第194話 彷徨える民

-数日後

@ローシュ近郊の砂漠


──ブロロロロッ!


「よし、今日はここまでだ! なかなか良い感じだぞ、キエル」

「そ、そりゃアニキの扱きに付いてってれば、嫌でも上達しますよ!」

「おだてても、優しくはしないからな? よし、今日はこの辺にしとくか。そろそろローシュに帰ろう」

「ラジャー!」


 あれからはや数日、俺の指導の成果がでたのか、キエルの運転技術も順調に向上してきている。もっとも、俺がキエルの車に手を入れてチューンして、元のものより性能が向上したというのもあるが……。


 カティアは、キエルの車からパーツや部品をぶんどってドッグハウスを直せと言っているが、それはできない事が判明している。

 キエルの車とドッグハウスでは、そもそも部品の規格が違う。たとえ無理矢理キエルの車から部品を取ってドッグハウスを動かしたとしても、途中でガタが来て砂漠で立ち往生するのがオチだ。

 ちなみにキエルは、ご丁寧に自分の車に使えそうな部品だけをドッグハウスから抜いていったらしい。修理を手伝いつつ、使えそうなのを見繕っていたのだろう。意外と抜け目ない奴だ。


 どのみち、現状ドッグハウスはどうにもならない。それならば、コイツの言うレースとやらに参加するついでに、街で部品を探す方がいい。

 さらにレースに勝って、美女とベッドイン!という訳だ。他にも賞品が貰えるらしいから、そこも期待して良いだろう。


「ん? おいキエル、ちょっと停まってくれ」

「了解ッス! アニキ、どうかしたんすか?」

「いや、砂丘の向こう……ほらあそこだ。何か見えた」

「んん? 確かに、何か黒いものが点々と……」


 そろそろ練習を終えて、ローシュに帰ろうとしていたところ、砂漠の彼方に蟻の行列のような黒い点が連なっているのを確認した。さらにその黒点はこちらの方向へと、ゆっくりと伸びているように見えた。


「あ、アレは!?」

「なんだ? 敵か?」

「いや、たぶん同胞ッス! 俺達スカベンジャーの仲間ッスよ!」


 双眼鏡を覗いていたキエルが、アレは敵ではないと告げる。俺も首から下げた双眼鏡を覗き込んでみると、地平線の先に砂丘を乗り越えてこちらに向かって来るフード付きのローブのような服装の集団が見えた。

 他にもサンドワームや複数の車両の他、荷物満載のラクダなどが集団に付き添っていた。その様子は、まるで難民のようだ。


「よし、様子を見に行くぞ。キエル!」

「了解ッス、アニキ!」


──ブロロロロッ!



   *

   *

   *



 キエルに運転させ、例の集団のもとへと赴くと、集団から一人の代表者のような者が歩み出てきた。

 フードを目深に被っており、顔は窺えないが体の線が細く、女性と思われる。


「おお! もしや、ローシュの方でありますか?」

「ああ、そうだ。そちらは?」

「それは良かったであります! ローシュの方角は合っていたでありますね……っと、失礼致しました、我らは【リュミエール一族】であります! 自分は、頭目の娘のレイネであります」


 フードを被った代表者が、自分達が何者なのかを名乗った。声からやはり女性……それも、若い女だと思われる。


「リュミエールッ!?」

「キエル、知ってるのか?」

「り、リュミエール一族と言えば、スカベンジャー達の中でも随一の戦闘技術を持った最強集団ッスよ!」

「最強集団?」

「い、いやいやそんな恐縮でありますよ! それに……今も昔も住処を追われてしまった我らは、最強とは呼べないでありますよ、ははは……」

「追われた……ってことは、何かの襲撃を受けたのか?」

「“デメテルのゆりかご”による、大規模な攻撃であります。その件で、ローシュの代表と会談の場をいただきたく──」

「なるほど、そりゃ重要な案件だな……」

「クソッ! 奴ら俺たちだけじゃなく、他の同胞まで!」

「キエル!」

「うッス! じゃあお姉さん、乗って下さいッス」

「先にこっちの代表と会ってくれ。アンタが代表なら、その方が都合が良いだろ?」

「確かに、その方が良いであります。それではよろしくお願いするであります!」


 そう言うと、女性は軽やかな身のこなしで車の後席へと飛び乗った。その動きは素早く、彼女のフードに隠れた顔を伺う隙も無かった。かなり身体能力は高いのだろう。……最強の集団というのも、あながち間違いでは無いのかもしれない。


