第193話 夢追う青年
-人質救出から数日後 昼
@ローシュ ガレージ
人質の救出を終えた俺達は、あれからローシュで大喝采を受けた。同胞を救出した英雄だの、狂信者から集落を守っただの、色々と持て
回収したドッグハウスは、ローシュにあるガレージの一つを借り受け、ひとまずそちらに置くことになった。そんなこんなで、色々とあって手付かずだったドッグハウスの修理に取り掛かれることになったのだが、案の定酷い有様だった。
「うおっ、ゴホゴホ……こりゃ酷いな、エンジンの中が砂まみれだ」
「アニキ、ここもイカれてますよ! やっぱり、丸ごと交換した方が良いんじゃないすか?」
「できるならそうするに決まってるだろ! それで、ここに予備とかあるのか?」
「いやぁ…………まぁ、無いッスね……」
「ほらな。まぁとにかく、やれるとこまでやってやるさ」
「それにしても、凄えマシンッスよねコレ!」
「だろ? 俺が一から組み上げたんだ」
「マジっすか!? アニキはやっぱ凄いッスね!」
「褒めても何も出ないぞ、キエル」
このカイナみたいな口調の奴は、キエルという青年だ。ちなみに、人質救出の時に騒いでいた奴だ。
あの一件以来、俺の事を“アニキ”と呼ぶ様になり、慕われてしまった。正直なところ鬱陶しいのだが、キエルは機械に詳しく、整備の腕前も良さそうな為、こうして俺の助手のようなポジションに収まっている。
「キエル、そこのブラシ取ってくれ」
「凄え……殆ど遺物だぜ。こんなパーツ、今じゃ作れっこない!」
「おい。見とれてないで、ちょっとは手伝ってくれよ」
「す、すいませんアニキ!」
「ヴィクター、いるの? 入るわよ!」
カティアがガレージに入ってくる。何かのカゴを持っており、辺りに何やら良い匂いが漂う。
そういえば、もう昼だ。朝からドッグハウスの整備に夢中だったので、気が付かなかったらしい。
「おわっち! か、かかかカティアさんッ!!」
「いってぇッ! おいキエル、俺の頭にレンチ落とすんじゃねぇッ!!」
「す、すいませんアニキ!」
「大丈夫、ヴィクター?」
「って〜な。それでカティア、どうかしたか?」
「はい、お昼ご飯。どうせまだなんでしょ? 持ってきてあげたわよ」
「おお、悪いな。だがこんな事しても、カフェインでハイになって暴れた件は許さないからな?」
「わ、悪かったわよ! ああそうだ。キエル、貴方もまだなんでしょ? はい、ついでに持ってきてあげたわよ」
「えええッッ!!? い、いいんですかッ!? 本当にッ!? あ、ありがとうございます、本当にありがとうございますぅッッ!!!」
「ちょっ、大袈裟すぎよ……それじゃ、私も仕事に戻るわね。修理、頑張ってね」
カティアはキエルの態度に若干引きながら、ガレージを後にする。
「ったく、ついこの前カフェインがキマって大暴れしてた奴がしおらしいな」
「ああ、カティアさんから貰っちゃった! 大事に保管しないと。しまった、でもそのままじゃ腐っちまう……クソ、俺はどうすればいいんだぁッ!?」
「……こっちはこっちでキモいし。おいキエル、さっさと食えよ! 食わねえなら、俺が食っちまうぞ!」
「なっ、これは俺のッスよ! モグッ……あっ、あああああっ、食っちまった! ああぁぁぁぁッ!!」
「うるさいな。まったく、カティアのどこが良いんだよ? 酒とかカフェインで酔って、大暴れするじゃじゃ馬だぞ?」
「な、何言ってんですかアニキ! あの人は、まさに俺にとっての天使様だ!」
キエルは悪い奴じゃないが、先日の救出の一件で宣言していたように、童貞らしい。しかも、タチの悪い事にカティアに惚れたようだ。なんでも、救出の際の奮闘が目に焼き付いたんだとか。
恋は盲目と言うが、よりにもよってカティアというとんでも地雷女に目をつけてしまうとは……。
「絶体絶命の危機に現れ、デメテルの連中を一掃! 砂塵の中に現れたるわ、勝利の天使! いや、女神!! これは、まさに運命としか思えないッスよ!」
「はぁ……まあ、妄想も大概にしろよ? ほら、食ったら作業再開するぞ」
「ああ、カティアさんマジ女神ッ!」
「……もう手遅れみたいだな」
*
*
*
「ヴィクター、入るわよ」
