第192話 犬小屋救出作戦2
-夜明け前
@デメテルのゆりかご 前哨キャンプ
『刮目せよッ!! 今ここに、悪魔とそれを信奉する異教徒を、聖なる炎と母なる太陽の下に、自然に還すのだ!!』
『『『『 うぉぉぉぉぉぉッ!! 』』』』
一台の車……ドッグハウスの前には、白い服を着た少女を中心に狂信者達が集結して、何やら騒ぎ立てていた。俺達はその様子を砂丘の影から双眼鏡で窺いながら、行動に移すタイミングを見計らっていた。
(なあ)
(……)
(なあ、なあってば! おい、コレット?)
(うるさいよ! バレたらどうするのよッ!?)
(聞こえてるなら返事しろよ、いつまでも意地張ってないでさ)
(チッ……)
(それで連中、一体何やってんだ?)
(儀式ね。奪ってきた機械とか、捕まえた連中に油撒いて燃やしちまうんだ)
(なんだそりゃ? まるで、中世の魔女狩りだな)
コレットの言う通り、狂信者達がガソリンの様な液体をドッグハウスの近くに運んでいる。
『クソッ、離せッ! 離せよッ!!』
(ん? おい、状況が変わったみたいだ。あれ、捕まった奴等じゃないか?)
(そうだね。クソッ、遅かったみたい)
何やら狂信者達に連れられた人達が数名、ドッグハウスの前に引きずり出されていく。捕らえられた者達だろう、暴力を振るわれたのか、皆ボロボロだ。
ほとんどは諦めているのか口をつぐんでいるが、一人だけ騒いでいる者がいる。カティアと同い年くらいの青年だ。
『ちくしょぉ、俺にはまだやる事があるんだよッ!』
『うるさいぞこの異教徒風情が、儀式の邪魔をするな! ええい、口を塞いでしまえ!』
『クソッ、離せよッ! ちくしょお、せめて童貞卒業したかっ……モゴゴゴッ!?』
(……なんだアイツ、面白い奴だな)
(それでどうするの? アイツら朝日が出たら、火をつけちまうよ)
(日の出まではまだ時間がある、俺が潜入してキャンプに爆薬を仕掛けてくる。それを起爆して、敵が混乱しているのに乗じて人質を救出ってのはどうだ?)
(そうね、わかった。カティアもそれで……ってカティア? ちょっと、何やってるの!?)
(ん? おいカティア、まさか!?)
カティアは、例の“サンダーボルト”を肩に担ぐと、キャンプに向けて発射した。
──バシュッ……ドガァンッ!!
『『『 うわぁぁぁッ!! 』』』
『な、なに!?』
「おい、カティア! テメェ何してるんだッ!? 人質もいるんだぞ!?」
「早くしないと、その人質もダメになるかもしれないでしょ!? こういうのは先手必勝よ、私が全員相手してやるわッ!」
「なっ、おいッ!!」
カティアは、俺が先日ローシュの作業場で作ったドラムマガジンをカービンに装着すると、砂丘を飛び出して滑り降りながら、敵に銃弾を乱射しながら突っ込んで行った。
先程飲んだニーズヘッグ(エナジードリンク)のカフェインが抜けていないのか、妙にテンションが高い。
──ダダダダダッ!!
「ほらほら、乱射姫が相手になるわよ♪ かかって来なさいッ!」
「ちょっとカティア! ああ、もうッ!!」
「おいコレット! くそ、俺が人質を何とかするしかないな」
敵に突撃するカティアを追って、コレットもライフルを構えながら、飛び出していった。俺はその間に、人質の元へと忍び寄ると、一人ずつ縄を解いていく。
──うおおおおッ!!
──ダダダダダッ!! おらおらおらッ!!
──ドガァンッ!
「おい、大丈夫か? 今、縄を解いてやるからな」
「た、助かった!」
「この礼は必ずするぜ!」
人質は縄を解くと、皆素早く逃げ出した。そして、例の面白い奴の番が回ってきた。
「モゴゴゴッ!」
「ほら、焦らなくても今解いてやるよ」
「プハッ……た、助かった! あ、貴方は命の恩人ッス! アニキと呼ばせて欲しいッス!!」
「シッ、静かにしろ! アイツらが暴れてる間に逃げるんだよ!」
例の童貞卒業青年が大声を出したため、
『なっ!? い、異教徒が逃げる! だ、誰か止め……』
──ズダンッ! ガシャン!
『きゃあッ!』
「今だ、全員走れッ!」
『お、おのれぇぇッ!!』
流石に少女を殺すのは気が引けるので、少女の近くにあった篝火をライフルで狙撃して崩した。少女は怯えて尻餅をつき、その間に人質を逃がす。
『巫女様、ご無事ですか!?』
『ここは危険です、こちらへ』
『何をしてる! 早く、逃げた異教徒を追えッ!!』
少女は、他の狂信者達に何処かへと連れて行かれる。捕らえて逆に人質にしても良いかとも考えたが、奴らに人質が通用するか不明なので、こちらも引き下がるとしよう。
『異教徒だ!』
『待てーッ!!』
──ダダダッ! ダダダダッ!
