第200話 縦深防御と後方撹乱

-翌日 明け方

@ローシュ近郊 第一防衛線


──ウォォォォォォォッ!!!

──ドドドドドッ!!!


 まだ涼しさを感じる砂漠の明け方。砂漠の彼方、朝靄の向こうから大きな怒号と共に、大地を揺らす地響きが伝わってくる。

 デメテルのゆりかごの大攻勢……大量の人員を投じた大突撃である。


『今だ、撃て──ッ!!』


──ドンッ!!

──ズガンッ!!


 対するローシュ側は、集落に隠していた数門の野砲や榴弾砲、機関砲などを用いてデメテルのゆりかごへ攻撃を加える。榴弾やキャニスター弾により、多数の人員を屠る事はできているが、そんな事など気にしないとばかりに、狂信者達はその歩みを止めない。


──うおおおおおッッ!!

──自然回帰ィィィィッ!


 しばらく砲隊による砲撃が続いたが、ある時点で弾が尽きたのか、砲隊は一斉に退却準備を始める。


「よし、退却だ! 砲隊は第二防衛線まで後退しろッ!」

「後は任せたぜ!」

「おう!」


 退却する砲隊と入れ替わるように、今度は歩兵部隊が銃を構える。


「ひえ〜、あんだけ撃ったのに全然減った気がしねぇな!」

「そろそろ頃合いだ、信号弾を撃ち上げろッ!」

「よし、待ってました!」

「全員、撃ち方用意ッ!」


──パシュ! ……パッ!


 砲隊の第一防衛線からの退却開始と共に、信号弾が打ち上がる。するとローシュの方角から、何かが轟音をあげながら白い煙で弧を描きつつ、デメテルのゆりかごへと飛んでいく。それも何本も。

 先日のローシュの守り神こと、多連装ロケット砲による面制圧攻撃である。


「来たぞッ、我らが守り神が!」


──ゴゴゴゴゴゴ……!

──ドンッ! ドガンッ!


 ロケット弾が次々と着弾していき、辺りは白い爆煙に包まれる。


「おおッ!」

「やったか!?」


──ぉぉぉぉおおおおッ!

──止まるなッ! 突っ込めぇぇぇッ!


「クソッ、やっぱりダメか!」

「射撃自由! 撃ちまくれッ!!」


 ロケット弾の爆風を乗り越えて、怒号とともに狂信者達は進撃を再開する。そして煙を超えた所で、今度はローシュ歩兵部隊が、ライフルや機関銃、短機関銃、無反動砲などによる攻撃を加えていく。


 今回、ローシュ側がとった戦術は縦深防御である。ローシュは、榴弾砲や野砲、機関砲から成る“砲隊”と、“ロケット砲”、機械化された“歩兵部隊”、そして“迫撃砲陣地”を組み合わせ、進撃する敵を後退しつつ攻撃していく。

 具体的には突撃するデメテルのゆりかごの大軍に対して、まずは砲隊を用いて遠距離からその先鋒に攻撃を加えていく。だが、それだけで敵が破れる筈はないので、その後一定の距離まで敵の先鋒が近づくと共に、砲隊は次の防衛線まで一旦後退する。その際、ローシュからは多連装ロケット砲による強力な面制圧攻撃を加えると共に、歩兵部隊に撃ち漏らした敵への対処を行わせ、砲隊が後退するまでの殿として、時間稼ぎを行う。

 そして砲隊の退却完了と共に、歩兵部隊は退却が完了した砲隊や、事前に次の防衛線に控えさせている迫撃砲陣地の援護を受けつつ後退する。歩兵部隊の退却完了後は、迫撃砲陣地を次の防衛線まで後退させて、砲隊による攻撃を再開し、後は同じ流れを繰り返すという算段だ。


