第198話 輜重部隊強襲

-明け方

@ルインズランド中北部 砂海境界


 砂海……砂の海という読んで字の如しであるが、一面砂や砂丘で覆われた砂漠をこう呼称する事がある。ローシュは、まさにその砂海の中にあり、俺達がここ最近立ち往生してから過ごしていたのも、この砂海の中だ。

 ところで、砂漠というものは別に砂海のような砂砂漠だけを指す言葉ではない。中には、砂利や礫などでできた砂漠や、岩盤が地上に露出している岩石砂漠などがある。

 実は砂砂漠は砂漠全体の1〜2割しか占めていない。砂漠のほとんどは、岩石砂漠だったりする。まあ、もっともそれは崩壊前の話なのだが……。


 何の話をしているかというと、現在進行形で段々と砂が減っていき、礫や岩から成る景色が増えてきたのだ。どうも、砂海の境界に差し掛かっているらしい。


「ねえヴィクター、なんか段々砂漠じゃ無くなってきてない?」

「ん? いや、ここも砂漠だぞ。……まあ、確かに砂は減ってきたがな」

「この辺りは、ゴツゴツした岩場が多いでありますよ!」

「俺、ここまで来たの初めてッス!」


 俺達は、ローシュを出発してまずは西に進み、その後北東を目指して進んだ。ローシュからそのまま北に行くと、進軍中の敵の本隊とぶつかるからだ。

 幸い敵はまだ進軍中であり、包囲網の構築などは行われていない。敵の本隊を迂回して、後方の補給路を断つ。作戦としては、悪くないはずだ。


「ここを抜けると、デメテルのゆりかごの本拠地になるであります。かつては、リュミエール一族が暮らしていたそうでありますが……」

「あっ、知ってるッスよ! 確かリュミエール一族の“ホーム”ってのがあるんスよね?」

「ホームね……そういや、どんな所なんだレイネ?」

「伝え聞く話では、崩壊前の遺跡だそうであります。なんでも巨大な四角錐状の建築物だそうで。その地下には巨大な空間が広がっており、何万人も生活する事ができたとか」

「へ〜、それが本当なら凄いッスね!」

「し、しかくすい……って何?」

「あ〜、アレだカティア。ノア6みたいなピラミッド型の事だ……ん、待てよ?」


 俺はその特徴に合致する建築物に、物凄く心あたりがあった。そういえば、この辺りにもあったはずだ。そう、あの施設が……。


《ロゼッタ、確かこの辺だったな……“ノア”があるのは?》

《はい、【ノア4】ですね? そこからさらに北方にあるはずです。もっとも、周辺の環境は崩壊前とは異なるようですが》

《そうか……》

《それに、ノア6とは違い軍の管轄ではありませんので、内部の現状は詳しくは分かりません》


 ノア4……我が家でもある、ノア6と同類の施設だ。軍の管轄下にあったノア6と違い、確か崩壊前は自然史博物館の様なものに改装されていた気がする。

 だが、ノア4はノア6よりも巨大な施設であり、その全てを改装するのは無理がある。核戦争を想定した頑丈な設備の撤去や、インフラの再構築には莫大なコストを要するからだ。おそらく、元の設備はそのままになっている可能性が高い。

 つまりノア6やグラスレイクにあるような、施設用の大型の万能製造機が残存していると考えられる。それを使うことができれば、ドッグハウスの修理や強化も夢では無い。ただし、狂信者達の破壊を間逃れ、かつ壊れていないことが条件だが……。


「のあ? ああ、そういえば“ホーム”はかつて“ノア4”と呼ばれていたそうであります。ヴィクター殿は物知りでありますね!」

「あ、ああ……まあな」

「流石アニキッス!」

「ねぇヴィクター、私とんでもない事に気がついたんだけど……」

「何だカティア?」

「ノア6の6って、6個目って意味なんじゃないかしら? だから、そのノア4ってノア6のお兄ちゃんみたいなやつなんじゃ……」

「……あのなカティア。ロゼッタから施設の説明受けただろ? その時に習わなかったか?」

「ん、そうだっけ? 忘れた」

「こ、こいつ……ッ!」


 カティアやジュディのようなノア6の関係者達には、ロゼッタにより施設の説明が行われており、その際にノアの由来や来歴を説明しているはずだ。カティアの事だ、小難しい話や関心のない話は馬耳東風だったのだろう。


