第195話 守り神

-数十分後

@ローシュ近郊 砂漠


──うおおおおッ!!

──自然回帰ィィィィ!!

──ダダダダダッ!!

──ドカーンッ!


 俺達がキエルの車で現場に向かうと、既に戦闘が始まっていた。ローシュから出動した人員と、リュミエールの戦闘員が、迫り来る狂信者達と戦っているようだ。


「げっ、もう始まってるぞッ!」

「ほ、本当に行くんすかアニキ? に、逃げた方が……」

「いいから、もっとスピード出しなさいよキエルッ!」

「か、カティアさん、シート蹴らないで欲しいッス! あっ、けどこれはこれで……」


 日和ったキエルのケツを文字通り叩きながら、現場に急がせる。すると、リュミエールの難民だろう一団がこちらへと向かってきた。


「レイネさまーッ!」

「皆、無事でありますか!?」

「え、ええ……なんとか」

「戦える者達は、ローシュの方々と奴らの足止めに尽力してくれております!」

「分かったであります。工場車は無事でありますか?」

「はい! 戦闘用の車両は今戦ってますが、それ以外は退避させました!」

「ふぅ、それは良かったであります。ローシュとは話がついたであります、皆はオアシスまで急ぐであります!」

「わ、分かりました!」


 どうやら、非戦闘員の難民達だったようだ。レイネが的確に指示を出し、積み荷を載せた車両やラクダ、そして難民をローシュへと向かわせた。


「さあ、我らも行くでありますよ! キエル殿、いざ吶喊とっかんでありますッ!」

「は、はいぃぃッ!」



 * * *



-同時刻

@ローシュ近郊 砂漠


──我ら人の未来のためにッ!!

──うぉぉぉぉッ!!

──自然回帰ィィッ!!


「クソッ、奴らキリがないッ!」

「すまん、俺達のせいだ……」

「何構う事はない。困った時はお互い様だ、同じスカベンジャーの同胞だろ!」

「そうだそうだ! リュミエール一族の力、期待してるぞ!」

「一緒に戦おう!」

「かたじけない、ローシュの皆!」


──ダダダダダッ!

──ガキンッ! ギリギリギリッ!

──ドドドドドッ!!


「うおおおおッ! 滅びろッ、異教徒どもォォォォッ!!」

「滅びるのはそっちだ、このヤク中どもめッ!!」


 砂漠のど真ん中にて、突撃の叫びや怒号、銃声や砲声、白兵戦で打ちつけられる武器の鍔迫り合いの音が響き渡る。

 デメテルのゆりかごの部隊は、ローシュ=リュミエールの防衛部隊よりも数で圧倒的に勝っていた。だが、デメテル部隊は原始的な白兵戦用の武器しか持っていないのに対し、防衛部隊は機関銃やライフル、武装車両を有しており、デメテル部隊の突撃をかろうじて食い止めていた。

 だが撃ち漏らした敵が次々と迫り、防衛部隊が接近戦を余儀なくされる状況に陥ると、その間隙を突いてデメテル部隊は次第に浸透していき、防衛部隊は押され始めた。


「まずい、このままでは……!」

「皆、もう少し耐えるであります!」

「れ、レイネ様!?」

「おお、レンジャーの兄ちゃん達も来てくれたのか!」

「押し返すぞ! カティア、やれ!」

「任せて!」

「そ、それじゃ俺はこれで……」

「キエル、テメェは俺を連れて敵を引っかき回すんだよッ! バーディングとかいうレースの練習だ、ほら行けッ!」

「ヒィィィィ、アニキはヤバすぎッス!!」


 防衛部隊に合流した俺達は、戦いに加わった。カティアとレイネを残して、俺とキエルは敵の只中へと躍り出る。

 敵は、機械やテクノロジーを憎むカルトだ。そんな連中の前に、その塊のようなものが現れたらどうなるかといえば────


『悪魔だッ! 悪魔が出たぞッ!!』

『機械の悪魔を討ち取れッ!!』


 ……当然、追いかけてくる。


「イヤァァァァッ!! 追ってきたぁぁッ!」

「うるせぇ、女々しい声出すんじゃねぇ! ほら前線を後退させるぞ、もっと連中の中に突っ込めッ!」

「ヒィィィィッ、そんな無茶ッスよぉぉッ!」

「いいからやれ、この童貞野郎ッ!」


──ドルンッ、ブロロロロッ!

──ダダダッ、ダダダッ!!


