第209話 バーディング2

-数刻後

@サーキット


 サーキットには、参加車両が5台ずつ横並びになるようグリッドが引かれ、それが6列設けられていた。

 俺たちは、最後列のど真ん中になるらしい。


[さあ、いよいよ準備が整ったようです!]

[全車、グリッドに並びました。皆、エンジンが唸り声を上げて、グリーンのシグナルが灯る瞬間を待ち侘びています]


──ブンブンッ! ブォォーン!!


「よし……やってやる! やってやるぞッ!!」

「……やっぱり変だな?」


 そろそろスタートだと思うが、周りの車からやはり視線を感じる。よく見ると隣の車の人間が、例のサンダーボルトとかいう無反動砲を持ってこちらをじっと見ている。


「……キエル、スタートと同時に10mほど全速で後退しろ」

「もちろん! 全速前進で……って、ええっ!?」

「バックだ! 今すぐ、ギアをリバースに入れろ!」


[では、スタートですッ!]

[皆様、一緒に秒読みしましょう!]


──3! 2! 1! スタートォォォッ!!

──プァン! プァン! プァン! プァァァンッ!!


 観客達の秒読みに呼応する様に、3つの赤いランプが灯り、その後スタートを意味する緑色のランプが灯った。その瞬間、全車タイヤを全回転させて砂を巻き上げると、一斉にスタートして行く。そして────


『くたばりやがれッ!!』

『吹っ飛べッ!!』

『逝っちまいなッ!』


──バシュッ!

──ヒュルルル……ドガンッ!!

──ボカンッ!


「うわぁッ!? な、なんなんスか!?」


 ……周りの車両から俺たちの車目掛けて、擲弾が発射された。俺たちがいた場所や、本来の進行方向に擲弾が横切り、着弾していく。


[おおっと! 早速開幕の花火が上がりましたッ!]

[ルーキー狩りでしょうか!? 後尾の選手達が一斉に30号車へとサンダーボルトを撃ち込みましたがなんと30号車、バックでこれを回避しましたッ!!]

[スタートダッシュならぬスタートバック。運がいいのか、抜けているのかどちらなのでしょうね]


「おら、ボサっとするなキエル! 前進しろ!」

「り、了解ッス!」


──パンパンッ、ブロロッ!!


 やはり、予想通りこちらを開幕と同時にこちらを攻撃してきた。バックしてなかったら、今頃木っ端微塵になっていただろう。

 実況の言うようにルーキー狩りだろうか? こちらは他の連中より軽装だし、狙われやすいのかもしれない。オッズ850倍はやはり、伊達ではないという事か。


 だが向こうがその気なら、遠慮する必要は無さそうだな。


「キエル、他の車は俺に任せろ! どんどん進めッ!」

「了解ッス!」


 キエルの車は軽い分、他の車より速度がでるようで、スタートでバックしたにも関わらず、すぐに最後尾に追いついた。


『へへ、もう一発喰らい────』


──ズダンッ!

──ドカンッ!! ガッシャーンッ!!


 最後尾の車から、男が無反動砲を構えて身を乗り出してきたので、無反動砲の弾頭部を狙い撃つ。撃ち抜かれた弾頭は暴発し、敵の車はその衝撃で姿勢を崩し、横転した。


[30号車、追い上げて来ました!]

[おおっと、29号車クラッシュです! サンダーボルトが暴発したのか!?]

[30号車から発砲したようにも見えましたね。もしかしたら、狙撃したのかもしれません]


「まずは一台、次行くぞッ!」

「ヒャアッ、スゲェぜアニキッ!」

「乗ってきたなキエル!」


『クソ、何が起こったんだ!?』

『撃て撃て!』


──ダダダッ! ダダダダダッ!

──ドガンッ、ガッシャーッ!!

──ヒュルル、ドガンッ!


[28号車、クラッシュッ!]

[撃たれてしまったのか、力尽きた射手が自分の車にサンダーボルトを撃ち込んだようです!]

[おおっと、27号車が発射したサンダーボルトが空中で炸裂したぞ!?]

[不良品でしょうかね? まさか撃ち落としたとは思えません]


 先程のように、敵の車両から無反動砲を持った男が車の屋根から身を乗り出してきたので、狙い撃つ。

 何発も銃撃を浴びた男は、力が抜けて構えていた無反動砲を下ろすと、そのまま下方の自車に発射。車はその場で吹き飛び、何度かバウンドしてそのままクラッシュした。


 その間、他の車両から発射された擲弾を撃ち落とし、射手の脳天を撃ち抜く。


「ヒャーッ! スゲェ、スゲェぜアニキッ!」

「ヒャッハーッ! なんか楽しいな!」


 デスレースという異常な環境が、アドレナリンを分泌させるのだろうか。それとも、着ている装備が呪われているのか。気づいたら俺は、高揚感と興奮を覚え、この状況を楽しんでいた。

 それはキエルも同じようで、普段の臆病な様子は鳴りを潜めているようだ。


「よしキエル、前の車追い抜けッ!」

「任せとけアニキッ!」


──ブロロロロッ!