 この戦術は、味方の被害を最小限にしつつ、敵の突撃の勢いを弱めつつ出血を強いるものだった。


「信号弾確認ッ! 退却だ、全員サンドワームに乗れ!」

「急げ、迫撃砲の攻撃に巻き込まれるぞッ!」

「行け行け行けッ!」


 砲隊の第二防衛線への撤退を確認し、歩兵部隊も撤退を開始する。それと同時に、第二防衛線から多数の迫撃砲が火を吹き、第一防衛線の奥へと砲弾が撃ち込まれる。


「被害は?」

「今のところ軽微! ほとんど無事です!」

「よおし、この調子で続けるぞ!」



 * * *



-同時刻

@ローシュ 酋長のテント


「いよいよ始まったでありますね……」

「や、やっぱり逃げた方がいいんじゃ?」

「まだ弱気な事言ってんのかキエル? 前の件で英雄だって女の子達からチヤホヤされて、嬉しそうだったろ?」

「いや、でも自分も別動隊に参加するなんて聞いてないッスよ!?」


 デメテルのゆりかごによる攻撃が始まってすぐに、俺たちはミルダ婆さんのテントへと召集された。なんでも、特別なとやらを任せたいらしい。

 テントに入ると、キエルの他にレイネ、コレットといったいつもの面子と、十数人の選抜された人員達が待機していた。全員が集まったのを見て、ミルダ婆さんは口を開いた。


「よし、揃ったね。アンタ達には、これから特別な仕事をしてもらいたい。コレット!」

「はい、お婆さま」


 コレットがテーブルの上に、周辺の砂丘や防衛線が書き込まれた簡易的な地図のようなものを広げる。


「敵の主力は今、ローシュの北側から攻めて来てる。信号弾の様子から、いまのところ第一防衛線が突破されて、第二防衛線で敵を食い止めてるとこよ」


 コレットが、地図に大きな矢印を書き込む。防衛線はローシュを起点に8重に引かれており、そのうち一つが突破された事になる。


「や、やっぱりこのままじゃマズいんじゃないッスか!?」

「いや、作戦は縦深防御だ。敵を引きつけつつ後退する事で、こちらの被害を低減しつつ、敵に攻撃を加える事ができる。だろ、コレット?」

「……そうよ。それに、これで時間も稼げる。その間に私たちは、主戦場を迂回して、敵の巫女を捕える!」

「捕える? 殺すんじゃないのか?」

「ヴィクター殿、デメテルのゆりかごの人員は結構頭が悪いであります。でも、指揮を取る巫女はそうでも無いでありますよ」

「捕まえたら、意外と自分の命大事にこちらの要求を飲むことが多いらしい」

「なんか、宗教の闇を感じるな……」


 コレットの立案した作戦を要約すると、防御で敵の進軍を抑えている間に、俺達が敵の司令本部のような所を強襲し、司令官を拉致するというものだ。なかなか良いんじゃないか?

 本来なら、敵がそれだけで退くとは思えないが、ヤク中のカルトが相手なのだ。それも通じるのかもしれない。


「確かに、巫女を捕えるのに成功したウェルタウンの部隊が、デメテルのゆりかごの大軍に勝利したって話を聞いた事があるッス!」

「へ〜、じゃあ実質その巫女って奴を捕まえたら勝ちって訳ね!」

「敵に撤退やら降伏の命令を出させる為にも、巫女の生捕りは必須ということか」

「そういう事よ」

「そういえば、捕まえた巫女ってその後どうするの?」

「「「 …… 」」」

「えっ、何よ皆急に黙って……?」


 カティアの発言に、コレット達は口を噤む。

 巫女は、言うなれば戦犯だ。そして戦犯の扱いなど、古今東西似たようなものだ。しかも、今は法の支配が無い崩壊後の世界。凄惨な拷問などが待っているのだろう。どうなるかは想像したくない。

 それに、自分達のコミュニティを崩壊寸前まで追い込んだ中心人物を前に、怒りが沸かない人間などいないだろう。普段温厚なレイネを見ると、その顔は真顔であるがどこか固く、その拳は力強く握り締められている。父親を喪っているのだ、無理もない……。

 俺は、これについては無関心の立場だ。非人道的な事が行われるかもしれないが、崩壊後のルール、現地のルールには従っておいた方が良い時もある。


「まあ、そんな事は今はどうでもいいだろ? それより時間も押してるし、さっさと出発した方がいいんじゃないか?」

「そ、そうね。ごめん、変なこと聞いて」

「ところで、コレットさん。俺は何をすれば良いんスか? 俺、アニキ達みたいに戦えないッスよ!?」

「キエル、アンタにはご自慢の車を動かしてもらうよ。捕まえた巫女を運ぶのに使いたいからね」

「ああ、確かに!」

「それから、カティアのサンドワームがこの前お釈迦になったから、一緒に乗せてってやんな」

「えええええッ!? か、かかかカティアさんと一緒にッ!! 俺が!?!?」

「何よ、私がそんなに嫌なわけ!?」

「い、嫌じゃないッス!! むしろ大歓げ───」

「んじゃ、話は決まりだな。さっさと出発しようぜ」

「いざ、出陣であります!」

「では、お婆さま……行って参ります!」

「コレット……全員、無事で帰るんだよ」



 * * *



-数十分後

@ローシュ近郊 砂丘の稜線沿い


 ローシュの南側からこっそりと抜け出した俺達十数名の別動隊は、近くの砂丘の影に隠れながら、こっそりと車両を走らせていた。付近からは、爆音や銃声、怒号や断末魔の叫びが響き、戦場の只中だということを知らせる。