「カティアの言う通り、まあそんな感じだな」

「じゃあ、そこに行けばドッグハウスも修理できるんじゃない?」

「そうだな、俺も同じ事を考えてたところだ」

「や、やめた方が良いでありますよ!? あそこは今、デメテルのゆりかごに奪われてから奴等の聖地になっているであります! 下手に刺激すると────」

「あ、アニキ!? やめましょう? ね? 変な事言わないで欲しいッス!!」

「はいはい……だが、妙じゃないか?」

「え、何がッスか?」

「連中、機械とかを憎んでるんだろ? それがどうして、崩壊前の遺跡を占拠してるんだ? あそこには、崩壊前の機械やらが山の様にあるはずじゃないか?」

「た、確かに!」


 ノアは崩壊前の遺跡であり、機械や人工物の塊だ。そんな所を、機械や人工物を憎んでいるカルト集団が占拠している……とても違和感を感じる。


「ホームは、とても頑丈だそうであります。おそらく、破壊するのが困難だったのでは?」


 レイネの言う通り、ノアは核攻撃にも余裕で耐えるほど頑丈だ。そんな強固な施設を、人の力だけで破壊するのは不可能だったのだろう。

 何で連中があそこを占拠してるかは、考えても仕方がないだろう。何せカルトの考える事だ、きっと碌でもないはずだ。


「まあ、そんな事を今考えても仕方ないな。連中の考えなんて知りたくもない。それよりもそろそろ目的地だ、準備はできてるか?」

「もちろん! ちゃんと貰ったナイフも持ってきたわ!」

「昨日の闘いは本当に凄かったッスよ、カティアさん! ああ、レイネさんも」

「いや、それほどでもないでありますよ。それにしても、カティア殿は強かったでありますね!」

「ふふふ、そうでしょそうでしょ!? ヴィクターも褒めてくれていいのよ?」

「いや、アレは奇襲が成功しただけだろ? そんな事で喜んでたら、いつか命を落とすな」

「んなっ!?」

「次は、自分も負けないでありますよ!」

「……分かってるわよ、油断は禁物って事でしょ?」

「そうだ。それに、なんだあの動きは? 戦闘途中でナイフを持ち替えるのは、あまり良くないぞ」

「ロゼッタとか、ヴィクターの動きを真似たのよ……ほら、二人とも凄く強いから」

「ああ……確か、この前の戦いでもそんな動きしてたな」

「あっ、そういえばあの時の鎌みたいなナイフ! アレ、切れ味良いし、ダガーじゃなくてアッチが欲しかったかも!」

「カランビットナイフは、特殊な訓練が必要なんだよ! 見様見真似で使おうとするなッ!」


 ドッグハウスを回収する時も、カティアは俺の拳銃と戦闘用ナイフを奪って使っていた。思えば、普段から俺達の動きを見て学び、独自の戦技を編み出していたのかもしれない。

 だが、俺やロゼッタの動きと比べたらお粗末なものだ。今度、稽古を付けてやるのも悪くないかもしれないな。


「そういえば、ヴィクター殿もかなりお強いと聞いたであります! 帰ったら、是非お手合わせ願いたいであります!」

「ああ。それなら、さっさと済ませて無事に帰るとするか!」

「了解であります!」


──ギュインッ!

──ブロロロロッ!