『クソ、攻撃係がやられたぞッ!』

『早く代わるんだ!』

『お、おいおい! 奴ら追い越す気だぞ!?』


「ヒャッハー、さっきのお礼だぜッ!」


 追い越し様に、敵の車両の屋根……無反動砲の射手が身を乗り出していた部分に、ピンを抜いた手榴弾を投げ入れる。


──ピンッ! カツッ、コロコロ……


『何だこれは!?』

『嫌な気がする! 今すぐに捨て────』


──ズガンッ!!

──キキーッ! ガガガガッ、ドンッ!!


 手榴弾が爆発すると共に、敵の車はスリップして縁石にバンパーを擦り付けながら壁に激突し、停止した。


[まさかまさかの、27号車もクラッシュですッ!!]

[そう言ってる間に、26号車、25号車も次々とクラッシュだッ!!]

[30号車は追い抜くついでに、爆発物を相手車両に投げ入れているようですね]

[何という神業ッ! やはり頭がおかしいのか!?]

[これで最後列は30号車が制しました!]

[かつて、ここまで早く5台抜きを果たした選手がいたでしょうか!?]


 同じ要領で、立て続けに3台ほど手榴弾を投げ入れて撃破する。敵は車両に鉄板や装甲板を載せているので、脱出がうまくできなかったり、投げ込まれた手榴弾を外に捨てられなかったのだろう。

 後ろを見ると、撃破した車両が黒煙を上げている。


「よし、この調子でガンガン行くぞキエル!」

「うっす! ……アニキ、前方注意!」


 キエルの警告通り、前方にトゲトゲしたスパイクまみれの車が2台、俺たちを挟み込むように接近して来た。


『へっへっへっ……』

『ぶっ潰してやるぜ!』


「キエル、加速しろッ!」

「ラジャー!」


『死に晒せッ!!』

『くたばれッ!!』


 案の定、トゲトゲのバンパーをこちらにぶつけてこようとハンドルを切って来るが、不発に終わった。

 そのまま背後の敵の運転手に攻撃を加えると、敵の車両はスリップして縁石に乗り上げたり、スピンしながら壁にぶつかり潰れていく。


──ダダダダッ! ダダダッ!

──キキーッ! ドンッッ!!

──ガッシャンッッ!!


[体当たりをすり抜けたッ!]

[反撃も鮮やかですッ!]

[あの搭乗者は相当腕が立つようですね]


「ハハハッ、やっぱりアニキはサイコーだぜッ!!」

「キエルのドラテクもいい感じだぞ! 特訓の成果だな!」

「はい!」

「次、カーブ来るぞ! なるべく速度を殺さず曲がれ!」

「任せとけッ!」



   * * *



-同時刻

@サーキット 貴賓席


[30号車、速い速い!]

[どんどん撃破し、追い上げていきます! これは凄い番狂わせだっ!!]


「おい、どうなっとるんだッ!!」

「そ、想像より手強い連中のようでして……で、ですがご安心下さい! 次で仕留められると思いますので────」

「思うでは困る! 確実に仕留めんかッ!」

「は、はい!」


 貴賓席にて、市長のハラーガはヴィクター達の快進撃に焦りを感じていた。賓客を招いているにも関わらず取り乱す所を見る限り、あまり出来た人間では無いのだろう。

 しかも大声で怒鳴るので、肝心の話も筒抜けである。


「……市長、如何しましたか? 随分とご立腹のようですが」

「た、タリク殿、これはお見苦しい所を……。このレースには、様々な趣向を凝らしておりますが、一部装置に不具合があったようでして、ハハハ」

「様々な趣向ね……」

「ああいや、もう直ったので問題はないのだが、使えぬ部下を叱責せねばならなくてですな」

「使えぬ部下ですか。…………それは、さぞかし苦労していることでしょうね」

「え、ええ! 分かって頂けて嬉しい限りです。ほら、例の趣向を凝らした装置の出番ですぞ!」


[おおっと、アレはッ!!]

[バーディング名物、“ドラゴンの爪”だッ!!]

