第196話 英雄の子孫

-デメテルとの戦闘から数日後の昼

@ローシュ 作業場


 例の狂信者達との戦いの後、ローシュはリュミエール一族を迎え入れた。資材や食糧は足りていないが、ローシュの民達は嫌な顔をせずに彼らを受け入れていた。同じスカベンジャー同士の絆というやつだろうか?


──チュイィィィィンッ!

──ガンガンガンッ!


 そしてローシュにある作業場では現在、皆テキパキと忙しなく動き回り、慌ただしい雰囲気となっていた。というのも、先の狂信者達との戦いの後、戦っていたのが敵の本隊ではないという事が分かったのだ。

 レイネがそう話していたので、念のため衛星で確認すると、ローシュの北方に20万人程の規模の集団を確認した。先の戦いは、2万人規模の集団だったそうだが、今度はその10倍だ……とても、今のローシュに耐えられる筈はない。


《必要な物を揃えて、立ち去るというのはどうでしょうか? “万能製造機”はそちらにあると聞きましたが……》

《いや、この状況だと軍需品が優先される。俺の車のパーツは、後回しにされてるよ》

《では、どうしてもこの状況を何とかするしかない訳ですね》

《不本意だがな。しかし、連中どうやってこの砂漠でそんな数の兵を用意できるんだ? 心は痛まないが、虐殺じみていい気はしないぞ。それに統率もそうだが、どうしてあんな特攻じみた突撃に迷いが無いんだ?》

《そちらから北方に行くに従い、砂の砂漠地帯は減少し、ステップ気候の土地が点在するようになるようです。食料の生産力は、そちらよりも高いのでしょう》

《食料があれば、それなりに人口は増えるって事か?》

《それに、宗教というのはなかなか侮れないようですよ。歴史的に、宗教集団は軍事的に強力な傾向がありますし、私がいるノア6も宗教用語から名前が取られていることからも、崩壊前でも無視できない影響があったのではないでしょうか?》

《科学が発展した崩壊前でも宗教は無視できない、か……。グラスレイクの住民達も、それでまとまってるしな。……あんな狂信者達みたいにならないといいがな》

《ええ。宗教は大衆のアヘンという言葉もありますしね》

《そういえば、アヘンといえば例の怪しげな物も気になるな》


 例の狂信者達だが、死体を処理する際に何やら怪しげな粉や塊を持っている者がいたのだ。他の者が言うには、【祝福】とかいうヤバげな薬物らしい。

 察するに、麻薬や覚醒剤の類だろう。これでキマってハイになっていれば、滅茶苦茶な宗教も信じたり、命を捨てるのに迷いがなくなるのだろうか。


 ところで、このような危険な薬物であるが、皆率先して回収していた。というのも、別に自分達で使う訳ではなく、この祝福……ルインズランドでは通貨のように扱われているらしく、それなりに価値があるらしい。

 いつの世も、薬物は需要があるという事か。救えないな……。


──シュリ、シュリ、シュリ……


「……よし、こんなもんか」

「ヴィクター、調子はどう?」

「アニキ! お疲れ様ッス!」

「カティアにキエル……仕事はどうした?」

「私は休憩中。子供達はお昼食べてるわよ」

「俺も昼休憩ッス! アニキもお昼まだッスよね? 一緒にどうかと思って」

「ああ、そうだな。……っと、ちょっと待て。今行く」

「……何それ、ヴィクター?」

「何か作ってたんッスか、アニキ?」

「ああ、ナイフだ。一から作ったから、苦労したわ」


 今ほど研ぎ終わり、仕上がったナイフを掲げると、それを鞘に納める。両刃の戦闘用ナイフ……ダガーナイフだ。

 というのも、ちょうど資材置き場で崩壊前の良さげな鋼材製のスクラップを見つけたのだ。しかし見つけたはいいが、大きさが半端だったので使い道が無いとの事だったので、こうして溶かして鍛え直し、ナイフを造るに至ったという訳だ。


 しかし鍛造で、それも一から作ったから本当に苦労した。熱いし、暑いし、疲れるし……だが、鉄を自ら叩いてナイフを作るというのも、意外と面白い物だな。

 出来上がった時の達成感、思い通りの形に作れた充実感……実に良い。多分、筋トレにもなったはずだ。ノア6では、ほとんど機械任せだったから、こうはいくまい。


「……ほい、カティア」

「えっ?」

「この前、ナイフ折っただろ? これ使えよ」

「こ、これ……私の為に!?」

「ああ、そうだが?」

「あ、ありがと…………♡」

「な、なるほど……これは参考になるやりくちッスねぇ……。さすがアニキッス!」

「何の話だよ、キエル?」


 さて、俺が何で汗水垂らしてナイフを作っていたのかというと、俺の相棒様がドッグハウス回収作戦の時に大暴れしたせいで、自分のナイフを破損してしまったからだ。

 さすがのカティアも、弾が切れればただの小娘だ。まあ多少は近接戦闘の心得はあるだろうが、それでもナイフのある無しで、生存率は大きく変わる。持っていて、損はない筈だ。