 霧が立ち込め、陽の光で白くなる空の下、4台のサンドワームが朝露で固くなった砂漠の砂の上を駆け抜けて行った。



 * * *



-数十分後

@奇岩地帯 岩の森


 あれからしばらく走り、俺達は台地が風化侵食作用で削れた事で形成された柱状の岩が連なる奇岩地帯、通称“岩の森”の中に足を踏み入れていた。

 この辺りは、崩壊前も観光地であった。付近で起きた核爆発やその後の気候変動の影響などで、周辺の環境は以前とはだいぶ異なっているようだが、ここの地形は未だに残っているらしい。自然の奇跡だな。


「よし、この辺だな」

「それにしても、面白いところね!」

「岩の森と呼ばれてるであります。なるほど、確かに奇襲には最適な地形でありますね」


 ここは、多数の岩や石柱で入り組んでおり、身を隠しやすい。さらに、通行できる箇所が限られているので、大部隊と遭遇しても、敵部隊の行動を制限できる。レイネの言う通り、奇襲には最適なポイントだ。

 俺は、この場所で輜重部隊を襲おうと考えていたのだ。


「でも、本当に来るんスか?」

「ああ、問題ない。じゃあ、手筈通りにキエルとレイネはここで準備だ」

「了解であります! 上手く釣って来て欲しいであります」

「ほ、ほどほどにお願いするッス」

「よし、行くぞカティア」

「分かった」


 俺とカティアは、これから敵の元へと向かう。レイネ達には、ここで罠を張ってもらう予定だ。上手く行くといいが……。



   *

   *

   *



 しばらく進むと、敵の付近まで迫る事ができた。バレないよう、付近の岩山の上から双眼鏡を覗く。

 敵は、ヨットの帆の様な物をいくつも立てたキャンプのようなものを設営しており、付近には多数のラクダやロバの他、荷物が満載の荷車の様な物が多数確認できた。


「……ヴィクター、あのいっぱい立ってる旗みたいな奴って何?」

「あれか? たぶん、あれで朝露を集めてるんだ。砂漠で水を手に入れるには、ああいった手段もある」

「あれで水を集めてるの!? へ〜」


 砂漠は日夜の寒暖差が大きい。特に、日中は気温が高くなるのと、遮るもののない直射日光が容赦なく照りつける。そのため、機械化してない移動は気温の低い朝から昼や、日没後に行うのが基本だ。特に夜間は星を見れば方角が分かるので、目印のない砂漠では重宝するはずだ。

 頭のおかしい狂信者達も同じ考えのようで、奴らは深夜に採水装置の設置やキャンプの設営をして、休んでいたようだ。


『水の収量はどうだ?』

『ロバの餌やりは終わったか?』

『もうそろそろ出発か? 準備しとかないとな』


 敵には俺達の存在はバレてないらしい。まあ、二人だけだしな。


「よし、やるか。人間だけ狙えよ? 動物は使えるかもしれないからな」

「了解! じゃあ、さっさとやっちゃいましょ!」


──ギュインッ、ブロロロロッ!!


 俺とカティアは、サンドワームのアクセルを噴かし、岩山を駆け下りる。敵も迫り来るエンジン音に気が付き、戦闘準備を始める。


『なっ!? い、異教徒だッ!! みんな起き───』

「今更遅いんだよ!」


──ダダダッ!


『ぐはっ!?』

『て、敵襲──ッ!! 異教徒だッ!』

『悪魔だ! 悪魔が来たぞッ!! 奴を討ち取れッ!!』

「よしカティア、暴れて来い! 俺は例のブツを探す」

「分かった! ほらほら、かかって来なさいッ!」


──ダダダッ、ダダダッ!!

──ブロロロロッ!!


 カティアと二手に別れた俺は、キャンプの中の敵を掃討しつつある物を探す。連中にとって命の次、いや命以上に大事な物……“祝福”とかいう薬物だ。これが今回の作戦上、とても重要な物になる。

 サンドワームを走らせると、何やら祭壇のような物と、その周囲に土嚢の様に布袋に包まれた何かが満載になった荷車を見つけた。


「……これか? 分かりやすくて助かるな」

『なっ!? 祝福が!』

『大変だ、異教徒が祝福を盗んだぞッ!!』

『なんと罰当たりなッ! 巫女様達の施し、聖女ハール様のお恵みが!』

『に、逃すなぁッ!!』

「やっぱり、当たりだったみたいだな。ほら、返して欲しけりゃ捕まえてみな!!」

『逃げたぞッ!』

『待てーッ!!』


──ブロロロロッ!!


