第203話 怨嗟

-最終防衛線の戦いから数時間後

@ローシュ近郊 砂丘の影


《本部よりクインビーへ、状況を報告せよ》

「はい、結論から言えばローシュ側の勝利です。敵の大軍の撃退に成功したようです。もちろん、“V”も無事です」

《撃退? 本当に? そ、そうか……それは良かった! 作戦に変更は無い。引き続き監視を継続しつつ、“V”に見つからないように現地のリーダーと接触を図れ》

「はっ、了解しました!」

《偵察員の報告によると、ウェルタウンの方も何だがキナ臭いようだ。気をつけてくれ》

「はい、留意しておきます」

《クインビー、君の活躍に期待している。通信終了》

「……ふぅ。それにしても、本当にあの不利な戦況を覆すなんてね」


 通信を終えると、フードを被った人物は通信機を片付け始める。


「ウェルタウン……例の“バーディング”とかいうのに隠れて、何かするつもり? このままじゃ、ローシュの未来は真っ暗ね」


 そう呟くと、フードを被った人物はふと手を止める。


「いや、彼がいたら状況が変わるのかしら? まあ、期待しておきますか。まずは報告書を書き上げないと……」



  * * *



-同時刻

@ローシュ 広場


「おい、見ろよ! デメテルの巫女だ」

「巫女って、まだ子供じゃないの……」

「アイツが同胞達を……!」


 あれから敵を追い払う事に成功し、ローシュに帰還した俺たちだったが、集落に帰るなり住民達に囲まれた。どうも、皆捕らえた巫女というのが気になるらしい。

 ローシュの住民は興味津々とした視線を向ける一方、リュミエール一族と思しき者達は、鋭い視線を向けている。同胞をデメテルのゆりかごにより壊滅させられているのだ、無理もない。彼らの筆頭であるレイネも、怒りを抑えられない様子だったしたな。


「くっ、異教徒どもに捕まるなんて! 覚悟するがいいッ! 今すぐ部隊を呼び戻して、お前たちを葬ってやるんだからッ!!」

「おいおい、車を降りた途端にこれかよ……」

「図太いガキッスね」

「特にそこのお前ッ!」

「俺か? なんだよ」

「一度ならず、二度までも私の顔に泥を塗るなんてッ!! ただで済むと思わないでねッ!!」

「アニキ、なんか目つけられてますね?」

「おお、怖い怖い……ってのは冗談で、実際どうするつもりなんだ巫女ちゃん?」

「今すぐ部隊を呼び戻す! そして、すぐにでも火あぶりにしてやるッ!」


 ドッグハウス奪還時のことを根に持っているのだろうか? 巫女の少女は、何やら俺を火あぶりにするとかのたまっている。ここはひとつ、現実を見てもらわないと話が進まないだろう。


「そうか……じゃあ、やってみたらどうだ?」

「なんですってッ!?」

「周りを見ろ、ここにはお前の言う異教徒しかいない。それに、その頼もしい部隊とやらはお前がさっき退却させただろ? この状況で、お前はどうやってそいつらを呼び戻すんだ?」

「あっ……そ、それは」

「それに、そんな挑発的な態度だと───」


『お父さんのカタキッ!!』


「お?」

「ぶへッ!?」


 そんな挑発的な態度だと周りを怒らせてしまうぞ、そう言いたかったのだが遅かったらしい。一人の少女が巫女に迫ると、手に持っていた砂の塊を巫女の顔に叩きつけた。

 砂の塊は、巫女の顔に衝撃を与えつつ飛散すると、彼女の目や口、鼻に入り込んでいく。 


「けほっけほっ……な、なんなのよいきなり!? うう、目に砂が……痛ッ!?」

「このッ、このッ!!」

「あがっ! や、やめ───」

「兄ちゃんを返せッ!!」

「いッ、痛い痛いッ!!」

「息子をよくもッ!!」

「ごはッ!? や、やめ……あぎゃあああッ!?」


 その様子を見て、女子供が数人飛び出してきて、巫女の少女を地面に引き倒し、蹴りを加えたり、髪を引っ張ったり、石を投げたり砂を振りかけたりと、少女に苛烈な暴力を振るいはじめる。

 見たところ、リュミエール一族の者達だろうか。仇である巫女の舐めた言動に、我慢の限界に達したのだろう。仇とはいえ、一人の少女に対してはやり過ぎに思えるこの野蛮な行為に、思わず引いてしまう。


「お、おいおい……なんか、やり過ぎなんじゃないか?」

「ふん、いい気味であります!」

「敵だとしてもまだ小さいし、流石に酷すぎよ! 止めなくちゃ!」

「そ、そうだねカティア。巫女には利用価値がある。このままだと、殺しかねないよ……レイネもいいね?」

「……はい、仰る通りであります。皆、そこまで! やめるであります!」


 レイネが声を上げながら暴行現場に割って入っていくと、彼女に気がついた者が次々とその手を止める。

 巫女はというと、皆にボコボコにされており、酷い有様だった。着ていた白い衣装はボロボロになっており、腕や脚などに傷や打撲の痕が見える。髪も乱れ、顔も腫れ、鼻血も垂らしているようだ。


