第204話 邪教の魔女の死

-数十分後

@ローシュ 最終防衛線


『おい、巫女様だ!』

『巫女様!』

『おお!』

『おい、異教徒と一緒だぞ!?』

『どういうことだ? 御座に凱旋されたのでは?』

『巫女様、今お助けしますぞ!』


 ローシュの最終防衛線……先程まで激戦が繰り広げられていたこの場所に、捕虜となったデメテルのゆりかごの者達が集められていた。そこへ、巫女エレナが監視役のローシュの男に連れられて、捕虜達の前に引き出された。


(ほら、言われた通りさっさとやれ!)

「は、はい……皆、此度はよく戦ってくれました! ここにいる者達は改心し、今より我らと共に働く同胞となったのです!」

『おお、そうだったのですか!?』

『我らが勝ったと聞いたのに、このよく分からない状況で混乱したが、奴らなりの歓迎だったのだろう』

『改心したとはいえ元は異教徒……生まれた時から信仰を続ける我らと比べ、まだ未熟なのだろうな』


 混乱していた捕虜達は巫女の言葉を聞くと、勝手に自分達でこの状況を解釈しはじめ、何故か納得をはじめる。薬物の影響か、生まれた時からの独自の教育の賜物か、彼らに深く考える力は備わっていないようだ。

 だから、目の前の巫女の足下に逃亡防止用の鎖がつけられていたり、何故か着ている服がボロボロに破れていたり、身体中に痣や傷がある事にも、また同胞となったはずの者達から浴びせられる殺気の籠った視線にも気がつく事は無かった。


(チッ……なんか、イラつくなぁ)

(ヒィッ!?)


 その様子を見た監視役は、エレナの肩に置いた手の人差し指をトントンと叩きはじめる。男の手から感じる殺気のような圧に、エレナはビクッと体を震わし、冷や汗を流し唾を呑み込むと再び捕虜達に語りかける。


「こ……これよりお前たちには、同胞達の亡骸を弔ってもらいます! 戦いで散った同胞達を、自然に帰してあげましょう! お前たちには先に帰還した者達よりも、祝福を多く授けます!」

『『『 おおっ!! 』』』

『『『『 自然回帰ッ!! 』』』』

『うむ、散った同胞達を自然に帰すのも立派な務め!』

『祝福だ! 祝福が得られるぞッ!』

「ほら、こっちだ! 全員、ここに並べッ!」


 エレナの言葉に捕虜達は歓喜すると、ローシュの者達により整列させられていった。



   *

   *

   *



「ほら、次はこっちだ!」

「もっとテキパキ動けよ!」


 捕虜達はローシュの者達に率いられ、先ほどの戦場に散らばる同胞達の死体を片付けていく。積み重ねた死体の山は、次々とトラックや荷車などを使ってどこかへ運ばれていく。

 ちなみに、捕虜達の前で重機などを使用したり、警備に銃器を装備したり、死体の運搬にトラックなどを使用しているが、巫女に「悪魔を調伏した」だの「これは許されている」と言われると、何の疑問も抱かないようだ。


(うっ、酷い臭い……ん、待って。この状況……異教徒に従う必要はないのでは?)


 エレナは辺りに立ち込める、人の肉の焼ける異臭や有毒ガスの残り香に顔をしかめると、気がついた。目の前には大軍とまでは言えないものの、それなりの数の味方がいる。武器は没収されたようだが、全員で反旗を翻せばこの状況をなんとかできるのではないか?

 そう考えると、先程の仕打ちに対して怒りが湧いてくる。


(エレナ、お願いだからいい子にしてね? いい子にしてれば、酷い事しないって)

(ふん、何がいい子だ。異教徒風情の戯言に耳を傾けてしまうなんて……)

