第197話 砂漠の強盗作戦

-数時間後

@ローシュ 広場


「こっちはいつでも良いわよ」

「こちらも準備万端であります!」


 ローシュの広場にて、準備運動やコンディショニングを済ませた二人の女性が対峙していた。カティアとレイネである。

 二人はそれぞれ、その手に練習用のナイフを持っている。ちなみに、カティアの持っている物は、俺が彼女のナイフを作る時に参考にする為、鉄板を切り出して作った見本の様なものである。当然、刃は付いていない。


 先程の昼食時に話していた通り、カティアは模擬戦がしたいそうで、レイネは快く相手してくれるそうだ。

 それにしてもカティアの奴、何がしたいんだ? ただ、新しく貰った玩具を試したいという訳では無さそうだが……。


「よし、じゃあ二人とも前にでてくれ」


 俺は、組手の審判のような事を任されてしまい、二人を組手の開始位置まで呼ぶ。二人は、お互いに2mほどの距離で向き合うと、ナイフを構える。

 二人とも、ポンチョやローブを脱いで模擬戦が行われるスペースへと入る。ちなみに二人とも、コレットのようなへそだしスタイルだ。やはり、この辺りでは普通のファッションなのだろう。

 レイネは、いつもフードを身につけている為か、ルインズランドの住人にしては日に焼けておらず、透き通った白い肌をしている。身体も、俺の知る友人レイナと似たような背格好をしている……。


 カティアはナイフを右手で順手に持ち、両腕を顔の前にもってくると、腰を落として姿勢を低くした構えをとる。対するレイネもナイフを右手で順手に持つと、左脚を後ろに下げて半身になり、腰を落としてカティアにナイフを向ける。


『おお、始まるみたいだぞ!』

『どっちが強いんだ!?』

『リュミエールのネェちゃん、肌白いな!』

『うおおおおッ、カティアさ〜ん頑張って下さいッスッ!!』

『レイネ様も頑張ってくだされッ!』

『カティアおねぇちゃん、がんばれ〜!!』

『がんばれー!!』


 広場にはどこから聞きつけたのか、いつのまにか人集りが出来ていた。……まあ、食堂でこの話をしていたのだし、俺達の会話を聞かれていたのだろう。俺達は普段から目立っているし、無理もない。

 広場には仕事がひと段落ついて休憩中の者達や、普段カティアが面倒を見ている子ども達の他、カティアの熱烈なファン(キエル)などが円陣を組むように集まっていた。


「いや〜、組手は久しぶりであります。何だかワクワクするでありますよ!」

「その余裕も、どこまで続くかしらね!」

「よし、二人とも準備はいいな?」

「ええ!」

「いつでもいいであります!」

「わかった…………始めッ!!」


──ブンッ!


「チッ!」

「甘いであります!」


 先に動いたのはカティアだった。カティアは素早くレイネに肉薄すると、ナイフを素早く突き出した。だが、レイネはカティアに向けた右脚と右腕を引っ込めると、そのまま左脚を軸に身体を時計回りに旋回させ、身体を後退させてカティアの攻撃をかわした。

 そして、引っ込めた右脚が地についた瞬間、レイネは彼女の懐に入ったカティアに向けて、ナイフを突き出した。


──ガキンッ!!


「弾いたッ!?」

「甘いわよ!」

「くっ……!」


 だが、カティアはレイネのナイフに対して素早く反応し、後方に軽く跳びつつ、自身が突き出したナイフを引っ込める要領で、レイネのナイフを上方向に弾いたのだ。


「まだまだッ!」

「ッ! やるでありますね、カティア殿!」


──シュッ、シュッ! ブンッ!

──カンッ! ガキンッ!!


 カティアは連続で突きや斬撃を放ち、対するレイネも無駄のない動きでカティアの攻撃を避けたりいなすと、機を見てナイフや体術による反撃に移っている。また逆も然りで、レイネの攻撃をカティアは回避したり、ナイフで防御して、お互いに有効打が与えられないまま攻防が続く。

 当事者達にはもどかしいのだろうが、観客達にはかなりの刺激らしく、声援が増していく。それに釣られて、観客がどんどんと集まっていた。


『うおおおッ!!』

『ど、どうなってるんだ!?』

『二人とも、ものすごく早い! こりゃ凄い!!』

『カティアさん、凄すぎッス! そのまま押し切れェェェェッ!!』

『カティアねぇたん、がんばえ〜!』

『あの娘、レイネ様と互角だと! いったい何者なんだ!?』

『レイネ様は、英雄レイナ様より続く一子相伝の技の使い手……負ける筈がない!』


 リュミエール一族の者達だろう。その会話と、先程からのレイネの動きから察するに、彼女は連合軍式ナイフ格闘術を駆使しているとみて間違いない。おそらく、レイナから脈々と受け継がれてきたのだろう。