 それに、ちょうど暇を持て余していたのもある。

 俺は現在、ローシュの防衛作戦を担う参謀兼実働部隊要員といった扱いを受けている。本来ならいろいろと作戦を練ったりするのだろうが、すでに先日今後の防衛方針は既に会議で決定しているのだ。意外にも、列車に乗っている時に行った講義が功を奏したのか、コレット発案の防衛作戦に多少の修正を加えたものが採用された。

 その準備のため、皆はこうして忙しそうにしているのだ。だが、俺が何か手伝う事はあるかとコレットに聞いたところ、睨むだけで何も返答が無かった為に、俺だけ仕事がない状態だった。……いい加減、機嫌を直して欲しいものだが、それはもう叶わないかもな。

 とまあ流石に、俺だけブラブラしてるのは忍びないので、何か作業していたかったというのもあり、こうしてカティアのナイフを作ったという訳だ。


「えへへ……貰っちゃった♡」

「おいカティア、あまり振り回すなよ? まったく」



 * * *



-数分後

@ローシュ 食堂


 昼食をとるべく、カティアとキエルと共に食堂へとやって来た。食堂は、昼時だけあって賑わっていた。ここは、よくあるフードコートのようなシステムで、注文した料理を受け取ってから店内のテーブルで食べる感じになっている。

 しばらく列に並び、俺達の注文の番がやってきた。


「おばちゃん! 今日の日替わりランチは?」

「今日は、ラクダのシチューにファラフェルだよ」

「じゃ、それで! あっ、ファラフェルには、レモンとヨーグルトたっぷりかけといて!」

「はぁ……キエル、アンタ本当に酸っぱいの好きだねぇ。そんなんだから、いつまで経ってもモテないんだよ」

「なっ!? 俺の好みとそれは関係ないだろ! ねぇ、アニキ?」

「いや、俺に振るな!」


 キエルは、俺やカティア相手だと「〜ッス!」といった感じで話していた気がするが、あれは彼なりの敬語のような感じだったらしい。食堂のおばちゃんとの会話を聞く限り、普段は普通に喋ってるのだろう。

 そんなこんなで、料理を受け取った俺達はテーブルに着き食事をはじめる。


「……はぁ、なんだかなぁ」

「ん、どうしたのよキエル?」

「いやぁ、ローシュの食糧事情考えちゃって……先日の件で、今カツカツじゃないッスか? こうして、好きな物食べられるのも最後かもしれないなと思うと、なんか悲しくなって」

「暗いわね……そんなんじゃモテないわよ」

「カティアさんに言われると、めっちゃ傷つくッス」

「先日の件……ああ、リュミエール一族の件か」


 先日ローシュが受け入れた難民……リュミエール一族だが、彼らの持ち込んだ車載型の“万能製造機”をはじめとした遺物は、非常に助かっている。また彼ら自体、メカニックとして優秀な者が多く、現在彼らは故障していた車両の修理や、必要な物の生産などに従事している。

 戦闘に特化した者達もいたようだが、そういった者達は彼らを逃がすための殿しんがりとして、この砂漠に散ったそうだ。


 さて、キエルが危惧している通り、彼らリュミエール一族を受け入れた影響で、現在ローシュは食糧不足に陥っている。元々、近頃は砂嵐の発生が普段よりも多く、その影響か不作が続いていたらしい。