「みんな! 聞い───」

「勝手に喋るなッ!」

「あがッ!?」


 皆を扇動しようと声を上げようとしたその時、見張りの男が素早くエレナに駆け寄ると、その腹に拳を叩き込んだ。

 今まで感じたことの無い、身体の芯が揺れる衝撃に膝をつくと、込み上げてきた物を地面に吐き出した。


「オエッ!! んべっ……はぁはぁ、痛い、気持ち悪い……」

「チッ、汚ねぇな……勝手に喋るなって言っただろうが! 痛めつけないと分からないのか!?」

「ヒィッ! や、やめて! 言うこと聞くから!」

「だから、喋るなつってんだろうがッ!」

「あああああ痛い痛いッ、離してッ!」


 男はエレナの髪を掴むと、それを引っ張り上げた。その様子を見て、今度は柔和な雰囲気の男が近づいて来て、見張りの男をいさめる。


「おい、何を騒いでるんだ?」

「チッ、コイツが勝手に喋ろうとしたんだ」

「そうだったのか。だが、もう充分だろ? おさからも過度な暴力は禁止されてるはずだ。違うか?」

「……ああ」

「お前は確か、バレリオだったか? リュミエール一族の者だったな。気持ちは分かる……向こうで、選別せんべつが始まるから交代しないか? 頭を冷やしてくるといい。そんな所を奴らに見られたら疑問を抱かれてしまうぞ」

「ああ……そうだな。そうするか。すまないな、恩に着るよ」

「なに、気にするな。同じスカベンジャーの仲間じゃないか」


 柔和な男の説得により、見張りの男……バレリオはエレナから手を離すと、どこかへ立ち去っていった。


「うう、痛いぃ……もう痛いのやだ……」

「まあ、これに懲りたら変なことは考えない事だね。それから、言葉使いも気をつけた方がいい。そんなんじゃ、さっきみたいに彼らを逆撫でしてしまうよ?」

「……は、はい」

「ナセルさん、こっちの選別終わりましたよ!」

「おお、お疲れ。あれ? 残す方は、現場で作業させてていいよ」

「いや、こっちはそうじゃなくて……」

「うん? 見た感じ、皆健康そうだけど?」

「それが……」


 柔和な男はナセルというらしい。彼は何かのリーダーだったらしく、その部下と思しき男が、捕虜の男達を数名引き連れて来た。


『巫女様! こんなの絶対おかしいです!』

『悪魔を調伏なんて、そんなの聞いた事ないですよ!』

『本当に異教徒を改宗させたのですか? あまりに教義と反してると思います!』

『教えはどうなってるんだ! 教えは!』


「……とまあ、こんな有り様で」

「なるほどね、そりゃ仕方ない」

(これは……この様子だと、彼らを使ってこの状況を打破できる? いや、でも……)

「それじゃあ、巫女の嬢ちゃん。彼らにこう伝えるんだ───」

「えっ?」

「さあ、やっておくれ。わかってるよね?」

「は、はい……」


 冷静になって考えると、たかが数人でどうにかなるとも思えない。異教徒共は、銃とかいう悪魔の道具を用いる。彼らだけでは、すぐに制圧されてしまうだろう。

 それに他の者達を扇動しようにも、先ほどまでと状況が変わり、大多数の同胞は他の場所に分散して作業しており、それも難しい。

 それに……もし失敗したら、また痛い目に遭うだろう。もう痛い思いは嫌だ!


 ここは、大人しく従うふりをして機を待つべき。そう考えたエレナはナセルの言葉に従い、反感を抱く捕虜達に語りかける。


「か、彼らはまだ改宗の儀式が済んでいないのです」

『改宗の儀式?』

『何だそりゃ?』

『聞いた事ないぞ』

「お前達は、その事に気がついた信心深い信徒です。今からお前達には、儀式の準備をしてもらいます。お前達の深い信仰心を彼らに示し、教えを広めるのです」

『『『 …… 』』』

(さらに元気よくこう言うんだ────)

「えっ? ……お、お前達には他の者達より先に、自然と同化し祝福に満ちた楽園へと導いてあげましょう!」

『『『 おお! 』』』

「よし、儀式の準備をするぞ!」

「向こうの砂丘の方へ移動するんだ!」


 エレナがそう宣言すると、捕虜達は満面の笑みを浮かべながら、どこかへ連行されていく。


「さて、“儀式”までは時間があるからね。嬢ちゃんにも、片付けを手伝ってもらうおうかな」



  * * *



-数刻後

@最終防衛線 戦鬪跡


「うっ……ここも酷い匂い」


 反抗的な捕虜達がどこかに連行された後、エレナは先程まで戦闘が行われていた地点に連れて来られた。周りには、同胞達の焼死体と見られるものが転がっており、異教徒達がそれを片付けている。