「おわっち! か、かかかカティアさんッ!!」
「うおっと、またかよ危ねぇな! おいキエル、テメェいい加減にしろやッ!」
「す、すいませんアニキ!」
あれから作業を開始してしばらくして、カティアがガレージに入ってきた。……いや、「しばらくして」とは言うが、これは俺の体感時間を表しただけであり、現実にはすでに日は落ちて夜になっていたらしい。
カティアの来訪に緊張したキエルが、例の如く手に持っていた道具を落とすが、今度は回避することに成功した。
カティアに目を向けると、彼女が入り口に立っており、その背後には地平線の彼方の星空が見えた。
「どうした、カティア?」
「ミルダ婆さんが、そろそろ夕飯だから呼んでこいって。まさか、昼からずっと作業してたの? よく飽きないわね」
「これが直らないと先に進めないからな。よし、わかった。すぐ行くって伝えておいてくれ」
「わかった」
「ふぅ、じゃあ今日の作業はここまでだな。キエル、お疲れだったな」
「え、ええもちろんッスよ!」
「じゃあな、またよろしくな」
「……」
* * *
-翌日
@ローシュ ガレージ
翌日、ローシュでの仕事を終えた俺は、ドッグハウスの修理をするべく、ガレージへとやって来た。
「キエル……は、まだか。先にはじめるとするか」
あれから進展はほとんど無い。かろうじて、エンジンや部品を取り出して、エンジン周りの清掃が終わった程度で、修理自体はまだ手付かずと言ってもいい。
直そうにも、部品が足りず絶望的だ。最悪の場合、ロゼッタに替えを持って来てもらうが、それは最終手段にしたい。
どちらにせよ、どの部品がまだ使えて、どの部品が交換が必要か調べなくてはならない。昨日取り出した部品を並べた布を開けた俺は、点検を始めた。
「──よし、よし……うん? まただな」
だが点検を始めてしばらくして、俺は異常に気がついた。そう、あるべきはずの部品が消えているのだ。それも複数。
例の狂信者共に奪われていた時に、壊されたり、気付いていないうちに、砂漠で脱落していたのかもしれない。だが、昨日は清掃だけで詳しくは見ていなかったが、明らかに昨日よりも部品が少ないような気がする……。
「……まさか、誰かに盗まれたのか?」
「ちーッス、今日も手伝いに来たッスよアニキ!」
「キエルか。今、コイツの点検してたんだが、部品がいくつか無くなってるんだ。何か心当たりはあるか?」
「えっ!? い、いやあ……分かんないッスね。持ってくる時、砂漠で落としたんじゃないッスか?」
「いや、昨日あったはずの物も無くなってる」
「き、気のせいじゃないッスかね?」
「……そうだといいが」
* * *
-その夜
@ヴィクター達のテント
「それで、車は直りそうなの?」
「いや、少し厳しいな。どこかで部品を調達したいし、防塵対策も施したい」
「そう……よく分からないけど、しばらくはここに釘付けって事ね」
「ああ。はぁ、部品が揃えばなぁ……」
「ねえ、そういえば盗まれたって話、本当なの? ここの人達、そんな事しそうには見えないけど」
「だが、部品の一部が無くなっていたのは本当だ。ここの連中との関係を悪くしたくないから大っぴらにはしてないが、一度調べる必要があるな。これじゃ、いつまでも直る気がしない」
現状、どうしても足りない部品が多く、修理は絶望的だった。それに、今日は昨日まであったはずの部品が紛失していたという事件もあった。
部品を盗んだ犯人を探すと共に、一度どこかで必要な部品を調達する必要があるだろう。
犯人の候補としては、やはりコレットだろうか? 先日の腹いせに、俺に対して嫌がらせをしているとか、色々考えられる。だが、彼女は機械には疎かった気がする……。
それとも、ミルダ婆さんか? 俺を後継者にしようとしていたから、ここに留めておく為に暗躍している事も考えられる。
それとも、ローシュの全員が……と、疑いだしたらきりがない。とりあえず、再発防止を考えるとしよう。
「あっ! そういえば、キエルが自分で車を作ってるとか言ってたけど、どこで部品とか手に入れてるのかしら?」
「は? 何だよその話、初耳だぞ!」
「え!? ヴィクター、知らなかったの?」
