第201話 巫女捕縛

-数分後

@ローシュ近郊 砂丘の稜線沿い


「来たよッ! 全員、まずは狼男の取り巻きをつぶしな!」

「「「「 了解! 」」」」


──バキュンッ! バシュッ!

──アオォォォォッ!!

──自然回帰ィィィィ!

──我ら人の未来の為に!


 ヴィクター達と別れた別動隊達は、同じくデメテルのゆりかごの別動隊との戦闘に突入した。


 敵は、リュカオンというレザーアーマーで全身を固めた大男達を突撃させ、後方の弓隊によりこちらに攻撃を加えようとしているようだった。

 だが、銃器と弓矢では前者の方が圧倒的に有効射程が優れている。ならば、敵が攻撃可能範囲に来る前に狙い撃ちして片づければよい。そう判断したコレットは、隊員達に弓隊を攻撃するように指示を出し、自身もしばらく前から愛用している半自動小銃セミオートライフルを構え、スコープを覗く。


「クソッ、さっさと倒れろよッ!!」

「さっさと弓隊を片付けるんだ!」

「言われなくてもやってるよッ!」

「くそ、当たらない!」


 狙い撃ちして片付けるとは言うが、実際のところそう簡単な事ではない。迫り来る敵に対峙して、彼らには精神的な負荷が掛かっている上に、突破されつつあるローシュの防衛線の状態から、ローシュの興亡は自分達にかかっているという緊張が彼らの手元を狂わせていた。

 砂漠の陽炎も狙いが外れる要因となる上に、敵に命中したとしても“祝福”の影響か、なかなか倒れないとなれば尚更である。


 ところで、人間の移動速度というのは意外と侮れない。全速力で走るならば、十数秒あれば100mの距離を詰める事ができるのだ。交戦開始から数分とかからず、こちらは敵の弓隊の射程に入りつつあり、別動隊の中に動揺が広がりつつあった。


「マズい、このままじゃ……」

「はぁ……仕方ないわね!」

「お、おい嬢ちゃん! 何してるんだッ!?」

「カティア!? 待って、何してるの!?」

「私が敵を引きつけるから、後はよろしくっ!」

「あっ、ちょっとッ!!」


 カティアは、アサルトカービンにドラムマガジンを装填し、サンダーボルトを担ぐと、敵に向かって走り出した。その様子に皆は驚き、コレットはカティアを止めようと手を伸ばす。

 だがそんな事などお構いなしに、カティアは迫り来る敵へと向かって行った。


 カティアは、遠近どの距離でも幅広く戦える優秀な戦士(崩壊後基準)だが、現在の装備が小口径のアサルトカービンの為、どちらかと言えば近距離戦向きの装備構成をしていた。その為、現在の砂漠という開けた環境では、その威力を充分に発揮できなかったのだ。

 カティアがこんな行動に出たのは、怖気付いた別動隊の面々を見てられなくなったというのがあるのだろう。彼女は元来面倒見の良い性分であり、またこの中の誰よりも修羅場を潜り抜けて来ている自負があったことから、皆を奮い立たせようとする意図があったのだろう。


「喰らえッ!」


──バシュッ……ズガンッ!!

──うわぁぁぁッ!?

──止まるな! 奴に矢を射掛けろ!

──ダダダダダッ!


 カティアはある程度敵に接近すると、担いでいたサンダーボルトを構えて発射する。放たれた擲弾は弧を描き、リュカオンの一人に直撃し、その体を爆砕し、周りの弓兵も数名吹き飛ばした。

 その後、自分に狙いを合わせている弓兵に対してカービンの連射を加えつつ、射線を切るよう素早くステップを踏む。その軽やかな戦いに、皆は感心し奮い立った。


「おいおい……あの嬢ちゃん、スゲェな!?」

「……まったく、俺たちも怖気付いてる場合じゃないな!」

「ああ! よそ者に遅れを取る訳にはいかないぞ!」

「援護するぞッ! 撃て撃てッ!」


 戦意を取り戻した別動隊の面々は、カティアの援護をすべく、射撃を再開する。


「まったく、とんでもない娘だよカティア……。みんな、あの娘に当てるんじゃないよ!」

「「「 おうッ!! 」」」



 * * *



-同時刻

@デメテルのゆりかご 前哨キャンプ


 カティアが奮戦していた頃、巫女を捉えたヴィクター達は、巫女エレナの護衛のリュカオン達との戦闘状態に入っていた。状況としては、4人のうち3人のリュカオンをヴィクターが相手して、残る1人をレイネが相手をするといった感じだ。

 レイネは、リュカオンの1人に短機関銃を斉射して気を引き、他の3人と引き離すように動き、ヴィクターから離れる。


──バババババンッ! カチッ!