 辺りには、焦げた死体と祝福、油などの香りが混ざった不快な匂いが漂っており、先程より強く感じる。


「さあ、嬢ちゃんもそんな嫌な顔してないで手伝ってくれ」

「えっ……な、何をすれば?」

「何って、彼らを弔ってやるのさ。嬢ちゃんのお仲間だろ? 彼らも、嬢ちゃんに弔ってもらった方が嬉しいだろうしね」

「わ、私がそんな汚い事を?」

「はぁ……嬢ちゃん。温厚なおじさんでも、流石にそれは怒るよ?」


 エレナの言葉を聞き、柔和だったはずのナセルの雰囲気が突如として凍りつく。そして間を開けて発せられた彼の言葉に、エレナは冷や汗をかき、急いで取り繕う。


「ひっ……ど、どうしたらいいですか!?」

「転がってる遺体を、あそこに集めるんだ」


 ナセルが指差す方を見ると、同胞のものと思われる死体が、トラックや人力で次々と運ばれて、山になっていた。


「あそこにひとまず集めて、後でまとめて埋めちまうんだ。弔うにも、こうも数が多いと大雑把になっちまうが……仕方ないな」

「……」

「さあ、嬢ちゃんも働こうか!」



   *

   *

   *



「ふんっ、ぬぬぬぬぬぬ! お、重いぃ〜!」


 あれからしばらく、エレナは同胞の遺体を運ぶのを手伝っていた。といっても、少女の身体……それも、特にこれまで身体を動かすような事をしていない身には遺体は非常に重く、とても一人で運ぶ事はできなかった。

 それに、遺体に触れるという事に対する嫌悪感や忌避感で、腰が引けていた。


「やれやれ……俺の娘が嬢ちゃんくらいの時は、そのくらいの重さの荷物を運ぶくらいはできたよ?」

「そ、そんな事言われても! それに、臭いし重いし汚いし……」

「おい!」

「ひっ!」

「さっきから何なのかな? コイツらは、嬢ちゃんの指示で戦ったんだぞ? それを汚い? ちょっとおじさんも怒りたくなってきたな」


 エレナの言葉に、ナセルが怒りを露わにする。先ほどの様に、急いで取り繕うエレナだったが、今度はそうはいかなかった。


「ご、ごめ───」

「それは、おじさんに謝ってるのかな? それとも……愚かな指示に従って死んでいった、彼らにかな?」

「そ、それは……」

「ハッキリ言わせてもらうけど、私は君達が憐れで仕方ないよ」

「はぁ!?」

「機械や文明が世界を荒廃させたのは分かるよ? それで、君達はそれらを否定しているのも分かる。けどね? 君達は人間らしい何かを失ってるんじゃないかな?」

「な、何を……」

「同胞達が大勢死んだのに、何も感じないのかい? それから、今まで襲った人達に対して思う事は無いのかい?」

「い、異教徒の生き死になんてどうでもいいに決まってるでしょ!? それに、私の命令をちゃんと遂行できないから負けちゃったのよ! 自業自得よ!」

「……異常だ。デメテルのゆりかごは、こんな少女までをも狂わすのか」


 ナセルはエレナの手を取ると、無言でどこかへと引っ張って行く。


「ちょっと、どこに連れて行くの?」

「……君は、自分がした事を理解する必要がある」

「はぁ!?」



  * * *



-数十分後

@ローシュ近郊 砂丘の裏


 ローシュの近郊には、大きな砂丘が存在している。その砂丘の集落を挟んだ反対側では、重機が大きな穴を掘って、その穴へ回収したデメテルのゆりかごの遺体を次々と落としていた。

