第207話 出場前夜

-夕方

@フードコート(食堂・酒場)


 市場を巡ること数時間……例のヒャッハー装備が売れる事はなかった。本来の目的である、ドッグハウスの為の部品やパーツなども探しはしたが、あまり良い物を見つける事はできなかった。

 結局、日が落ちて来たので近くにあるフードコートで飯を食べる事にした。このフードコートは、崩壊後もフードコートとして機能しているらしく、この街の食堂や酒場のような存在となっている。店内は多数の店やテーブルが並び、皆食事や酒を頬張っている。


 俺たちも、適当な店で料理を頼むと席に着いた。


「結局、売れなかったッスね……それ」

「こっちまで恥ずかしかったわよ、まったく!」

「クソ、なんでどこも引き取らないんだ。ジャンクパーツや、鉄クズを売ってるくらいだからこれもいいだろうが! こっちはタダでもいいって言ってるのに」

「ははは……ところで気になったのでありますが、タダでも良いならそこらに捨てればいいのでは?」

「「「 ……あっ 」」」

「た、確かに……なんで今まで捨てなかったのよヴィクター!」

「え、ええっ!? いや、多分捨てられない事情があるんすよ! ね、アニキ?」

「いや、確かに。最初からそうすれば良かったな」

「ええ……」


 レイネの言う通りだ……なんで、初めから捨てるという選択肢が思い浮かばなかった!?


 い、いや……マルロンからリグリアまでの旅は鉄道だったし、列車に乗ってる時にこのゴミを投棄する訳にはいかなかった。もし、線路に落ちたりしたら脱線の原因になりかねない。

 また、街中やその近くで投棄しているのを目撃されたら、捕まったり俺の印象が悪くなったり、街の住人とトラブルになる恐れもある。

 それにいくらゴミとはいえ、知人(ローザ)の作った物だ。捨てるという事に対して、何らかの心理的抵抗が生まれ、無意識の内に捨てるという選択肢を消していた可能性も────


「んな訳ないか。とりあえず、これの処遇は決まったな」

「つまり、さっきまでの時間は無駄だったって訳ね」

「そうでもないぞ? ドッグハウスに使えそうなパーツを探したりできたしな。まあ、こっちの方はダメだったが」

「やっぱり無駄じゃない」

「そうは言うが、カティアも結構楽しんでただろうが。それで、なんか良いものあったか?」

「いや、私は。けど、レイネは何か買ってたわよね?」

「はい、これを買ったであります!」


 そう言って、レイネは得意げに自分の得物である短機関銃を掲げる。コレットも使っていたルインズランドでは一般的な物で、特に変わりは無いように見えるが……。

 そんな事を思っていると、レイネは何やらナイフを取り出して、短機関銃の銃口に取り付けはじめた。


「これ、なんとこうして銃剣を取り付ける事ができるんであります!」

「へぇ、面白いわね」

「全長の短い短機関銃に銃剣……銃剣格闘には向かないんじゃないか?」

「でも、レイネさんなら上手く使いこなせそうッスね!」


──バンッ!!


『酒だッ! 酒をもってこいッ!!』

『飯だッ! 飯をもってこいッ!!』

『女だッ! 女をもってこいッ!!』


 食事を取っていると、何やらフードコートの入り口が騒がしくなった。3人の大男と、それの取り巻きと思われる男達が、何やら先に座っている客を押しのけたり、料理を先に出すように要求しているようだ。


「何よあれ、気分悪いわね!」

「か、カティアさん静かに! あの人達は、たぶんマックス三兄弟ッス!」

「誰だソイツらは?」

「確かこの街の支配人の息子達……だったでありますね」

「そうッス。あの、いかにも悪人って顔した男が長男の“バッド・マックス”。そして、あのでっぷりとした巨漢が次男の“デッド・マックス”。それから、あのいかにもジゴロで女を泣かせてそうな男が三男の“サッド・マックス”ッスね」

