第208話 バーディング1

-昼

@ドラゴンズネスト サーキット


[さて、今年も始まりました! ルインズランド中の命知らずを集めたデスレースッ! バーディングの開幕ですッ!!]


──うおおおおおおおッ!!

──わあああああああッ!!


 あれから、カティア達をサーキットの観客席に残して、俺とキエルは車に乗り込みレースの開始を待っていた。

 観客席は満員のようで、かなり盛り上がっている。


「あわわわ、緊張するッス……」

「ヒャア、何ビビってんだ童貞ヤロウ! もっと堂々としやがれッ!」

「あ、アニキ!? そ、そうッスね……ヒャッハーッ!! ブチかますぜぇッ!!」

「……似合わねぇな、キエル」

「ちょっ、アニキィ!?」


 今回、俺たちは例のヒャッハー装備を着用し、正体がバレないように演技しており、お互いに例の変なフルフェイスヘルメットをかぶっている。

 格好が異様な為か、かなり目を引いているようだが、好都合だ。周りの参加者も、俺たちの頭がどうかしていると思っているのか距離を取っている。このまま、正体不明の世紀末コンビを貫いていきたい。


[────それでは、市長からのご挨拶です!]

[ごほん、市長のハラーガ・マックスである! 本日は光栄にも我らが同胞……油井都市連盟より、“砂漠の賢狼”ことタリク・ファラーヘル氏にお越し頂いた。出場者諸君、今回は非常に名誉のある大会である! お互い、死力を尽くすように!]


──ざわざわ……

──やっぱり、この街はウェルタウンに加わるのか?

──どうでもいいから、早くバーディング始めてくれよ!

──砂漠の賢狼!? ウェルタウンの大物じゃないか!!


 市長の言葉に、観客達は不安になる者、驚愕する者、そして御託はいいから早くレースを観たい者などがそれぞれ声を上げ、騒然となる。


[えー続きまして……油井都市連盟、メフテルバード総督、タリク・ファラーヘル氏よりお言葉を賜りたいと思います]

[どうも。先程ご紹介に預かりました、メフテルバードの総督をしております、タリク・ファラーヘルと申します]


──きゃーッ!! タリクさまぁぁ♡

──こっち見てください!!

──いやん、目が合っちゃったわ♡

──はぁ!? 気のせいでしょ!

──ブスが調子乗るんじゃないわよッ!


「何だありゃ? すごい人気だな」


 何やら“砂漠の賢狼”なる若い男が壇上でマイクを握る。日に焼けた肌がよく似合う、エキゾチックな顔立ちのイケメンの男性だ。狼というのだから、強面コワモテのオッサンを想像していたが、全然違った。

 かなり有名人なのか、女性の人気が凄まじく、黄色い声が辺りに響く。


「ウェルタウンの大物ッス。アッチじゃかなりの人気みたいッスね。……ふん!」

「なんだキエル。もしかして、女に人気あるのが羨ましいのか?」

「違うッス! いや、違わないかも知れないッスけど……奴は、スカベンジャーにとって大敵なんスよ」

「大敵?」

「奴は10年ほど前に、メフテルバードっていうスカベンジャー達の街を征服してるんスよ。実は俺もその街の出身で、子供の時にローシュに避難したんスよね」

「なるほどな」


 総督……というのだから、軍か何かを率いているのだろう。10年前というと、おそらくキエルと同い年くらいか、もっと若い年齢の時に一つの街を攻め落としたという事になるか。

 賢狼という異名がある程には、頭がキレるのだろう。


[皆様が驚かれていたこの街の件ですが、まだ協議中で決まった訳ではありません。マックス市長は気の早いお方のようですね。ともあれ、この場に招待頂いた事は大変光栄です。楽しませて頂きますね]

[ありがとうございました! それでは、選手紹介に移りましょうッ!!]


──うぉぉぉぉッ! 待ってましたッ!!

──さっさとはじめやがれッ!!


[まずはやはり去年の優勝者、1号車のバッド・マックス選手!]

[ルインズランド最速、最良のマシンと謳われる、“ブラッキーインターセプター”の調子も良さそうです! これは期待大でしょう!]