 それに、ウェルタウンとかいう連中の活動の活発化と、それに伴ってデメテルのゆりかごの活動も活発になっており、交易もままならない状況だそうだ。


 ミルダ婆さんの試算では、このままでは2週間弱で深刻な食糧不足に陥るとの事だ。

 だが衛星で確認する限り、敵の襲来は近い。そんな中で食糧の制限なんか行えば、士気の低下や作業能率の低下に繋がる。なんとも悩ましい事だ。


「我らがどうかしたでありますか?」

「ん? ああ、レイネか。何でもない、気にするな」

「いや、概ね予想はつくであります。我らが来たことで、ローシュの負担が増えたという事でありますね?」

「ああ。だが、遅かれ早かれこうなっていたんだ。レイネ達が気にする事じゃないさ」

「しかし……」

「そんなことより、一緒にどうだ? 立ちながら話すのも何だし、座ったらどうだ?」

「は、はい! では、ご一緒させていただくであります!」


 トレーを持っていたレイネを、俺達のテーブルに誘う。彼女もこれから食事だったようだ。


「おっ、リュミエールのお姉さんも日替わりランチっすか? ファラフェルにはレモンとヨーグルトをたっぷりかけるのが、俺のおススメッスよ!」

「い、いやぁ……実は自分、酸っぱいのが苦手でして。それから、レイネでいいでありますよ」

「おろ、そりゃ残念ッスね」

「キエル、自分の好みを押し付ける男は嫌われるわよ」

「き、気をつけるッス!」

「……そういえばレイネ、いつまでフード被ってるんだ? 食べ辛くないか?」

「おっと、これは失敬したであります! よいしょっと……」

「へ〜、そんな顔してたのね」

「け、結構美人さんッスね!」

「いやぁ、照れるでありますよキエル殿ぉ!」

「……」


 レイネはいつも、フードを目深に被っており、その顔を窺う機会はこれまで無かった。宗教的な理由や、一族の教義のようなものかと思ったが、どうやら違ったようだ。

 フードの中から、ルインズランドの住人にしては白い肌の女性の姿が現れた。



 ……そして、俺はその顔に見覚えがあった。


「ん? ヴィクター殿、どうかしたでありますか?」

「……レイナ」

「へっ?」


 俺のブートキャンプ時代の女神様……ゲイ教官の襲来から、俺を何度も守ってくれた女性と瓜二つの姿が、そこにはあったのだ。


「ヴィクター、レイでしょ! 人の名前を間違えるのは、流石に失礼よ」

「あ、ああ……すまん、レイネとよく似た奴が知り合いにいてな」

「そ、そうだったでありますか……それにしても奇遇でありますね。リュミエール一族の開祖も、レイという名前でありますよ」

「ほう?」

「あっ、それ知ってるッスよ! “砂漠の魔女”レイナの話っすよね!? 数々の敵を圧倒し、崩壊前の遺物を蘇らせる力を持ったスカベンジャーの英雄の!」

「そうであります! 実は、自分はその子孫でありまして……。名前も、そこから頂いたんであります」

「へ〜、スッゲェッスね!」


 この言葉でなんとなくだが、確信した。この娘……レイは、俺の友人のレイの子孫なのだと。

 レイは小説家希望の娘だったが、俺と同じく正規の軍事訓練を受けた元軍人だ。最終戦争後も生き残っていたとしたら、訓練で得られた戦闘力やサバイバル能力、機械の修理技術などを活かして、生きていく事は可能だったはずだ。

 また、そんな能力をもつ彼女を慕ってコミュニティができたとしても不思議ではない……。


「その喋り方もレイナからか?」

「おお、よくご存知でありますね! 崩壊前、先祖は“連合軍”という組織に所属していたそうなのですが、そこではこうした話し方が一般的だったそうであります! 自分のような先祖の血を引く娘は、こうしてかつてのつわものの話し方をする事で、英霊達の加護を得られると伝えられているであります!」

「そ、そうなのか……」

「へ〜、俺も真似してみるッスかね」


 いや、そんな事ないだろ。レイナの奴……子孫にどんな事教えてたんだ!?


「へぇ……じゃあレイネってさ、強いの?」

「そうでありますね……それなりには、と自負しているであります」

「そう。だったら、この後ちょっと付き合ってよ」

「何する気だ、カティア?」

「ほら、新しく貰ったコレで試したい事があるのよ」


 カティアは、先ほど渡したナイフを抜くと、それを自慢げに掲げる。


「自分で良ければ、お相手するでありますよ! それにしてもそのナイフ、見たところ良い業物でありますねカティア殿!」

「いや、流石に危ないだろ! それ作る時に作ったモデルがあるから、それ使え!」

「おお、コレはヴィクター殿が!? 凄く良い腕をお持ちでありますね! 是非、自分にも一本頂きたいであります!」

「自分も頂きたいでありますッス!」

「俺は鍛冶屋じゃないっての! それからキエル、テメェはその口調キモいからやめろッ!」

「そ、そんなぁ……!? 自分も、英霊達の加護を受けたいでありますッス」

「……次、その口調で喋ったら口を縫い合わすぞ?」

「い、いやだな〜アニキ! ほんの冗談ッスよ、ははは……」


 しかし、キエルもこんな迷信を信じるとはな……。崩壊後の人間と宗教の組み合わせは、危険なのかもしれないな。

 やはり、マスク教は良くないよな。帰ったら何とかしなくてはな。





□◆ Tips ◆□

【祝福】

 “デメテルのゆりかご”により生産されている、依存性の高い危険な薬物。使用すると強い強壮作用・興奮作用を示す他、痛覚の鈍化や集中力の向上、多幸感の獲得といった作用を示す。

 ケシ科の植物から採取された麻薬成分と、特殊なマオウ科の植物から採取された覚醒剤成分が主成分であり、その他各種怪しげな生薬を混合して作られている。

 強い依存性を示し、その薬効から使用者は恐れや痛みを知らない狂戦士と化す。デメテルのゆりかごの狂信者が、銃弾を受けても中々倒れないのはこれが原因である。巫女により信者に配布されており、教団の体制維持に用いられている。

 ルインズランドではそれなりに価値がある為、通貨代わりとして用いられたりしている他、ルインズランド外に流出して問題が発生している地域もある。



【V.ダガー】

 デメテルのゆりかごの狂信者との戦いで、ナイフを失ったカティアの為、ヴィクターにより作られた戦闘用ナイフ。ローシュで発見した、崩壊前の良質な鋼材を用いて、鍛造で作製されている。

 スピアポイントのダガーナイフであり、近接戦での斬撃・刺突に優れている。カティアにより、ヴィクターやロゼッタの駆使する連合軍特殊部隊用近接戦闘術や、レイネの駆使する連合軍式ナイフ格闘術を真似た、独自の構えを編み出して用いられている。


[モデル] KA-BAR EK MODEL 4

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