『ぐあっ! お、おのれ異教徒めぇぇッ!』
「くそ、しつこいなコイツら!」
──ズダンッ!
『うっ……』
何人か追ってきたので応戦するが、奴等はたとえ倒れても、生きていたら這ってでも近づいて来る。やはり、何かしらの薬物をやってるに違いない。
人質が逃げたのを確認して、俺はカティアとコレットの元に合流する。
「カティア! おい、大丈夫か!?」
「ヴィクター、コッチは絶好調ッ!! あはははは♪」
「どこが絶好調よッ! 弾が無くなりそうでヤバいでしょ!?」
──ダダダダッ、カチッカチッ……
「あれ? あはは、弾切れちゃった!」
「よし、俺が援護するから退け! コレットは例の信号弾で合図を──」
「ちょっとカティア!」
「弾が切れても、ナイフがあるわよ!」
「……作戦変更、俺がカティアを援護するからさっさと応援呼んでくれ!」
カティアはナイフを抜くと、そのまま迫り来る敵に向かって走り出した。カティアは、棍棒を振りかぶった敵の脇をすり抜けると、その敵の首筋にナイフを通す。砂の上に赤い鮮血が噴き上がり、彼女は次の目標へと駆け出す。
周りを見ると、カティアがやったのだろう、頭と胸に風穴の空いた死体が大量に転がっている。トリガーハッピーで乱射しているように見えて、彼女はちゃんと狙って撃っていたらしい。……カフェインの集中力向上効果でもあるのだろうか?
「厄介だが、使えるかもな!」
「次ッ! まとめてかかって来なさい!」
「……やっぱ使えないわ、このバーサーカーめ!」
カティアが複数人に囲まれ、攻撃を避けつつナイフで応戦するが、敵の棍棒にナイフが突き刺ささり、折れてしまった。
──ガキィッ!!
「あ、しまった!」
「カティア!」
『うおおおおッ!』
「クソッ! 邪魔だ!」
カティアを援護しようとするが、こちらも敵が迫り、それどころでは無くなってしまう。急いで敵を処理して、カティアの援護をしようと銃口を向けるが、その必要は無かったようだ。
カティアは、敵の攻撃を避けつつリボルバーを抜くと、敵の急所を正確に射抜き、倒れた敵の棍棒を奪い取り、敵を滅多打ちにしていた。
「ふんッ! おらぁッ! ふぅ……」
「ふぅ……じゃねぇ! テメェ、ふざけるなよ!」
「ヴィクター、どうだった? 凄いでしょ!」
「満足したか? ほら、今のうちに退くぞ!」
──うぉぉぉぉッ!!
──自然回帰ィィィィッ!!
「あ、また来た!」
「もういいから、退くんだよッ!」
「でも、まだドッグハウス回収してないじゃない! アイツらやっつけないと!」
「お前は暴れたいだけだろ! 作戦ってのがあるんだよ、いいから……」
「あ、これ貸して!」
「あっ、クソッ……カティアァァァッ!!」
カティアは、俺の拳銃とナイフを奪い取ると、再び敵に向かって駆け出した。
「確かロゼッタは……こんな感じかしら?」
『異教徒死すべし!』
『自然回帰ィィィィ!』
──バンバンッ!
──シュイン!
『うおっ……!』
『ゴバッ、ゴボボ……!?』
カティアは俺とロゼッタの構えを真似て、拳銃とナイフを構えると、敵の頭と心臓に拳銃を発砲し、流れる様にナイフで他の敵の頸動脈を切り裂いた。
「あっ、これ結構いいかも!」
「ほら、返せ!」
「ああ! ヴィクター、それ返してよ!」
「これは俺のだッ! ッ、カティア伏せろ!!」
──ヒュルルル、ドガァンッ!!
──うわぁぁぁッ!!