『逃げるぞ、追えーッ!!』

『逃すなぁッ!!』


 キエルの車を、敵中に突っ込ませる。俺は前席より高く設置してある後席から身を乗り出すと、近くにいる敵へ攻撃していく。

 敵も、防衛部隊よりもこちらに気を取られたのか、ローシュ方面への突撃をやめて、こちらを追撃すべく動きを変えた。


「な、何だ? 敵の圧力が弱くなってきたぞ?」

「皆、ヴィクターとキエルが敵の注意を引いてるから、今のうちに攻撃して! あっ、ヴィクター達には当てないでね!」

「跡取り殿が囮に? ……なるほど、分かった! おい、サンダーボルトあったよな? 全部もってこい!」

「リュミエールの者共も、総攻撃であります! あっ、あの車には当てないようにするでありますよ!」


──ダダダダダッ!

──バシュッ……ヒュルルル

──ドガンッ!

──バキュン、バキュン!


 俺達が引きつけた敵に対して、防衛部隊は攻撃を加えていく。俺達には当てないようにしてくれているようだが、後方から弾の飛ぶ音や、擲弾が炸裂した時の衝撃波が伝わってくる。


「うわぁぁぁッ! ヒィィィィッ!」

「うるさいぞキエルッ! ほら、もっと集中しやがれッ!」


 とは言え、敵の数は減ってはいるが、その数はまだ健在だ。このままでは決め手に欠ける。何か良い手はないものか……。


《セラフィムを使いますか?》

《悪いが、それはパスだロゼッタ。他に何か手は無いかな?》

《まもなく、その地点を砂嵐が通過します。それに乗じて、近接戦闘を仕掛けるのはいかがでしょう?》

《俺やロゼッタならともかく、他の奴らは逆にやられちまう。それは却下だな》


 どうしたものかと思案していたその時、ローシュの方から青色の信号弾の様な光が打ち上がった。


「ん? 何だありゃ?」

「あれは……撤退信号! やった、ここからおさらばできるッス!」

「おい待てキエル、まだ戦えッ!」

「ええっ、そんなぁッ!?」


《いや、ヴィクター様。ここは退いたほうが賢明かと……》

《何、どういうことだ!?》

《そちらから、オアシスを挟んだ反対側に、旧式の多連装ロケット砲を確認致しました。おそらく、そちらが攻撃地点になるかと》

《多連装ロケット砲!? そんなもん隠し持ってたのかよ!》


「キエル、予定変更。全力で離脱だ! 今すぐここを離れるぞッ!」

「りょーかいッス!!」



 * * *



-同時刻

@ローシュ郊外 砂丘


「角度調整よし! 後方の安全確認完了ッ! 要員の退避も、全て完了しましたコレットさん!」

「信号弾は?」

「しっかりと!」

「よし。目標、ローシュの向こう側の砂煙が上がってる所! 発射ッ!!」


──ボシュッ!! ボシュッ!!

──ゴゴゴゴゴゴッ!!


「おお、この姿を見るのは久しぶりじゃ……」

「す、スッゲェ! これが、ローシュの守り神か……!」


 ヴィクター達が戦闘している地点と、ローシュを結んだちょうど対角の地点に、一台のトラックの姿があった。

 だが、ただのトラックではない。その荷台に当たる部分には、160mm口径のロケット弾が格納されたコンテナが載っていたのだ。


 コレットの合図で、それらのロケット弾が数秒の時間差と共に一斉に放たれ、ローシュの空に白い軌跡を描きながら、デメテルの集団へと向かって飛んでいった。



 * * *



-数刻後

@ローシュ近郊 砂漠


──ゴゴゴゴゴゴッ!

──ドガンッ!! ドカンッ!!


「ヒィィィィッ! どひゃぁぁッ!?」

「クソッ、俺達ごと吹き飛ばす気か!?」


 ローシュの方角から、ロケットが複数飛んできたかと思うと、俺達向けて降ってきた。

 ロケット砲は、精密射撃が難しい兵器だ。崩壊前の物なら誘導ロケットや、衛星とリンクしての精密射撃が可能だったが、このロケットはおそらく旧式のものだ。

 精密射撃ができない以上、多数のロケット弾を一斉発射して、地点ごと制圧する使い方をするはずだ。歴史的にみても、その使い方は正しい。現に、敵はロケット弾の爆風で吹き飛び、散り散りになっている。


──ドガンッ! ボカンッ!

──ゴゴゴゴゴゴッ!