「何だそりゃ」

「変な名前ね」

「そんな名前でも、あの人達は兄弟で何度もバーディングに入賞してる実力者ッスよ!」


 三兄弟は、周りをメチャクチャにしながら飯を食らったり、通行人に暴力を振るっている。こういうのは、絡まれないうちに退散するに限る。


「よし、さっさと食って出よう」

「そ、そうッスね!」



   * * *



-その夜

@ヴィクター達の宿


 食事を済ませた俺達は、本日の宿となる遊園地の敷地外に敷設されたテントにて、装備の点検などを行っていた。


「バーディングって、相手の車両を吹っ飛ばしても問題無いんだよな?」

「そうでありますね。むしろ、それが客の楽しみでもあるので……。レースの順序とは別に、最多キルの選手は表彰されるくらいであります」

「へぇ、ヴィクターならできそうじゃない?」

「なんか色んな奴に恨まれそうだな、それ……」


 バーディングは、賭けの対象にもなっているらしい。他の出場者を潰し回ったら、色んな奴等の怨みを買う事になる。

 だが、優勝の為にやらねばならなければ、躊躇はしない。美女とのベッドインが待っているのだ、何としても勝たなければ……!


「そういやレイネ、その無反動砲借りてもいいか? 砲弾もいくつか持ってきてたよな?」


 俺は、レイネが持ってきた無反動砲を指差す。


「ケラウノスでありますか? そ、そうでありますね……いや、しかし……」

「ん? 悪い、何か都合悪いかったか?」

「この武器は、一族秘匿の必殺兵器であります。使う時は、相手を必ず仕留められる時にしか使うなと言われておりまして……特に、ウェルタウンに知られてはならないと一族で厳命されているであります」


 なるほど。敵に自分達の武器の性能を知られていないほうが、有利に戦えるのは常識だ。相手にとっては未知の武器や兵器は、対策や対応が難しくなるからだ。

 そういえば、レイネはこの無反動砲でウェルタウンの戦車を一撃で撃破できると言っていた。対策されると厄介だし、そんな兵器を持っていたら敵に目をつけられてしまうのだろう。

 バーディングには、各地の人間が集まってくる。当然、そのウェルタウンとやらの人間もいるはずだ。


「なるほど。しかし、市場で売ってた武器じゃ頼りない……さて、どうするか」

「あっ、いい事思いついた!」

「なんだよカティア?」

「それよそれ! 要は正体がバレなきゃ問題ないのよね? だったら、それを着て正体を隠せばいいんじゃない?」


 カティアはゴミ……ことヒャッハー装備を指差しながら、そんな事を言い出した。


「な、なるほど確かに。それなら問題は無いかもしれないでありますね……」

「はぁ? いや正気かレイネ!? 俺は嫌だぞ!」

「ほらほら、いいから着てみなさいよ!」

「アニキ、勝つ為には仕方ないッス!」

「カティア、テメェ楽しんでやがるな!? キエル、そうなったらお前も着る事になるんだぞッ!!」



    *

    *

    *



 何だかんだ言いつつ、俺はいつぞやのようにトゲトゲの肩パッド付きの革ジャンに革ズボン、同じくトゲトゲしい外観の装甲が着いたブーツ、よく分からないフルフェイスのヘルメットを被る。当然、革ジャンは上裸の上に直接羽織る。

 この格好は非常に気に入らないが、他に強い武器を用意する手立ては無い。勝率を上げるため……いや美女とのベッドインの為に、ここは恥を忍ぶべきだ。


「アハハハハッ! ヴィ、ヴィクター、ヒャッハーって言ってみてよ、ヒャッハーって!」

「……ヒャッハー」

「アハハハハッ! く、くるしぃ、アッハハハ! れ、レイネもハハッ、笑っていいわよ!」

「……」

「ん? おいレイネ、大丈夫か?」

「……はッ!? ななな何でも、じゅる……無いです! ああいや、でありますよ!?」


 何やらレイネの様子がおかしい。俺が着替えてから、どこか上の空というか、ぼーっとしているというか気が抜けた感じなのだ。だらしなく口まで開けて、よだれが垂れそうにもなっている。