「おおっ! これは凄い車でありますね!」

「でしょう!? さすがリュミエールの人だぜ、この車の良さを一目で見抜くなんて!」

「もしや、【バーディング】に?」

「そうッス! どうっすかね? 俺らイケるッスかね?」

「バーディングに出るにしては、防御面で不安があるような……もしかして、機動力で勝負するでありますかね? いやしかし、それにしても──」

「おいキエル、早く出してくれよ」

「ああそうでしたアニキ!」


──パンパンッ! ブロロロロロ……


 車は軽快なエンジン音を鳴らすと、砂丘を飛び越えローシュへと走り出す。


「やはり、これは良いマシンでありますね!」

「でしょう!? 俺が夜な夜な組み上げ──」

「キエル?」

「……な、なんでも無いッス」


 調子に乗りそうなキエルを制し、運転に集中させる。俺の車のパーツを盗んでおいて、厚かましい奴だ、まったく。女が自分の車に乗って、興奮してるのか? 童貞だから、仕方ないか。

 それにしても、このレイネという女性……話し方というか雰囲気というか、どこか馴染みがある気がするような……。気のせいだろうか?



 * * *



-数刻後

@ローシュ 酋長のテント


「自分はリュミエール頭目の娘、レイネ・リュミエールであります! 突然の来訪、どうかご容赦いただきたいであります!」

「おやアンタ、ガルナスの娘かい? 少し見ないうちに、大きくなったじゃないか。……それで、頭目のガルナスはどうしたんだい?」

「そ、それが……」

「ゆっくりでいい。話しておくれ」


 ミルダ婆さんのテントに、レイネを連れてきた。中には当然コレットがおり、俺がテントに入ると一瞬睨んできたが、客人の前なのかすぐに顔を真顔に戻した。

 そして挨拶の後、レイネは自分達の身に何があったかを話し始めた……。

 

「……デメテルの大攻勢かい」

「はい。しかも奴ら、弓矢まで使っていたであります」

「って事は、まさか!?」

「はい、間違いなく精鋭が投入されているであります! 我らを逃す為、頭目の父達は集落に残り……ううっ」


 話についていけないが、おそらく例の狂信者共の精鋭部隊による攻勢を受けたレイネ達が、ここローシュへと逃げてきたという感じだろうか?


「なるほどねぇ。それじゃあ、今こっちに向かって来てる集団は……」

「はい、我らリュミエール一族の者達であります。大変恐縮ながら、こちらでしばらくご厄介になりたく……」

「……それって、逃げて来た集落の人間全員って事よね?」

「……跡取り殿、ちょっと来ておくれ。ガルナスの嬢ちゃんは、少し待ってな」

「り、了解したであります」


 ミルダ婆さんに手招きされる。内緒の相談といったところだろう。


(それで早い話、難民の受け入れだろ? 当然、受け入れるんだよな?)

(そうは言ってもねぇ、流石に逃げて来た人間全員の食糧が足りないよ)

(そうよ! それに、リュミエールを追って来たデメテルの連中が、ここローシュに攻めて来たらどうするのよ!?)

(だが、見捨てるのか? ここローシュは、砂漠の避難所じゃ無いのかよ。同胞が危機に瀕してるってのに、薄情すぎじゃないか?)

(そ、それは……)

(それは痛いところを突くね……)

(で、仮に難民を受け入れたとして、最低でも食糧はどれくらい保つんだ?)

(一月……といったところさねぇ)

(一月!? そんなに余裕無かったのかよ!)

(だから、受け入れたくてもできないのよ!)

(特に、最近はデメテルやウェルタウンが暴れ回ってるせいで、補給が難しくてね。それに、最近は不作続きで、備蓄は元々少ない状態だったからね)

(なるほどな……だが、リュミエール一族は高い技術力があるとか聞いたぞ? その恩恵が得られたら、今後ローシュの防衛にも活かせられるんじゃないか?)

(逃げてきて、色々と失ったのも多いんじゃないの? それに、そもそもそれが出来なかったから、こうしてここに来てるんでしょ!?)

(ま、まあそれはそうなんだろうが……)


 俺としては、難民を受け入れることには賛成だ。ミルダ婆さんとコレットの話から、ローシュに余裕が無いという事は理解しているが、どうしてもグラスレイクの事が頭によぎる。何とか出来ないものか……。