 連合軍式ナイフ格闘術において、対ナイフ戦闘時の基本戦術は、『相手の攻撃は回避に徹し、相手の隙を突いて攻撃する』事だ。

 これは非常に理に適っており、ナイフ同士で打ち合えば、ナイフが刃毀はこぼれを起こしたり、折れたり曲がったりして、ナイフが使い物にならなくなってしまう可能性がある。また相手のナイフによっては、打ち合った際にこちらのナイフを絡め取る様な事ができたりする物もあるので、そうなるとこちらは武器を失い一気に不利な状況に陥る。そうならない為には、上記の基本戦術が有効なのだ。


 さらに、この基本戦術の最大の利点はAMにも有効な事だろう。AMの近接戦武装であるプラズマカッターは、互いに打ち合ったり、鍔迫り合いしたりする事はできない。

 敵に鹵獲された自軍のAMとの戦闘や、共和国傭兵のAMとの戦闘、そして反乱などによる味方の裏切りなど、戦場では何が起こるか分からない。AM同士で近接戦になる可能性はゼロではないのだ。

 AMは、人体の延長として利用される兵器だ。搭乗者が普段から、こうした基本を身につけておくべきだと、かつて俺も軍の訓練で習ったものだ……。


「ハァ、ハァ……やるわね!」」

「ハァ、ハァ……こちらも、カティア殿のような手強い相手は初めてであります!」

「正直、いつもふざけた口調で喋ってるから舐めてたわ」

「ひ、酷いでありますね……。でも、次で一本取るでありますよ!」

「……そうね、そろそろ決着付けないとね!」

「望むところであります!」


 思わず、昔の思い出に浸ってしまった。気がつけば、カティア達が決着をつけるべく動き出した。

 すると突如、カティアは右手に持ったナイフを宙に放り、宙に浮いたナイフを左手で逆手に掴むと、レイネに急接近した。


「なっ、逆手持ちッ!?」

「はぁっ!!」

「くっ!? なっ、やられた!? ……であります」


 カティアは、逆手に持ったナイフを胸元に構え、小刻みに動かしながらレイネの懐に入ると、素早くレイネの右後脚に自身の右脚をかけ、レイネがナイフを握る右腕を自身の右手で押さえつけた。そして、抑えた脚を支点にレイネの身体を押し倒して、その首元にナイフを突きつけた。