「くっ!?」

「グオオオオオッ!!」


 先程から短機関銃の斉射を浴びせているにも関わらず、リュカオンに倒れる気配はない。着用しているレザーアーマーによる防御は限定的のはずだが、過量投与した祝福と、自前の体格から来る体力により、戦闘行為を中断しない。まさに不死身のように思える。


──ダダダダダッ!


『がぉぉぉ……ッ』

『そ、そんな! リュカオンが……』


 そんな中ふと脇を見ると、ヴィクターが膝をつかせたリュカオンの頭の毛皮を左手に持ったナイフで切り裂き、その隙間にライフルの銃口を突き刺して射撃しているのが見えた。

 流石のリュカオンもこの攻撃には倒れ、巫女も焦った表情をしている。


(なるほど……闇雲に撃つのではなく、弱点を狙うのが最適と。やはり、ヴィクター殿は凄い……はッ!?)

「グラァッ!!」

「くっ!?」


──ドシンッ!!


 レイネがヴィクターに気を取られていると、敵が棍棒を振りかぶりながら、レイネに向けて突進してきた。レイネは棍棒が振り下ろされる直前、紙一重で身体を後退させてその攻撃を避けつつ、同時に避けた動きで身体を回転させて、勢いを乗せた蹴りを敵の脇腹に喰らわせる。


「はぁッ!!」

「ぐぁ? ぐるぉおおおッ!!」


 並の人間であれば下手をすれば内臓破裂で即死する程の強烈な蹴りであったが、敵には効果が薄いようで、即座に反撃してきた。


「ッ! 打撃がダメなら!」


 敵の攻撃を避けつつ、レイネは弾切れの短機関銃を放り、腰に装備していたナイフを抜き放つ。そして、カティアとの模擬戦の時のように敵の攻撃を避け、敵の攻撃後の隙を突いて斬撃や刺突を放つ。

 しかし、敵のレザーアーマーに斬撃は阻まれ、刺突も吸収されてしまい、思ったように敵にダメージが入らない。


「くっ……これもダメなの!?」

『レイネさ〜ん、そこをどくッス!!』

「キエル殿!?」

「んが?」


──ブロロロロ……ドガッ!!


「グオワッッ!?」

「ああ、バンパーがぁッ!! っと……レイネさん、お待たせしたッス!!」

「キエル殿、逃げたはずでは?」

「さ、流石に皆を置いて逃げちゃ、男が廃るってモンッスよ!」


 決定打に欠け、攻めあぐねていたレイネの元にキエルが車を走らせてきた。キエルの車は、そのままレイネと対峙していたリュカオン目掛けて突撃を敢行した。

 さながら交通事故のような状況となり、リュカオンは地面を転げ回り、かなりの距離突き飛ばすことに成功した。だが、それでも無力化するには至らず、敵は唸り声をあげつつ立ち上がった。


「グ、ぐぉぉぉぉ……!」

「げぇっ、まだ生きてるんスか!?」

「ッ! キエル殿、それをこちらに!」

「こ、これッスか?」


 キエルは、車の中から“ケラウノス”と呼ばれている無反動砲を取り出すと、レイネにそれを手渡す。


「ガオオオオオンッ!」

「お父さん……レイナ様、自分にリュミエール一族の力をお貸しください!」

「うわっ!? た、退避するッス!!」


──ズガンッッ!!


 レイネの放った無反動砲の砲弾は、発射音とほぼ同時と思えるタイミングで敵の胴体に着弾すると、その身体を爆発四散させた。弾が炸裂した際の爆風と発射時のバックブラスト……それらによって巻き上がった砂埃が、レイネとキエルに降りかかる。