 この場所は日中、強烈な陽射しが照り付けると共に、乾燥した気流が流れている。この場所に遺体を埋葬すれば、遺体はすぐにミイラとなり、分解されていくだろう。


「本当は火葬するのがいいんだろうが、燃料ももったいないんで、ああする事にした。ほれ、弔いの言葉とか無いのか? 巫女さんなんだろう?」

「わ、我らにそんなものは……死んだ者は自然に還るだけよ」

「それには同意するが、やはり君は命の重みを分かっていないらしい」

「それってどういう───」


『巫女さまーッ!!』

『本当にこれが、儀式に必要なんですか!?』

『こら、喋ってないで手を動かせ!』


 エレナは声のする方に目を向けると、先程連れて行かれた者達が、何やら塹壕のような穴を掘らされているのが目に入った。


『よ〜し、そんな感じでいいだろう!』

『ふぅ〜暑い! 水が欲しい』

『まずは儀式からだ、それが終わったら飲ませてやる』

『全員、穴から出て並ぶんだ! 早くしろッ、巫女様を待たせるなよ!』

『並んだら、穴を見つめろ! 自分達の仕事を誇るためにも、よく見とくんだ!』


「な、何をしてるの?」

「まあ、見ていなさい」


 捕虜達は、穴から出るように指示されると、その穴の縁に立って整列する。その様子をエレナは不思議に思っていると、今度は何やら若い男達が次々と集まってきた。


「彼らに何か言うことはあるかい?」

「えっ、何も……」

「……そうかい」


 エレナは、ナセルの言葉に何を言っているんだと訝しむが、ここは黙っておくことにした。反乱するのは今ではない、扇動の言葉はまだ言うべきではないだろう。

 それに、捕虜達には失態を犯した事への叱責の言葉こそ浮かぶが、それ以外に話すこともない。彼らのしている労働だって、異教徒達が命じたものだ。私の命令ではない、知った事か。


 そう思っていると、ナセルは手を振って何かの合図をする。すると、捕虜達を監視している者が手を挙げた。

 集まってきた若い男達は、捕虜達同様に整列すると皆一斉に銃を構える。


『構えッ!! 撃てッ!!』


──バキュンッ!

──ババババンッ!!


「……えっ?」


 監視者が手を振り落とすと、若い男達は次々と発砲していく。背後から撃たれた捕虜達は、先程まで自分達が掘っていた穴へと次々と落ちていった。


(な、何だこれは? 何が起きているの!?)


 突然の事に驚き、口をパクパクさせるエレナであったが、今度は数台のトラックがやって来て、荷台からまた別の捕虜達が降ろされていく。

 そこには、少し前までエレナの監視役だったバレリオの姿もあった。


『おら、とっとと並べッ! 早くしろッ!!』

『痛いッ!』

『こ、こっちは怪我してるんだ。そんなに急かさないでくれ!』

『黙れッ、さっさとしろ!!』


 バレリオ達は、捕虜達を蹴ったり殴ったりしながら、捕虜達に先程撃たれた者達同様に並ぶよう強要する。捕虜達が抵抗しないのは、異教徒の嘘を信じているからだろうか? 

 ……それとも、彼らのほとんどに先の戦闘で負った負傷があり、抵抗が出来ないからだろうか?


──バキュンッ!

──ババババンッ!!


 そんな事を考えていると、先程同様に負傷している捕虜達は並ばされ、次の瞬間には撃たれ、次々と掘られた穴へと落ちていく。


「な、何をして───」

「何って、選別だよ。働ける健康的な奴は労働力として使えるけど、そうじゃないのは要らないんだ」

「い、いらない? な、なんで? 怪我してるなら、治るまで待てば……殺す必要は───」

「へぇ、君の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったな。怪我が治るまで、面倒見ろって? あいにく、そんな余裕はこっちに無いんだ。どこかの変な宗教を信じる連中が、常に襲って来るからね? それに、君らも捕まえた異教徒は火あぶりにするじゃないか」

「へ、変な宗教じゃない! ……です」

「変だよ。彼らも可哀想にね。変な宗教に騙されて、変な生活で“祝福”漬け……最期まで騙されて、ああして穴の中だ。異常だ、人間の生き方じゃない。救えないよ」

「……」

「少なくとも、そんな異常な生活でも生きてはいけたんだろうね。……どこかの誰かさんが、攻めてさえこなければね?」


 ナセルに責められたエレナは、混乱と恐怖、そして怒りに駆られて遂に逆上する。

 自分は悪くない、異教徒を殲滅することが大いなる意思なのだ。その偉業に殉じたならば、信徒も報われるはずだ! 異教徒にとやかく言われる筋合いは無いし、そもそも異教徒など滅んで然るべきだ!