「……まさかな」
* * *
-数十分後
@キエルのガレージ
「……できた……つ、遂に完成したぞ!!」
「へぇ、何ができたんだ?」
「何って、そりゃ俺のマシンッスよ! その名も【フェアウェルバージン号】……ってアニキ、いつからそこにッ!?」
カティアの話を聞いた俺は、すぐにキエルの住んでいるガレージハウスへと赴いた。すると、そこには1台のバギーカーを前に狂喜乱舞しているキエルがいたのだ。……怪しい。
「ん? なあキエル、この車のここのパーツ……どっかで見た気がするんだが?」
「えっ!? あ、あはは……ええと、気のせいじゃないッスかね?」
「そうか?」
「き、きっとそうッスよ!!」
「ほう、そうか。……それにしても、興味深いマシンだな?」
「そ、そうでしょそうでしょ! 俺が長い時間かけて組み上げたんッスよ!」
「へ〜、中はどうなってるんだ?」
「あっ、ちょ……!」
何やら怪しさ満点のキエルを押し退け、車のボンネットを開ける。すると、中にはやはり何処かで見たパーツや部品が……。
「……おかしいな、このパーツもどっかで見た気がするんだが?」
「ギクッ!」
「おいキエル! テメェが部品泥棒の犯人かッ!」
「ゆ、許して欲しいッスアニキ! こ、これには深い訳があって──」
「何よ、キエルが犯人だったわけ!? ちょっと最悪なんだけど!」
「か、かかかカティアさんッ!?!?」
「よし、早速バラすぞ。他にも使える部品があったら、ドッグハウスに使わせてもらおう」
「いいわね。私でも手伝える事ある?」
──ガシャコン!
知らぬ間に着いてきたカティアが、ライフルをコッキングする。……コイツ、何をする気なんだ?
「ま、待ってください! こ、コレは俺の夢が詰まったマシンなんです! バラすのは勘弁してくださいッ!」
「だからって、私達の車から部品盗るのはおかしいでしょ!?」
「俺の車だ! だいたい、夢とか言ってるがキエル、お前の夢って童貞卒業だろ? そんなしょうもない事に、付き合ってられるかッ!」
「ひ、酷ぉッ!? ま、待ってください! そのレンチを置いて欲しいッス!」
「うるせぇ!」
「ねぇ、何か手伝う!?」
「カティア、テメェはとりあえずその銃を置けッ!」
*
*
*
あれからカティアを追い出した俺は、キエルに一通り説教を加えた。そして、なんでこんな事をしたのか問いただす事にした。
「それで、なんでこんな事を?」
「そ、その……レースに出たくて」
「レース? こんな砂漠のど真ん中で、そんなイベントがあるのか?」
「い、いや……ここから西に行った所に、【ドラゴンズネスト】って街があって、そこで開かれるんですよ」
「街?」
街か。正直、この砂漠や荒地に人が集まる所があるとは意外だが、街があるならここよりは物が集まるはずだ。
そこでなら、ドッグハウスの部品が揃うかもしれない……これは、有益な情報だな。
「なるほどな。……だが、それとお前の童貞卒業がどう関係するんだ?」
「……大会の賞品」
キエルはおもむろに立ち上がると、両手をテーブルに叩きつけ、身を乗り出した。
「な、なんだよ?」
「大会の賞品……な、なんと、美女の奴隷が貰えるんすよ!」
「その話詳しく」
「毎年、この時期になるとドラゴンズネストでレースが開かれるんッスよ。去年は、色白の黒髪美人と、日焼けして身体が引き締まったお姉さん。そして、金髪の爆乳女が賞品で──」
「金髪の爆乳女……だとぉ!?」
カナルティア、ノア6を経ってもうしばらく経つ。そろそろロゼッタ達が恋しくなってきた。
ロゼッタといえば、俺はロゼッタのような金髪で爆乳の女性が大好物だ。それに、あの一件以来コレットも俺の事を避けていて、欲求不満になりつつあったのかもしれない。
だからだろうか、この時の俺は、思わずキエルの話に乗ってしまったのだった。
「よし分かった! キエル、その大会出るぞッ!」
「あ、アニキッ! 分かってくれたんッスねッ!!」
「おう! 出るからには絶対に優勝だッ! 俺に任せろ! 優勝して、童貞卒業だぞキエルッ!!」
「はいッス! おーし、童貞卒業するぞーッ!!」
* * *
-翌日
@ローシュ近郊の砂漠
──ブロロロロッ!!