 体調が悪いのだろうか? 脳の病気とかではないと良いのだが……。


「レイネ、一体どうしたのよ?」

「どうした、体調悪いのか?」

「い、いえ。ヴィクター殿の腹筋が凄くて、つい……♡」

「「「 はぁ? 」」」

「この彫りの深さ……ああ、まるで彫像のようでありますぅ♡ 」

「た、確かにアニキってバキバキッスよね……」

「ヴィクター、普段から鍛えてるしね」

「はぁはぁ、ヴィクター殿ッ! さ、触ってもいいでありますか!?」

「俺の腹を触りたいのか? ど、どうぞ?」

「も、もう辛抱堪らんでありますぅッ! んお゛っ、これやっべぇ!!」

「「「 …… 」」」


 普段のレイネからは想像できないような蕩けた顔と、獣じみた声を上げながら、彼女はペタペタと俺の腹を触る。


「れ、レイネさんのああいう顔、初めて見たッス……」

「そ、そうね……見なかった事にしてあげましょう?」

「そ、そうッスね! 人それぞれ、趣味は違うッスからね……」

「レイネ、力を入れるともっと凄いぞ?」

「ふぁっ!? ほ、本当でありますか!?」

「ちょっとヴィクター!?」

「いいからいいから……いくぞレイネ、ふんっ!!」

「おっほぉぉッ!? しゅごいでありますぅぅ♡」

「……私、外で星空見てくる」

「お供するッス……」



   * * *



-2日後 朝

@ドラゴンズネスト メインストリート


 レイネが極度の腹筋フェチという事が判明したが、あれから2晩、腹筋だけでなく全身ベタベタと触られまくってしまった。女性に身体を褒められるのは、とても嬉しいものだ。普段からトレーニングしておいて良かった。

 ともあれ、そのおかげか例の無反動砲……ケラウノスを借りる事ができそうだ。

 ただし、俺とキエルが例のヒャッハー装備を着て出場する事が条件だ。不本意ではあるが、勝率が上がるならやれる事はやるべきだろう。


 さらに、レイネ達リュミエール一族が作製した兵器の試作品をいくつか貰った。例の“祝福”とやらを爆燃させて、辺りに毒ガスをばら撒く手榴弾らしい。

 この前の、デメテルの輜重部隊襲撃時の戦法を参考にして、レイネが一族に開発を命じていたらしい。あまり期待はしていないが、使える物は使わせてもらおう。


──ドンドンッ!

──ドラゴンブレスだよ、ブレスユー!

──ゴォォォォッ!

──おおおおッ!!


 そしてバーディングを当日に控えた俺たちは、何やらパレードが行われるという事で、このメインストリートにやって来た。そういえば崩壊前も、ここでパレードを行っていたらしい。

 このパレードは、この遊園地のマスコットキャラクター……ドラゴンの女の子、ニーズちゃんだったか? その山車だしがパレードの先陣を勤め、口から火炎を吹き出して観客を沸かせている。その火炎は、離れていても熱さを感じるほどだ。


「すごいすごい!」

「そんなに凄いか? モルデミールの連中が、AMで火炎放射器使ってたろ」

「もう、夢がないわねヴィクター! それとこれとは違うでしょ!」


 これだけ見れば、崩壊前のパレードと大差ない様に見えるが、そうはならないらしい。ドラゴンの山車の後には武装した男達が整列しながら行進を続けている。昨日、検問をしていた連中と同じ格好をしているので、この街の自警団か何かなのだろう。

 そしてその後ろからは、何やら豪華なトラックの様な車が続く。その豪華な荷台の上には、デップリとした腹を持つ禿頭の巨漢が、これまた豪華な椅子に座りながら、観客に手を振っている。


「何だあのオッサン?」

「この街の市長、ハラーガ・マックス氏でありますね」

「いつもながら、派手ッスね……」


 どうも、あのハゲデブはこの街の市長だったらしい。あの腹を見る限り、この街は相当潤っているのだろうな。


──ザッザッザッ!