 俺は荷車から祝福の入った布袋を幾らか頂戴すると、わざと敵を挑発しつつ来た道を引き返す。


「ヴィクター、あった!?」

「ああ。あとはキエル達の準備が終わってる事を願うだけだな」

「なら、早く行きま───」


──ッブン!


 カティアと合流し、逃げようとしていたその時、風を切る音が聞こえたかと思うと、細長い棒の様な物が俺達の目の前を通過した。


「わっ!? な、何ッ!?」

「矢? 奴ら、飛び道具も使ってくるのかよ!」


 背後を確認すると、俺達に向かって走ってくる連中の他に、弓の様な物をつがえている者達を確認した。


『逃すな! 追えッ!!』

『弓隊、よく狙えッ!』

「ち、ちょっと不味くない?」

「ああ、さっさと逃げるぞ!」


──ギュイン、ギュインッ!!

──ブロロロロッ!!



   *

   *

   *



──うおおおおッ!!

──待てーッ!!


 弓矢の射程外を維持しつつ、敵の部隊を引きつけた俺達はキエル達と別れたポイントへと向かう。


「……なんかさ」

「なんだカティア?」

「いや、想像してたのと違うなって」

「そりゃ、相手は自力で追ってるんだ。俺達より遅いのは当然だろ」


 先程から、俺達はでサンドワームを走らせている。一時的に弓矢の攻撃から逃げるために全速を出したが、あっという間に敵との距離が離れてしまった。

 乗り物に乗った俺達と違い、敵は自力で走っているのだ。当然差が出てしまう。なので、あまり距離が離れて敵が俺達を見失ったり、追うのを諦めないよう、こうして絶妙な距離を保ちながら、俺達は奇岩地帯を進んでいた。


──パシュ……パッ!


 そうして、敵を引き連れながらノロノロ移動する事しばらくして、俺達の進行方向前方で信号弾の様な物が打ち上がった。キエル達が準備してくれていた、仕掛けの位置を知らせてくれる物だ。


「よし、あそこだな。ちょっとペース上げるぞ、カティア」

「待ってました! そろそろ鬼ごっこも飽きてきた所だったのよ」


 少し速度を上げて信号弾の下まで近づくと、キエルとレイネが手を振って待っていた。彼らの足元には、少し大きめの焚き火が用意されており、メラメラと赤い火と灰色の煙が見える。

