第205話 暗躍
-ローシュ防衛戦後 夜
@レイネのテント
ローシュにある、リュミエール一族へとあてがわれた区画の中心……族長のものとして使われているテントの中で、レイネは今日の自らの行動を反省していた。
「……何をやっているでありますか、自分は」
デメテルの巫女が目に入った瞬間、湧き上がる怒りを抑える事ができず、暴走してしまった。代々続く言葉も忘れ、乱暴な言葉も吐いた。
あの時は、心強い味方(ヴィクター)がいたから良かったものの、そうでなかったらどうなっていただろう?
リュカオンを4人同時に相手取るなど、自分にはとても無理だ。
ならば、リュカオンを避けつつ巫女を捕縛するか……いや、怒りに任せて巫女を殺していたかもしれない。それに、リュカオンを突破しつつ巫女を連れ帰るのもできるか怪しい所だろう。
手間取っている間に自分がやられて、仲間もやられ、ローシュは滅亡していたかもしれない。
「自分は、まだまだ未熟者でありますね。レイナ様……は、確かこの辺に」
レイネは荷物を漁ると、古ぼけた写真立てを取り出す。中には、連合軍の軍服を着たレイネそっくりの女性が中心に写った、古い集合写真が入っていた。
「あった。レイナ様、どうか自分にお力を……!」
──ブロロロロ……
──カシャン!
レイネは写真立てを机に置くと、祈りを捧げる。その時、テントの付近をトラックのような大型車両が通過したのか、地面が揺れた。その揺れで写真立てが倒れてガラスが割れ、中の写真が飛び出てしまった。
「ああ、しまったであります! ……んん? この写真、折り畳まれているでありますね?」
飛び出てきた写真を手に取ったレイネは、それが折りたたまれていた事に気がつくと、写真を広げる。
見ると、表にはレイナ同様に軍服を着た男女が写った集合写真と、裏には『士官学校卒業式』という文字。そして、『ウジ虫卒業!!』『BFF』『配属先が違っても友達だよ!』などの文言や人の名前と思しきサインが多数書かれていた。
「何でありますか、これ? それに、写真にも続きがあったなんて……って、これは!?」
写真を眺めるレイネは、その中のある人物に目を奪われた。
楽しげな笑顔の女性陣と対比するように、どこか生気を失った目と感情のない表情の男性陣……その中で、唯一苦笑いを浮かべた一人の男。その男に見覚えがあるのだ。
「こ、これは……まさか、ヴィクター殿!? い、いやそんな筈は……」
そう、その写真は連合軍士官学校の卒業写真だったのだ。当然、レイナの同期であるヴィクターも写っていた。
「まさか、先日言っていた崩壊前の出身というのも本当なのでは……」
そんな事を思い始めた彼女の目に、写真の中のレイナの姿が映る。そしてしばらくの後に、何かを悟ったような顔をする。
「……はっ! そ、そういう……事なのですね、レイナ様」
そう呟くと彼女は、その場に膝をつくと祈りを捧げ始める。
「ヴィクター殿……あの方が自分を、いや我らを導いて下さるに違いない……!」
* * *
-同時刻
@ローシュ ヴィクターのテント前
「ちょっと、そんなに落ち込まなくても良いでしょ?」
「……カティアさんには、どうせ俺の気持ちなんて分からないッスよ」
「わ、悪かったわよ振って。でも、ごめんなさい。私には決めた人がいるから……」
「……それで、その人は今何してんスか?」
「言わせないでよ、そういうとこモテないわよ」
「くぅぅ、モテる奴はモテて、モテない奴はとことんモテない……世の中理不尽ッスよ!」
満点の星空の下、傷心のキエルを慰めるカティア。その二人のもとに、一人の小さな女の子が近づいて来た。
「カティアねぇたん」
「あら、こんな時間にどうしたの? 一人で来たの?」
「うん……あのね、ママたちまだおちごとしてて。わたち、おねんねできないの」
「その子、リュミエール一族の子ッスね。そういえば、皆なんか総出で作業してたッスけど、何か作ってるんスかね?」
「そう……寒いでしょ? ほら、こっちおいで」