「……くない、私は悪くない! 異教徒を殲滅するのは、神の……聖女ハール様の崇高なご意志! それに殉ずるのは本望! それに異教徒の事など───」


『み、巫女様ぁぁぁッ!!』

『助けてくれッ! まだ死にたくない、もっと祝福を味わいたい!!』

『お、俺は生命の泉に行くんだ! こんな所で死にたくない!!』

『ぎゃあぎゃあ喚くなッ! 構え、撃てッ!!』


──ババババンッ!!


「───ど、どうでも……いい」


 処刑を悟った信者がエレナの姿を見つけると、大声を上げる。小銃の一斉射と、それに連なる悲鳴や断末魔は、エレナの心を揺さぶるには充分だった。


「……」

「あ〜あ、可哀想にね。殉ずるねぇ……そんな高尚な考えをしてたのは君だけなんじゃないの?」

「そ、そんなはずは……」

「さてと、次の選別までには時間があるから、作業に戻ろうか? ほら、行くよ」

「……」


 エレナは銃殺刑場と化した所を一瞥すると、ナセルに連れられて先程の持ち場へと戻って行った。



   * * *



-数時間後

@最終防衛線 戦鬪跡


「はぁ、はぁ、よいしょ……ぬぐぐぐ!」


──ズリ……ズリ……


「はいよ、ご苦労さん。じゃあ、次の持って来てね。まだまだあるんだから、もっとペース上げないとダメだよ?」

「は、はい……」


 先程までと違い、エレナは額から汗を流しながら、死体の運搬作業に集中していた。子供の身体にはとても辛い重労働であるが、先程の銃殺刑を見せられた後、今まで感じた事の無い奇妙な感覚を覚え、その感覚が身体を動かしていた。


「つ、次は……うっ、これも酷い匂い」


 エレナは目の前に落ちた真っ黒に焦げた遺体の腕を、震えながら掴む。そしてそれを引きずって、集積場所へと引っ張っていく。


「よいしょ、よいしょ、重いぃぃ! ゴミ掃除は巫女の仕事じゃな……きゃっ!?」


 ブチリ……と、気味の悪い感覚と音を感じると共に、エレナは尻餅をついた。


「な、なんなのよ……ひっ! 嫌ぁッ!?」


 エレナの手には、先程まで掴んでいた死体の腕があった。強烈な火炎で脆くなっていたのか、千切れてしまったらしい。

 それに気づいたエレナを強烈な嫌悪感が襲い、彼女は千切れた腕をぞんざいに放り投げると、汚い物でも落とすかの様に地面の砂に自身の手を擦り付けた。


「ヤダッ! もうやだ! こんなのもうたくさんよ!!」

「……タイ」

「え?」


 砂で手を擦っていると、かたわらからか細い声が聞こえてくる。エレナが目をやると、そこには先ほどまで引きずっていた、腕の千切れた焼死体……と思われていた黒焦げの男がいた。


「ウデ……オデノウデガ……イタイ……イタイ……」

「……あ、あああああああッ!!?」


 黒焦げの男は、腕が千切れた衝撃で息を吹き返したのか、ギョロリとした目つきでエレナを見る。


「ケテ……ミコ、サマ……タスケテ……オデ、ゴミ……ジャナイ……」

「ヒィィィィッ!? ご……ごめんなさいごめんなさいッ!!」

「騒がしいぞ、どうした!?」


 突然死体が息を吹き返した事に対する驚愕と恐怖、それからまさか生きているとは知らずにぞんざいに扱ってしまった事への悔恨から、エレナは思わず謝罪の言葉を口にした。

 そして、エレナが騒いでるのを聞きつけたナセルが近づいて来た。


「あ、あのあのあのっ!!」

「なんだ、生きてたのか。そら、今楽にしてやる……よっ!」


──ザクッ!