[続いて────]


 選手紹介が始まり、会場は大盛り上がりのようだ。今回は、俺たち合わせて30両が参加するらしく、出場登録順に紹介されているみたいだ。


「すごい盛り上がってるな」

「レースは賭けにもなってるんスよ。……ああ、緊張して来た!」



   * * *



-同時刻

@サーキット 貴賓席


「やれやれ、連盟への加入は未だ協議中だというのに、困ったお方だ……」

「ハハハッ、良いのですよ! この街はもはや、そちらに加わっているようなものでしょう?」


 貴賓席にて、先程挨拶を済ませた市長と、タリクが会場を眺めながら会談をしていた。


「それより、バーディングにタリク殿をお迎えできて大変光栄だ。優勝する息子達も鼻が高いでしょう!」

「ご子息達も参加されてるのでしたね。しかし、不思議なことを仰る。まるで、ご子息達の優勝が決まっているような口ぶりだ」

「ふっふっふっ、何……息子達は何度も入賞している実力者ですからなぁ。今回の優勝も決まっとるという訳ですよ」

「……そうですか。ところで、例の生産はどうなっていますか?」

「ご心配なく、順調に進んでおります。期日までには、ご所望の量を納入できそうですよ」

「それは安心しました。……しかし、この街のどこにそんな設備が?」

「ふっふっふっ、それはこの街の行く末次第ですな」

「ふっ、なるほど」


──続いて最後の組!

──謎の格好に身を包む、謎の野蛮人達の登場だ!

──30号車、フェアウェルバージン号!

──ヒャッハーッ!!

──果たして、彼らはダークホースになるのでしょうか!?

──オッズはなんと、850倍に引き上がりました!

──誰が買うんでしょうかね? まあ、見守ってやりましょう!


「おや、最後の組の紹介が終わったようですね。……市長?」


 タリクが市長の方を向くと、何やら部下とヒソヒソと話している。


(おい、最後の組は聞いとらんぞ! 何者なんだ!?)

(き、期限ギリギリに受け付けた連中がいるようです……す、素性は分かりません)

(大丈夫なんだろうな!?)

(ご、ご安心ください。連中、頭がおかしいのか変な格好をしていますし、車も軽装です。すぐにくたばるのが目に見えてます)

(しかし、もしもという事もある。全員に、まずは奴等を吹っ飛ばすように伝えておけ!)

(ご、ご安心ください! すでにそのように手配しておりますので)


 部下はそう言うと、こそこそと貴賓席を後にする。


「……何やらお忙しいようですね?」

「え、ああいや……全く、祭事だというのに使えぬ部下で困りますなぁ、ハッハッハッ!」



   * * *



-同時刻

@サーキット


「「 ヒャッハーッ!! 」」


[果たして、彼らはダークホースになるのでしょうか!?]

[オッズはなんと、850倍に引き上がりました!]

[誰が買うんでしょうかね? まあ、見守ってやりましょう!]


「……アニキ、恥ずかしくて死にそうッス」

「俺だってそうだ、我慢しろ。それにしても、ひでぇオッズだな」


 選手紹介の際に、俺とキエルでヒャッハーアピールをする。正直、めちゃくちゃ恥ずかしいが、素顔をよく分からないヘルメットで隠しているのがまだ救いだ。


「注目選手は別にいるッスからね。賭札もだいたい、注目選手のしか買われてないッスよ」

「例の何ちゃらマックスとかいう連中か? ……それにしても」


 何やら怪しいというか、キナ臭い雰囲気を感じる。他の出場車両から視線というか、殺気のようなものを感じるのだ……。気のせいだろうか?


[続きまして今回の賞品の紹介です!]

[今回の賞品は、こちらになりますッ!]

[商品はなんと、砂漠で発掘された装甲車だッ!]

[これなら、来年のバーディングにも参加できそうですね!]


 実況や司会の掛け声で、観客席付近のクレーンが動き、吊り下げられた板の上に、一台の旧式の装甲車の姿があった。知る限り、大戦期に使用された装輪装甲車に酷似しているが……。


「す、スッゲェ……アレならバーディングに毎回優勝できそうッス!!」

「なんだありゃ、大戦期の骨董品じゃねぇか。もっとマシなの用意しろよな」


[続きまして、選手達の入場ですッ!]

[美女達の誘導の下、順番にグリッドへと並んでいきます。彼女達は勝利の女神か、はたまた死神か!? その微笑みがどちらの意味を持つかは、これから分かることでしょう!]

[なお、皆様ご存知かと思いますが、彼女達も商品になります! 優勝したチームは、好みの女性を一人一人ずつ、自分のものにする事ができるのです!]