「くっ!!」

「おわっち! ぺっぺっ、砂が口に入ったッス……」

「さ、流石に近すぎたでありますね。キエル殿、無事でありますか?」

「俺は大丈夫ッスけど……とほほ、俺のフェアウェルバージン号が……」

「バンパーが潰れただけであります。そっちは、後で直すのを手伝うでありますよ?」

「マジッスカ!? それより、喋り方直ったッスね?」

「そ、そちらはどうか皆には内密に……。それより、ヴィクター殿は!?」

「あっ、そうだったッス!」


 二人がヴィクターの方へと急ぐと、そこには最後に残ったリュカオンにトドメを刺しているヴィクターの姿があった───



 * * *



-同時刻

@デメテルのゆりかご 前哨キャンプ


「さてと、レイネは行ったか……」


 レイネ達が離れるのを確認して、目の前の敵を確認する。敵は3人……狼か犬の毛皮を被った大男達だ。

 レザーアーマーを着ているが、カティアの物とは違い、特殊な塗料などは使われていないはずだ。おそらく、大した防御力はないと思われる。


 問題は、奥にいる巫女の方だ。万一、跳弾でもして当たろうものなら、作戦は失敗する恐れもある。

 目的は、巫女の生捕りなのだ。慎重に戦わなくては……。


「ワオォォォォンッ!!」

「いけッ! 叩き潰してッ!!」


 そんな事を考えていると、敵の一人が丸太のような棍棒を振りかぶりながら突進してきた。


「ウアァァァァッ!!」

「よっと……喰らえッ!」

「グハッ!?」


 敵が棍棒を全力で振り下ろし、地面の砂を巻き上げる。俺はその攻撃を避けると、すぐに振り下ろされた棍棒に飛び乗る。攻撃で上体を前のめりにさせた敵の顔面に、乗った棍棒の上から跳び上がるように膝蹴りを放つ。

 敵は、例の薬物でキマってるせいで、中々倒れない。ならば、弱点を突いて攻撃する必要がある。例えば、脳や頚椎といった中枢や、心肺などだ。

 狙い通り、俺の蹴りが敵の脳を揺らす事に成功したらしく、敵は膝から崩れ落ちた。


『はぁ!? な……何をしているの! さっさとソイツを倒してッ!』

「ウガァッ!!」

「ガルルッ!!」


 巫女は、焦った様子で残る2人を俺にけしかけた。


 俺はカランビットナイフを抜くと、迫る敵の間を素早くスライディングしてすり抜ける。そのついでに、敵の一人のかかとめがけてナイフを振るう。

 ナイフは敵のブーツを貫通し、片足のアキレス腱へと損傷を加え「ブチンッ」とした手ごたえがナイフの柄から伝わってくる。


「フゴッ!?」

「ウガァッ!?」


 アキレス腱を斬られた敵は、体勢を崩しながらも攻撃動作を継続し、大きな木槌を振り下ろした。その結果、もう一方の敵の片膝にそれが直撃する事となった。


「あああああッ!! もう、何やってるのよッ!」


 巫女が何やら喚いているのを聞きつつ、俺は同士討ちで膝を粉砕されて立てなくなった敵の背後に回ると、ナイフで頭部の毛皮を切り裂き、その隙間にライフルの銃口を捩じ込んで、トドメを刺す。


──ダダダダダッ!


「がぉぉぉ……ッ」

「そ、そんな! リュカオンが……」


 頭部への致命的な攻撃により、敵の大男は倒れた。同じ要領で、残る一人にもトドメを刺すと、巫女の方へと視線を向ける。


「くっ……忌々しい異教徒めぇぇ!」


──ドガンッ!!


「きゃっ!?」

「なんだ?」


 突如爆音が響く。見ると、レイネが例の無反動砲を用いて、敵を倒したようだ。いつの間にか、逃亡したと思っていたキエルの姿も見える。


「ぐ、ぐぉぉぉぉぉ」

「なんだ、もう目を覚ましたのか?」

「……! 立って、早くコイツを──!」


 唸り声に目をやると、最初に膝蹴りを喰らわせた敵が、立ちあがろうともがいていた。どうも先の爆音と衝撃で、目を覚ましたらしい。

 俺は敵にゆっくり近づくと、その頭を踏みつけて、毛皮に穴を開けてトドメを刺す。


──ダダンッ!!


「あ、ああ……くっ!」

「さてと、コイツで最後だな」

「ヴィクター殿ぉぉ!」

「アニキ、大丈夫っすか!」


 最後の敵にトドメを刺すと、レイネ達が近づいてきた。


「げっ、本当にアニキ一人でリュカオン3人やったんすか!?」

「さ、流石……であります!」

「それで、あの女の子が巫女なんだろ? どうするんだ?」

「自分にお任せを……。デメテルの巫女ッ! 一緒に着いてきてもらう。撤退の号令を!」


 レイネがデメテルの巫女に近づきながら、敵軍への撤退号令を出すように促す。

 一方の巫女の少女は、敵に近づかれているというのに、こちらを蔑んだような目で睨みつつ反抗するような態度をとる。……自分の置かれた状況が分からないのだろうか? レイネの言う通り、頭が悪いのは本当なのだろう。