 仕掛けというのは、この焚き火の事だ。


「アニキ、用意できてるッスよ!」

「ここと、あと付近にもいくつか用意したであります! けど本当にこんなので、あんな大勢を相手にできるんでありますか?」

「そ、そうッスよアニキ! 早く逃げたほうが……」

「逃げる暇があるなら手伝え。ほら、こいつを火にべてこい」

「こ、これって“祝福”の原末ッスか!? も、燃やすなんてもったいないっすよ!!」

「こ、この量があれば、ウェルタウンから流れて来た機械やパーツと交換できるでありますが……」

「へ〜、そんな使い道もあるのか」


──ドサッ……パチパチ……


「「 あーッ!!? 」」


 そう言いつつ、俺は抱えた袋の一つを焚き火の中へと投げ込む。

 祝福は、ルインズランドでは通貨の代わりになるらしい。だから、キエルやレイネの目には、俺は突如金を燃やし始めた狂人に映ったのだろう。


「お前達、目的を忘れるなよ? 今はこんな怪しげな薬物より、連中の持ってる食糧の方が大事だろうが」

「そ、そうッスね……え、ええいままよ!」


 そう言うと、キエルも祝福の袋を他の焚き火に放り込んだ。


「ああッ! ……じ、自分も覚悟を決めるでありますよ!」

「私、向こうの焚き火行ってくるわね!」


 全員で、祝福の入った袋を火に投げ入れていく。引火した袋からは、灰色の煙がモクモクと立ち上っている。


「……よし、これで全部だな」

「ね、ねへ……ウィくたぁ〜、なんかヘンなかんじがしゅる……」

「か、カティア殿! 大丈夫でありますか!?」

「カティアさん、何かフラついてるッスよッ!?」


 全ての祝福の袋を火に投げ入れ終わった時、カティアが酒に酔った時の様な反応を示した。この様子なら、作戦は上手くいきそうだな。

 だが、このままでは俺達も危うい。急いで離脱しなくては……。


「カティアがこの調子じゃ、俺達も危ないかもしれないな。急いでこの場を離れるぞ!」

「り、了解であります!」

「カティアさんは、どうするんスか!?」

「カティアは、俺が連れてく。……ちょうどいい、コイツのサンドワームは囮として置いてく。急いで離脱するぞ!」

「分かったッス!」

「ほら、カティアも早く乗れ!」

「う〜いっ♪」

「ちょうどいい、ガスマスクつけろ!」

「ふがふがッ!?」


 カティアにガスマスクを被せ、俺のサンドワームの後席に乗せる。そして、全速力でその場を離れつつ後方を確認する。


──待てェェェェッ!!

──見ろ、悪魔だッ!

──うおおおおッ!!


 敵は、カティアのサンドワーム目掛けて突撃して来ていた。……そして、それに近づくにつれて段々とその足は遅くなっていき、その場に倒れたりフラついたりする者が出始めた。


「あ、あれ? どうなってるんスか!?」

「て、敵が次々と倒れていくでありますよ!?」

「急性薬物中毒だ。燃やした祝福の煙や、空気中に飛散した微細な塵が、奴らの肺から身体に回る。息をしている以上、逃れられないはずだ」

「な、なるほど……」


 今回の作戦は、早い話“毒ガス攻撃”だ。警察などが押収した麻薬や薬物を焼却処分する際に、付近にいる者がその麻薬や薬物にキマってしまう事がある。その様子を映したレポーターがヘラヘラ笑い出したり、カメラマンが倒れて救急搬送されたりした事例もあるのだ。

 今回は、敵から奪った祝福を燃やす事で、連中をそうした状態に追い込み、一網打尽にしようとしていたのだが、上手く行ったようだ。


「そうだ、締めにいっちょ派手なのやるか。レイネ、カティアのサンドワーム吹っ飛ばしてくれ!」

「分かったであります!」


 そう言うと、レイネは持参していた無反動砲と思しき発射機を肩に担ぐ。


「あっ、それ気になってたんスよ!」

「リュミエール一族秘伝の無反動砲であります! ウェルタウンの戦車も一撃でドカンでありますよ!」

「すげぇッス!」

「じゃあ、行くでありますよ!」


──ボンッ!!

──ドガンッ!!


 レイネが放った無反動砲の砲弾は、カティアのサンドワーム目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、その車体を爆散させた。さらに、その爆風は付近の敵を吹き飛ばすと共に、焚き火を吹き飛ばして、炎上中の祝福を周囲に撒き散らし、空気中の祝福の濃度を上げた。