 カティアの勝ちだ。


「ハァ、ハァ、私の勝ちね!」

「お見事であります、カティア殿!」

「そこまで! 勝者、カティア!」


『うおおおお、凄かったぞネェちゃん達ッ!!』

『レイネ様、よくぞ戦い抜きましたな!』

『カティアさぁぁん、凄かったッスよ〜〜ッ!』

『カティアねぇちゃんの勝ちだ! わーい!』


 決着がつき、観客達の歓声はピークに達した。それは、集落中に響き渡っていたのだろう。いつの間にか、コレットが警備兵を伴って様子を見に来たようだ。


「ちょっとちょっと、これは何の騒ぎ!?」

「ああコレットか。カティアとレイネが模擬戦してたんだよ」

「模擬戦!? 戦いが迫ってる今、何やってるわけ!? それに、カティアに何かあったらどうするのよ!」

「いや、だけど皆にはいい娯楽になったみたいだぞ? ここ毎日作業詰めだと、気が滅入るだろうが」


『なんだなんだ、夫婦喧嘩か?』

『聞いたところ、別に夫婦って訳じゃないらしい』

『確かに、跡取り殿の言う通りだよな』

『ああ、楽しかったよな!』


「ッ……アンタ達も持ち場に戻りなッ! 解散だよ、解散ッ!!」


『『『 へ〜い 』』』


 コレットが観客達に怒声をあげて、皆を解散させる。それと同時に、息を整えたカティアとコレットがこちらに近づいて来た。


「おお、コレット殿も観てたでありますか?」

「コレット、勝ったわよ!」

「カティア、大丈夫? 怪我はない!?」

「いや、大丈夫だから! 第一、本物使ってないし!」


 コレットは、カティアに対して少し過保護気味だ。カティアが近くに来るや否や、カティアの身体に怪我が無いか見たり、砂を払ったりしている。


「まったく、変な女だな……」


《ヴィクター様》

《どうした、ロゼッタ?》

《監視していた対象が、指定のラインを突破しましたのでお知らせ致します》

《そうか……前線の方は後退してないな?》

《はい。そちらに少しずつですが前進中です》

《よし、やるか!》


「ねぇ、こんな事してていいと思ってるの!? 今だって、デメテルの連中が近づいて来てるかもしれないのよ!?」

「コレット、ちょうど良かった。動かせるトラックはいま何台ある?」

「はぁ!? ちょっと何言って……」

「サンドワームでもいい。とにかく、大量の荷物を運ぶ手段を今すぐ用意して欲しい!」

「……何をする気?」

「何って、強盗だよ。奴らの食糧奪ってやるのさ」

「はぁ!?」



 * * *



-夕方

@ローシュの外れ


 模擬戦を終えて数時間後、俺達はローシュの外れに集まっていた。先程ロゼッタからの通信で、デメテルのゆりかごの輜重しちょう部隊と思しき部隊が、奇襲に最適なポイントに向かいつつあるという報告を受けたからだ。

 実は、敵の輜重部隊の存在は既に以前から知っており、マークしてロゼッタに監視させていたのだ。


 敵は、20万人規模の大集団だ。そんな集団が、車両無しにこの砂漠を移動するとなると、大量の水や食糧が必要になる。

 ところでルインズランドの様な砂漠地帯では、明け方にかけて濃霧が発生する事が多い。砂漠には水はないが、空気中にはあるのだ。なので、夜間に布でできた帆の様な物を立てておくと、朝露を集める事ができる。ルインズランドの住民達は、こうして水を手にしているが、それはデメテルのゆりかごの連中も同じだそうだ。

 だが、食糧だけはどうにもならない。こればかりは、本拠地から運んでくる必要がある。案の定、敵は輜重部隊を用いて食糧を輸送しているようだ。


 どうも敵は、この20万の軍勢をローシュに向かわせるのを急務としているようで、補給は二の次にしているみたいだ。……おそらく、指揮官は素人なのだろう。もっとも、狂信者達の考える事なので、詳しい事は知らないし知りたくも無いが。

 だが、この20万人分の食糧を奪う事ができれば、ローシュの食糧問題はひとまず何とかなるだろう。そこで、今から奇襲ポイントに向かい、輜重部隊を襲おうとしている訳だ。


「まったく、そんな事ならもっと早く話しといてほしかったね!」

「話そうとしたぞ? だが、話しかけても舌打ちして睨みつけてきたのは、どこのどいつだろうな?」

「チッ……」

「で、どのくらい用意できた?」

「トラックが10台弱に、サンドワームに輸送用のトレーラー付けたのが数十台ってとこ。人手が無いから、これでもギリギリよ」

「そうか。まあ、それくらいならとりあえず何とかなるかな?」

「でも、肝心の輸送部隊がいるって話、本当なの? 偵察員からもそんな話聞いてないけど」

「まあまあ、いいからいいから」

「チッ……とにかく、こっちはまだ準備中だから、終わり次第アンタ達を追いかけるよ」

「ああ、頼むぞコレット」

「言われなくても!」


 コレットとの打ち合わせを済ませて、俺も自分のサンドワームに跨る。


「よし、皆準備できてるな?」

「ええ、ヴィクター」

「準備万端でありますよ、ヴィクター殿!」

「あ、アニキ!? 何で俺まで行く事になってるんッスかぁ!?」

「ガタガタうるさいぞキエル! 人手が足りないんだ、お前でも囮くらいにはなれるだろ?」

「俺、そんな事させられるんスかッ!? し、死ぬッス! 絶対に死ぬッスよそれぇ!!」

「キエル、ゴチャゴチャうるさいわよッ! いいから黙って着いて来なさいよ!」

「か、カティアさんまで!?」

「まあまあキエル殿……男子は諦めが肝心と言うでありますよ?」

「レイネさんも!? いや、諦めたら終わりッスよね!?」


 ひとまず、俺達が先遣隊として輜重部隊を急襲する。メンバーは、俺とカティア、そしてキエルとレイネだ。

 レイネは、先ほどの模擬戦からもかなり戦える事は分かっているし、仲間として加わってくれるのは助かる。それにリュミエール一族にとっても、一族の頭目代理であるレイネが今回の作戦に参加して武勲を挙げるのは、ローシュに居候している身となった一族達にとっても、誇らしい事になるだろうしな。


「細かい事を気にしていたら、いい男になれないでありますよキエル殿!」

「レイネの言う通りだな、いい加減諦めろ。そんなんじゃ、バーディングとかいうのに出ても、優勝は無理だな。お前の夢も、それまでって事だ」

「わ、わかったッス……よーし、男見せるッスよッ!!」

「カティアも、一人で大丈夫か?」

「ちゃんと練習したわよ!」

「よし、なら問題ないな? 行くぞ!」


──ギュィィィィンッ!

──ブロロロロッ!


 こうして、夕陽が照らす砂漠へ向け、4台のサンドワームが走り出していくのであった。

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