「ふん、異教徒の言う事に従うもの──あがっ!?」

「あっ、おいおい大丈夫か?」

「い、今グーでしたよねアニキ?」


 巫女の少女の眼前に迫ったレイネは、突如拳を握り締めると、少女の顔を殴りつけた。加減はしていたのだろうが、殴られた少女はその突然の出来事に驚き、ペタンとその場に座り込んだ。

 唇を切ったのか、その口元に一筋の血が流れる。


「へっ……な、何? なんなのこれ……血?」

「おい、撤退命令! わかる?」

「えっ? えっ、えっ、えっ、何? 痛い、どうして……?」


 何やら混乱した様子の少女に苛ついたレイネは、少女の胸倉を掴むと、少女に顔を近づけて怒鳴りつける。


「ちょっと、聞いてるのッ!?」

「あぐっ……ひっ!? な、なに?」

「チッ……このッ!!」

「ヒャッ!」


──ガシッ


 レイネが拳を振り上げたところを、抑えて止める。流石に、このままだと少女を殺しかねない。普段のレイネからは感じられない、強い憤怒を感じる。

 少女の方は、なぜ自分にその憤怒が向けられているのか分からないといった様子で、レイネを見て怯えながら息を荒げている。


「はっ、はっ、はっ……」

「おいレイネ、流石にやり過ぎだ。気絶とかしたら面倒なんだろ?」

「……ヴィクター殿、申し訳ないであります」

「おい嬢ちゃん、しっかりしろ! 大丈夫か?」


 巫女の少女の肩を叩き、正気に戻す。


「……はっ! い、異教徒の言う事なんて聞かないわ! 汚い手で触れるなッ!!」

「なんかムカつくガキだな……。あのな、そんな事言ってるとほら、また殴られるぞ?」

「あっ……ヒィッ!? なんで!」


 そう言うと、レイネがわざとらしく拳を握り締める動作をする。それを見た少女は、怯えながら後退りする。


「……なんか拍子抜けだな」

「巫女は、デメテルの中でも特別な存在……きっと甘やかされてるんでありますよ」

「なるほどな。まあ、そんな訳だ。怖いお姉さんに可愛がられたくなければ、大人しく従ってもらうぞ」

「ッ……!」

「キエル、車取って来い!」

「了解ッス!」


 念のため少女を拘束すると、そのままキエルの車まで歩かせる。


「あ、あれは悪魔!? あんなモノにこの私をッ!? 本当に異教徒の考えることは野蛮で───」

「ヴィクター殿、やっぱりもう一発殴っていいでありますか?」

「……せめてビンタで」


──パァンッ!!


「手出るの速っ!?」

「……えっ、何で? い、痛い」

「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと歩くであります!」

「は、はい……」


──ブロロロロ……


「あっ……」

「アニキ、さっさと行きましょう!」

「ほら、行くぞ? さっさと乗るんだ」


 少女は車を前にして身体を硬くさせ、抵抗する。が、レイネが小突いたら焦った様に車の後部座席に乗り込む。

 だが車に乗るのが初めてなのか、おぼつかない様子だったが、これまたレイネが無理矢理押し込むようにして乗せた。


「この私が、機械の悪魔に乗せられるなんて……」

「そういや、撤退の号令ってどうするんだ? 何か合図みたいなのがあるのか?」

「こうするであります。ほら、立つであります。……立てッ!」

「い、痛ッ……わ、わかりました!」


 レイネは、巫女を立たせて車から身を乗り出させるようにすると、ロープを取り出してロールバーと巫女の腰を固く結んで固定しはじめる。


「い、痛ッ……きつい」

「っと、こんな感じで巫女に撤退を叫ばせながら、敵の中を駆け抜けるであります」

「ひ、酷く原始的だな……」

「ま、マジッスか……」

「えっ、えっと……」

「ちゃんと捕まってるでありますよ」

「?」

「キエル殿、全速前進であります!」

「り、了解ッス!」


──ドルンッ! ギュギュギュブォーンッ!


「キャァァァァァッ、なんなのこれぇッ!?」

「あっ……き、汚いッ! であります!」

「なんだ? ああ、漏らしたのか?」

「なぬッ!? ぎゃあああ、俺の車がァァァッ!!」


 そんなこんなで、巫女の捕縛に成功したヴィクター達は、砂煙を上げながら敵のキャンプから撤退するのであった。

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