 アナウンスと共に、扇情的な衣装を着た女達が10名ほどサーキットに現れると、木の板の様な物を持って、マシンを誘導していく。さながら、レースクイーンのような物だろうか。

 観客達……特に男性陣は、その様子に歓声や口笛などで迎えている。


「いよっしゃぁぁ、待ってましたッ!!」

「……」

「キエル、どうするよ!? いい娘いたか? どの娘がいい?」

「あ、アニキ……あれ……」

「ん? どうしたんだ……って、アレは!?」


 キエルが指さした方を見ると、そこには俺達が良く知る人物がいた……。


「か、カティアさん!? な、なんでこんな所に!?」

「カティア!? ……いや、待てよく見ろ!」


 その娘はカティアと似た背格好で、髪もカティアと同じ明るい栗色をしている。だが、よく見るとカティアとは違い、瞳は緑ではなく青色だし、心なしか胸も少し大きい様に見える。


《カティア。おいカティア、応答しろ!》

《な、何よヴィクター!? 賭札なんか買ってないわよッ!?》

《……その様子だと、買ったみたいだな》

《ぐっ……か、買ったけど、ヴィクター達の券だけよ! なんか余ってたみたいだし。それより聞いた!? オッズ850倍よ! 絶対勝ってよね!》


 カティアの奴……ギャンブルは辞めろとあれほど言っているのに。まあ、今回は俺達に賭けているようなので、許してやるとするか。

 それより、これで目の前の娘がカティアでは無い事は確定した。この世には、自分にそっくりな人間が、自分を含めて3人存在すると言われているが、本当なのかも知れないな。考えるだけでゾッとする。


「────あの……あの! 移動してもらってもいいですか?」

「ん? おいキエル、ボサっとすんな!」

「あ、えっと……はい」


 気づいたら、俺たちの番が回っていたらしい。偶然にも、例のカティア似の娘が誘導してくれるようだ。

 キエルは、その娘に見惚れていたのかボケっと惚けていた。憧れのカティアに激似の娘が、エロい格好をしているのだ。童貞には刺激が強いのだろう。


──ブロロロ……


「オーライオーライ……」


 しかし、カティア似の女の子か……悪くない。カティアは見た目だけはかなり良いし、正直これまで彼女を押し倒してやりたくなった事はない事もない。

 だが、その度に恩人のガラルドの顔が浮かんでしまう。だから俺は、カティアとは一線を超えないようにしている。


 ……いるのだが、そっくりさんならオッケーだろう。そう、カティアに似ているがカティアでは無いのだ。これなら、倫理的?問題が解決できる!

 カティア本人には出来ない、あんな事やこんな事をできてしまうのではなかろうか?


「もうちょっと前……はいストップ!」


 カティア似の娘は誘導を終えると、際どい衣装の尻を揺らしながら去って行った。


「おい、キエル」

「アニキ……」

「この勝負、絶対勝つぞッ!」

「ええ! ……じゃあ、いっちょやりますか!」

「おう!」


「「 ヒャッハーッ!! 」」



   * * *



-同時刻

@サーキット 観客席


「なるほど、ソレでヴィクター殿と会話しているんでありますね……。ウェルタウンの通信機より遥かに小型なのに、どう動いてるんでありますかね?」

「さあ。よく分からないけど、すごく便利よ」

「やはり、崩壊前のテクノロジーは凄いであります……。おや、あそこの女性、なんだかカティア殿に似ている気がするであります。ねぇ、カティア殿……おろ、どうしたんでありますか?」

「い、いや……なんか急に寒気が。ううぅ、ゾワゾワして気持ち悪い!」

「風邪とかひいてないと良いのでありますが……」




□◆ Tips ◆□

【ガンドッグ装甲車】

 バーディングの景品となった、装輪装甲車。

 世界大戦時代に製造された骨董品であるが、設計は当時としては優秀であり、当時の中戦車並の防御力を持たせつつ、高速かつ高い機動力を発揮できる。

 ただし搭載されている砲は、当時既に時代遅れになりつつあり、主要な仮想敵であるローレンシア製中戦車には太刀打ち出来ない状態であった。

 実戦では、偵察や軽戦車以下の車両との戦闘、対歩兵戦闘で猛威を振るった。

 崩壊後の世界では、距離が空いていればウェルタウン制式戦車の砲撃を防ぐ事ができる防御力を持つ。また、近距離で徹甲弾を使用すれば、ウェルタウン制式戦車の車体前面装甲を撃ち抜く事が可能な攻撃力を持つ。


[主砲] 53.5口径37mm戦車砲

[副武装]7.62mm口径機関銃

[モデル]スタッグハウンドMk.I

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