後方から擲弾が飛来し、敵を吹き飛ばす。例のサンダーボルトだ。控えていた援軍が到着したようで、サンドワームに乗った戦闘員が次々と敵を蹴散らしている。流石の大損害に敵も撤退を始め、この戦いは俺達の勝利で幕を閉じた。大勝利と言ってもいい。
当初の予定ではさっさと人質を救出し、ドッグハウスを回収するはずだったのだが、カティアのせいでとんだ大立ち回りをする羽目になってしまった。
だが時に、予定外の勝利とは様々な弊害を及ぼす事がある。この件が、後に尾を引かなければ良いのたが……。
* * *
-3日後
@ルインズランド北部 デメテルの御座
ルインズランドの北部に広がる半乾燥地帯。ルインズランドは全体的に砂漠地帯となっているが、“砂漠”と一言でいっても色々な姿がある。ヴィクター達が遭難していたような、一面砂と砂丘に覆われた姿を砂漠と考える者も多いが、実際には岩盤に覆われた岩石砂漠や、少しだが降雨があり植物が見られるステップ気候の場所もある。
ルインズランドの北部は、後者のステップ気候帯にあたる地帯が点在しており、“デメテルのゆりかご”と称する集団は、ここを拠点に生活していた。
その中でも最も肥沃な土地に、山の様に大きな一枚岩がある。彼らは、これをくり抜いて神殿とし、“デメテルの御座”と呼称し、聖地として崇めていた。
その神殿の中で、“巫女”と呼ばれる女性たちが、一人の少女からの報告を聞いていた。ヴィクターに撃退された、あの少女である。
「なるほど、それで一人でオメオメと逃げ帰って来たと」
「くっ……」
「そんな体たらくでは、デメテルの巫女失格ですね。“泉”に行った方が良いと思います」
「ふふふ、まだ若いのでしょう? それなら、10、いや20人は産めますね」
「ッ!? お、お待ち下さい! な、何卒……何卒、今一度汚名をそそぐ機会を頂きたく……!」
「ふふふ、その小さな身体で耐えられるのかしらねぇ」
「その調子じゃ、“祝福”の出番が早いかもしれないわ」
「まあ! 自分でいられるのも時間の問題ね、シスター・エレナ?」
「ひっ……!」
『静まりなさい』
「「「「「 ッ!! 」」」」」
神殿の奥から一人の美しい女性が姿を表すと、巫女たちは
「「「「「 我らが女神、大いなる自然の
『はぁ、静まれと言ったのに……それで、一体何の騒ぎです?』
「はっ! シスター・エレナがウェルタウンの部隊と交戦し、悪魔と異教徒を生捕りにしたそうです」
『なるほど、素晴らしいですね』
「ですが、この愚図はそれをみすみす逃してしまい、反抗に対処できず部隊は全滅。儀式を遂行できず、一人で逃げ帰って来たようで」
「このような無能、巫女に相応しいとは言えません。“泉”に送った方が良ろしいかと」
『なるほど……シスター・エレナ?』
「ッ……は、はい……そ、その……申し訳、ございません」
『シスター・エレナ、神事に失敗した巫女はどうなるのでしたっけ?』
「ひぃッ! い、“泉”にて禊を受け……じ、次代の……子を……ヒグッ、ウワァァァン!」
『おやおや』
聖女ハールと呼ばれた女性はエレナに近寄ると、そのしなやかな腕を伸ばし、エレナの下腹部をさする。自分の行く末を想像し、エレナは顔を歪ませ、ペタンとその場に崩れ落ちて泣き始める。
「ふん、いいザマですこと」
「最年少で巫女になったからと、調子に乗るからですわ」
『シスター・エレナ、確か貴女は今14でしたっけ?』
「うぇぇぇん、そうでずぅぅッ!!」
『それでは、まだ“泉”に行くのは早いでしょう。しかし、神事に失敗したのは事実ですし……このようなイレギュラーは初めてですね。どうしましょう』
聖女ハールはしばらく考えた末に、結論を話し出す。
『では、代わりに他の巫女を“泉”に送り、シスター・エレナには汚名を返上するチャンスを与えるとしましょう』
「うぇぇぇん、ヒグッ、ふぇぇ?」
「「「「「 なっ!? 」」」」」
『ではシスター・マイリ、貴女が代わりになりなさい』
「そんな、何故ッ!?」
『不満ですか?』
「い、いえ……け、決してそのような事は……」
『シスター・マイリ、貴女は巫女として長く勤めてくれましたが、若い者にも活躍の場を与えるべきですね。貴女の身体も適齢期です、良い子を期待していますよ』
「……や、やっぱり待っ」
『さあ、連れて行きなさい』
「ッ……やめて、離して! やっぱり嫌ですッ! 何でそんなガキの為に! ハール様ァァァァァッ!!」
指名された巫女が悲鳴を上げ、半ば錯乱しながら何処かへと連れて行かれる。その様子を、他の巫女達は固唾を飲んで見守っていた。
「ま、まさかシスター・マイリの信仰心が、ああも薄いとは思いませんでした! ね、ねぇ皆様?」
「ほ、本性を表すとは、まさにこの事!」
「そ、そうですね! 私なら、この教団の為に喜んでこの身を捧げますのに!」
「わ、私もよ!」
『それは良い心掛けですね、皆さん。では、皆さんにも“泉”に行ってもらうとしましょうか』
「「「「 ッッ!?!? 」」」」
『まあ、いきなりそんな事をしたら、巫女の数が減って大変ですからしませんけど。……皆さん、どうしましたか?』
「い、いえ……」
「な、なんでも……」
「ございません……」
聖女ハールの発言に、一同は凍り付く。だが、そんな事は知らぬと言う様に聖女ハールは、座り込んだまま呆然としていたエレナの両肩に優しく手を乗せる。
「は、ハール様?」
『シスター・エレナ、もう一度チャンスを与えます。その異教徒共に鉄槌を下しなさい』
「は、はい! 必ずや、ご期待に応えてみせますのでッ!」
『もし、次失敗したら……まあ、その様な事が無いと信じていますよ、シスター・エレナ?』
「ッ……は、はい!」
聖女ハールは、どこか人間離れした優しい笑みをエレナに向ける。その赤い瞳に見つめられたエレナは、唾を飲み込んで震え上がった……。
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