[装置の展開が遅い気もしますが、トラブルでしょうか]


 ハラーガがサーキットを指差すと、何やら土台の様な者がクレーンで吊り上げられていく。土台には、鉄パイプの様な物がハリネズミの様に配置されており、その先にはサンダーボルトの擲弾がビッシリと装着されていた。


「あれは?」

「ハッハッハッ、あれはバーディング名物の“ドラゴンの爪”という装置でして、サンダーボルトを何十個も並べて一斉発射ッ! 吹き飛ぶ参加者に会場は熱狂間違いなし! 多少準備が遅れて、先行車には回避されましたが、後列が盛り上げてくれるでしょうな!」


──ズガンッ! ドカンッ、ボカンッ!!


 ハラーガが自信たっぷりに“ドラゴンの爪”を紹介したところ、その装置が爆発炎上して崩れ落ちた。


[おおっと、30号車! “ドラゴンの爪”に何かを撃ち込んだッ!!]

[ドラゴン爪の弾頭が次々と誘爆していきます! ああっ、装置が今崩れ落ちましたッ!]

[サンダーボルトでしょうか? それにしては、弾速が速くて何が起きたかわかりませんね]


「あの武器は……!」

「な、なぁッ!?」

「……おっしゃる通り、盛り上げてくれたようですね?」

「ぬぐぐぐぐぐッ!!」


[おおっと30号車、注目のデッド・マックス選手の【ランドランナー】に迫りつつありますッ!]

[早速、ランドランナーが車両の両サイドに回転鋸を展開しました! 凶悪な回転音がこちらまで聞こえてきます!]

[ランドランナーには、強力な武装と大重量の巨体がありますので、30号車は不利になるでしょうね]


「おや、あれはご子息の車では?」

「息子の!? い、いや大丈夫だ、奴らが息子の車に敵うものか!」




   * * *



-同時刻

@サーキット


 あれから、他の車を撃破しながら順調に進んできたが、途中何やら妨害装置の様な物が出現したので、レイネから借りた無反動砲を撃ち込んで破壊した。

 多数の擲弾を撃ち出す装着だったらしく、弾頭に誘爆しながら崩れ落ちていった。


 そして現在、俺たちの前にはデカいコンテナトラックのような車が立ち塞がっていた。例のマックス三兄弟の一人の車両らしい。


[おおっと30号車、注目のデッド・マックス選手のランドランナーに迫りつつありますッ!]

[早速、ランドランナーが車両の両サイドに回転鋸を展開しました! 凶悪な回転音がこちらまで聞こえてきます!]

[ランドランナーには、強力な武装と大重量の巨体がありますので、30号車は不利になるでしょうね]


「ヒャー、デカい! アニキ、あれじゃ追い越せそうにない! どうする?」


 脇を通り抜けようとするが、その時車体の両側面から巨大な回転鋸が付いたアームが飛び出し、回転を始めた。


「なんだありゃ? トンデモメカだな!」

『ハッハッハッ、残念だったな! お前達はここでお終いだッ!』


 敵の車のスピーカーから、野太い男の声が聞こえてくる。よく見ると、荷台のコンテナの上に、豪華な装飾が施された展望席の様な物がある。そこに座って運転しているのだろう。


『俺様はデッド・マックス! お前達をこのランドランナーの餌食にしてやるッ!!』


──ブゥゥゥゥン……ガシャン

──チュィィィィン!


 敵は、エンジンブレーキか排気ブレーキでもかけたのか、減速して後方の俺達に迫る。回転鋸が目前に迫り、こちらも減速を余儀なくされる。


「うおっと、危ない!」

「クソ、このままじゃ前に出られない! アニキ、どうする?」

「そんなモン、破壊しちまえばいいだろうが! バカかお前は!」


──ダダダダダッ!

──ビシビシッ、ガシャンッ!!

──ィィィィン、カラカラカラ……


「壊れたぞ」

「よし、これなら────」


──カチカチッ!

──ゴォォォッ!


 回転鋸は、荷台のコンテナからチェーンかシャフトを介して回転しているようだ。それっぽい箇所が目に入ったので狙い撃った所、片側の回転鋸は回転をやめた。

 後は、車で体当たりでもすれば破壊できそうだ。


 そんな事を考えていると、回転をやめた方の側面からいくつか火花が飛び散り、次の瞬間複数の炎の噴流が飛び出した。

 そして、先程同様に減速してこちらに迫ってくる。


『フハハハッ、無駄無駄無駄ァァ! 足掻いても、お前たちの終わりは変わらんぞ!』

「クソッ! どうしたら……」

「キエル、あそこに近づけ」

「さっき破壊した回転鋸? どうする気だ、アニキ!?」

「飛び乗る! 呼んだら来いよッ!」

「ええっ!?」


 停止した回転鋸のアームを足場に飛び乗った俺は、コンテナに登り始める。装飾か何か知らないが、色々と飛び出したり溶接されているので、難なく登る事ができた。


[な、なんと30号車、搭乗員が車を離れてランドランナーに飛び乗ったッー!!]