「マズい、もう第五防衛線まで迫ってる! 想定より早いッ!」

「そりゃ、急がないとだな」

「その防衛線って、8つしかないんでしょ? このままだと、突破されちゃうんじゃない?」

「いや、最終防衛線は要塞化してる。しばらくは持ち堪えるはずだ」

「それでも、時間の問題というのは変わらないであります」

「そうだな、急ごう!」


 コレットによると、8つ設けた防衛線のうちの半分が突破されたらしい。だが、防衛線はローシュに迫るほど狭まるようになっており、火点が集中していき、敵の進軍速度も落ちるはずだ。

 さらに最終防衛線には、先日ローシュの周囲に設けた排水溝を転用した空堀や、大型の土嚢やコンクリート壁を利用した防壁や障害物が設置してある。これらを用いれば、かなりの時間稼ぎができるはずだ。


 本来であれば防衛線を迂回されたり、軍を分けて迂回させて挟撃されるなどのリスクがあるが、敵は食糧を奪われて飢えた狂信者だ。たとえ飢えていなくても、ヤク中共にそのような戦術が取れるとは思えない。

 結果として、敵は馬鹿正直にローシュ向けて突撃を敢行し、防衛線の餌食となっている。後は、俺達が巫女を捕縛できるかに掛かっている。弾薬も無限ではない、急ぐとしよう。


《ヴィクター様、前方に主力から別れた部隊が進行中です》

《何? まさか気づかれたか!?》

《……いえ。この部隊の進軍経路を見るに、後方から直接そちらに向かっているようです》

《という事は、敵の別動隊か? ……どうやら、頭がわいてる奴だけじゃないみたいだな》

《どうやら、弓矢や木槌などで武装しているようですね。お気をつけて》


 敵も馬鹿ばかりではなかったらしい。敵も同じ事を考えたようで、別動隊を砂丘の影を使ってローシュの後方に送り込むつもりだったようだ。


「ん? あ、アニキ! なんか前に敵の部隊が!?」

「アレは!? マズい、【リュカオン】よッ! 全員、戦闘準備ッ!」


 しばらく進むと、車高の高いキエルが敵の存在に気付いたようだ。コレットの号令により、皆車両を停めて自分の得物を取り出す。


「コレット、そのリュ……なんとかって何?」

「デメテルのゆりかごの精鋭よ! 鎧やら着込んでて、厄介な奴らよ。カティアも気をつけて!」


 双眼鏡を覗くと、狼や犬のもの思われる毛皮を頭から被った大男達と、その後方に弓矢を装備した部隊がこちらに向かって進軍しているのが見えた。


「くっ……このまま奴らの相手をしてる暇は無いのに!」


 コレットには想定外の出来事だったらしく、その顔には焦りが見える。

 ここは一つ、貸しを作ってやるとするか。そろそろ欲求不満だったしな。


「コレット、ここは任せた。巫女は俺に任せな」

「ッ……い、いいの?」

「ああ、一つ貸しだ。返し方は……わかってるな?」

「チッ……こんな時にまで減らず口を! でも、分かった。その代わり、ちゃんと巫女を捕まえて帰って来な!」

「おう! カティア、お前はコレットの援護してやれ」

「わかった、任せて!」

「キエルとレイネは一緒に来てくれ!」

「了解であります!」

「わ、わかったッス!」

「よし、行くぞッ!」


 キエルとレイネを連れた俺は、そのまま別動隊を離れると、敵部隊を迂回するように移動を始めた。



 * * *



-数十分後

@デメテルのゆりかご 前哨キャンプ


 デメテルのゆりかごの前哨キャンプは現在、わずかな人員を除いてがらんとしていた。そんな中、その中心にある天幕では少女の怒れる声が響いていた。


「遅い……さっさと攻め落としなさいよ!」


 デメテルのゆりかごのローシュ侵攻軍、その指揮官である巫女エレナは、未だにローシュ攻略の報告が無いことに苛立ちを感じていた。

 想定外の事(食糧を奪われたり、季節外の降雨など)が重なったが、何とかローシュの侵攻に移す事ができた。


 さらにダメ押しで、リュカオンの別動隊をローシュの後方に送り込む事もしてみた。もともと自分の護衛用に用意された部隊だが、どうせ敵は防御に手一杯で、こちらに攻めて来るはずもない。

 どうせ使わない部隊を遊ばせておくのも勿体無いので、敵の裏側から攻め上げさせ、混乱した敵を本隊で蹂躙させる。我ながら、良い判断なのではなかろうか?