「ごほっ、かはっ……痛い、痛いよぅ……どうして……こんな……」

「チッ、不本意でも仕方ないでありますね」

「レイネさま!」

「嫌です! コイツはお兄ちゃんのカタキ!」

「もっと、徹底的に痛めつけてやりましょう!」

「ヒィィ……やめて、やめてよぉ! もう痛いのいやぁ!!」

「その気持ちは痛いほどよく分かるでありますが、コイツには利用価値があるであります。ローシュの皆様の手前、我らが勝手に動くわけにはいかないでありますよ」

「「「「 …… 」」」」


 レイネが皆を説得すると、皆巫女の少女を睨みつけながら離れていく。一方の巫女は、先ほどのリンチで怯えているのか、身体を丸めてブルブルと震えている。

 そんな中、カティアが巫女に近づいて、何やら話しかける。その声色は、怒りを隠せないレイネと比べてかなり優しい。


 カティアは子供好きだ。カナルティアにいた頃は孤児院によく通っていたし、ローシュでも子供達の面倒を見ていたほどだ。敵だったとはいえ、巫女はまだ見た感じ子供だし、敵とはいえ放って置けなかったのかもしれない。


「貴女、大丈夫? 酷い、後で手当てしなきゃ」

「ひぃっ! も、もう痛いことしないでッ!」

「大丈夫よ、私はそんな事しないから。貴女、名前は?」

「え、エレナ…………」

「私はカティア。貴女、歳はいくつ?」

「じ、14……です」

「あれ、そうなの? なんだか意外、もっと小さいと思ったけど……」

「という事は、12歳か13歳だね。巫女にしちゃ、ずいぶんと若いね?」

「ん、どういう事コレット? この子14って言ってるけど」

「コイツら、数え年?とかいうのを使ってるらしくて、生まれた年を1歳として数えてるみたい。それで、年に一回どこかしらのタイミングで、全員が1歳年を取るらしいよ」

「へ〜、そうなのね。通りで14歳にしちゃ幼すぎると思った」

「何だそれ、複雑だな」


 先ほどまでの反抗的な態度とは打って変わり、カティアの質問に巫女……エレナは従順に答えていく。先ほどのリンチの後、優しく振る舞われたのだ。結果として、「良い警官・悪い警官」や「友人と敵」といった尋問の心理戦術に合致し、エレナは口を開いたのだろう。

 この調子なら、カティアを使えば色々と聞き出せるかもしれない。天気予報の件とか、色々聞きたかったしな。


 そんなふうに考えていると、人混みを掻き分けてミルダ婆さんがやって来た。


「はいよ、通しとくれ。皆、良く働いてくれたね」

「ん? 婆さんか。本部の方はいいのか?」

「人員の再配置は終わったよ。後片付けも大変さね」

「仕事が早いな」

「それで、これはいったい何の騒ぎだい?」

「捕らえた巫女と、リュミエール一族の奴らとの間にちょっとな」

「なるほどね。しっかし、巫女にしちゃずいぶんと幼いんじゃないかい? デメテルの連中は人手不足なのかね?」

「いや、そんな訳あるかよ。人間ならいくらでもいそうだぞ?」

「それもそうさね。まあ小さくても巫女は巫女……コレット、後でその子を拷問部屋に連れて行きな」


 ミルダ婆さんは巫女を見ると、そのような事を言う。なんだか穏やかな感じはしない。

 その言葉を聞いたカティアは、巫女の前に立ち腕を広げる。


「ご、拷問!? ま、また痛いことするの!? やだ、もう痛いのヤダッ!!」

「ちょっと待って、この子まだ子供よ? 敵だとしても、それはやり過ぎよ!」

「カティア、気持ちは分かるけど……」

「カティア、俺達が口を挟むべきじゃない。気持ちは分かるが───」

「気持ちが分かるなら、何とかしてよ!」

「まあ落ちつきな、レンジャーの嬢ちゃん。別に、こっちも好きでそんな事しようってんじゃない。巫女が大人しく従ってくれればそれでいいんだ。いきなり酷い事はしないよ、分かるね?」

「……」

「ほらカティア、どくんだ」

「お婆さん、この子が大人しくしてたら傷つけることはしない。約束して」

「……はぁ、分かったよ」


 カティアは諦めたように肩を落とすと、巫女から離れる。


「か、カティア?」

「エレナ、お願いだからいい子にしててね? いい子にしてれば、酷い事しないって」

「よし、連れて行きな! まずは、からだよ」


 ミルダ婆さんがそう指示を出すと、火炎放射器を装備したガスマスクの男が二人現れ、巫女の身体を持ち上げる。先ほどの暴行のせいで身体が痛むのか、巫女は苦悶と恐怖の表情を浮かべる。