「あっ」

「ア……」


 ナセルは、先の戦いで急造された槍を構えると、手際よく黒焦げの男にトドメを刺す。


「たまに生きてるのも混じってるから、その時はこうしてトドメを刺して楽にしてやらないとね。敵だとしても、長く苦しませるのはおじさん達の趣味じゃないからね」


 その言葉にエレナは周囲を見ると、死体の中に僅かに動くものがあったり、こちらを見つめて助けを求めている様に思えるものが目に入り、吐き気が込み上げてきた。


「う、うぷ……ひ、酷い。こんな事って……」

「そういえば、さっき謝ってたよね? そろそろ良いかな……」


 そうナセルが呟くと、エレナの手を取りどこかへと引っ張っていく。


「あ、あの……どこへ?」

「まあまあ、いいからいいから……」


 そしてしばらく歩くと、先程銃殺刑が行われた場所へと戻って来た。


──構え! 撃てッ!

──ババババンッ!!


「ッ!?」


 そこでは、相変わらず先程と似たような事が行われているようで、銃声に怯えたエレナは思わずビクリと目を瞑る。

 そして、再びここまで連れて来たナセルに、ここまで連れて来た目的を問う。


「何でまたここに? こ、今度は何をすれば良いんですか……?」

「はい、これ」


──ザクッ……


「……えっ…………えっ?」


 ナセルはエレナの問いに答えるように、エレナの前に1本のシャベルを突き立てる。エレナは困惑し、シャベルとナセルを交互に見つめる。

 すると、ナセルは無情にエレナに告げる。


「さあ、穴を掘ってもらうおうかな。でいいからね」

「えっ…………そ、それって!?」


 ナセルの言葉に、エレナは一瞬理解が追いつかず呆然とする。だが、先程の捕虜達の顛末が脳裏をよぎると、全てを悟った。


「な、なんで!? 何で私が!?」

「もう君無しでも大丈夫なんだ。君はもう要らないって事だよ」

「そ、そんな! え、嘘……嘘でしょ!?」

「嘘じゃないよ」

「ま、待って! 待って下さいッ! 私がいないと───」

「ああ、それなら大丈夫。反抗しそうなのはみんな処分したからね。君無しでも、もう大丈夫なんだよ。分かるかな?」

「ッ!?」

「さあ、掘るんだ。君達もよく言ってるじゃん、自然回帰って。本望だろう?」

「や……やだ! 嫌ッ!!」

「いやいや言ってないで、さっさと掘ってよ」

「待って! お願い、お願いしますッ! ち、ちゃんと働くからッ!! 言う事聞くからッ!!」

「いいよ、君じゃ大した働きはできないでしょ? おじさん達がやった方が早いよ」

「あ、あう……あ、あの、えーっと……」

「口より手を動かしなさい。早く穴を掘って」

「…………」

「ん? 黙ってないで、ほら早く」


 穴を掘る……その後は先程の捕虜達のように、殺されるのだろう。いや、確実にそうだ。そうに違いない! そんなのは嫌だ!

 今まで感じた事のない奇妙な感覚……それは、死んでいった者達への罪悪感と、死への強烈な恐怖だったのだろう。エレナの顔は青ざめ、その華奢な身体はガタガタと震えていた。