「あ、あの……」

「ん? ああすまん、置いてけぼりにして……ええと、レイネさんだっけ?」

「い、いえ問題無いであります。それに、レイネでいいでありますよ」

「そうか。それじゃあレイネ、聞きたいんだがそちらを受け入れるにあたって、何かこちらに利益はあるか?」

「……は、はい。先祖代々から引き継いできた工場車があるであります」

「工場車?」

「はい、かつて“ホーム”から持ち出した遺物であります。欲しい部品など、原料さえあればどんなものでも一通り作れる優れものであります」

「何よそれ、リュミエール一族はそんな便利な物持ってるの!?」

「リュミエール一族の秘宝だね。だけど、そんな大層な物を易々と交渉材料に出していいのかい、ガルナスの嬢ちゃん?」

「……我らには、もう生きる術は残されていないであります。それに、これは父の遺言でもありますので」


 恐らく、話を聞く限り“万能製造機”の事だろう。確かにレイネの言う通り、これがあれば原料と電気があれば大半の物が作れる。

 それは、ドッグハウスも例外ではない。これは、かなり好都合だ。


「よし、分かった。ローシュはリュミエール一族を受け入れる!」

「ちょっ!? アンタ、何勝手に決めてるのよッ!」

「食糧は何とかする。それに、行き場を失った奴を見捨てられるか! ……そうだろ、ミルダ婆さん?」

「……ふん、お見通しかい。そうさね、ちょうど集落の西の方が空いてるから、好きに使いな」

「おお、ありがたいでありますッ!! このご恩、必ず一族でお返しするであります!」

「……厄介な事にならないといいけど」


 俺が自信満々に何とかすると言い放ったお陰か、ミルダ婆さんの賛同が得られた。まあ、元々受け入れには賛成だったのだろう。

 ここローシュは、スカベンジャー達の間で砂漠の避難所と呼ばれており、今も各地から住処を追われた者達が集まっているらしい。ローシュが受け入れを拒めば、それは噂となってこの砂漠中に知れ渡る。

 ここは、過去に他勢力の侵攻を受けているのだ。その噂を聞き、ローシュに余裕が無いと思われて侵攻を受ける事も考えられる。特に今は、他の勢力の活動が活発らしい。先日のデメテルの大軍や、ウェルタウンの戦車隊が脳裏に浮かぶ……。

 ここは苦しくても、受け入れるべきだろう。


 確かに、未だに不満そうなコレットの懸念通り、食糧は何とかせねばなるまい。一応、策はもう考えてあるのだが……。


──カンッカンッカンッ!!

──敵襲だッ! デメテルが来たぞ!!


 そんな事を考えていたら、外が騒がしくなった。


「た、大変よヴィクター!」

「どうしたカティア?」

「ほら、前に戦った奴ら……ええと、デメキン? 奴らが攻めて来たって!」

「あの狂信者どもか……よし、すぐに行く!」

「自分も行くであります! おそらく、我らを追って来た追撃部隊であります。きっと、我らに責がありますので……」

「そうか。レイネ、お前戦えるんだな?」

「もちろんであります! リュミエールの戦士の腕前をご覧にいれましょう!」

「よし、ドッグハウスから弾薬をアリったけ持っていくぞカティア!」

「任せて!」


 俺達はテントを後にすると、戦闘準備を開始した。


「わ、私も────」

「コレット、アンタは他の事をしてもらうよ」

「えっ!?」

「トラックは動かせるんだろう? だったら、“守り神”の所に行きな」

「まさか、アレを使う気ですか!?」

「いざという時に備えて、整備は整えてあるよ。適当な人材を連れて、跡取り殿の元へ行きな」

「わ、分かりました!」





□◆ Tips ◆□

【リュミエール一族】

 スカベンジャーの一派であり、数あるスカベンジャーのグループの中でも最強と謳われる集団。

 かつては、“ノア4”と呼ばれた施設を拠点に活動しており、ノア4由来の崩壊前の技術を脈々と受け継いできている集団。その優れた技術力により、崩壊前の武器や兵器をレストア・改造する事に長けており、それらは崩壊後の世界では優れた戦力になり得る。スカベンジャー達の中で最強と謳われるのは、彼らが持つこの優れた技術力に由来する。

 彼らはノア4を「ホーム」と呼称し、いつか帰るべき故郷と認識しているが、100年ほど前に“デメテルのゆりかご”による大攻勢を受けてホームの放棄を余儀なくされ、各地を転々とする事となった。

 頭目のガルナス・リュミエールの元で、ルインズランドで流浪の生活を送っていたが、再びデメテルのゆりかごの攻勢を受け、一族の生き残りはローシュに逃れてきた。



【バーディング】

 ドラゴンズネストで行われている、カーレース。毎年恒例の行事であり、ルインズランド中から観客が集う。

 ドラゴンズネストにおいてカーレース自体は頻繁に開催されているが、バーディングは情け無用、ルールなしのデスレースであり、参加者同士での撃ち合いや、車両をぶつけ合っての戦いが繰り広げられるビッグレースとなっている。

 優勝者には賞品と、レースクイーン代わりの女奴隷が贈られる。

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