、ライン取りが上手いぜ!」


 ライフルを構えて、3号車に狙いをつける。だが、距離が離れ過ぎていて上手く狙えない。距離が近づいたと思えば、今度は車体に隠れて上手く狙えない。そんな事が続いて、遂にチャンスが到来した。


「もうちょい……よし貰っ────」


──ビュン!

──キキーッ! ガッシャーンッッ!!


「あれ、まだ撃ってないぞ?」

「事故ったのか?」

「……妙な音がした。まさか狙撃か?」

「アニキ、今はレース中だぜ?」

「だよな……よし、次で最後だ! 最後はドカンと一発やってやるか!」

「レイネさんマジ感謝だぜ!」


 俺は、レイネの無反動砲に弾を装填する。その間、キエルはアクセルを全開にしてトップとの差を詰める。


「準備完了! よし、そのまま次の直線で……この辺だッ!」


──ボシュッ!


 敵は直線コースに入り加速するが、その背を追うように撃ち出された擲弾のロケットブースターが点火。ほんの僅かな時間で擲弾は敵車両の背に着弾し、炸裂する。

 コースに窪みがあったのか、擲弾の炸裂と共に敵の車両は跳ね、その次の瞬間にメタルジェットが燃料かニトロを延焼させ、車両は空中でくの字に曲がり、爆散した。


「「 ヒャッハーッ!! 」」

「汚ないが、優勝の花火代わりだぜ!」

「あれ、残ってる車両無し……って事は、俺達優勝ってコト!?」

「そうだぞ! やったなキエル、童貞卒業だぞ!」

「ま、マジか……スゲェ、はは、本当に凄い……!」

「おら、しっかりしろ! まだゴールしてないだろ? ゴールするまでがバーディング、違うか?」

「そ、そうだなアニキ!」


 俺たちは観客達の歓声の中、それに応じるように変なポーズや奇声を上げながら、凱旋するようにゴールテープを切った。





□◆ Tips ◆□

【連盟制式小銃2型】

 油井都市連盟……通称ウェルタウンの兵士が装備する小銃。ボルトアクション式のライフルで、設計は同じくギルド製のボルトアクションライフル“バルパー”を参考にしており、類似点がいくつも見られる。ギルド製を参考にしただけあり、崩壊後の世界における射撃精度は比較的良好で、スコープ標準装備の上でウェルタウンの狙撃兵に使用されている。

 薬物を使用してなかなか倒れない“デメテルのゆりかご”に対して、長射程とより高いストッピングパワーを求めて独自開発した7.62mm口径の強装弾を使用している。


[使用弾薬]7.62x63mm弾

[装弾数] 5発

[有効射程]800m

[モデル] スプリングフィールドM1903A4

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