[凄い運動神経です! あっという間に、コンテナの上に登りましたッ!]

[バッド・マックス選手、風前の灯となるのでしょうか]


 コンテナの上では、何やら派手な椅子に座った巨漢が、こちらを青ざめた表情で振り返っている。まさか、飛び乗って来るとは思わなかったのだろう。


『な、なんて奴だ……!? ま、待て! 祝福か? 配給票か? そうだ、親父に口利きして、召し抱えてやろう! 望みは何だ!?』

「ヒャア、テメェの命に決まってんだろボケがぁッ!! お終いなのはテメェの方だったな!」

『うぎゃッ! ま、待っ────』

「ヒャッハーッ!!」

『う、うわぁぁぁぁッー!!』


──ドシンッ!!


 俺は運転席に近づくと、デッド・マックスとか言うデブを殴りつけ、弱った所を無理矢理立たせてトラックから蹴り落とす。

 いい感じに落下したようで、うつ伏せの姿勢で地面に叩きつけられた所をキエルの車が通過する。


「うおっとっとぉぉ!?」


──グチャッ! ブロロロロ……


「あちゃー、間に合わなかったか。頭轢いちゃったよ。アニキ、どうする?」

「ちょっと待ってろ! このバカでかいノコギリ、どうやって止めるんだ?」


 回転鋸や火炎放射器を止めるべく、運転席に座るが、止め方が分からない。というか、それらしきレバーやボタンがない。


(……ほ……えっほ……えっほ)

「ん?」


 運転席を眺めていると、どこからともなく掛け声の様なものが聞こえてくる。声の出所を探り足元を見ると、席の近くに引き戸のような物が床にあった。荷台のコンテナの中に通じているようだが……。

 恐る恐る開けてみると、コンテナの中には何十人もの男達が汗を流しながら、自転車のような装置に跨り、ペダルを漕いでいた。むさ苦しい熱気が、こちらにも漂ってくる。


「「「 えっほ、えっほ、えっほ!! 」」」

「ひぃ、ひぃ……もう限界だッ!」

「い、いつまで漕げばいいんだ?」

「バカ、天窓が開いたぞ! 聞かれたらどうする!?」

「バッド様、次のご指示は……あっ」

「どうした? ……あっ」


 な、なるほど……察するに、回転鋸や火炎放射器のポンプは、人力で動かしていたらしい。天窓を開けた事で、主人から新しい命令……おそらく作業の中止を期待して、中の人間が一斉に顔を上げた所に、変なヘルメットが見えたのだ。皆、呆然とするのは無理もない。


──カランッ、カラカラカラ……


「「「 ウワァァァッ!? 」」」

「だ、誰だ貴様ッ!?」

「バッド様はどうしたんだ!?」

「何か落ちて来たぞ!?」


 コンテナ内が大混乱に陥る中、俺は無言でレイネから貰った試作兵器、祝福爆弾を投げ入れると、キエルを呼ぶ。


「キエル、もっと寄せろッ!」

「了解!」

「よし、そのまま……とうッ!!」


──ボンッ!!


 寄せられたキエルの車に飛び乗った瞬間、コンテナの中から何かが弾ける音が聞こえ、コンテナの至る所から白い煙が伸びる。


「ヒャッハー、やっぱアニキは最高だぜぇ!!」

「中は今頃ヤバそうだな……」


 すると、回転鋸や火炎の勢いが弱まり、遂には停止していく。キエルの車は減速するトラックを追い越すと、前方集団に追い付くよう加速していく。




□◆ Tips ◆□

【ランドランナー】

 マックス三兄弟、次男のデッド・マックスの愛車。

 コンテナトラックをベースにした改造車であり、大重量の巨体を誇る。コンテナは威圧感を出す為にゴテゴテに装飾が施されており、コンテナ上部には豪華な展望台のような運転席を備えており、ハンドルは本来の運転席を貫通する長大なステアリングシャフトを介して、車体の進行方向を操作している。

 車体の両側面に巨大な回転鋸を備えており、これを展開する事で、コースを封鎖して、脇に入り込んだ敵車両を破砕する。また、鋸が破壊された時に備えて、側面各部に火炎放射器のノズルが飛び出しており、やはり同じくコースを封鎖する。

 また、これらの武装の動力は全て人力となっており、荷台のコンテナ内は自転車型の装置に多数の人員が跨っているという異様な空間となっている。

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