『あ゛? あ゛ぁぁぁ……』

『えへっ、えへっ、えへっ!』

『ゲヘヘヘへへッ!!』

『うぅぅ……あああああッ!!』


 吹き飛ばされなかった者達も、唸ったり、突如奇声をあげて笑い出したり叫んだりと、完全に自我を失っている様子だ。まさにゾンビの様な姿とはこの事だろう。


「う、うわぁ……」

「度し難いでありますな……」

「ん? コレット達も来たみたいだな」


 複数のトラックとサンドワームの集団が、こちらに近づいてくる。恐らくコレットだろう。

 最悪の場合、ここで敵を迎え撃つ算段だったが、その必要は無さそうだ。


「ちょっと、どうなってるの!?」

「凄いでありますよ! ヴィクター殿が祝福を燃やして、敵を無力化したであります!」

「祝福を燃やす!? な、なんて事を……」

「まあ、そんな事よりこの先に奴らのキャンプがある、食糧もたっぷりだ。そして奴らは薬でハイになってる……後は分かるな?」

「まったく……いつもメチャクチャよアンタ」

「はいはい。んじゃ、さっそく頂戴しに行くか。ああ、少し迂回するぞ? 俺らもキマったらマズイからな」

「分かったよ。それより、カティア……大丈夫なの?」

「……トラックの助手席にでも乗せといてくれ」

「わらひ、さいきょ〜ッ♪」


 その後、ゾンビと化したデメテルのゆりかごの輜重部隊を尻目に、俺達は奴らのキャンプから大量の食糧と、ラクダやロバなどの動物を奪取する事に成功したのだった。





□◆ Tips ◆□

【ノア4】

 連合の「方舟計画」により建造された実験施設。数あるノアの中でも、多数の人間を収容する事を主眼に建造されており、施設規模は数あるノアの中でも最大である。

 方舟計画の終了後、シェルターや基地として維持するにはコストがかかり過ぎるという理由から、民間に払い下げられた過去がある。その後、著名な団体である「ヴァレンタイン財団」に買い取られ、崩壊前は財団の掲げる環境保護や、自然史・人類史をテーマとした博物館として改装され、一般公開されていた。

 博物館として改装された後も、基本的なノアの機能はそのまま残されており、崩壊後にここに避難した人々が後のリュミエール一族となる。現在は、デメテルのゆりかごの支配下にあり、“聖地”として崇められているようだが……?




【ラプトルクロー】

 連合軍の特殊部隊によって用いられる、カランビットナイフ。連合軍特殊部隊用近接戦闘術との組み合わせで、近接格闘において無類の強さを発揮する。使用には特殊な訓練が必須であり、完全に戦闘に特化したナイフである。

 全体的に湾曲した鎌状の刀身を持ったナイフであり、両刃の鋭い刃を持つ。鎌でいうところの峰側に、大きな栓抜き状の切り欠きとセレーションが設けられており、この部位に敵のナイフを引っ掛けて叩き落としたり、敵の衣服や皮膚を引っ掛けて格闘に用いる事ができる。

 柄の後端に指を入れるリングが備わっており、ナイフ保持の補助や固定等に用いる。また、リングに指を通す事である程度手を自由に動す事ができ、ナイフを保持したまま銃火器の操作が可能である。その為、特殊部隊においては基本的にこのナイフを左手で逆手に持ち、右手に拳銃などを持つ、独自の構えを使用していた。

 元はセデラル大陸南洋に浮かぶ島々の原住民に用いられていたナイフで、肉食の小型獣脚類の鉤爪を彷彿とさせる為にこの名がついた。


[モデル] TTGD-SHIELD Reason to live




【ケラウノス】

 旧式の無反動砲の設計図を元に、リュミエール一族の手により製造された無反動砲。雷霆の名を冠するリュミエール一族門外不出の秘密兵器で、ほとんど遺物に近い。

 クルップ式の無反動砲であり、ライフリングの刻まれた砲身から大量の炸薬によってロケットアシスト式の砲弾等を打ち出す。口径は84mm。

 ルインズランドで広く用いられているサンダーボルトに比べ、圧倒的に高い砲弾飛翔速度と射程距離、安全性を誇る。製造には、リュミエール一族の保有する工場車の万能製造機が必要になる。

 その威力は高く、ウェルタウン制式戦車の正面装甲を遠距離から貫通可能。


[使用弾薬]HEAT弾、榴弾、散弾等

[装弾数] 1発

[有効射程]700m(HEAT弾)、弾頭により変動

[モデル] カールグスタフM3

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