 だというのに、自分と比べて未だにローシュを落とせないとは、なんと無能な奴らだろうか。


──バシュッ、バシュッ!

──ぐわぁぁ!?


「な、何?」


 などと思っていると、何やら外が騒がしくなったのに気がつく。何ごとかと外を窺うと、異教徒の男女が3人……堂々とキャンプの中を歩き周り、テントの中を窺っているようだ。


『ここも外れッスね……』

『ああもう面倒だな。巫女さ〜ん、いませんかぁ〜ッ!?』

『あ、アニキ!? 潜入って話じゃ───』

『こんだけ警備がザルなら、潜入もムダだろ。巫女さ〜ん、どこですか〜ッ!?』

『デメテルの巫女ッ! どこ!? さっさと出てこいッ!!』

『うえっ!? れ、レイネさん……なんか、いつもと雰囲気違くないッスか!?』

『キレてるのか? それとも、実は素はこんな感じなのか?』


 そして、その中の一人にエレナは釘付けになった。


「あ、アイツはッ!?」


 儀式を中断させられ、自分に汚名を着せた張本人。そう、ヴィクターである。


「お前ッ! よくも私に恥をかかせたなッ!!」

「おっ、あれが巫女じゃないか?」

「んん? ああっ、あいつ俺を火あぶりにしようとした巫女ッスよッ!!」

「ああ、確かに言われてみればドッグハウスの時の……。なあキエル、巫女ってあんな子供しかいないのか? てっきり、いい感じのお姉さんだと思ったんだが……」

「確かに、巫女にしちゃガキっぽいッスね」

「お父さんの……仇ッ!」

「レイネ、なんか急に怖くなったな……殺すなよ?」


 何やらごちゃごちゃ話しているが、そんなことはどうでもいい! 今こそ、奴にこの前の礼を返してやるのだ。

 何で敵がここまで攻めて来れたのか、また本当に敵は目の前の3人だけなのかといった疑問もあったが、怒りに囚われたエレナはヴィクターへの制裁を優先するのだった。


「たった3人でここに乗り込むなんて、馬鹿な命知らずね! せいぜい、死んで後悔するといいわ!」


──ピュルルルルッ!


『ウォ〜〜ンッ!!』

『グルルルルッ!!』


 エレナは首から下げた笛を手に取ると、それを思いっきり吹く。すると、自身の天幕の裏に控えていたリュカオンが4人、自分を守るように現れた。


「げぇッ、リュカオンッ!? しかも4人も!? まだいたんスか!?」

「泣きごと言ってる暇は無いぞキエル?」

「……邪魔ッ!」


──バババババッ!


『わおおおおんッ!!』

『グオオオオオッ!!』

「おいレイネ、先走るな!」

「そこをどけェェェェッ!!」


 異教徒の女が銃を乱射するが、無駄な事だ。リュカオンの鎧は生半可な攻撃は弾き返すし、もし鎧を貫かれたとしても、強靭な肉体と“祝福”の効果により、リュカオンは倒れない。


「キエル、下がってろ。余裕があったら、レイネの援護だ」

「り、了解ッス!」

「レイネ、聞いてるな!? お前はそいつを任せる。後の3人は任せな!」

「はい! ……じゃなかった、了解であります」

「あ、アニキ!? 一人で3人も相手にするなんて無茶だッ!」

「まあ見てろって。似たような相手とは前に戦った事あるからよ!」

「……じ、自分車取ってくるッス」

「あ、おい逃げるなよッ!?」





□◆ Tips ◆□

【リュカオン】

 デメテルのゆりかごの誇る、最高戦力である狂戦士およびそれらで構成される部隊。

 その名の由来通り、イヌ科動物の皮を頭に被った狂戦士であり、全身に丈夫な皮革製の鎧を着込んでいる。他の者達とは違って重装備であり、体格も一段と大きい者が多く、武器も大きな木槌や棍棒といった膂力が必要な物を装備している。

 “祝福”漬けにされている為か、巫女の命令に従うが、知能の低下が著しい。戦闘時は狼の遠吠えに似た奇声を上げながら突進してきたり、得物を力任せに振り回して大暴れする。

 部隊編成される際には、弓隊がサポートにつけられる事がある。

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