ローシュの外れ、集落の外の砂漠にて、一台のバギーカーが砂煙を巻き上げながら爆走していた。
『おらキエル、もっと噴かせろ! ビビってんじゃねぇッ!!』
「は、はいぃぃッ!!』
『よし、そこでブレーキ! 減速して急旋回だッ! それから、車の姿勢が回復する直前にアクセル全開だッ! 無駄な減速するなよッ!』
『うわッ!? わわわッ!!』
『アクセル遅いぞキエルッ! そんなんじゃ、優勝できないだろうがッ!!』
『ヒィィィィッ、ま、負けないッスよ!!』
バギーの運転席にキエルが乗っており、それより少し高くなっている後席にヴィクターが乗り、キエルの背後から怒号を飛ばす。さながら、何かのスポーツの監督と選手のようである。
「ねぇ、アイツら何してるのさ?」
「ああ、キエルがレースに出るって言って、ヴィクターが張り切っちゃって」
「レース? ああ、アレね……はぁ、よくもあんな危険なのに出る気になったね」
「え、危険なのコレット? レースって競走でしょ?」
「危険だよ。なんでもありのデスレースで、参加者で撃ち合ったり、車をぶつけ合って、レースのたびに何人も死人がでるよ」
「うわ……」
『あっ、カティアさんだッ! カティアさ〜ん、見てて下さ〜い! 俺、優勝するんでッ!!』
『キエルッ! よそ見してんじゃねぇッ!! 次やったら、砂漠を水なしでフルマラソンさせてやるからなッ!!』
「……カティア、変な男に好かれたね? 付き合ったら?」
「キエルの事? やめてよ、冗談でしょ」
ヴィクターとキエルがハイテンションで砂漠を爆走する様を、呆れて眺めるカティアとコレットであった……。
□◆ Tips ◆□
【フェアウェルバージン号】
“ドラゴンズネスト”で開催されるレースに出場すべく、発掘された車のパーツや部品を元に、キエルがコツコツと組み上げてきた車両。“ドッグハウス”から盗み出した部品を用いて遂に完成した、キエルの童貞卒業への夢と希望の詰まったマシン。その名の通り、「さらば童貞号」という意味。
外観はオフロード用のバギーカーといった見た目で、ロールケージのみのオープントップで非装甲である。だが、それゆえに軽量であり、不整地でも軽快かつ素早く移動する事が可能。
乗員は、最大で4人。
[モデル] チャボルツ M6
【ドラゴンズネスト】
ルインズランド中西部の荒野に位置する街。ルインズランド最大の歓楽街であり、ウェルタウン、デメテルのゆりかご、スカベンジャーズの三勢力により不可侵の協定が結ばれている、中立地帯である。
各勢力の勢力圏の交わるちょうど中間に位置しており、ルインズランド各地の品が集まる貿易都市のような一面もあり、賑わっている。基本は物々交換で経済が成り立っているが、ウェルタウンの発行する水の配給票や、デメテルのゆりかごに用いられている“祝福”と呼ばれる薬物が、通貨のように広く用いられている。
元は“ニーズヘッグエナジー”で有名な、ニーズヘッグ・ゲトレンク社の工場が併設された、崩壊前のテーマパーク“ニーズヘッグワールド”である。街には、テーマパーク時代のアトラクションなどが数多く残されている。その中でも、モータースポーツ用のコースを延長・改造したコースを用いて、定期的にレース大会が催されており、ルインズランド中から人が集まる。
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