「おらキエル、もっと速く逃げろッ! 巻き込まれるぞッ!!」

「ヒィィィィッ、分かってるッス〜!!」


 先程、決め手に欠けると言ったが、これなら決め手になる。先程から敵の怒号や断末魔の悲鳴が少なくなってきている。もっとも、爆音で掻き消されているだけかもしれないが……。

 ともかく、巻き込まれたら堪らない。さっさとこの場をずらかるとしよう。


《ヴィクター様、まもなく砂嵐の中に入ります。ご注意下さい》

《分かった》


 俺はロゼッタの忠告に従い、例のガスマスクを装着すると、キエルにも注意を促す。


『キエル、砂嵐だ! 注意しろよ!』

「り、了解ッス!」


 その後、段々と風が強く吹き始めたかと思ったら、視界が茶色に染まった……。



 * * *



-数日後

@ローシュ北方 砂漠地帯


「何!? もう一度言いなさい!」

「はっ! 異教徒を追撃していた部隊は、オアシス近くで反撃を受け全滅! 生き残った者はわずかとの事です! では報告は以上になります、失礼致します!」

「何故!? どうして、追いかけておきながら返り討ちに遭うわけ!?」


 ローシュ北方の砂漠地帯……そこには現在、デメテルのゆりかごの前哨基地が設置されていた。いや、“基地”とは言うがそこまで立派な物ではなく、テントや篝火が雑多に並べられた、粗末な出来なのだが。

 その中心には、祭壇の様なものが築かれており、白いドレスのような衣装を着た少女が、伝令と思しき者からの報告を受けていた。ドッグハウス救出時の出来事で、ヴィクターに顔に泥を塗られた巫女……シスター・エレナである。


 エレナは焦っていた……。この前の失態を挽回するべく、本拠地から挙兵した彼女は、ヴィクターに復讐するべく道中の異教徒(リュミエール一族)を殲滅しながら、ローシュへと進軍していた。

 だが、本隊がローシュに迫ろうとしていたまさにこの瞬間、先の異教徒狩りで逃げた者達を狩るべく動いていた先遣隊が全滅したという報を受けたのだ。とても穏やかではなかった。

 狩るべく遣わした部隊が、逆に狩られてしまうとは情けない! 自分の指示が間違っていたというのか? いや、そんな事は絶対にないはずだ! そういう考えが彼女の頭を支配し、無能な兵たちに怒りが湧いていた。


「くっ、こんなはずでは……!」

「どうしました、シスター・エレナ?」

「えっ……は、ハール様ッ!? な、なぜここに!?」


 親指を噛み締め、今後の事を思案していたエレナの背から、突如声がかけられる。驚いて振り返ると、そこには教団の教祖にして最高権力である聖女ハールの姿があった。


「し、失礼しましたッ! 我らが女神、大いなる────」

「挨拶は不用ですよ。それで、進捗はいかがでしょう?」

「あっ……そ、それは……」

「先程、追撃部隊が全滅したと聞きましたが」

「そ、それについては全く問題ありませんッ! 本隊はまだこちらで温存させておりますし、逆に異教徒の本拠地が特定できたものですッ!! これから本隊を投入して、奴らを根絶やしにしますッ!! だから、決して負けている訳では────」

「当然ですね」

「うぐっ……!」


 エレナは今回の件を追求されているようで、多大なストレスを感じ、胃がキリキリと締め付けられるような感覚に陥る。聖女ハールの赤い瞳は、どんな言い訳も効かないような、冷たい何かを感じさせる……。


「そうそう、本隊を投入するのでしょう? でしたら信託を下しましょう。今日は、その為にこちらに来たのです」

「し、信託!?」

「はい……明日の午後2時12分それから3日後の午前11時56分、それから7日後はだいたい……そうですね、12時頃には砂嵐が来ます。上手く活用して下さいね」

「は……はいッ! 信託、感謝致します!」

「シスター・エレナ、期待していますよ」

「は、はい! 必ずやッ!!」

「失敗したら……分かってますね?」

「ひっ……」

「ふふふ、では私はこれで……」





□◆ Tips ◆□

【ローシュガーディアン】

 ローシュの民から“守り神”と呼称されている、自走式多連装ロケット砲。発射器は、無誘導のロケット弾13基を束ねたロケット弾ポッドを2つ搭載した、全26発のロケット弾を1分以内に斉射可能。

 崩壊前、既に旧式で退役となっており、兵器博物館にモスボール保管・展示されていた物を、テックハンター一族により回収・レストアされていた。

 ローシュは以前、8両ほどこの車両を保有していたが、かつてウェルタウンによる侵攻で勃発した第一次ローシュ防衛戦にて、多数の車両を喪失し、現在は1両しか残っていない。


[モデル] LAR-160

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