「うん!」
カティアは、自分のポンチョの中に女の子を招き入れると、彼女を包み込む。
「カティアねぇたん、おうたうたって! おひるねのときの!」
「子守唄? 分かった」
カティアは、女の子を抱きながら静かに歌いはじめる。すると、女の子はカティアの胸の中ですぐに寝息を立てはじめた。
「むにゃ……うん……」
「〜〜♪ ふぅ、寝ちゃったわね。おやすみなさい」
「か、カティアさん凄いッスね!」
「きっと元々眠かったのよ。でも、今朝の戦いで不安になって眠れなかったのね。母親も一緒にいれないみたいだし」
「いや、カティアさんの歌の方ッスよ!! なんなんスか、カティアさんは天使か女神様ッスか!? 上手いってもんじゃないッス、なんか俺感動したッスよ!!」
「ちょっと、褒めても振ったことは取り消さないからね」
「い、いやそんなんじゃ────」
キエルの言う通り、カティアの歌声はかなりのものだった。普段は変な歌を作ったり(お頭危機一髪の一件)しているが、歌声自体はかなりのものだった。
もっとも、普段はそのあんまりな歌詞から褒められる事はこれまで無かったが……。ただ、小さな子供向けに歌う子守唄などの“ちゃんとした”歌であれば、その能力を遺憾なく発揮するのであった。
「……なんか、急に恥ずかしくなってきた。キエル、今の事は忘れて! それより、この子寝かせてくるから。おやすみ」
「あ、ちょっとカティアさん!? 行っちゃった。本当なのに……」
* * *
-同時刻
@ローシュ ヴィクターのテント
「ふぅ……久々にいい汗かいたって感じだな!」
「はぁ、はぁ、はぁ、しつこい……のよ、まったく♡」
熱気の籠るテントの中、2人の裸の男女が情事を終えて、息を整えていた。ヴィクターとコレットである。
「も、もう満足したでしょ? ちょっと、どいて───」
「ん、何言ってるんだ? こっちはしばらくヤれてないんだ、もっと付き合ってもらうぞ」
「はぁ、何回やる気なのよ!? 待って、その前に……アンタ、これからどうする気なの? このまま、ここに残る気じゃないんでしょ?」
「ああ、もちろんだ。何度も言ってるが、車が直り次第出ていくつもりだよ」
「……そう」
「コレットの方こそ、どうするつもりなんだ? 俺とカティアは、お前がここに残るんじゃないかって話してたが」
「わからない。けど、もう私は出ていけそうにないね」
「だろうな。まあそれはそれとして、再戦といこうぜ!」
「なっ、まだ話は───」
「話をするのは、今までの借りを返してからにしてもらおうか!」
「あっ、ちょ……んんっ♡ このケダモノ!」
それから、テントからは夜通し女の嬌声が響いた。
* * *
-同時刻
@ローシュの外れ トーチカ内
「さ、寒い……凍えそう……」
ローシュの外れ……かつてウェルタウンとの戦いで使用されていたトーチカにて、一人の少女がボロ切れに
寒がる彼女の傍には、固くなったパンとスープという質素な食事が載ったトレーが置かれていた。
彼女はドッキリ処刑体験の後、激しい尋問を受け、その心身は疲れに疲れ切っていた。その為食欲など湧くはずもなく、とても食事に手を付ける事はできなかったのである。
「……くない、私は悪く無い……私のせいじゃない」
彼女は自身が今まで信じていたものを砕かれつつあり、自分のせいで死んでいった者達に対する罪悪感に苦しんでいた。
罪には罰が付きものだ。罰を受けて罪が消えるのであれば、甘んじてそれを受けるべき。そう思うにも関わらず、少女の生存本能はそれを許さず、罰を受ける事を拒んでいた。
「やだ……痛いのも怖いのも、もう嫌だよ……」
エレナは震えながら涙を流す。
自分が犯した罪はあまりにも重い。あれから彼らの自分を見る目に籠る殺気を感じる様になって、まるで針のむしろに座らされている気分だ。そんな彼らが、自分をこのまま生かして置くはずがない。いつかは────
「嫌だ、死にたくない……死にたくない……」
──チュウ!