──キュラキュラキュラキュラ

──ザワザワ……


 例の豪華なトラックの背後から地響きと共に、戦車と武装した男達が行進を続ける。先程の自警団とは制服が違い、こちらの方が統率が取れていれるように見える。


「なっ……あ、あれはウェルタウンの部隊!? これは一体、どういう事でありますか!」

「ウェルタウンの戦車まで!?」

「なんだ、何かマズいのか?」

「この街は中立の筈であります! どの勢力にもくみしないという昔からの取り決めが、これでは────」

「ドラゴンズネストは、ウェルタウンの勢力下って言ってる様なもんスね……」


 よく分からないが、この街がこれまで貫いてきた中立を解除して、ウェルタウン側に着くらしい。

 そもそも、中立を保つというのは難しいものだ。歴史的にも数多の中立国が生まれては、消えていった。強大な勢力と手を組むというのは、生存戦略として不思議な事ではない。

 とはいえ、キエルとレイネにはショッキングな出来事らしく、周りの観客達も動揺しているようだ。


「なんかキナ臭いわね……」

「そうだなカティア。いつでも逃げれるよう、荷物はまとめておこう」

「バーディングを終えたら、さっさと帰るであります」

「まずは、生き残るのが先ッスけどね……」

「おいキエル、何弱気になってんだ! 優勝だろうが! 美女とのベットインが待ってんだよ、こっちは! お前も童貞卒業したいんだろ!?」

「そ、そうッス! よ、よし……頑張って童貞卒業するぞ!!」

「さいてー」

「もっと他の事を頑張った方が良いと思うでありますが……」





□◆ Tips ◆□

【サンドストーム レイネ仕様】

 レイネの使用する短機関銃。接近戦が得意なレイネに合わせたカスタムが施されている。

 第二次ローシュ防衛戦時の経験から、より近接戦闘能力を高めるべく、ドラゴンズネストで販売されていたヒートジャケットに換装し、専用の銃剣を装備できるようになっている。標準装備の折り畳み式のストックは取り外しており、取り回しを良くしている。


[使用弾薬]10×22mm弾

[装弾数] 30発

[発射速度]550発/分

[有効射程]150m

[モデル] スターリングSMG Mk.4+No.5銃剣

[使用者] レイネ




【ベネディクションボム】

 スカベンジャーズのリュミエール一族の手により開発された、携行式化学兵器。

 デメテルのゆりかごにより使用されている危険な薬物「祝福」を燃焼させ、その煙と粉塵を周囲に拡散させる事で、範囲内の敵に急性薬物中毒を誘発させて無力化する恐るべき兵器。外観は小型のガス缶のような見た目をしており、安全ピンを引き抜き、投擲する事で撃針が起動して時限信管を打撃、炸裂する。

 製造は容易であり、一定量の祝福と焼夷剤、

炸薬から成る。

 デメテルのゆりかごの輜重部隊を強襲した際の経験から、レイネが製造を命じた事で作成された。通称、「祝福爆弾」。




【連盟制式戦車】

 油井都市連盟……通称、ウェルタウンによって運用されている戦車。

 元はアメリア連邦製の中戦車であり、世界大戦時代に大量生産され、世界中に貸与・供給された代物。これらが大量にモスボール保管されていた戦争博物館と、戦車保管施設がウェルタウン勢力圏に存在しており、これらの跡地から発掘された物を、ウェルタウンがレストアを施して使用している。

 巡行速度は速くはないが、幅広の履帯と安定したサスペンション、信頼性の高いエンジンを持ち、悪路走破能力が高い。全高も高く、広い視界・射角が確保でき、砂漠のルインズランドに合致した性能を誇る。

 しかし、所詮は大戦期の骨董品でレストアにも限度があり、装甲の劣化や、砲の命中精度の低下が見られる。

 弱点は車体側面であり、装甲が薄い上に、その裏に弾薬庫が設けられている為、被弾時に誘爆を起こしやすい。また、成形炸薬弾などには非常に脆弱である。


[主砲] 40口径75mm戦車砲

[副武装]7.62mm口径機関銃

[モデル]M4中戦車(M4A1E8)

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