「嫌ッ! や、やだ……死にたくないッ!」

「はぁ……君だけじゃ無い、皆そう思ってるよ。僕たちも君達もね。それなのに君は、それを踏み躙った!」

「やだ! やだやだやだぁッ!!」

「君は罪を償う必要がある。さあ、掘るんだ!」

「あ、謝るから! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!」

「謝る事ができるなら、手を動かしなよ」

「やだ! ぐすっ……嫌ですっ、死にたくない、殺さないでッ!!!」

「……私に娘がいた事は話したよね?」

「はぁはぁはぁ……えっ?」


 命乞いで息を切らしたエレナに、ナセルは語りかける。その目は光を失い、闇の深淵が覗いているかのようだった。


「娘がんだ。ちょうど君ぐらいの歳でね……遊びたい盛りだろうに、家の仕事を率先して手伝ってくれた。良い娘んだよ」

「あ、あぁ……」

「それも、君達デメテルのゆりかごが攻めて来たせいで……今じゃこの砂漠の砂の下だよ」

「ひぃ……ご、ごめ───」

「さぁ、掘るんだ」



    *

    *

    *



「ゃ……ぃゃ……」

「早く掘ってよ〜、日が暮れちゃうよ〜」

「っ……助けて、助けて下さい。私、ハール様の言う通りにしただけなんです。私は悪くない、悪くない、絶対に悪く無いです!」

「絶対に君が悪いよ〜」

「そ、それにさっきカティアが約束した! 良い子にしてれば、酷いことしないって! 私、良い子だから! 殺すなんて……ひ、酷いことしないですよね!? ねぇ!?」

「口より手を動かしなよ〜」


 しばらくした後、そこには必死に命乞いをしながら自らの墓穴を掘らされているエレナの姿があった。彼女は恐怖に身体を震わせながら失禁しており、その作業は遅々として進まなかった。

 穴が完成すると、殺されるのだ。なるべく引き伸ばしているのだろう。


 エレナの命乞いに飽き飽きしているのか、ナセルは適当にそれを流している。


「ナセルさん、交代です!」

「おお、バレリオ……もういいのか?」

「はい、おかげさまで! もう大丈夫です!」


 バレリオは、先程までの怒りに満ちた様子が無くなり、どこかスッキリした様子であった。


「あ、あぁ……助けて、殺さないで」

「それで、これは何やってんですか?」

「ああ、例の反抗的な捕虜達いただろ? 奴らが穴掘った後に殺された様子見せてから、穴掘らせてるんだ」

「うわ、えっぐぅ……ナセルさん、意外と怖いですね」

「お願いします! 殺さないでッ!」

「ええ、そうかい? ああそうそう、なんか丁度いい穴とか無い? このままじゃ、いつまで経っても終わらないからさ」

「そういえば、今日掘らせた所でまだ余裕ある所ありますよ。もう、そこで良くないですか?」

「やだやだやだ……私は悪く無い、私のせいじゃない! 死にたくない、死にたくない」

「じゃあ、もうそこで良いや。この娘連れてくの手伝ってよ」

「了解です!」


 ナセルはエレナの手からシャベルを奪い取る。今まで無視されていたエレナは、その様子に呆然とするが、その背後からバレリオが彼女を抱え込むと、そのまま例の銃殺刑場へと引きずっていく。

 自らの処刑を悟ったエレナは、涙を流しながら顔を恐怖に引き攣らせ、連れて行かれまいと必死に抵抗して足を踏ん張る。だが、女の子と大人では力の差は歴然であり、エレナの足は砂漠に2本の線を描いた。


「イヤッ、やだやだやだやだやだッ!!」

「クソッ、暴れるなッ! な、ナセルさんも手伝ってくださいよ!」

「まあまあ、そのままそのまま……」

「な、何!? や、やだ……やめて!」


 抵抗虚しく、刑場へと連行されたエレナであったが、ナセルに黒い布袋の様な物を被せられた。このままでは、外の様子を伺う事も出来なくなった。

 エレナは力ずくに無理矢理その場に座らされると、頭の袋を引っ張られて頭を起こされる。


「痛ッ!?」

「よし、そのまま押さえて……私が頭を撃ち抜くから」

「ッ!!? ま、待って! 待って下さいッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、死にたくないッ!!」

「じゃあね、嬢ちゃん」

「イヤァぁぁぁッ!!」


──バキュンッ!!


「あッ……」


 砂漠に銃声が響き、エレナの身体は力を失いその場に倒れた。そしてその傍らには、丁度銃の弾丸と同じ大きさの穴が空いた砂地があった。


「……気を失ったか。ショックで心臓止まったりも無いみたいだ」

「ナセルさん、ちょっとやり過ぎだったんじゃないですか?」

「俺だって、お前みたいに我慢できない事の一つや二つはあるさ。けど、やるべき事は忘れちゃいないよ、誰かみたいにね?」

「えっ?」

「俺がお前を止めてなければ、今頃この子はもっとボロボロだったんじゃないか? 乱暴は禁止されてただろ?」

「あ、それは……すいません」

「まあ結局、身体より精神を攻めた方が巫女は扱いやすいからね。さあ、運ぶの手伝ってくれ」

「了解です!」

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