「な、何……?」
エレナが物音に反応し、自分がいるトーチカの隅を見ると、1匹の大きなネズミがこちらを見つめていた。
「ネズミ……? や、やだ! あっち行ってッ!」
「チュッ、チュッ!」
「な、何? ……もしかして、これが欲しいの?」
エレナは床に散らばる砂を集めて、ネズミに投げつけて追い払おうとするが、ネズミはしつこくこちらを眺めている。いや、正確にはエレナが手をつけていない食事を狙っているのだろう。
それに気づいたエレナは、パンを千切るとネズミに向けて投げた。
「ほら、あげるからどっか行ってよ!」
「チュウ!」
「……こうして見ると、意外と可愛いかも」
ネズミはパン屑を両手でつかむと、美味しそうに頬張る。いや、そのように見えた。
(エレナ、お願いだからいい子にしててね? いい子にしてれば、酷い事しないって)
ネズミがパン屑を頬張る姿を見て、希望が湧いたのだろうか? エレナは昼間にカティアに言われた事を思い出すと、手に持ったパンを口にして、冷めたスープを頬張った。
まだだ……まだ、自分は生きている。自分を殺すなら、昼間に処刑していたはずだ。いや、そうに違いない。自分には、まだ利用価値があるはずだ。
カティアの言った通り、彼らの言うことを聞いていれば、生かしてもらえるかもしれない。
「そう……そうよ、大丈夫。私は大丈夫なんだ、そうに違いない」
「チュウ!」
「まだ欲しいの? ほら、食べてね」
「チュルル」
明日からは、言葉や態度に気をつけて過ごさねば……。そう思いながら、眠りにつくエレナであった。
「へくちっ! うぅ、寒い……」
* * *
-同時刻
@ローシュ 酋長のテント
「それで、嬢ちゃんがギルドの使いってのは本当なのかい? それにしても、随分と若いじゃないか」
「はい、特務執行官のアンナと申します。ギルドマスターに代わり、以後お見知り置きを」
ローシュの長であるミルダのテントに、1人の訪問客があった。ある時はリグリア支部の受付嬢で、ヴィクター達の行方を追っていたアンナである。
「で、ギルドがローシュに今さら何の用だい? 何十年も前に、交流は途絶えた筈だよ」
「そうですね。ですが、こちらも現在問題を抱えていまして」
「ウェルタウンかい? おたくらの列車を襲ってるんだってね?」
「はい。ですから、昔のように協力関係を築きたく参りました。お互いに利害は一致するかと……」
「利害? 何を言ってるんだい? 確かにローシュは昔、ウェルタウンと戦った事はあるけどね。今は無関係だよ」
「無関係? 本気でそう言っているのでしたら、リーダー失格でしょうね」
「……生意気な小娘だねぇ。まぁ、聞こうじゃないか」
アンナとミルダ婆さんの、政治的な駆け引きを含んだ会話が続けられる。
「……昼の戦いはすぐに、ルインズランド中に広まる事になるでしょうね。こちらの情報では、ウェルタウンの偵察員が戦場を監視していたようですし」
「なるだろうね」
「となると、この機を逃すまいとウェルタウンはローシュに攻めてくる可能性は高くなりませんか?」
「確かに、ウェルタウンは昔ここに攻めて来たけどね。さっきも言った通り無関係、今はお互い無干渉だよ」
「本当にそうでしょうか? ウェルタウンは、勢力拡大の真っ只中にあります。そんな連中が、デメテルの大軍を相手に勝ったローシュを捨て置くでしょうか? しかも、戦いの後で疲弊しているであろう相手を。奴らにとって、攻めるなら今が好機では?」
「……」
「ウェルタウンは、ギルドにとっても看過できない敵です。お互い、共通の敵に対処する為に手を結びませんか?」
「だったら、昼の戦いにも手を貸して欲しかったね。見てただけってのはいただけないねぇ」
「ああ、勘違いして貰っては困ります。我々としては、無理にあなた方と手を結ぼうとは思っていませんので」
「なんだって?」
「先の戦いでローシュが滅んでいたら、それはそれで我々ギルドだけで敵に対処するだけです。たまたま、以前協力関係にあった組織が生き残ったので声をかけたまでのこと」
「なっ……」
「それに、まさか勝てたのは自分達の力だけだと本気で思っている訳ではないですよね?」
「……どういうことだい?」
「しばらく前から、こちらに“V”……ヴィクターという名前のレンジャーが滞在していると思いますが」
「あの男は、ウチの孫娘の婿だ。アンタらに関係は────」
「ぷっ、冗談でしょう? お孫さん、コレットさんでしたっけ? その方が、これまで何をしてきたか知らない訳じゃないでしょう? 彼はその制裁をしていたに過ぎません」
「……」
「彼はギルドマスターの命を受けて、各地のいざこざを平定して回ってもらっている所です。彼がいなければ、ローシュは今頃滅んでいたのでは?」
「そ、それは……」
「まあ、今後の身の振り方を十分に考えておいて下さいね。それでは、私は彼らを追跡する準備をしなくてはなりませんので」
「追跡?」
「バーディング……でしたっけ? あれに参加するのでしょう? それに、色々と仕入れたい物もおありのようですし」
「全部お見通しって訳かい」
「それでは、良い返事を期待していますよ」
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