「いたっ、痛い! 待って、カティアぁ待ってよぉ! この人達怖いよぅ!!」

「ちょっと、痛がってるじゃない! ちょ、離して!」

「カティア、落ち着けって!」

「暴れないでカティア、お願いだから!」


 コレットが暴れるカティアを抑えると、何処かへ引っ張っていく。


「ミルダ殿、あの巫女はローシュにてどのような処分が下るのでありますか? ……処刑するなら、是非我々に任せてほしいであります」

「残念だけど、さっきも言った通りしばらくは生かしとくよ」

「なあ婆さん、気になったんだが聞いていいか?」

「何だい、跡取り殿?」

「巫女には利用価値があるとか言ったが、具体的にどんな事させるんだ?」

「ああ。デメテルの連中、巫女の命令に従ってるだろう? それを利用して、連中をこちらの労働力にするのさ」

「労働力?」

「ほら、丁度いい。向こうを見てみな」


 ミルダ婆さんが杖で指した方を見ると、ローシュの戦闘員に囲まれ、混乱した様子の狂信者達の姿が目に入った。


「……なるほど。捕らえた捕虜は奴隷にするって訳か」

「まあ、簡単に言うとそうさね。だから、巫女を捕まえたら調教してこちらの言う事を聞くようにするのが、この砂漠ルインズランドの常識だよ」

「ヤク中カルトの末路は悲惨だな」

「まあ、もっとも奴らは直前まで指揮してた巫女の言う事しか聞かないけどね。それに全員じゃない。それなりにはするよ。大勢を食わせる余裕は無いし、怪我で働けないのは論外……」

「それに、反乱を起こさないとも限らないからね。数はそんなに多くない方がいいのよ」


 疲れた様子のコレットが、会話に入ってきた。


「コレット、カティアはいいのか?」

「疲れてるみたいだから、本部のテントに押し込んで来たよ……避難してた子供達もいたし、面倒見てもらってるよ」

「なるほど、それは程よく厄介払いできたな。それで、これからどうするんだ?」

「ないとは思うけど、奴らが反転してこないか偵察員を派遣して監視を継続。それから、奴らの死体処理……放っておいたら疫病になりかねないから、最優先ね。あと捕まえた奴らのもしなきゃだし……はぁ、死体を運んだり処理するのにも人手が欲しいから、さっさとあの巫女を使えればいいんだけど」

「巫女の方は、昔からの方法があるんだけど嬢ちゃんと約束したからねぇ。こりゃ、時間がかかるかもね……。コレット、今のうちに選別は済ませときな」

「はい、お婆さま」

「色々大変そうだな。俺も、車両やらの整備を手伝うとするか」

「そうしてもらえると助かるよ。それじゃ私も早速───」

「ああ、そうそう忘れる所だった。はちゃんと守れよコレット?」

「んなっ!?」

「約束? いったい何の話だい、コレット?」

「な、何でもないですお婆さま!」



   * * *



-同時刻

@ローシュ 避難所


 ローシュに設営された本部テントには、戦えない女子供や老人が集まった、避難所と化していた。先の戦いの終結の報を聞いた避難民達は、撤収するべく荷物をまとめていた。

 だがそんな中、一人の男の決戦が行われようとしていた───。


「か、かかかカティアしゃんッ!! す、すすすす好きですッ! ちゅきあって下しゃいッッ!」

「え、嫌よ」

「そ、そんなぁ〜ッ!?」


 ……のだが、決戦は秒で終結。敗北した様だ。


 車を片付ける為と、こっそりと先の巫女絡みの修羅場から逃げ出す事に成功したキエルは、カティアが避難所にいるのを目にした。

 普段は、彼女がヴィクターやレイネなどと一緒におり、二人きりになる機会などそうそう無い。今が好機だと判断したキエルは、満を持して決戦に赴いた……という事だったらしい。


『ちょ、アレ!』

『やだ、振られてやんの!』

『なんかだっさーい』

『この前の活躍で見直してたけど、勘違いだったみたい』


 キエルの決戦の様子は、当然ながら周りの目を引いた。特に女性陣からは注目を集め、キエルの決戦のあまりの惨状に関して噂している。この様子だと、今の出来事は数時間の内にローシュ中に広まってしまうだろう。


『す、すすすすすきですッ!』

『ちゅきあってくだしゃいッッ!』

『きゃはははは!』


 さらには、カティアが面倒を見ていた子供達が、先程のキエルの醜態の真似をし始める。


「ちょっと、ダメよマネしちゃ! キエル、悪いけど今忙しいから、じゃあね」

「う、ううう……ウワァァァ、あんまりだぁ!!」


 キエルはプルプルと震えると、涙を流しながらその場から逃げ出した。キエルのその様子を見て、ローシュの女性陣は再び噂話をはじめるのだった。

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